拾参ノ舞 人造怪魔
章の途中で休載して申し訳ありませんでした。
お待たせしました。
後半戦開始です。
あっけからんと言う美麻に全員が唖然とさせられたものの、その話の内容は、一哉には信じがたい事ばかりであった。
「確かなんですか? その『人造怪魔』というのは。」
「間違いないと思うわ~。明らかにあの男の子に従ってたしね。」
庭に転がっていた、歪な三ツ頭の犬の死骸。美麻によれば、それは【三頭餓鬼狼】と呼ばれる人為的に産み出された歪なる冒涜の産物。そして3か月前のあの日に一哉が倒し、そして今日再び姿を現した【鵺】――――――敵側の呼び方に倣って呼ぶのならば【鵺改】もまたそうである。
実際、「人造怪魔」などという存在を、一哉は知らない。
それはある意味当然であると言えた。対策院にとって倒すべき敵である筈の怪魔を、態々創り出そうなどと大それた考えは普通は考えない。
たが、そういった考えを持つ人間が過去に居なかったわけではない。
美麻の話はこうである。
実は理論上、怪魔の人工的な誕生は簡単に成し遂げられる。
そもそと怪魔とは、陰の気を取り込み過ぎて堕ちた魂が、生物の死骸と融合したものだ。つまり、人間を制御が効かない程の怒りに呑み込ませたり、極限まで絶望させたりすることで、その魂を陰の気の塊へと堕とし、その状態で生命を絶って、生物の死骸をあてがうことで、人工的に怪魔を創り出すことができるのだ。
だが問題は、怪魔とは獣そのものであるという点であった。例え創り出そうとも、即座に創造者を喰らいに走る怪魔など、居ても意味が無い。
だからこそ、『人造怪魔』が広まることは無かったし、態々創り出そうとする人間も居なかった。
だが、それは21年前に突如変わる。
それは西薗一という、最高にして最悪の天才の登場だった。彼は、『人造怪魔』の製作とその完全コントロール化に成功したのだ。
「彼のそもそもの動機は、対策院執行局員の高い死亡率を何とか改善したいというものだったのよ。その点は、彼にも評価すべき点がある。」
「だけど、『人造怪魔』を創るためには――――――」
「そう。必ず人の犠牲が必要となる。でも彼は、それを死刑囚を使うことでクリアしようとしたの。死刑執行前の囚人を秘密裏に横流しして貰うことで、材料を確保してね。」
それはきっと正しくもあって、間違ってもいる。
死刑囚というのは、「死を以てしか償えぬ」と判断されたということである。であれば、その行く末が安らかな死であろうが、「人造怪魔」であろうが、結果的には同じことである。
だが、死刑執行までの過程のみならず、死刑制度自体の是非も問われる時代なのだ。一哉一個人の考えでどうこう議論できるようなものでもないだろう。
それでも、人が人の魂を堕とすというやり方には、一哉自信、嫌悪感しか抱かなかったが。
「この事に関しては、対策院でも賛否両論だったわ。でも、当初は賛成派の方が多数で、実際、そのやり方で上の実験許可は降りた。正直、最初から真っ向から反対していたのは、あなたのお父さん位ね。そうして、対策院で『人造怪魔』は創られた。」
「でも、今、対策院ではそんなものは――――――」
「もちろん、今では忌むべき研究として扱われているわ。情報を検索する事自体、NGよ。あなたも含めて、入局15年未満の局員には、研究の存在自体が伝えられてない。でもね、そうなった経緯に一悶着あるのよ。」
美麻はどこからか取り出したウイスキー――――――これまた一哉が集めていたものを、勝手に持ってきたらしい――――――を、寛二が持ってきたグラスに注ぎ、その片方を一哉に渡すと、グラスの中身を一気に呷る。
一哉も美麻に倣って、ウイスキーを流し込んだ。
琥珀色の液体が喉を通るとき、強烈な刺激と共にスモーキーで芳醇な薫りが鼻腔を駆け抜ける。そんな刺激が戦闘の疲れと重苦しい話で淀んだ思考回路をクリアにしていく。
グラスを置いた一哉は無言で話の続きを待った。
ここから先の話が気分の良いものでは無いことぐらい、バカでもわかる。話始めるにもタイミングがあるのだ。
「ここから先の話は、他言無用の機密事項も多分に含まれている。情報の取り扱いには注意してね。」
美麻は一哉他一同が頷くのを確認すると、グラスをテーブルに置き、語り始める。
「いきなりだけど、そもそも、今まで半分タブーのような扱いを受けていた『人造怪魔』の研究許可が降りるなんてこと考えられる?」
「普通の神経をしていればあり得ないでしょうね。コントロールできない兵器など、災厄でしかないんですから。」
一哉の返答に、美麻が頷く。
「その通りよ。普通だったら、そんな荒唐無稽な計画は誰も支持しない。だけど『人造怪魔』計画は、徐々に進められていったものじゃなかった。ある日突然、西薗一が提唱し、いきなりテスト運用を上層部に示したのよ。」
美麻はかつての出来事を語る。
西薗一は21年前、何の前触れも無く『人造怪魔』に関する基礎理論とその試作品を対策院に持ち込んだ。その事は、当時の対策院に大きな衝撃を呼んだ事は間違いが無い。
元々西薗一は、南条聖と双肩を並べる同期の天才として注目されていた。その時の役職はお互いに、聖が関東地区担当の特級鬼闘師、西薗一は調査局の副局長。同期同士が、それも所属する局が違うにもかかわらず、どちらも20代にして対策局の重要ポストに就いていたという事は、当時としても中々珍しかったらしい。
ともかく、制御不能と言われた『人造怪魔』を完全にコントロール下に置き、なおかつ試作テストサンプルまで作り上げた西薗一の成果は、その名声や地位から疑われる事も無く受け入れられた。
万年戦力不足に悩む執行局上層部にとっては、まさに砂漠の中のオアシスの様な物であったのだ。
「テスト運用はすぐに始まったわ。それはそうよね。対策院はこの世界に起こる怪奇現象・超常現象を隠し通すためなら、どんな非道も辞さない組織。ただでさえも一級以下の鬼闘師の死亡率の高さと人員不足に悩んでいる執行局が、そんな『気を遣わなくていい』戦力の登場に、飛びつかないわけが無い。――――――たとえそれが、人の道から外れていたものだとしてもね。」
美麻の言葉を聞いた結衣と咲良は、一様に顔をしかめる。
基本的には「人を殺さない」という方針のもと動く南条一哉の元に集う者達は、対策院がそういう組織であるという事をどこか忘れがちである。だが、対策院という組織は、日本の秩序を守る手段としての機密隠蔽の為であれば、殺人すら厭わない。それは美麻の言う通り、覆しようのない事実なのである。
「そうして始められた『人造怪魔』のテスト運用は、極めて順調だった。最初のテストケース個体だった【始祖猿改】ですら一級鬼闘師とほぼ同程度の能力を持ち、最終の第7個体【堕賢猿】の能力は、上級鬼闘師のそれを優に上回っていた。」
「それ程の力を………………」
「人造怪魔」の力がそれ程までに高まったのだとすれば、それは対策院にとって間違いなく大きな戦力となるだろう。戦わせるのは、完全制御下に置かれた輪廻転生の理から外れた怪物。斬られようと、肉が弾け飛ぼうと怪魔としての治癒能力で治せてしまい、例え使い物にならなくなったとしても代替品に挿げ替えればよい。
手段の是非を問わない対策局であればこそ、なお一層、その計画を後押ししたのだろう。
「狂ってる――――――西薗も対策院も…………。そんなんだから、お母さんは………………。」
ここまで沈黙を貫いていた佐奈が呆然と呟く。
確かに一哉もこの対策院のやり方には疑問を持った。いくら対策院が非合法のやり方を是とする組織だとしても、必ず人間を犠牲にするやり方をなぜ許可したのか。さらに言えば、対策院は秘密裏とはいえど国家機関であり、その上流は突き詰めていけば国そのものである。いくら何でもおかしすぎる。
だが、佐奈のこの反応には、なぜか違和感の様な物を感じざるを得なかった。佐奈から感じるのは、対策院における「人造怪魔」実験の是非というよりはむしろ、かなり個人的な感情。まるで全てを知っているかの様な――――――
「美麻さん、その後は? そんなに歓迎されてた『人造怪魔』がどうしてあんな事に…………」
佐奈の表情は今一読み取れない。
だが、明らかに一哉よりも多くの事を知り、多くの事を理解しているといった風体だ。なぜ佐奈がこんなにも『人造怪魔』の話題に興味を持つのか、気にかかって仕方がない。
一哉はその事を佐奈に――――――――聞けなかった。
有体に言えば、怖かったのだ。
佐奈は母の事を口に出した。それはつまり、この件が一哉自身のトラウマに直結している事も意味している。
一哉の記憶にはところどころ欠落があるが、その原因が自分自身にある事は、ここ最近の昔の一哉を知る人物との会話でなんとなく察していた。
目を覆いたくなる現実の前に――――――今にも崩れ落ちそうな、脆い、弱い心を護るため、自ら記憶を封印したのだと。
その記憶の封印は正直、何も解けてはいない。
いまだ何か思い出せたことは無いし、思い出そうとすると、得体の知れない恐怖と悲しみが胸の中を駆け巡る。
結局のところ、一哉はまだトラウマと向き合う覚悟ができていないのだった。
「でも、佐奈ちゃん。ここでその話は………………」
「わかってます。だから概略だけでいいです。どうしてあんな事になったのか、教えて欲しいんです。」
だから、突然会話のメイン位置に居座り始めた佐奈に、何を言っているのかと問う事も出来ない。
一哉はただ、二人の会話を静かに――――――いや、何も口を出すことも出来ずに傍観するしかなかった。
「今思えば、私が鬼闘師をちゃんと目指そうと思ったのも、あの『クソカマキリ』が原因――――――。せめてアイツが現れた理由だけでも知れれば………………」
「そうね。佐奈ちゃん、あなたにも知る権利がある。あなたも澪先輩のお子さんなんだから。」
――――――コトッ
美麻は空いたグラスに再びウイスキーを注ぐと、それを一気に飲み干し、再びグラスをテーブルへと戻す。心なしか、その動きはさっきまでの同様の仕草のどれと比較しても、重苦しいモノだった。美麻にとっても、思い出したくも無い記憶―――――――そういう事なのだろうか。
もう既に、佐奈と美麻の会話に理解できる点など一つも無い。一哉でそうなのだから、当然の如く、結衣と咲良は全く意味がわからないといった顔をしている。
「『人造怪魔』計画は一部の反対意見を押し切りながら、実用段階の一歩手前まで推し進められた。その戦果は目覚ましく、計画最終段階では、執行局局員の死亡率は6割減という稀に見る数値まで叩き出したわ。だけど、この計画はある日突然、何の前触れも無く打ち切られる事になる。」
美麻は語る。
当時、一哉と佐奈の母である澪の部下であった美麻は、上級鬼闘師への昇格試験の為に、澪と共に本部を訪れていたが、その時に決定的な瞬間を目撃してしまった。
それは、当時の内閣調査局の人間から実験の即時中止を言い渡されているまさにその瞬間であった。元々反対派であった澪はもちろん、当時は別にどちらでも良かった美麻でさえ開いた口が塞がらないほどの衝撃であった。
まさに青天の霹靂。誰もがそう思っただろう。
「なぜ上部機関が突然実験の中止を言い渡してきたのかは、私も知らない。ただ、その日を境に、あれ程歓迎ムードだった『人造怪魔』計画はなぜか急速に失墜していき、最終的に西薗一は追い落とされていった。」
美麻はまた更にウイスキーをグラスに注ぎ、一気に流し込む。
もはや空気は重苦しいなどという次元をとうに超えており、まるで肩に鋼鉄の塊でも乗せられているかのように体は重く、誰一人として何も言葉を紡げない程であった。
「そうして対策院で孤立していった西薗一は、対策院を自ら辞めたわ。ここから先は詳しくは説明しないけど、西薗一はその後対策院に一族総出で戦争を仕掛けた。高々40人程度の戦力相手に6年も対処がかかったのは、当初、対策院が西薗一の事を軽視していたからというのもあるけど、常に前線に『人造怪魔』の姿があった事が大きかった。聖さん一人では、突然遠方に出現する人造怪魔に対応できず、対策院は常に後手後手の対応を取らざる負えなかったのよ。」
「じゃあ、あの『カマキリ』もそうした戦いの中で?」
「あれは特別。10年前、重い腰を上げた対策院が開いた特級会議にて、西薗家の全面的殲滅が決定されて以降、関東地方に特級鬼闘師が集結し、急速に事態は収束していった。あの最後の『人造怪魔』【地獄蟷螂】は、彼の最後の足掻きよ。彼の妻と彼自身、その他3人の西薗の一族の計5人の人間を使って生み出された怪物。彼の最後の執念は凄まじく、重度SS++相当の怪魔となり、対策院に甚大な被害をもたらした。勿論、その中には澪先輩も…………」
そう語る美麻の顔は、【微笑みの死神】なる二つ名を付けられている人物とは思えない程沈み、暗いものだった。
多分見ていらっしゃる方は居ないと思いますが、活動報告にて裏話等、チョイチョイ書いております。よろしければぜひ。
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




