撥ノ舞 拒絶の壁
肩こり・頭痛に悩まされるこの頃。
まだ歳というような年齢でも無い筈なのですが(笑)
「待っていたよ、南条一哉。ずっとこの時を待っていたんだ。」
機械音声処理された低い男の声が、静まり返った対策院地下通用トンネル内に響き渡る。
声を発した人物は全身黒の衣装に白の能面。外套のせいで性別は読み取れないが、少なくとも地上のセキュリティゲートを破壊したとは思えない細身の身体に、一哉と殆ど変わらない身長。一哉としては、筋骨隆々の大男を想像していた為、いささか拍子抜けであった。
「お前だな? 対策院へたった一人で襲撃してきたっていうのは。」
「対策院に襲撃…………ねぇ。」
誰がどう見ても、目の前の不審人物が襲撃の張本人である事は間違いないのだが、とぼけた反応を返される。たった一人で攻め込んできておいて、襲撃したかどうかをとぼける。よくわからない反応である。
「とぼけるな。生憎、俺の知っている本部の鬼闘師にそんな酔狂な格好をする奴は居なくてな。認めたくないなら、認めなくてもいいが、梶尾さんや他の連中に手を出したツケは払ってもらうぞ。」
そう。相手の正体や目的は相変わらずわからないが、目の前の人間は光太郎を含めた部下を――――――状況的には恐らく全滅だろう――――――襲われたのだ。一哉の中では、既に戦う理由ができている。
しかし不審人物の反応は、そんな一哉の言葉を待ち望んでいたかの様なものだった。
「まあ、ボクは対策院には特に用事はなかったんだけど。いいよ、南条一哉。キミには、ボクと戦う理由が出来た筈だ。」
「ボク」という一人称に、相手が男であると判断する一哉だが、性別がわかったところであまり意味はない。
加えて、表情が読み取れないはずの能面の下の素顔が、愉悦に歪められているのがわかる様だ。そのあまりの不気味さは、三級や二級程度の鬼闘師であれば、震え上がってしまうだろう。
能面の不審者はさらに続ける。
「キミは身近な人間を傷つけられることを極端に恐れているからね。今さら、抜いた刃を引っ込められないよね? ボクだってそうさ。ボクはこの時を10年も待ったんだ。キミの息の根を止める、この時を。」
「…………なんだと?」
その言葉は、完全に南条一哉を誘き出す為に対策院を襲ったとも取れるもの。ついさっき、自分が狙われているかもしれないという話を聞いたばかりなのだ。
「まさかお前、俺を狙ってるっていう例の通り魔…………」
(こいつが…………例の通り魔なのか? それにしては何か……。)
そこまで考えておいて、同時に違和感も拭えない。
話に聞く連続通り魔殺人事件の犯人はプロ中のプロの暗殺者の様な存在だった筈だ。ロクに痕跡も残さず、闇の中を忍び歩き、上級鬼闘師ですら気が付いて抵抗できない程の実力とスピードを併せ持っている。
だが、目の前の不審人物は実力やスピードは見てないので不明とはいえ、少なくとも「静かに」や、「忍び歩く」などという言葉がとても適用できるようには思えない。
それは、あの無理矢理パワーで破壊したかの様な破壊痕を見れば明らかであるのだが―――――――
「さあ…………? どうだろうね?」
だが、能面の不審者は否定しなかった。
目的はどうあれ、この対策院に真正面から攻め込んできた程の人物である。もし違うのであれば、通り魔の汚名は着たくないと考えるのが普通ではないのだろうか。
しかし、目の前の人物は否定しない。汚名を被ることを何とも思っていない。それはつまり、肯定と取れてしまうわけであり、故にここで倒してしまえば結衣の命を狙う者も居なくなるということ。
「そうか…………。ならば、答えなくてもいい。その代わり、お前の思惑もここで終いだ。」
一哉は【神裂】と【霊刀・夢幻凍結】を構える。対人戦闘など特級になってから一度もしていなかったが、霊術を用いれば峰打ちも容易い。
殺すのではなく、捕らえる。それが一哉が貫く絶対方針だ。
そして、戦闘準備を整えたのは一哉だけではない。
「来なよ、南条一哉。ボクの悲願の第一歩、今ここで踏み出させてもらう――――――っ!」
野太い男の機械音声がトンネルと響き渡ると同時に、殺気が膨らみ、不審者は駆け出す。特に何かの武器を取り出す気配も伺えない。それでも例の通り魔は刃物か何かが武器の筈である。
(素手…………? 暗器を隠し持っているということか。)
台詞のわりに本気を出していないのでなければ、武器を隠し持っている可能性が高い。対して、一哉の得物は日本刀。間合いの外から一気に斬り伏せる事も可能――――――と、普通であればそう考えるのだが、事はそう単純ではない。敵は対策院にたった一人で乗り込んできて、二人の上級鬼闘師をいとも簡単に倒した傑物。必ずリーチの差を埋める手法を持っている筈である。
(ならば、罠を張るまでだ……!!)
敵がどのような形でリーチの差を埋めてくるかはわからないが、一番安直なパターンを取ってくるとすれば、何らかの形で必ず懐に飛び込んでくる筈だ。ならば、足元に敷設する地雷型のトラップを仕掛ければよい。
「はあぁ………………っ!」
一哉は踏み込んで右手の【神裂】を風を斬る様な剣速で、逆袈裟に一閃。これを、能面の不審者は身体を低く屈めて軽々と躱した。凄まじい反射神経である。さらにそこから、屈んだ反動を使って、一気に一哉との間合いを詰めようとしてくる。
成程これは慣れた手合いである。躱すだけならば、意外と出来る人間は多いのかもしれないが、長物な刃物相手に回避と反撃を両立させられる者はそう居まい。それも、屈む位置がとても低いため、普通であれば返しの刃が届く前に懐に飛び込まれて一気に急所への一撃か、アッパーで雌雄は決するだろう。
だか、一哉もこの最初の回避は計算のうちである。同時に反撃まで入れてくるのは多少予想外であったが、それも問題は無い。何故なら――――――
(二撃目は相手の体勢が整っていない状態での突き――――――これは躱せまい…………!)
一哉は一撃目の踏み込みと同時に、左手に持つ【霊刀・夢幻凍結】を引いていた。一哉の持つ【霊刀・夢幻凍結】は斬るための刀ではないので、刃は付いていない。だが、金属の長い棒ではあるのだ。突きぐらいには使える。
踏み込みと突きのタイミングが違うため、威力はそこそこだろうが、ほぼ確実に攻撃は当たる。これもほぼ確実に対処されるだろうが、敵の手の内を一つぐらいさらけ出させる事は出来る筈だ。
一哉の突きが能面の不審者へと迫る。狙いは、構えを見て読み取った利き腕側の右肩。
だが、不審者はその突きに臆すること無く一哉へとさらに肉薄。突きに出した刀は小さく振るった手刀で弾かれた。
予想通り二撃目も対処された。ここまで無傷で対処できるということは、相当な反射神経の持ち主であるということ。この時点で、並の鬼闘師では歯が立たないだろう。だが鬼闘師は何も剣戟・格闘が能という訳ではなく、霊術がある。それだけであれば、上級鬼闘師が負ける要素には繋がらない筈である。
一哉は遂に3段階目の攻撃へと移行。今、一哉の体勢は大きく崩れている。躱された両刀の為に自分の身体はがら空き。既に敵も胸元に潜り込んでいる。だが、この状況を想定しているからこそ打てる手がある。
「起動保留解除『破浄槌』――――――」
途端、一哉の足元の地面が隆起し、地面から生える槌となって能面の不審者へと襲いかかる。
「遅延起動」と違い、既に発動済の霊術を効果が現れる直前で留めておく高等技法「起動保留」。「起動保留」中は他の霊術が使えず、しかも霊力を大量に消費する為、普段はあまり使い道が無い技術だが、今回の様に、地雷と設置するのに都合の良い技術でもある。
既に拳を固めて振り抜こうとしていた不審者は流石にこれには対応できず、石の槌が直撃。大きく吹き飛ばす事に成功する。
だが――――――
「『部分龍化・龍の胴体』――――――」
直撃したかの様に見えた石の槌。だが、逆に能面の不審者は、槌を足場として大きく跳び退いていたのだ。まるで平気であることをアピールするかの様に手まで振っている。
(バカな……。一瞬とはいえ、確かに直撃していた筈だ。あそこまでダメージを無効化される訳がない。)
どういう手段を使ってあの局面を乗り切ったのか、判断がつかない一哉。何より、直撃の瞬間呟いていた『部分龍化』という言葉が気になる。
そんな一哉を不審者は怪しげに嗤う。
「フフフ…………世界にはキミの知らない事も、有るって事さ。」
「お前…………魔術師か? 少なくとも、霊術に『部分龍化』なんてものは存在しない。一体、お前は何なんだ……?」
「まあ、魔術師っていうのはあながち間違ってないけど、今は『龍の遣い・アイナの子』とでも名乗っておくよ。」
能面の不審者――――――本人の申告から取って、仮にアイナとしておく――――――それが対策院関係者でないことはわかった。対策院の手の者であれば、霊術を使う筈だ。それに、本人も「魔術師」であることを否定はしなかった。それであれば、海外からの魔術結社の刺客か、或いは――――――
戦闘中にその正体を考察する一哉に、飽いたようにアイナは続きを催促する。
「ねぇ、いつまでボクの正体を勘ぐってるのさ。悪いけど、キミがボクの事を考えたって、一生何もわからないと思うよ。ボクはキミの事をよく知ってるけど、キミはボクの事は知らないんだから。だったら、続きをやろうよ。殺しあおうよ。ボク達にはそうする理由があるんだから。」
また訳のわからないことを宣うアイナ。思い出せば、さっきも、10年前と言っていた。一哉の頭の中にある可能性が浮かぶが、すぐに消し去る。
それは無い。それはあり得ない。
そして、アイナは再び一哉に向けて駆け出す。再びこちらの懐に飛び込むつもりだろう。
「『刺突岩針』」
一哉は【神裂】を一振りして霊術を起動。岩の針の葬列をアイナへと向かわせる。対してアイナは異常な跳躍力で斜め前に跳び出し、トンネルの壁面へと着地する。そのまま、三角跳びの要領で壁面を蹴り、身体を捻ってムーンサルトキックを繰り出してくる。
一哉も迎撃に刀を返すが、再び手刀で軌道を逸らされ、アイナには当たらない。一哉はムーンサルトキックを左腕で受けるしかない。
(重い……っ!)
細身の身体とは思えない威力の蹴りだ。受けた部分が瞬間的に痺れてしまう。アイナはそのまま着地すると更に連続で蹴りを繰り出してくる。一哉はその蹴りを受け流すので精一杯で刀を振るい、霊術を使用する暇を与えてもらえない。
相当な格闘術の使い手である。まだ暗器の類いは出てきていないが、ここに武器を追加されると少し厳しいかもしれない。
一哉は刀による反撃を一度諦めると、【神裂】を放棄し、右手を解放。そのまま丁度繰り出されたアイナの8発目の蹴りを掴んで止める。
「なっ…………?! 嘘でしょ?!」
「体術が出来るのがお前ばかりだと思うなよ? ハア――――――ッ!」
一哉はアイナの左足を掴んだまま、左脇腹に回し蹴りを一発、さらにアイナの足を離して鳩尾へ右後ろ回し蹴りをお見舞いする。
「くっ…………!」
これには流石のアイナも再び吹き飛ばされる。だが、その手応えはおかしなものだった。
「どういう事だ。お前、身体に鉄板でも仕込んでいるのか? さっきの感触は、少なくとも人間のそれじゃ無かったぞ。」
掴んだアイナの左足は、確かに人間の感触があった。間違いなく血の通う人間であった。パワーの割りに、あまり筋肉を感じられない、それも割りと細目の足だった事は気になったが。
だが、胴体に対して繰り出した蹴りの感触は明らかに、鉄板の様な堅いものを蹴ったような感触。服の下に鎧でも着込んでいるのかとも思ったのだが、それにしては、外套を着ているとはいえ細すぎるのだ。
それに、そんな事をすれば、先程からアイナが見せる、柔軟な動きは出来ない筈である。このアイナという人物は異常な事が多すぎる。まさか式神怪魔か、と一哉が考え始めたところだった。
「はぁ…………。あの【焼鬼】との戦いを見る限りだと、このままでもそこそこ戦えると思ったんだけど、流石に特級鬼闘師というのはバカに出来ないもんだね。」
聞き捨てなら無いことをサラッと言うアイナ。その発言が本当ならば、2か月前に一哉と咲良が【焼鬼】と戦った、あの自然公園にアイナも居たことになる。
そうとなれば、式神怪魔の関係者となる。
(式神怪魔の関係者で、俺と結衣と美麻さんを狙う通り魔。この男、一体何者なんだ…………!)
内心動揺する一哉を知ってか知らずか、アイナはさっきとは比べ物にならない程に殺気を膨らませている。
「でも、これで終わりだ。二ヶ所の龍化は『堕ちた神子の奴隷』の【霧幻】と戦って以来だよ。まさか人間相手に使うことになるなんて………………本当に……………………………………本当に罪深いよねぇ、南条一哉あぁ――――――っ!!!!!!」
アイナが右腕を上に掲げる。そして、意外なほど白くて細い腕が露になって――――――
「『部分龍化・龍の爪/龍の胴体』―――――――っ!!!!」
次の瞬間、人体が発するとは思えない、メキメキという音をたてて変形する右腕。白い鱗が生え、爪が生え、形が変わって――――――
「龍の…………腕だと…………っ?!」
その存在を認めた瞬間、南条一哉の頭の中に悪寒のようなものが駆け巡る。
――――――アレはヤバい。
――――――今ここで、全力で叩き潰さなければ、何か良くないことになる。
そう感じ取った一哉は、一度放棄した【神裂】を拾い、床面へと突き立てる。
「二重起動『鉄輪鎖縛』『断壁』――――――っ!!!!」
霊術の起動と共に、アイナの足元から無数の鎖が生え、アイナを拘束。さらに、トンネルの天井からギロチン状の刃の壁を落とし、その右腕を狙う。
それは、その右腕をあまりに危険な存在だと感じた一哉が、殆ど無意識に発動した霊術だった。それは、敵に負わせる傷をある程度度外視し、右腕を切断することで驚異を取り除こうというもの。切断の壁がアイナへと迫る。
しかし、当のアイナは全く焦る様子も無く、唯一言呟いた。
「『龍の拒壁』」
その呟きに呼応するように、アイナの周りには赤い魔方陣が複数展開。そのままアイナを取り囲む壁となり――――――
「消された……っ?!」
次の瞬間、アイナを拘束する鎖も、襲いかかるギロチンの壁も全てが無に帰していた。そして今発動された魔術は明らかに一哉にも見覚えがある。
「『輝龍加速』」
アイナの足元が白く光った次の瞬間、一哉は左手の【霊力・夢幻凍結】を奪われた。一哉の身体目懸けて放たれたボディブローは何とか回避したものの、代わりに霊刀を奪われたのだ。反応するのがやっとだった。さっきまでの動きとは明らかに違っている。
何らかの術を用いているのは間違いないだろうが、霊力を切り裂く霊刀は今、敵の手の中に有り――――――
「返してもらうよ、ボクの力――――――」
アイナは龍の右腕を霊刀に叩きつける。
霊刀はまるでガラス細工のように砕け散り、白い何かが落ちていく。
この瞬間、南条一哉の法具・3振りの刀の内の一刀、【霊刀・夢幻凍結】は永遠に喪われたのだった。
能面の不審者の事を一哉は「アイナ」と呼んでいますが、こいつの名前はアイナではありません。
めんどくさくて縮めているだけなのですが、いつの間にかアイナが名前だと思い込んでいます。
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
宜しければ評価・ブックマークお願いいたします。




