什ノ舞 闇に堕とされた者
仕事が死ぬ程忙しいときは、こんな会社辞めてやると本気で思うのですが、いざ仕事が暇になると心配で堪らなくなります。
度しがたい程の社畜です。
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いつもありがとうございます。
俯き落ち込む結衣と、それとは全く対照的に盛り上がる咲良と寛二。そんな両者を面白そうに見ていた美麻が突然立ち上がる。
「美麻さん、どうかした?」
そんな美麻を最初は訝しげに見ていた佐奈だったが、佐奈も突然ハッとした顔をして立ち上がった。
「ど……どうしたの、佐奈ちゃん?」
先程までの空気とは、まるで変わってしまった事についていけない結衣は、困惑の表情を浮かべて佐奈に訪ねる。だが、佐奈は何かに警戒する様に、屋敷の外を鋭い視線で見つめたままで答えを返してくれない。答えを求めて、寛二と咲良を見た結衣だったが、二人も何かに気がついたのらしく、佐奈と同じ様に屋敷の外を見つめたまま微動だにしない。
「一体何が…………」
そこまで言いかけて、結衣も一つの可能性に行き当たる。他の4人が感じ取れて、自分がわからないモノ。4人が警戒するようなモノ。そして、先程までの話――――――
(まさか、また怪魔…………?)
その可能性に辿り着いた結衣は、一気に背筋が寒くなる。結衣自身の記憶の中では、怪魔と遭遇したのはただ一度。2ヶ月前に【砕火】なる怪魔が南条家を襲ったときは、自分は眠らされていたらしいので記憶に無い。
だが、そのたった一度の記憶はとても恐ろしいものだった。自分が長年過ごしてきた家はあれよあれよと蹂躙され、一哉も傷付き倒れた。一動作一動作が命を奪う、死そのものを体現するかのようなその姿は、どこまでもただの一般人に過ぎない結衣にとっては、恐怖の対象でしかなかった。
そんな恐怖も、一哉の隣に居れば忘れる事が出来た。ずっと話しかけることが出来なかった想い人、その人に自分との本当の出会いを思い出してもらう為の出来事と思っていたが、たった今はそうではなくなってしまっている。
東雲結衣はあくまでも一般人である。たった一つの出来事から鬼闘師や祈祷師と多く関わるようになったが、結衣自身は殆ど霊力も持たないただの人間なのである。
だから、結衣のこの感覚は当然であった。ただ南条一哉という存在がその感覚を麻痺させていただけなのである。
(そうだ…………。 一哉君に知らせないと…………っ!)
それが結衣の中の、一哉にすがろうとする依存心であるのか、家主への報告義務を果たそうとする義務感なのか。結衣自身にもわからない。だが、それがどっちであったにしろ、結衣が一哉に電話をするのに、部屋にスマホを取りに戻ろうと立ち上がるという結果に至る点は、変わらなかった。
「結衣さん、危ないっ!!!!」
結衣が立ち上がった瞬間、恐ろしく寛二が結衣を突き飛ばした。訳もわからず床に倒された結衣は、そのほんの少し後に、ガラスの割れる音と、近くで何かが砕けるような音を聞く。
顔を上げた結衣の視界に入ったのは、壁に突き刺さる長い金属の棒。そしてその棒が突き刺さった位置は、丁度立ち上がった結衣の頭程の位置であり――――――
「無事ですか?! 結衣さん!」
「は、はい…………」
寛二が結衣を突き飛ばしていなければ、確実に死んでいた。あまりにも突然やってきた死の瞬間に、頭と心がついていかない。結衣はただ呆然と座り込むことしか出来なかった。
「寛二、結衣ちゃんと咲良ちゃんを護りなさい。佐奈ちゃん、悪いけど手を貸してくれる?」
「もちろん。」
美麻が自らの得物である折り畳み式の大鎌を展開、佐奈も自分の部屋から薙刀を持ってくる。結衣と咲良を護る様に言いつけられた寛二自身も2本のナイフを取り出して構える。
「美麻さん…………。私の勘違いかもしれないけど、敵が増えてる……?」
「多分、勘違いじゃないわよ。さっきまで3つしか無かった陰の気の気配が、6つに増えてる。それに…………とても近い…………っ!」
美麻がそう言い終るか終わらないかのうちに、陰の気など感じ取れない結衣ですらわかるような影が庭に現れる。その数3。
その影は不気味な気配を纏いながら、こちら側に近づいてくる。そして段々と近づいてきて、屋敷の灯りに照されたその姿は――――――
(何、あれ…………? 犬?!)
思わず結衣は息を飲む。
結衣が見たその影は、全身が汚く黒ずみ、爪は異様に伸び、醜く口が裂けた獣。犬にも似た姿をした、四足歩行の異形だった。だが、結衣が驚いたのはそこだけではない。
異形が持つ最大の違和感。そして異常性。その化け物には首が3つあった。それもまるで後から無理矢理くっ付けられたかのような雑な見た目で、本体の黒い胴と首にくっ付けられた茶毛と白毛の首は、まるで接ぎ木である。
一応大学で生物学を専攻する結衣にも、複数の頭を持つ奇形動物に関する知識はあった。例えば、実験でトカゲの頭を分裂させるモノがある。胚発生時の体細胞分裂初期のあるステージで初期胚に細工をしてやると、双頭のトカゲを誕生させることが出来るのだ。また人為的でなくとも、遺伝子異常による突然変異で複数の頭を持つ動物が自然界で産まれることもある。
しかし、目の前の存在はそんな知識からはあまりにもかけ離れて異形で――――――
「な、何、コイツ…………。【餓鬼狼】の変異体…………?」
「さあ…………? でも、普通じゃないのは確かね。」
以前一哉から教えてもらった怪魔とは、陰の気を取り込みすぎて陰の極致へと堕ちた魂が生物の死体と融合したもの。つまり、目の前の三ツ頭の犬はそういった生物の死体と魂が融合した存在であって然るべきである。
しかし、眼前の怪物は明らかに後付けされたような首を2つ持っており、とても多頭の生物死体に融合したとは思えない。それにも関わらず、3つの頭は独立した動きを見せており、その様子だけ見れば、そういった生物が初めから居る様にさえ思われる。
だが、首を後でくっつければそれが独立して動き出すというような怪現象は起こるわけもない。佐奈や特級鬼闘師の神坂美麻ですら知らず、驚くような怪魔。目の前の怪物は結衣の知る、そして鬼闘師達の知る常識からさえもかけ離れており、ただただ醜く、そして恐ろしい。
そして気がついた事がもう一つ。
「あの【鵺】っていうのと似てる……。」
「いやいや、さすがにアレとは違うと思うわよ……? 【鵺】なんかそれこそ平安時代の書物にすら出てくるんだし。」
結衣と同じく非戦闘要員扱いで後ろに下がらされていた咲良が呆れた様な目線を送ってくるが、そういった反応をされるのは結衣もわかっていた。だが、自分が言いたい事はそうではない。
「そうじゃないの、咲良ちゃん。あの怪魔と、前に私の家に出た【鵺】って怪魔。確かに全く違う怪魔だけど、まるで首を後でくっつけたみたいでしょ? それに、身体のくっつき方が凄く似てる…………。」
「言われてみれば…………。だけど、【鵺】は昔から知られている怪魔とは言っても、【餓鬼狼】とか【土竜鼠】みたいに普通に現れるような怪魔じゃないし、わかってる事だって、複数の生物が融合しているって事位なのよ。だから、あの怪魔もたまたま3体の犬が媒体になって融合して生まれたんじゃないかしら。」
「…………どうしてそう言えるんですか?」
「何がよ?」
「ほとんど何もわかってないんだったら、何で『【鵺】みたいに』たまたま生まれる事になるんですか?」
結衣の質問の意図がわからなかった咲良は怪訝な顔をする。結衣自身、敵に襲われているこの状況で冷静に伝える事が出来ていなかった。一応自分も理系の学生なのだ。慌てて理論立てた説明を構築しなおす。
「すみません、わかり易く言いますね。どうして【鵺】が人為的に作り出された怪魔じゃないって言えるんですか? 」
「――――――えっ……?!」
「私、あの【鵺】って怪魔が私の家に現れてからずっと不思議に思ってたんです。なんであの怪魔は戦いに特化した体の構成をしてるんだろうって。」
結衣は3か月前の【鵺】の事を思い出しながら、咲良に問いかける。
「複数の動物の死体が融合したんだったら、可能性としては、変な所から腕が生えてたり、足が生えててもおかしくないですよね。なのに、あの【鵺】はあまりにも都合の良い体の構成をしていた。そして、目の前の怪魔もそうです。都合よく、頭だけが3つ付いている。複数の生物の死体が怪魔にとって都合の良い部位だけ融合するなんておかしいと思いませんか。」
元々、気にはなっていたのだ。3か月前に東雲家を襲った【鵺】。犬や烏といったありふれた動物であれば、その素材となっていても不思議ではないが、虎やゴリラの腕が一体どこから出てきたのか不思議に思っていた。
「結衣ちゃん。つまりあなたは、以前あなた達を襲った【鵺】も、今目の前に居る得体の知れない怪魔も生み出した存在が居て、この子達等をけしかけてきているって言いたいの?」
「はい、神坂さん。」
庭先に蠢く三ツ頭犬と対峙しながらも、結衣の言いたい事は美麻に伝わったらしい。
だが、咲良は全く信じられないと言った顔をしている。それは、美麻と同じように庭先を睨んで薙刀を構える佐奈も同じだ。と言うより、佐奈に至っては全く信じていないという感じだ。
「結衣さん、いくら結衣さんが大学で生物学んでるって言っても、相手は輪廻の理から外れた存在だよ? そんな科学的に議論されても、説明がつかない事なんてたくさんあるんだから、意味無いでしょ。それに、どこの誰に怪魔を態々作る意味があるって言うの。説明してみてよ。」
「それは…………」
佐奈の言う事ももっともではある。
自分は、一哉や佐奈達の世界の事を殆ど何も知らないと言っても過言ではない。
だからそう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまうのだが――――――
「いえ、可能性はあるわ。」
佐奈に反論したのは美麻だった。
「【鵺】の件はともかく、今目の前に居るこの子達は人造的に作られたという方がむしろ自然よ。」
顔をこちらや佐奈には向けないまま語る美麻。
特級鬼闘師である美麻の話であれば、流石の佐奈も黙るしかない。
しかし、その美麻の顔がどこか憂いの様なものを帯びているのが気になる。
「でもまさか…………再び『アレ』が……?」
「『アレ』って…………?」
それは佐奈も同じだったのだろう。隣に立つ美麻に聞いている。
だが、美麻はただ首を横に振るだけで答えようとはしない。
何か聞かれたくない事情があるのか、それとも話す事自体に支障があるのかはわからなかったが、ともかく今この状況で何かを聞き出せる雰囲気ではなかった。
「さあ、無駄話はおしまい。庭でウロウロしてるあの子達も待ちきれないみたいだし、さっさと片付けちゃいましょう。」
聞かれたくない話を無理矢理帰るがごとく、美麻は鎌を構えた。
3頭の三つ首の怪魔はこちらの出方を伺っているのか割れた窓ガラスの外、屋敷の庭をウロウロとしながらこちらを伺っている。
完全な膠着状態。お互いに睨み合ったまま動かない。
「あぁ~っ! もうっ、じれったいなぁ……! 来ないならこっちから行くよ!!」
緊張感漂う睨み合いの中、一番最初に動いたのはやはり佐奈だった。結衣の知る限り、周りの鬼闘師の中で一番の脳筋志向の持ち主で、かつ直情径行にある少女。長く続く睨み合いに待ちきれるわけもなく、一人飛び出していく。先程の金属の棒で割れた窓ガラスを突き破り、外へ出ると、さっそく3頭いる怪魔のうちの1体に斬りかかる。
「まったく、佐奈ちゃんは相変わらずね~。私も行くから、寛二、後よろしく~。」
そんな佐奈を追いかけて、美麻も外へと出る。
怪魔と戦う二人の姿はただのド素人である結衣の目から見ても流石と言うモノだった。美麻は特級鬼闘師であるという点を差し置いても動きに無駄が無く、敵をあしらうかのように動いているし、佐奈も美麻程ではないが霊術と体術で怪魔の攻撃を躱しながら反撃しており、傷一つ負う事無く戦っている。一般的な三級鬼闘師がどれほどの実力であるのかは結衣は知らないが、どちらにしても互角に戦っているだろう。
だが、そんな様子を見ていても結衣の中の不安が消える事は無い。
(敵の数は全部で6…………。じゃあ、あと3はどこに行ったの…………?!)
先程の美麻の言葉を思い出す結衣。気配から感じ取った敵の数と、庭で戦う敵の数が合致しないのだ。
もちろん結衣は鬼闘師としての戦いに関しては咲良以上に理解していないが、だからと言ってそれを見過ごせる程暢気でもない。
そしてその不安はすぐに的中する。
「――――――っ?! ごめん咲良ちゃん、そっちに2匹行った…………っ!」
「え……いやっ、ちょっと!! ごめんって言われたって?!」
闇に紛れて潜んでいたもう2頭の三ツ頭犬が、突如現れたかと思うと、佐奈の横をすり抜けてこちら側へとやってくる。本体と思われる真ん中の首はもちろん、それにくっ付く残り二つの首も、飢えた獣の様な鋭い眼光を携え、凶悪な牙が覗くその口から溢れんばかりの涎をまき散らして近づいてくる。
物理的な戦闘は専門外の祈祷師である咲良と、完全なるただの人間である結衣。最悪な組み合わせを護るのは最早二級鬼闘師であるという美少年鬼闘師・嶋寛二のみ。
「――――――――っ! 二重起動『水陽刃』!!」」
寛二が振るった二本のナイフの刃先から水の刃が飛び出し、怪魔へと襲い掛かる。
だが、怪魔はどちらも軽々と水刃を躱すと、遂には室内へと侵入し、唯一の障害である寛二へと襲い掛かる。
「――――――くそっ! それならこれで!!」
寛二はナイフの内一本――――――左手に持つナイフを床に突き刺す。
「『氷網環』――――――!」
途端、床から氷の鎖が無数に生まれ、結衣達の前で網目状に組みあがる。さらにそこから、結衣たちを取り囲む環状の防護柵となって怪魔を迎え撃つ。
『グャ………ッ?!』
『グルァ……………ッ!!』
『ギャンッ…………?!』
氷の網は怪魔の侵入を防ぎ、目前で阻止する事に成功する。二頭しか居ないにもかかわらず頭が6つもあるため、元々聞くに堪えない悍ましい悲鳴が、非常に煩い。
寛二の霊術は、美麻の補佐を務めるというだけはあって、若いにもかかわらずとても精度の高いものに思えた。実際、この防護柵が組まれてから怪魔の攻撃は柵の内側まで届いてこない。このまま寛二が耐えられれば――――――そんな風に期待してはみたものの、やはりそうは問屋が卸さなかった。
『グルルルルルゥゥゥゥ…………ッ!!』
『グアアァ…………ッ!!』
『ギャアアアァァッ…………!!!!』
『グルァッ!!』
『ギャオオオオオオオォォォォッ!!!!!!!』
『グウウウゥゥゥ…………ッッ!!』
6つの頭は氷の網の一点を集中して攻撃し始めた。流石の氷網も一極集中攻撃には耐久性が心もとなく、ほんの少しずつではあるが、網の隙間から柵が破られてくる。加えて、頭のどれかが外で戦う3頭を呼び寄せているらしく、佐奈と美麻は徐々に室内へと押し込まれてきている。
特級鬼闘師である美麻ですら、二人がかり戦っているにもかかわらず3頭の怪魔を仕留め損なっているのだ。ここで二人が屋内に押し込まれるようなことになれば、氷の柵は瞬く間に破られるだろう。
「このままでは…………」
術の制御をする寛二が苦々しげな顔で、柵を破ろうとする怪魔を睨んでいる。氷の柵は徐々に削られてきており、破られるのも時間の問題。このままでは死を待つしかない。そんな状況で動いたのは、戦力にならない筈の咲良だった。
「あぁ、もうっ! 仕方ないわねっ! 私がやるわ!!」
咲良のその言葉に、結衣は酷く驚いた。一哉から聞いた話によれば、咲良達・祈祷師は物質に直接干渉できる術を殆ど持っていない筈である。直接干渉できたとしても、精々物を浮かせたり動かしたりする程度――――――それでも十分魔法じみていると結衣自身は思っているが――――――であり、とても怪魔と正面から戦えるようなモノではない。
だが、隣の咲良は瞳にどこか自信のようなものすら浮かべているのだ。この状況で咲良に何が出来るのか、全く意味がわからない。
唖然とする結衣を横目に、咲良は手元の鞄から洋扇子を取り出すと、床に触れさせ目を閉じる。そして大きく息を吸い―――――――
《幾多なる息吹よ その欠片集わせ 我が腕と成せ》
言霊を発する。
結衣にも聞き覚えのあった独特の発音で紡がれるのは、霊術起動のための詠唱。それがどういったものなのか、結衣にはわからないが、少なくとも、寛二の驚いた顔を見る限り普通ではないことが起こるのだろう。
そして当の咲良は、詠唱を終えてから一拍置いてから目を開ける。そして、今ここには居ない家主への謝罪を叫んだ。
「一哉兄ぃ、家壊してごめんなさいっ!! 『樹縛鞭』――――――――――っ!!」
途端、眼前の怪魔達の二頭の足元のフローリングが変形すると、ロープを形成して怪魔に襲いかかる。
『ガルルルルルゥ……………………』
そのロープはアッサリ躱されてしまうが、氷柵から怪魔を引き離すことには成功する。ロープはなおも動き続けて怪魔の動きを牽制しているため、怪魔達も迂闊には近づいてこない。
そしてその隙が逆転の一手だった。
「咲良ちゃん、ごめんね~。」
『ギャッ………………ッ?!』
「ひっ……!」
美麻がいつの間にかいつもの微笑みを携えたまま現れ、片方の怪魔の首を一度に斬り落とす。すっぱりと斬られた3つの傷口からは夥しい量の血が吹き出し、足下には3つの犬の首が落ちている。そして体の方は、何らかの作用の影響か、ピクピクと痙攣している。血液恐怖症であれば、一瞬で気絶してしまいそうな光景だ。
その様子を見た、残り一体の怪魔は慌てて庭へと逃げた。
結衣は目の前のショッキングな光景から目を逸らして外を見る。庭には、美麻が戦っていた怪魔が一体、同様に首を全て切断されて既に事切れており、残り二体は佐奈が引き受けて戦っている。
「神坂特級、幾らなんでも遊びすぎです。本当はもっと早く倒せたでしょう?」
「心外ね。あなた達ごと真っ二つにするわけにいかないじゃない。」
「ご冗談を。貴女が何故【微笑みの死神】などと言われているのか、僕が知らないとでも?」
助けに来てくれた筈の美麻に、寛二は何故か喧嘩腰であった。
一哉が居たときは仲良くしていた筈の上司と部下の関係がまるで伺えない。糾弾するかのような寛二の問いに、美麻はただ静かに首を振る。
「今回は護衛任務も兼ねてるの。本気で戦うわけにはいかないのよ…………。」
答える美麻の言葉には重苦しいものがあった。何か思い出したくない事を必死に抑え込むような顔だ。そして、結衣はそんな顔に見覚えがあった。
それは一哉だった。
結衣には何がトリガーとなってそんな顔を一哉にさせているのかわからなかったが、結衣や咲良と話している一哉がたまにそういった表情を見せることには覚えがあったのだ。
今の美麻の表情はそれによく似ている。
二人の間に何があったかは知らない。
だが、今はそんな事をしている場合ではない筈だ。
「神坂さん………………。まだ、敵が一体………………。」
「わかってるわ、結衣ちゃん。――――――来た……!」
何かを感じ取った美麻は庭の方へと歩いていく。
まだ佐奈と戦っていた怪魔は、近づいてくる美麻の気配に気がつき、姿勢を低くして威嚇の姿勢を取る。
美麻は怪魔の威嚇を完全に無視して近づいていく。そして、その全てを葬ろうと鎌を振り上げたその時だった。
「戻れ【三頭餓鬼狼】よ。」
闇の中から、南条家の庭に機械処理された低い男の声が響く。
その声に呼応するように、怪魔達――――――【三頭餓鬼狼】がその場から跳び退き、美麻から距離を取る。
同時に奥から、【三頭餓鬼狼】以上に気味の悪い雰囲気を纏った影が姿を現す。
その姿は美麻と佐奈に向かって近づいてくる。段々と明確になるその姿。身体の輪郭が、着ている服が、そして付けている面が露になる。
「お初にお目にかかる、神坂特級鬼闘師。お前の命、貰い受けに来た。」
庭には、一哉と殆ど同じぐらいの身長で、右手に長い金属の棒を持ち、黒いフードつきの外套を纏い、黒いライダースパンツ、黒いライダースブーツを身に付け、そして白い能面を付けた人物が立っていた。
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
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次回は一哉視点に戻ります。




