extra episode 09【結衣の日常・前編】
extra episodeの結衣編です。
内容的には、第2章と第3章の間のショートストーリーです。
相変わらず、本編の流れには大きく影響しません。
ついでに、第4のヒロインの莉紗が先行登場です。
なお、書き上げてみたら異様に長くなってしまったため、前後編に分けております。
後編の方が若干長いです。
「もう6月も下旬か……」
一哉君と二人で晩御飯を食べていると、突然一哉君がそんな事を言い出しました。確かに今日は6月21日。梅雨も真っ只中の、夏休みが待ち遠しい6月下旬の一日です。
ちなみに、今日は佐奈ちゃんはいません。やっと二人になれ………………ゲフン、ゲフン………………、何でもありませんよ?
「急にどうしたの、一哉君?」
「いや、今年は特に時間が経つのが早いな…………ってな。」
本当にどうしたんでしょう、急におじさんみたいな事を言い出して。今、そんなノスタルジックな雰囲気になるタイミングでしたっけ…………?
ちょっと今の状況を確認してみましょう。
今日は木曜日。普通の平日です。誰かの誕生日でもなければ、何か特別な日でもありません。
今は一哉君と二人でテレビを見ながら、ご飯を食べています。
今日のご飯は私が作りました。ごはんにお味噌汁、ほうれん草のおひたしに肉じゃが、そして鯖の塩焼き。至って普通の晩御飯です。
何度考えてみても、やっぱりよくわかりません。
「いや、結衣がこの家に来て、もう二ヶ月も経つんだなって考えたら、本当に日が過ぎるのは早いと思うよ。」
あぁ、そういう事ですか。
確かに、私が一哉君と一緒に暮らすようになってから、色んな事が一気に起こりました。私が一哉君とやっと話せるようになったあの【鵺】という怪魔の事件に始まり、一哉君と咲良ちゃんと一緒に旅行に行ったり、何か知らないうちに眠らされて命の危機に晒されてた、なんて事もありました。
それについ最近、私が一哉君のお家にお邪魔してることも海音ちゃんにバレちゃいましたし……。
でも、私はそうは思いませんでした。
「そうかな? 私としては『まだ2ヶ月かー』って感じだけどね。なんか、一哉君と一緒に居るのが自然になっちゃって、もっとずっと一緒に居るような気分。」
そう、私は同期の男の子の家に居候するという、普通に考えれば異常な状況に慣れきってしまっているのです。
もちろん、初めは私にも違和感は有りました。20年間住んでいた家がある日突然無くなって、それまで話しかけることすら出来なかった筈の男の子の家に住むのですから、落ち着ける訳がありません。
ところが、1ヶ月も経てばその違和感もすっかり消え去ってしまい、いつの間にか実は昔から住んでたんじゃないかと錯覚する程になってしまったのです。
我ながら、あまりの自分の図太さに自己嫌悪です。
「まあ…………そういう意味なら、俺も結衣がここに居る事があんまり変だと思わなくなったな。……うん、むしろ、居なかったら居なかったでそっちの方が違和感ありそうだ。」
などと密かに悩んでいる私をよそに、一哉君はそんな事を言ってきます。
もうっ!
本当に、一哉君はすぐ無意識にそういう事言うんですから…………っ!
どうせわかってますよ、今のセリフにも大した意味は無いって事位。この2ヶ月、一哉君の思わせ振りな台詞には何回もドギマギさせられたんですから。
「ごちそうさま…………。」
一哉君のそんな言葉に、一人悶々とした感情を抱いていた私でしたが、そこで席を立つ一哉君の顔が少し赤いことに気がつきます。何でしょうか。もしかして、珍しく照れてる…………?!
―――――――ゴホッ、ゴホッ
って、風邪じゃないですか?!
大変っ!
えっと、風邪薬って何処にありましたっけ?!
あわわわわわわ………………。ここの家で風邪引いたこと無いから、全くわからないです!
ど、どうしよう……………………。
「悪いけど結衣。体調崩したみたいだから、今日は先に寝るわ。めんどくさかったら、食器はシンクに突っ込んどくだけでもいいぞ?」
一人であたふたしていた私になど目もくれず、一哉君はさっさと風邪薬を飲むと、そのまま自分の部屋へと戻っていってしまいました。
せっかくちょっとでもアピールできるチャンスだったのに。私のバカ………………。
● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
「お兄ちゃんが風邪引くのなんか何年ぶり?」
「多分3年ぶりだな…………。風邪ってこんなに辛かったか…………?」
翌朝起きてみると、食堂には明らかにダルそうに机に突っ伏す一哉君に、制服エプロン姿の佐奈ちゃんがお粥を作ってあげていました。
その佐奈ちゃん、私を見るなり、してやったりといった顔でニヤリとしています。
し、しまった~――――――!
何で私、そんな簡単な事も思い付かないの?!
私のバカ、アホ、ナス、アンポンタン………………!!
「一哉君、お熱測ろ…………?」
完全に出だしから看病イベントを逃した私は、悪あがきに、一哉君に体温計を差し出したのでした。
朝食後、かなり久しぶりに一人で大学に向かいます。最近は一哉君と一緒に通っていたので、ちょっと懐かしいですね。
ちなみに、佐奈ちゃんは一哉君の看病すると言って学校をサボろうとしてましたけど、一哉君に凄く怒られてました。
危なかったです。
後3分遅かったら、私が言っていたところでした。
最初は懐かしい感覚を味わいながら、一人、電車にボーッと乗っている私でしたが、少し寂しくなってきました。私、高校からこの前までずっと一人で通学してたはずなんだけどな…………。
でもこの寂しい感じは、一哉君が居ないからというよりも、誰とも一緒に居ないからの様な気がします。一哉君のお家にお邪魔するようになってから、今まで静かだった私の周りの環境は、一気に賑やかになりました。
一哉君がいて、佐奈ちゃんがいて、咲良ちゃんがいて。大学に行けば、海音ちゃんもいます。最近は一哉君との絡みで鈴木くんとも普通に話すようになりましたし、なにより、よくわかりませんが、学科の友達も増えました。
――――――相変わらず鈴木くんの事は苦手ですけど。
「いや~、東雲さんってちょっと声かけづらかったんだよね~。なんか、周囲に壁を作ってるような感じがしてさ。でも、話してみたらスッゴくいい子だったから、もっと話しとけば良かったよ~。」
とは、最近仲良くなったお友達のうちの一人の談。
私、自覚無いんですけど、そんなに話しかけづらかったんですかね?むしろ、私の方が周りの皆に話しかけづらかったんですけど。
どうも最近、私の価値観と他の人の価値観が微妙にずれてる気がします。
今まであんまり人と関わってこなかったから、余計にそう思うんでしょうか?
今のところ、それで困った事は無い――――――――ハズなので、特に問題だとは思ってないんですけど…………。
ともかく、ここ2ヶ月程賑やかだった私の周りが急に静かになって、寂しさを感じているのは間違いありません。たった一人、一哉君が居ないだけなのに変ですよね。
前は、どちらかと言えば独りが当たり前だった節もありましたが、今は全然そんなことありません。いつも誰かと一緒にいるのが当たり前になっています。
もちろん、四六時中誰かといるわけでは無いですけど、こういうふとしたタイミングで一人だった事は久しぶりです。
こんなに私の周りは変わったのに、その変化もまだ2ヶ月なんだと思うと、やっぱり昨日の一哉君との話題は、一哉君に同意出来そうにありません。
とにかくこの寂しさを紛らわそうと、私はスマホのトークアプリを起動します。4月までは精々、お父さんか、海音ちゃんか、天文部の人かとしか使わなかったこのアプリですが、最近は大活躍です。
うーん。誰にメッセージ送ろうかなぁ………………?
そうして画面をスクロールする私の目に入ったのは、「小倉莉沙」の4文字。私の所属する天文部の部長です。
莉沙さんには色々目をかけてもらってて、相談事にも乗ってもらいました。部活の企画の唐突さと横暴さにはちょっと困った人ですけど………………。でも、好きな先輩であることには変わりありません。
私は莉沙さんとのトーク画面を開けます。最後のトークは4月でした。ちょうど、私の家が無くなった日の1日前の日付です。
もう2ヶ月も連絡取ってなかったんだ………………。
莉沙さんに最後に会ったの、そう言えば3月が最後だよね。久しぶりに会いたいなぁ。でも、密かにやってるアイドル活動が忙しくなってきたって仰ってたしなぁ………………。
私は「莉沙さんお久しぶりです! 久しぶりにお茶でもしませんか?」と打ち込み、メッセージを送信します。
莉沙さんはお忙しいでしょうから、すぐには帰ってこないはずです。その間に、実験レポートの見直しを――――――
――――――ブルルッ!
あれ、何だろ?
あっ、もう莉沙さんから返信来てるっ!
Risa「ゆいゆい、おひさ(^^ゞ せっかく誘って貰って悪いんだけど、相変わらず忙しいんだ。ちょっと無理かなぁ。」
ゆい「お忙しいときに失礼しました。莉沙さん、4年生ですから仕方がないです。」
Risa「あー、大学の方は特に問題なしだよ。自慢じゃないけど、ボクは薬学だけは自信あるから。そうじゃなくて、所属してるグループが最近売れてきてね。その取材対応とかで忙しいのさ。」
ゆい「そうなんですね……! 莉沙さんにお時間できたら、またお会いしたいです。天文部の皆も会いたがってますよ?」
Risa「天文部の件はゴメン…………。一応、ボクが把握してるスケジュールだと、7月下旬には時間が空きそうなんだ。そしたら、また一緒にカフェでも行こう。あと、天文部の皆にも、ボクが合宿企画してるからよろしくって伝えといて。」
ゆい「わかりました! そういえば、莉沙さんの所属してらっしゃるアイドルグループって何て名前なんですか? 私、見に行きたいです。」
Risa「悪いけど秘密(;´д`)! 恥ずかしいから!」
Risa「ごめん、マネージャーが呼んでるからここまで。じゃあね!」
うーん。
莉沙さんにはうまくはぐらかされた気がします。私は莉沙さんの応援に行きたいんですけども………………。
まあでも、そうこうしてるうちに駅に着いていました。もう、今日は良しとしましょう!
そう気を取り直した私は、電車を降りると、少し軽い足取りで一限目の講義に向かうのでした。
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
今回のストーリー中の、サラッと流された出来事は今後extra episodeとして書くかもしれません。
多分、結衣が南条家に居候しているのが海音にバレるストーリーは後々書くと思います。書かなかったらスンマセン。




