伍ノ舞 佐奈 VS 結衣
ヒロインバトル勃発?!
南条家は東京郊外に大きな屋敷を構えている。
一哉自身はずっとこの家で育ってきたので特に違和感を感じてこなかったが、一般的な価値観を持つ人間にとっては豪邸のようなものだ。
敷地面積にして600坪。
見た目は完全に武家屋敷というのもあり、大抵の人は初見で唖然とする。
――――そして例に洩れず唖然とする人間がここにも一人。
「な、南条君のお父さんって政治家か何かなの……? こんな大きい家、見たことないよ……?」
「そうか? 確かにでかいとは思うけど、ちょっとでかい位じゃないか?」
「ええええぇぇぇぇぇっ?! 私の家の何倍もあるよ!」
かなり大げさなリアクションを取る結衣。閑静な住宅街に結衣の可愛らしい声が響く。
確かに、初めて南条家を訪れた人間は大なり小なり驚いたリアクションを取る事が多い。だか、うるさいものはうるさいのだ。
「ここ住宅街だからもっと静かにな?」
「はうっ……!ごめんなさいっ……!」
「いやまあ、そんな畏まって謝らなくても……。まあ、家なんか広くても維持管理が面倒なだけで何のメリットも無いって」
そう、一哉は結衣を連れて自分の家に来ていた。
極秘の存在である鬼闘師。その事実の断片を知ってしまった結衣と話をするのであれば、最適な場所は自分の家を於いて他にない。
いつもは裏門から帰る一哉だが、今日は来客付き。
滅多に使わない正門から敷地に入る。
「お、お邪魔します…………」
「ようこそ南条家へ――――って、今は俺と妹しか住んでないんだけどな。今日は妹は部活の筈だから、誰もうちにはいない。とにかく応接間に案内するよ」
来客という事でさも当たり前の様に案内する一哉であったが、応接間という単語を聞いて結衣は少しビビったらしい。
ブツブツ何か呟いている。
「うぅっ…………。やっと南条君にお近づきになれて、しかもお家にお呼ばれまでして、ただでさえも緊張してるのに、まさか南条君のお家がお金持ちでしかも応接間って…………。心臓破裂しちゃうよぉっ……!?」
「ん?どうかしたか東雲さん?」
「えっ……! 何でもないよ?!」
慌てた結衣の様子は気になるが、今はそんな事よりももっと大切な話があるのだ。
鬼闘師の事をどこまで知っているのか聞き出し、今後の口止めもしなければならない。兎にも角にも、そちらを優先しなければならない。
そんな事を考えているうちに玄関に到着した。引き戸を引いて中に入る。
「ただいま」
家に誰もいないのに帰宅の挨拶をしてしまうのはクセである。
10年ほど前はこの家にも活気があった。母もいたし、使用人の類もいた。
他にも――――
そんな時の事が未だに忘れられなくて、誰も家の中に居ない事がわかっていても帰宅の挨拶をするという事を、未だに続けてしまっている。
だが今日は違ったらしい。そんな一哉の少し虚しい癖にしっかりと答えてくれる人物がいた。
「お帰り、お兄ちゃん!」
南条佐奈である。
なぜか奥から、部活で不在の筈の佐奈の声がした。佐奈は兄の帰宅を敏感に察知したらしく、すごい勢いで自室から走ってくる音がする。
その様は例えるのであれば、そう、まるで犬である。
「えと……。もしかして、妹さん?」
「そうなんだが……。なんで家に居るんだ……?」
「……げ、元気な妹さんだね?」
「あ、あぁ……」
思わず圧倒されている結衣。だが、その顔が少し不満げに見えるは一哉の気のせいなのだろうか。だとしてもその理由が今一つわからないが。
呆気に取られる一哉をよそに足音はどんどん近づき、佐奈が現れる。
「おかえりっ!!」
兄の姿を認めるなり、満面の笑みを浮かべて飛びついて兄の帰宅を歓迎する佐奈。
そんな佐奈の様子を見た一哉は、「やはり犬の様だ」と心の中で思いながら笑いながら、隣に立つ結衣に佐奈を紹介する。
「東雲さん、俺の妹の佐奈だ。できれば仲良くしてやってくれ」
兄に紹介された佐奈はつられて、兄の視線の先を追う。一哉が誰かを家に連れてくるのはとても珍しい事だ。佐奈も珍しがっているのだろう。
そして、佐奈は結衣を見るなり、満面の笑みを突如として凍らせた。
「お兄ちゃん。その雌豚は誰?」
「お、おい。佐奈……?」
佐奈の突然の暴言に驚きを隠せない一哉。
一哉自身も認識しているが、佐奈は自他共に認める大のブラコンである。
実際周囲から、稀に対策院や鬼闘師の一哉の同僚の女性に対して辛辣な態度を取るという話を聞いたことはあったのだが、ここまで酷かったとは一哉も知らなかった。
そもそも、今まで佐奈は少なくとも一哉の前では行儀良く、元気の良い少女という体で過ごしていた。なので、佐奈がそういった態度を取るという話自体、今の今まで半信半疑だったのである。
よくわからないが、とりあえず妹のご機嫌を取る必要がある。焦る一哉。
しかし、静かに、そして確実に燻る炎に態々油を投げ込む輩がいた。
「こんにちは、佐奈ちゃん。私、一哉君の大学の同期の東雲結衣って言います! いつも一哉君にはお世話になってます!」
笑顔で返す結衣だが、明らかに目が笑っていない。
普段、怪魔という恐ろしい化け物と戦い続けている一哉だが、結衣の方がよっぽど怖い。しかもさっきまで名字呼びだったのに、突然下の名前で呼んでくる。
そして注ぎ込まれた油に態々反応して、さらに火を大きくする者が一人。
「へぇ、お兄ちゃんにねぇ…………。で、その東雲結衣さんはうちにどんな用なんですか? 言っておきますけど、うちはそんなに一般人がホイホイと入っていい家じゃないんですから。用が無いならさっさと帰ってください」
敵意むき出しの佐奈。一哉は初めて目の当たりにする妹の一面に驚くしかない。
「ぶぶ漬けはいかが」の京都人もびっくりの門前払いである。
だが、結衣も負けてはいなかった。
「ふふふ……。確かに一哉君のお家って凄そうだもんね。私、びっくりしちゃったよ。でも私は、一哉君に呼んでもらってお邪魔させて貰ってるの。だから問題ないよね?」
「はぁ? お兄ちゃんが女をうちに連れ込むなんてあり得ないです。どうせ、口八丁手八丁でお兄ちゃんを誑かしたに決まってます。お兄ちゃん、今すぐこの雌豚を追い出して!」
何とも凄まじい言い草である。態々火に油を注ぎ込む結衣も結衣だが、いくら何でも佐奈の結衣に対する態度は悪すぎる。少なくとも来客に対して取る態度ではないだろう。
妹の驚きの一面を見た衝撃からまだ戻ってきていない一哉ではあるが、妹の無礼は兄が正さなければならない。
「おい佐奈。お客様に対して失礼だぞ。謝れ」
「こんな風に育てた覚えはない!」と佐奈をたしなめる一哉だったが、佐奈はそんな兄の思惑とは全く関係のないところで焦り始めた。
「え、嘘、本当にお兄ちゃんが呼んだの?! え、じゃあ彼女とか?! でも、お兄ちゃんにそんな気配無かったし春休みはずっと一緒に居たからそんな隙ある筈無いしそもそもお兄ちゃんに女の影があったらすぐわかる筈だしどうなってるの? 流石の私も大学でのお兄ちゃんはわからないしその時に汚染されちゃったのかもしれないけどそれでもこんな事ってあるっ……?! どうしようヤバイヤバイお兄ちゃんが汚されちゃった! こんな事なら高校なんか全部休んでお兄ちゃんの後をつけておけば…………」
佐奈の言葉は早口すぎてほとんど聞き取れなかったが、所々「汚染」とか「汚された」とか不穏な言葉が聞こえてきた。やはり普段一哉に見せている姿とはあまりにもギャップがありすぎる。
「い、いや、佐奈? 別に彼女ってわけじゃない…………」
「はいっ!! 一哉君の彼女の東雲結衣ですっ!」
「「?!?!!!」」
そしてここに、更に爆弾を投下する厄介な人間がいた。
顔を真っ赤にしているくせに、とんでもない爆弾発言を投下してくれたものである。その驚愕の発言に兄妹揃って身を震わせる。
「何をバカな事を言っているんだっ!」と思わずツッコミそうになった一哉だが、佐奈はしばらく呆然とした後、フラフラと奥の自分の部屋引っ込んでいった。
「お、おい…………佐奈?」
部屋に戻ったかと思った佐奈だったが、すぐに袋に入った長い棒状の物を持って出てきた。
袋から棒を取り出しながら、結衣に近づいてくる佐奈。完全に袋から棒を抜き放つと、その切っ先を突き付ける。
それは佐奈の愛用の得物―――――――薙刀。
「東雲結衣っ……! 兄ちゃんをたぶらかす雌豚は、この私がぶった斬ってやるうぅぅーーーーーーっ!!!!」
「…………いい加減にしろ、このバカ野郎ぉ!!」
この日二度目の爆発だった。
● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
「うぅっ………………。お兄ちゃん、頭痛い…………」
「自業自得だ、このバカ妹」
大暴走を始めた佐奈だったが、その直後の一哉のゲンコツ一発で鎮圧されていた。
客人への失礼はそのまま自分の恥となる。先程結衣に手をあげてしまった事も相まって、一哉の胸の中は申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
しかし――――
「東雲さん、どういうつもりだ?」
「どういうつもりだって、恋人だって言った事……?」
「そうだ。東雲さんは知らなくても当然だけど、佐奈はちょっと度の超えたのブラコンなんだ。だから態々ああいうことを言って佐奈を怒らせないでくれ……。それに、東雲さん、さっきのわざとやってただろ?」
「……ご、ごめんなさい。つい楽しくって……。私、あんまりこういうお話に縁無いし、つい調子に乗っちゃったの……。佐奈ちゃんもごめんね?」
「…………ふんだ!」
「佐奈っ……! ったく、めんどくさい奴だな……」
そっぽを向く佐奈は完全に拗ねてしまった。
こうなると佐奈のご機嫌取りは非常に難しくなる。元はと言えば殆ど全て佐奈のせいではあるのだが、非常に面倒な気質の妹である。
とは言うものの、一哉は苦笑しつつも微笑ましいものを見る目で佐奈を見つめる。決して言葉には出さないが、こういった佐奈の少し子供っぽいところが一哉にとっては可愛くて仕方がない。
一哉も人の事を言えない程度にはシスコンなのであった。
ともかく、拗れてしまった事態。どう収拾するかと頭を捻る一哉であったが、意外なことにも、事態を収拾させたのは拗らせた本人であった。
「まあ、私も悪かったです…………東雲さん。すみません…………」
佐奈が珍しく素直に結衣に対して頭を下げたのだ。
佐奈は非常に頑固で、一度拗ね始めると中々手が付けられない。そんな佐奈がこんなにもあっさりと謝罪するなど、信じられない気持ちにすらなってしまう。
驚きを隠せないままに結衣の方を見ると、結衣は笑って頷いていた。許す、という事だろう。どうやら意味不明な危機は脱したらしい。
そしてそんな結衣の反応を確認した佐奈はもう大丈夫だと判断したらしい。あっさりと表情を元通りにして、話題を変更した。
「それでお兄ちゃん。この雌ブ……じゃなかった。東雲さんをうちに呼んだ理由は何なの? しかして、私達の事見られてた??」
鋭い妹である。当初の予定では佐奈にも秘密にしようと思っていた結衣への聴取だが、感づかれてしまったのであれば、態々隠し通す意味も無い。
そもそも突き詰めれば、佐奈の今後にも関係してくる事である。だからこそ若干の不安はありつつも、聴取への同席を認める。
「ああ。どうやら、怪魔と戦う俺の姿をどこかで見られていたらしい。東雲さんをここに連れてきた理由はその聴取だ」
兄の言葉に表情を固くする佐奈。
事の重大さは佐奈にも充分に伝わったらしい。
そんな佐奈の様子を見た一哉はそのまま結衣を応接室に案内。当然の様に佐奈も同席する。
紆余曲折はあったが、これから結衣に問いたださなければならない。この国を護る為にも。そして、佐奈を護る為にも。
状況によってはその命を絶つことすら考えないといけない――――
ここからはあまりにも気の進まない仕事の時間になるのが目に見えていた。
「単刀直入に言う。君が見た俺の姿は、謂わば『見てはならない物を見た』って奴だ」
「――――もしかして、一哉君って極道の人か何か……?」
一哉の脅し文句に、結衣の表情にも緊張が走る。全く検討違いの考察ではあるが、腹は括っているらしい。
だからこそ、一哉はもう一段階話を進める。
「別に俺達は反社会的組織の一員って訳ではない。たが、これから先の話を聞いたら、君は一生元の生活に戻れない。それに、この先永久に俺達の監視下で過ごす事になる。それでも良いのか? まだ引き返せるんだ。この事を忘れて、誰にも言わないと誓いさえすれば………………」
「私を脅してるの…………? 私を家に連れてきて、いきなりそんな事言うんだ。私は今困ってる事を貴方に助けて貰いたい、ただそれだけなの。そしてきっと何か普通じゃない事が起きてるのもわかってる」
そう返す結衣の顔は、なぜか少し悲しそうな顔をしていた。
実は、一哉達鬼闘師は秘密保持のため、国家からある程度の超法規的措置、すなわち口封じの為の殺人や拷問が認められている。人間としてはとても褒められた真似ではない。一哉自身、そんな権限を遣いたいとも思わない。
だが鬼闘師、ひいては対策院という存在を隠ぺいするには、それぐらいの事をしなければならない、という事も一哉は頭の中では理解していた。
一哉が人一倍闇に紛れる努力をするのは、自らの手でその権利を行使するのがとても恐ろしいからであり、そして、自分と妹の生活を守る為でもあった。
だが、今自分は己の失態の為に自らの手を血で染めるか否かの岐路に立たされている。無表情を貫く一哉であったが、その息は僅かに荒く、額には汗が浮かぶ。懐の短刀をすぐに抜き放てるよう、極限まで意識を集中させる。
そんな物騒な覚悟を決める一哉とは対照的に、結衣の言葉の続きは清々しくとても明るいものであった。
「覚悟云々って言うんだったら、それはもう10年も前から出来てるの。私はとっくの昔に、あり得ない事を知る覚悟はできてる!! だから大丈夫。例え何を聞いたとしても、私は自分の周りで起こっていることを…………貴方の事を知りたい……っ!」
覚悟は決まった。
前作からそうなんですが、結構ラブコメ描写は苦手です。
じゃあ入れるなって話なんですが、入れちゃうんですよねぇ……(笑)
今回もお読みくださいましてありがとうございます。
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