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鬼闘神楽  作者: 武神
第3章 闇からの挑戦
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玖ノ舞 困った少年

高速道路で高速で車を運転中に眠くなる現象が科学的に証明されたそうです。

つまり、私が毎回東北道で眠くなるのも普通の……(ry


時間と場所はまたしても戻って、南条邸。

その時の出来事。

「結衣さん、あなたの趣味は何ですか? 好きなものは? 好きな食べ物はっ?! 教えてください、結衣さんっ!!」


「あ、あははは…………」



 東雲結衣は困り果てていた。

 別に料理しようと思ったら食材や調味料が無かったわけでなく、洗濯しようと思ったら洗濯洗剤無かったわけでもなく、車に乗ろうと思ったらガソリンが無かったわけでもなかった。

 だが、困り果てていた。今までの20年とちょっとの人生の中で恐らく一番困り果てていた。



 一哉が対策院本部に向かった後残された結衣達は、友里を一人家に帰し、南条家の食堂に集合している。美麻が結衣の護衛の一人に就くという事でその打合せをしようという事になったのだが――――――

 一哉が抜けたところに佐奈が加わって人数は変わらない。だが、一哉不在の中、鬼闘師同士の真面目な話がいつまでも続く訳が無く、話は完全に脱線してしまっていた。

 そして今現在繰り広げられているのが、結衣の隣に座る、美麻の連れてきた美少年鬼闘師・嶋寛二が結衣をひたすらに口説こうとする謎の光景であった。



「寛二、あなたそんなキャラだったのね…………」


「何よアイツ。人の家で、女口説こうとするなんて何考えてるのかしら…………」


「ていうか咲良ちゃん、あの人誰? うちで勝手な事しないで欲しいんだけど。」



 完全に置いてけぼりの美麻・咲良・佐奈は二人の様子をジト目で眺めているのだが、残念ながら二人はそれに気が付く様子が全くない。寛二は寛二で結衣を口説こうと必死だし、逆に結衣はそういった経験が皆無だったため、てんやわんやしてしまって周りの事がまるで目に入っていない。

 ついでに言えば、結衣にとっては心の中には決まった男の姿があるため、このように迫られても困るというのが本音だ。


 流石の結衣も、今自分が口説かれている事には気づいているのだが、例えそれが嫌なことだったとしても、突き放す事が出来ない。人見知りな結衣は、性格的にグイグイ来るタイプの人間のプッシュを断ることが出来ないのだ。そして、自ら周囲に助けを求める事もできない。

 実は普段であれば、一哉がそういった輩から結衣を護ってくれている。だが、生憎と愛しの家主様は対策院の仕事で不在。佐奈はそもそも結衣の事を嫌っているし、咲良も咲良で良くも悪くも一哉に関わる事にしか興味がない。

 そうなれば、止められそうな人間はもう、寛二の上司でもある美麻しかいないのだが、その肝心の美麻ですらどこか面白いものを見るかのような目でこちらを眺めているので、この意味不明な光景がいつまで経っても繰り広げられてしまうのである。



「それで、結衣さん……っ! まずは趣味から教えてくださいよ!」


「う、うん…………。そうだね……………………。」



 やっぱり断ることが出来ない。簡単に押しきられて、話に乗ってしまう結衣であった。



「うん、誰か知らないけどがんばれー。どうぞ結衣さんを連れていってください。」


「アンタ、ホントにぶれないわね…………」



 密かに1名、そんな様子を大歓迎している者も居たが。







「えっとそれで、何でしたっけ?」



 結局は困惑しつつも律儀に答えようとする結衣に、ガッツリと食い付くのは寛二。その目は、美少年と呼ぶに値する美麗な見た目には全くそぐわない、まるで獲物を見つめる野獣のような目だ。



「まずは趣味を教えて下さい! 僕、結衣さんみたいな人がホントに好きで、是非仲良くさせてほしいんですよ!」



 自分では陰キャラの地味娘と思っているこの東雲結衣という20歳の娘は、普段誉められ慣れていないという一面があり、この様に煽てられると嬉しくなってしまう。なので、例え「ちょっとヤだな……」と思っていたとしても、簡単な質問ぐらいであればホイホイ答えてしまうのである。



「そ、そうなんだ…………。えっと、それでね、私の趣味は天体観測です。」


「天体観測! 素敵な趣味じゃないですか!」


「あ、天体観測って言っても、そんなガッツリとやってる訳じゃないですよ…………? 精々、綺麗な星空を見るのが好きって程度で。」



 どこまでもガツガツ来る寛二に、話のスタートから引いてしまうが、それでも律儀に答える。それが東雲結衣という娘であった。



「良いですよね、星空観察。僕も好きですよ、星。昔って言える程歳取ってないですけど、昔を思い出しますから。」


「そうなんですか? 実は、私もそうなんですよ。昔、お母さんとお姉ちゃんと一緒に行った上高地の星空に感動して、それから星が好きになったんです。」



 結衣は瞳を閉じて、懐かしむ様に語る。実際、結衣にとって趣味らしい趣味は天体観測しかない。これは別に、結衣自身の興味関心事が少ないというわけではなく、ある日突然父子家庭になってしまった東雲家においては、その日その日を乗り越えてゆく事に精一杯で、そこまで頭が回らなかっただけなのだ。



「今でも星空を眺めていれば、お母さんとお姉ちゃんに逢える気がして…………。まぁ、お姉ちゃんはこの前まで10年私の部屋に居たんですけどね。」



 東雲家を襲う怪奇現象。その元凶は、10年間も結衣自身の部屋に居たんですけどね縛られ続けた姉の霊。実際に結衣がその姿を見る事は叶わなかったが、それでも二度と会えないはずだった人との再会は嬉しいものだった。思えばあの事件も早3ヶ月前の事。結衣は少し懐かしい気持ちになった。


 そんな暖かい気持ちに、少しだけ顔もほころぶ結衣。

 だが、だからと思って口から出た言葉に、流れは劇的に変わってしまう。



「嶋君も私と同じなんですね。やっぱりご家族ですか?」



 それは、懐かしさそのままに何となくそれを聞いただけだった。ある意味当然とも言えるその質問に、しかし寛二は動揺したかの様な、面食らったかの様なしかめ面を見せた。自分で昔を思い出すと言っていた割には予想外の反応に、結衣は思わず目を丸くしてしまう。



「ま、まあ…………僕は姉さんで…………。僕の事は良いじゃないですか。」



 などとはぐらかされてしまっては、結衣ではそれ以上聞く事はできなかった。身も蓋も無い言い方をしてしまえば、結衣自身に寛二に対する興味はさほど無いし、精々世間話程度の質問だった。だが、この様な反応を返されてしまっては、逆に誰でも気になってしまうだろう。

 しかし、やはりそれを聞けないのが東雲結衣という娘であった。何かに遠慮しているわけでも、寛二に対して気を遣った訳ではなく、ただ聞けなかっただけである。

 そして、聞きたくても聞けない結衣に対し、話を無理矢理切り替えようと寛二が強引に話題を変える。



「それじゃ、仕切り直して…………。そう言えば結衣さんって何で南条特級と一緒に暮らしてるんですか? 普通、大学生位の女性は男性との同棲なんてしないと思いますが。まさか、南条特級の事が好きとか?」



 強引に変えられた話題は、確かに、誰でも気になることではあった。普通に考えれば、おかしな話であるのだ。付き合っている訳でもないのに男の家に住み、それがあまつさえ男の実家。この状況、事情が事情とは言え、あまりにも異常である。

 結衣自身、ひょんな事から大学の友人――――――林海音という大学入学以来の結衣の友人である――――――に、南条家に身を寄せている事がバレてしまったときは、「アンタ正気かっ?!」と言われてしまった事実もある。


 だから、寛二の発言は至極当然のモノであったのだが――――――結衣には何故か、悪意をもって放たれた言葉の様に感じられたのだった。ただの被害妄想と言われればその通りなのかもしれないが、まるで「僕を差し置いて、何を男にすり寄っているんですか、この売女。脈も無い男に色目を使って、本当に救い様の無い人ですね。」等と言われているような気分になったのだ。


 そんな風に感じてしまったが故に、結衣の顔は一気に暗くなる。同時に、喋りの口調も一気にトーンダウンしてしまう。



「えっと…………はい。3ヶ月前の事件で、家が無くなっちゃって、一哉君がうちに来ないかって言ってくれて…………。私も、一哉君の事、昔から好きでしたし…………。」



 そう言葉を絞り出すので精一杯になってしまった結衣に、寛二が微笑みながら言葉を返してくる。



「へえーぇ……。そうなんですねぇ。南条特級と昔からのお知り合いだったとは、意外でした。」



 だがそういった言葉さえも、今の結衣にとっては、どこか嫌味の様に感じてしまうのだ。結衣は俯いて言葉を切ってしまう。被害妄想と気弱な性格が合わさってしまった、負の連鎖だ。



「あれ、でも南条特級って北神一級祈祷師と付き合ってるんじゃ…………?」



 目の前の寛二のどこか意地の悪い笑み。そんな事無いと反論したくとも、言葉すら紡ぎ出すことのできない今の結衣は、最早話の流れに身を任せるだけとなって――――――



「はぁ…………っ?! 私と一哉兄ぃが付き合ってるって、どこ見てそう思うのよ?!」



 今まで傍観を貫いていた筈の咲良がここで話に入ってくる。これも咲良としては当たり前の反応なのだが、今の結衣には、寛二に自分をうまく丸め込ませるための作戦であるかの様に、このままでは一哉を咲良に取られてしまう様に感じるのだ。



「いや、最近本部じゃ有名な話ですよ……。『あの一匹狼の北神の娘が、急に女の顔をするようになった』って。なので、南条特級とお付き合いし始めたとばかり思っていたんですけどね。」



 不思議でならないといった表情で問いかける寛二に、咲良は赤面しながら色々と言っている。そんな様子を見ていて、「相変わらず、咲良ちゃんはわかりやすいなぁ」等と、普段の結衣であればそう思うのだろうが、今の結衣にはそんな風に傍観できる余裕はない。

 それどころか、続く咲良のある言葉に深く心を囚われてしまうのだった。



「あぁ…………っ! もう、わかってるわよぉ! だけど、あの人があそこまで唐変木なのがいけないのよ。じゃなきゃ、とっくに付き合ってるわよっ。このサクラのペンダントだって…………私にプレゼントだって言ってくれたんだし……?」



 首にかかる、サクラをモチーフにしたペンダントを手にとって見つめている咲良。

 本人を前にしているわけではないとはいえ、あの全く素直ではなかった咲良の口から出たとは思えない発言。それは、一哉の事は切っ掛けさえ有れば自分のものに出来ると言っているように、結衣には聞こえた。聞こえてしまった。つまり、咲良にはそう思えるだけの何かがあり、そして積み重ねてきたのだろう。


 咲良がどこか変わってきた事は、結衣だって気がついていた。切っ掛けは2ヶ月前の日光旅行の前後ぐらいからだろうか。基本的に一哉以外の人の事には、首を極力突っ込まない様にしているので、一哉と咲良の間に何があって、何を積み重ねてきたのかはわからない。だが、あの咲良にそうまで言わせる何かが有ったのには間違いがない。


 だが、自分はどうなのだろうか。

 結衣自身は、極力一哉の邪魔にならないように、だが、出来るだけ側に、そして対策院以外の事で一哉の助けになるように過ごしているつもりだ。だが、一哉自身がその事を、そして結衣自身の事をどう思っているのかは、実は一度も聞いたことがない。

 いつも「すまない」とか「ありがとう」と言ってはくれるが、それはただ形式的なもので、一哉自身は無関心ではないとはなぜ言えようか。いや、無関心ならまだ良い。もし疎まれていたたすれば、最早立ち直れない。



「一哉君…………」



 咲良と違って、結衣には鬼闘師である南条一哉を助ける事などできはしない。その分、別の事で頑張ってきたつもりだったが、果たして自分は、南条一哉という人間にとって少しでも意味のある人間なのだろうか。一度巻き起こった不安という嵐はおさまりを見せない。


 今まで散々佐奈から同じような事を言われ続けても、我慢できた。気にしなかった訳ではないが、それでも同じ人を好きになった故の事だと、兄を取られたくない妹としての強烈なまでの真っ直ぐな気持ちだと受け止めることが出来た。

 だが今日、全く関係ない筈の第三者からの言葉に、結衣の心はアッサリと揺さぶられてしまった。

 今まで自分でもかなり強引なやり方だと思いながらも、想い人と結ばれるために、自分に出来ることは何でもやってきたつもりだった。例え結果が伴わなくとも自分がやってきたことに胸を張れるつもりだった。

 だがそれも全て寛二のたった一つの質問で崩れ去ってしまい――――――



「一哉君…………。一哉君にとって、私って…………?」



 今夜、結衣のそんな呟きを聞き届ける者は居ない。

ちょっと結衣のパーソナルなお話を本編中でやりたくて……

次話の終盤より、しばらく戦闘パートが続きます。


いつも読んでいただきましてありがとうございます。

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