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鬼闘神楽  作者: 武神
第3章 闇からの挑戦
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拾陸ノ舞 東都大学天文部交流会

久々の大学内の描写。

今回も結衣と莉紗のターンです。

「えーっと、結衣。サークル会館ってこっちで良かったんだっけ?」


「………………。」


「な、なんだ………………?」


「完全に逆方向だよ。」


「――――――――――――――――――」


「うーん……。自分の大学なんだから、もうちょっと、大学の事に興味持った方が良いと思うよ、一哉君。ね?」



 一哉と結衣は、実験が終わった後の大学構内を二人並んで歩いていた。

 季節は夏。キャンパス内を覆いつくすように緑が溢れ、焼ける様な赤銅色が世界を染める中、二人は寄り添い歩く。うだる様な暑さだが、それでも木陰を吹き抜ける風が気持ちいい。

 そんな夕暮れ時だった。

 珍しく一哉が家に直行せずに大学構内を歩いているのは、昨晩突然現れた小倉莉紗の誘いで、天文部の部室を訪れるためだ。


 莉紗が南条家に襲撃をかけてきたのかと思った一哉だったが、それは全くの勘違いであった。

 莉紗が南条の屋敷を態々訪れた理由――――――それは結衣に天文部への復帰の報告をすると同時に、以前から結衣経由で話を聞いていた一哉の事を勧誘に来たというもの。

 どんな理由にせよ、23時も回ってから初対面の後輩の家に来るなど非常識極まりない上に、一哉自身何の興味も無かったがために、当初一哉は全くその誘いに乗るつもりは無かったのだが。



『ごめんね一哉君。厚かましいお願いだっていうのはわかってるんだけどね…………。一回でいいから、莉紗さんのお話に乗ってあげて欲しいの。』



 別に一哉は、それでも突っぱねても良かったのだが、そう申し訳なさそうに頼み込む結衣をどうしてと無下にできず、渋々承諾したのが顛末である。



「それにしても、結衣。小倉先輩っていつもあんな感じなのか?」


「う……。ごめんね、一哉君。いきなり来た件は、私からももう一回言っておくから、今回だけは大目に見てあげて?」



 本当に申し訳なさそうに謝ってくる結衣。

 実際に問題があるのは莉紗の方であって、結衣には何の非も無い筈ではあるが、そんな状況でも律義に詫びてくるあたり、実に律義な結衣らしい。



「いやまあ、その件はもういいんだけどな……。だけど、結衣はいつもあんな破天荒な先輩と一緒に居るのか?」



 以前から、結衣の話で「天文部の部長は強烈で変人だ」という認識は持っていたのだが、昨晩の突然の訪問は本当に驚き以外の何物でもない。

 鬼闘師としては天才でも、人付き合いは天災レベルに壊滅的な一哉では、莉沙のペースには全くついていけない。そんなコミュ障男は、素直に結衣を称賛したくなったのだ。



「ま、まぁ、莉沙さんのアレは病気みたいなものだし、私は慣れたから…………! それに、私は莉沙さんに恩があるし、多少はね?」


「いや、昨日のアレは多少……なのか? 俺はあんな感じで毎回来られたら、身が持たん。」


「ア、アハハ……」



 一哉の僅かな憤慨が滲み出ていたのか、結衣は乾いた笑いを返してくるだけだ。

 結衣は慣れているかもしれないが、一哉はそうではないし、昨日の様子から見て、佐奈は何の役にも立たなさそうだし、咲良は火に油を注ぎかねない。結衣の仲の良い人物ということで、一応はその人となりを見ておこうというのが、本日の一哉の魂胆でもある。


 基本的に他人に興味が無い一哉には大変珍しい話ではあるが、これには理由が無い訳ではない。

 一哉は莉沙に対する警戒を完全に解いた訳ではないのだ。

 単なる勘違いでした、と警戒を解くには、「アイナ」と小倉莉沙には共通点が多すぎる。背丈はよく似ているし、一人称や口調だってほとんど同じだ。

 もっとも、小倉莉沙=「アイナ」とするには、「アイナ」から感じられた憎悪の感情がまるで見られない点や、昨日のあの場で何も仕掛けてこない点等、不可解な事も多いのだが。



 一哉と結衣は歩き続ける。

 黄昏時のキャンパスを抜け、サークル会館――――――少なくとも一哉は一生訪れる事はないと思っていた建物である――――――に着くと、時刻は早くも17時57分。莉沙から指定された時間の3分前である。

 実は一哉は、なぜ今日莉沙に天文部の部室を訪れるよう言われたのか、よくわかっていない。昨日、莉沙から言われたのは、「一度話してみたかったから、今度の合宿に来てほしい」ということと、「とりあえず明日部室に来てほしい」という2点のみである。

 「依頼はよく聞いてから受けろ」の典型ではあるが、申し訳なさそうに頼み事をしてくる結衣からのお願いなので、どちらにしろ断れなかったのだが。



「じゃあ……行こっか、一哉君!」



 当の結衣は、どこか憂いのようなものを纏いつつも、満面の笑み。

 申し訳ないのは間違いないけれども、それでもやはり嬉しい。

 そんな結衣の気持ちが伺える笑顔がとても眩しくて――――一哉はほとんど無意識に結衣の事を見つめてしまうのだった。







「「「いらっしゃい、天文部へ…………!」」」



 結衣に連れられて入った、天文部の部室。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 相手が怪魔ではなく、人間というだけで実は内心戦々恐々としていたコミュ障丸出しな一哉を出迎えたのは、全くの予想外の光景だった。



「え、な、な、何?!」



 部員である筈の結衣までもが目を白黒させている。

 その光景とは――――――



「さぁさぁ、いいから座ってくれよ。ゆいゆい、南条君。」


「部長、いいから窓開けましょう。死ぬ程暑いっす、この部屋。」


「部長~。お腹すいた~。」


「この茹だる様な暑さの中、あえて食べる激辛のチゲ鍋。フフフ………………オツなもんですな………………!」



 そう、この7月下旬という季節に全く相応しくないモノ。

 ただでさえ暑いのに、何のためか窓まで閉めきって。

 唖然とする一哉と結衣の前に広げられているのは。



「皆で食べようっ! 鍋をっ!」



 あまりにも季節外れな逸品。

 チゲ鍋。

 そしてそれを囲む、天文部の面々であった。



「いやー、前々からゆいゆいから話聞いてたから、話してみたいと思って合宿に誘ったはいいけどさ、よくよく考えたら他の子らはキミの事全然知らないって事忘れててね。だから、ボク主催で急遽歓迎パーティーを開く事にしたのさっ!」



 莉沙に誘われるまま、鍋の席についた一哉だったが、そこからはまさに莉沙の独壇場といった様相だった。

 鍋奉行と言わんばかりに部員達を使いっぱしり(しかも男子ばかり)、そして自分の話したい話を自分の話したいタイミングで話す。完全にやりたい放題である。

 先程の莉沙の返答は、そんな莉沙に耐えきれずに聞いた「自分は何故今日呼ばれたのか」という質問に対して投げ掛けられたものである。

 「いや、アンタ、最初から部室に誘ってただろ。しかも、話したい事があるなら、合宿なんか誘わなくとも、他に手段あるだろ。しかも、あんな時間に人の家に来やがって。」と、思わなくもないが、この場は放っておくことにした。

 ここで莉沙の機嫌を損ねる意味は無い。

 ここで莉沙と喧嘩して、結衣の心証を悪くする必要は無いのだ。



「でも南条先輩、東雲先輩とどういう関係なんっすか? あの東雲先輩がこんな仲良く――――――つーか、名前呼びする男とかちょっと想像つかないんすけど。」


「それは決まっておろう、鷹野殿! こいび………………グボッ?!」


「柴村君、それは野暮。で、どこまで言ってるんです、南条先輩?」



 重ねて、莉沙がまた何かとんでもないことを言うんじゃないかと身構えていた一哉だが、その前に今度は他の天文部のメンツが一哉に話しかけてくる。

 天文部は部員が全10人。今日は莉沙以外の4年生が3人不在との事なので、残りは結衣と莉沙を除いて5人だが、その5人全員が後輩だった。どうも、同期の――――――3年生の天文部員は居ないらしい。

 そしてこの後輩達、元々先輩に遠慮が無いタイプなのか、それとも部長に似たのかはわからないが、とにかく無遠慮に結衣との仲に探りを入れてくる。


 最初は後輩と話すという状況に真新しさを感じて黙って聞いていた一哉だが、そうこうしてるうちに、話はどんどん際どい方向にエスカレートしてきた。言葉の端々に「もうヤッた」だの「いや、結衣さんにそんな度胸ある筈が…………」など、言いたい放題である。

 肝心の結衣は結衣で、顔を真っ赤にして俯いているし、莉沙はお笑いライブだとでも思っているのか、大爆笑している。


 つまり、頼りになる人間が一人たりとも存在しない。

 一哉はとりあえず、暴走し出した話題を終息させる為にも、きちんと一言言ってやろうと思ったが、ふと考えこんだ。



(そういえば、俺と結衣の関係って何なのだろう?)



 そんな事を改めて思う。

 間違いない事実は、結衣は対策院の監視対象者で一哉が監視者であるという事だけだ。だが、今更二人の関係をそれで片付けるには、一哉は結衣と共に過ごす時間を、それもそれなりに濃密な時間を過ごしすぎている。


 ――――ただの友達か?

 ただの友達と言うには、少々関わり方が濃すぎる。監視者と被監視者という関係に友人という関係は成り立たないし、唯一の友人である智一との関係とは少し違う気がする。


 ――――では、恋人か?

 それはありえない。南条一哉に恋愛などできる筈がない。でなければ、2ヶ月前に【焼鬼】に襲われた夜、――――――それが嘘か本当かは別として――――――咲良の告白に激しくトラウマをかきむしられる事など無かった筈である。


 ――――では、結局何なのか?

 やはりわからない。二人の関係を表す、適切な言葉が見つからない。

 それでも無理矢理この関係に名前をつけるなら――――――



「俺と結衣の関係を一言で言うなら………………。大切な仲間で友達、じゃないかな。」



 そう。

 結局、二人の関係性はよくわからないが、既に東雲結衣は南条一哉という人間の人生において、無視できない程の存在になっているのは間違いない。

 闇に紛れた、一哉の隠された本当の正体を知り、それでもなお、一哉と居ることを望む日向の中の存在。そんな人間など、この世界を探せど東雲結衣以外にいる筈が無い。

 実の妹である佐奈や、10年来の幼なじみである咲良と同じ、とは言わないが、結衣が「大切な存在」である事に疑いは無かった。

 だから。

 一哉はそう、この関係を定義したのだ。

 だが――――――



「「「はぁ………………」」」



 何故か、一哉以外の全員が盛大に溜め息をついた。







「結局、本当にただの歓迎会だったのか…………? なんか最後、気がついたら天文部に入部させられてたけど…………。」


「ど、どうなんだろ…………? あそこまで強引な莉沙さんは私も初めて見たかも…………。」



 結局本当の目的はよくわからないまま歓迎会は進み、ひたすらに歓待を受けた後、最後は「ここに名前書いて」と紙に名前を書かされた。

 その紙の名前は――――――入部届。

 「同じ釜の飯を食ったんだから、ボクの部に入る義務がある」とか「合宿に来てもらうんだから、部員という扱いの方が面倒なことにならない」等、アレコレ理由を付けていたが、きっとどれも嘘である。

 最初は頑なに拒否していた一哉だったが、最終的には「半幽霊部員でも構わないから」と根負けする形で了承してしまった。

 だがそれでも――――――



「今日は楽しかったよ…………」


「一哉君?」



 そう。

 意外にも、楽しかったのである。

 小倉莉紗の事を警戒していた事をバカバカしく思ってしまう程度には。

 小倉莉紗は確かに無茶苦茶に破天荒な人物ではあるが、少なくとも今日の歓迎会中に何か怪しい動きがあったわけでは無いし、何か情報を聞き出そうとする魂胆の様なものも感じられなかった。

 むしろ、結衣を通してしか関りの無い一哉の事を過剰なまでに歓迎していた節すら――――――


 一哉自信に自覚は無いが、ようは一哉も普通の青年なのだ。

 今までは、いくら鈴木智一が親友であったとしても、特に同期の飲み会に出るわけでもなく、遊びに出ることも無かった。

 智一も一哉の事情を察して――――――無論、智一が知っているのは、なにやら一哉は夜忙しいらしいという程度だが――――――無理には誘ってこないし、それで良いと一哉も思っていた。

 だが、実際の所は、一哉とて人並みに誰かと遊べば楽しいと思う。ただ今までは過去のしがらみや、佐奈と二人残された事、咲良とほとんど絶縁状態に近かった事で、そういった事に気を回していられる程の余裕が無かったのだ。

 そして、ただ鬼闘師として任務をこなしていく日々の中では、東雲結衣と出会わなかった日常では決して気づく事は無かったであろう。



「小倉先輩、何だかんだとイイ人…………なんだな。」


「うん…………。」



 少し曇った東京の夜空の下、一哉は結衣と肩を並べて歩く。

 思えば、結衣と出会ってから、一哉は対策院の構成員達とは違う、本当の一般人の世界へと連れ出される事が増えてきた。

 その中で、ただただ怪魔と戦うだけだった日々で知らず知らずのうちに笹くれだっていた心に僅かながらも潤いが与えられたのだ。

 一哉の事を理解しながらも、力も立場も無く、ただ一人の人間として、自ら一哉の側に居てくれる事を望む結衣は、鬼闘師としてひたすらに怪魔と戦うだけだった日常に僅かに、だが確実に変化をもたらしたのだ。


 大切な仲間で友達。

 結衣との関係をそう称するのは何か違うような気がしたが、悪くはない。今までろくに友達も居なかった一哉にとって、結衣とは、この関係がどういうものであれど関係なく暖かい気持ちにしてくれる。そんな存在であることは間違いない。

 だからこんな何でもないことでも、とても尊い事だと思えたのだった。



 ところで、一哉には忘れていた事があった。



「あ、ヤバ…………。佐奈に晩飯を食ってくるって言ってなかった…………。」



 慌てて佐奈に電話した一哉は、帰宅後、寝る直前まで口をきいてもらえなかったのだが、それはまた別の話である。

いつも読んでいただきましてありがとうございます。

次回はレギュラーキャラ以外のextra episodeです。

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