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鬼闘神楽  作者: 武神
第3章 闇からの挑戦
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漆ノ舞 混じり合う運命

時間は少し戻って……

「小川原。対策院が襲撃されてるってどういう事だ?」



 一哉が電話をかけてきた相手、小川原大介に問う。

 対策院への襲撃。その一言で南条家の面々にも衝撃が走って固まっている。



『今から20分前、対策院通用トンネルのセキュリティゲートが破壊されました。破壊者はそのまま警備担当の鬼闘師を倒して、トンネル内に侵入。現在、常駐の一級鬼闘師と、小林・梶尾両上級鬼闘師が交戦中。』


「そうか、小林と梶尾さんが…………。敵の情報と戦況は?」


『敵は…………正体不明です。』


「正体不明? 敵集団の特徴は?」


『それが…………。』


「小川原、はっきり報告してくれ。まるで状況が見えない。」



 小川原の要領を得ない報告に苛立つ一哉。状況が何もわからないので、指示を出せない上に、自分が向かうことも出来ない。

 そんな一哉の不機嫌さを察知した――――――のかどうかはわからないが、小川原は酷く焦った声を出した。



『一人です…………。』


「…………は?」


『だから、襲撃者はただ一人なんですよ……っ! しかも、戦況は最悪だ。当初、小林上級と一級鬼闘師15名で迎撃に向かったのですが、戦闘開始から僅か一分で一級鬼闘師3名が倒され、その後もこちら側の戦力だけが段々と減らされています…………。敵には一撃入れる事すら出来ないのに…………っ!!』



 相当現場は混乱しているということだろう。小川原の必死な声からもそれが伝わってくる。

 たった一人の襲撃者に本部を襲撃され、その本部を護る鬼闘師も歯が立たない。本部からでなく、小川原から連絡が来るということは、前代未聞の事態に本部のブレイン機能が麻痺してしまっているということだ。



『梶尾さんもその状況を聞いて、現場に向かったのですが…………、勝てるかどうかは…………。』


「俺に連絡する様に言ったのは梶尾さんか?」


『はい。南条特級に至急本部に来て欲しいと、私に伝言を残して、現場に向かわれました…………。』


「そうか………………。本部はどうしている?」


『さっき、本部からは緊急避難命令が発令されました。地上エレベーターより脱出、脱出後、エレベーターは封鎖されます。』



 なるほど、内調の誰かがどうかはわからないが、懸命な判断を下せる者も残っていたらしい。局長の八重樫重蔵が不在の中、対処可能な戦力が居ないことを正しく理解している。



「お前は脱出したのか?」


『いえ…………っ! 自分は梶尾さんのところに―――――――』


「バカ野郎っ!!!! お前もさっさと脱出しろ! 死にたいのか?!」


『――――――っ!』



 たが残念な事に、電話主の小川原は状況を正しく理解できていないようだった。だからこそ一哉は珍しく声を荒げる。

 確かに鬼闘師達には命を懸けて戦わなければならないこともある。だが、それは自分の護りたいもの、譲れないもののためであり、決して無駄死にするためではないのだ。



「すぐにそっちに行く。小川原、お前は退くんだ。」


『…………わかりました。』



 小川原の返事を聞いた一哉はスマホの通話を切ると、自分の部屋へと向かう。

 出撃を。そのための準備をする為に。



「一哉兄ぃ、私も行くわ。」



 一哉を追おうと、慌てて咲良も立ち上がる。だが――――――



「来るな、咲良。」


「何でよ! 私も力になれることが――――――」


「無い。お前はここで待ってろ。」



 そう、敢えて咲良を冷たく突き放す。そうでもしなければ、この少女は何としてでもついてこようとするだろう。だが、敵の正体もわからないところに戦力になるかどうか不明な、それも鬼闘師でない者を連れていく訳にはいかないのだ。ましてや、大切な幼なじみを。

 だが、そんな一哉の思いも知らず、咲良は噛みつく。



「~~~――――――っ! 何よその言い方! また【焼鬼】だとか【砕火】みたいなのと戦うことになったら、私が居た方が有利でしょ?! それに、私だって少しは戦えるようになったのよっ!」


「それでもダメだ。今回は俺一人で行く。」


「一哉兄ぃ…………っ!」



 変わらず冷たく突き放す一哉だが、咲良は中々引き下がらない。何が咲良をそうまでさせるのかは、一哉にはわからないが、だがそれでもホイホイと連れていけるような出来事でもない。

 咲良をどう置いて行くか、流石に困ってきた一哉だったが、そこに助け船を出したのは美麻だった。



「咲良ちゃん、気持ちはわかるけど、今回は一哉君の言うとおりよ。あなたはここに残りなさい。」


「美麻さん――――っ! だけど私だって……………………!」


「いい加減にしなさい、咲良ちゃん。じゃあ逆に聞くけど、本気で殺しに来ている敵相手にあなたは自分の身を自分で護れるのかしら?」



 美麻の言葉を聞いた咲良は悔しげに唇を噛む。彼女自身も、その答えはよくわかっているのだろう。祷師である咲良では、対人・対怪魔戦闘の実戦経験が圧倒的に不足している。そしてこれは根本的な問題だが、祈祷師は霊的・魔術的な要素に対しては強いものの、物理的干渉に対して殆ど対抗策を持てない。


 これは霊術が、元々は陰陽思想・五行思想と別の系統だった魔術を、陰陽五行思想という体系に一つに体系化した古代魔術であるという事に大きく関係している。簡単に言ってしまえば、鬼闘師と祈祷師が使う霊術は、同じ霊術でも厳密には微妙に体系の違う術を行使しており、しかもお互いの術体系が術の発動回路に干渉してしまうため、同時に使用する事が出来ないのである。

 ゆえに、鬼闘師も祈祷師も、お互いの術を習得しようとはしない。微妙に術の系統が違うため基礎から学ばなければならないし、同時に使用できない制約から、そもそも習得する意味が無いのだ。

 当然ながら、一哉だって咲良の使うような術は習得していないし、その逆もしかりだ。


 その様な制約がある中で、一級鬼闘師が倒されてしまうような敵相手に咲良が通用する訳が無い。敵を倒すどころか、恐らく攻撃を防ぐことすら難しい。



「私は…………それでも…………」


「咲良ちゃん。私は、あなたが何をしているかは知っているわ。確かに北神家直系の一人娘と言うだけはあって、素晴らしい成果だとは思う。だけど咲良ちゃん、私達の戦いを甘く見ないで。」



 その美麻の言葉を聞いた咲良はすっかり意気消沈してしまい、先程まで座っていた椅子に腰を落とした。咲良がなぜそこまでして自分について来ようとするのか、一哉にはわからなかったが、結果として来ない事は良かった。



「美麻さん、申し訳ないですけど留守は頼みます。」


「お姉さんに任せなさい!」


「ええ、じゃあ行ってきます。」



 差し当たっての問題は解決したが、そもそも本来の目的は全く違うのだ。これから対策院に急いで向かわなければならない。一哉は美麻に礼を言い、準備のため自室に戻ろうとする。

 だが、それを呼び止めたのも美麻だった。



「――――――待って、一哉君。」


「何ですか、美麻さん。まさか、美麻さんも行くつもりじゃ――――――」



 一哉としては、さっきの通り魔の事を聞かされたが故に、今のタイミングでは美麻には屋敷に居てもらいたいところである。いや、むしろ居てもらわなければ困る。美麻とは、結衣を護るという契約を交わしたばかりであるのだから。

 だがそんな不信感が顔に出ていたのか、美麻は笑っていた。



「そう心配そうな顔しないでよ~。ほら、車のカギ。」



 美麻が車のキーを投げ渡してくる。



「美麻さん?」


「特別に私の車貸してあげるわ。その代わり、バッチリ解決してきなさい、若者っ!」



 そう言ってウィンクする美麻に、一哉の口からは乾いた笑いしか出なかった。







 南条家の屋敷を出た一哉は、美麻から借りた車を真っすぐ都心方面に走らせている。昼間では交通量も多く、あまり使うメリットも無いが、夜も21時半を過ぎてしまえばある程度走りやすく、公共交通機関で1時間半以上かかる道のりを多少なりとも軽減し暮れる。

 自宅から、対策院への隠し通用地下トンネルのあるビルまで大体50分程。時間としてはあまりにも悠長としか言いようが無いが、そもそも対策院の本部は親組織である内閣情報調査室の都合で都心にあるだけであり、実際の活動の拠点として扱われているわけでもない為、このように緊急事態で本部に向かう事など皆無であるので仕方がない。



「ん? 」



 Bluetoothで接続したスマホに着信が入る。ナビの画面に表示された名前は「梶尾光太郎」。

 だが、光太郎は今、侵入者と交戦中の筈である。その戦闘中である筈の光太郎から通話があるという事は、敵に逃げられたか、或いは――――――

 とにかく応答しない手は無い。



「梶尾さん、無事か?」


「カズ坊……お前今…………どこにいる?」


「今、そっちに向かっている。もうすぐ国立府中ICを過ぎる。」



 一哉はアクセルをさらに踏み込み、スピードを上げる。

 電話口の口調は普段の光太郎のものと変わらない。であれば、やはり少しでも早く向かうべきであろう。



「あと30分程待ってていてくれ。それだけ持ちこたえてもらえれば…………」


「そうか…………小川原にも来るよう……伝言をさせたし、そもそも時間の…………問題だったな…………。なら、そのままこちらに来てくれ………………。なるべく早くな…………。」



 ――――――ブツッ……ッ



「え……おい、梶尾さん……?! 梶尾さんっ!! くそ…………っ、切れた………。」



 だが、どういうわけかここで通話は光太郎によって切断される。状況も何も報告せず、向こう側から駆けてくるだけかけてきて、通話を切られる。これが何を意味するのか、行ってみなければわからない。

 倒すことができたのだとすれば、それを報告してこない意味は無いし、かと言って倒されてしまったのであれば電話してくる余裕など無い筈。最悪、対策院を占拠されたのか。しかし、たった一人責めてきてそんな事が可能なのか――――――



「鬼が出るか蛇が出るか。行ってみなければわからない、か…………。とにかく急ぐぞ。」



 そう呟き、さらに加速する一哉。目指すは東京・永田町。

 夜の東京はその不穏な状況とは裏腹に、今夜も異常なほど明るい。流れるビルの群れを流し見ながら、一哉が目指すのは夜の摩天楼の群れ。

 聳え立つビル達の高さは希望の高さなのか、絶望的なまでに高い敵の壁なのか。

 そのベールは未だ明かされない。







 夜の首都高速をちょっと警察の厄介になりそうな速度で走行して、予定よりも少し早く到着できた一哉は、適当なコインパーキングへと美麻の車を停めると、自分の得物の愛刀3振りを持って、とある古ぼけた6階建てのビルへと入っていく。

 そのビルは、東京・霞が関の内閣府より1kmと少し離れた古いビル。その3階にある隠しエレベーターが、内閣府の敷地外から対策院本部へとアクセスする唯一の道である地下トンネルへと通じているのだ。メインストリートからも外れた場所にあるこのビルは、存在そのものを知らない者が大多数であろう。

 また、隠蔽のため、ビル自体が対策院の管理であり、3階は「空きテナント、契約交渉中」となっており、普通の人間であれば近づかないようになっている。そして、隠しエレベーターはその中の一室の中に隠されており――――――



「これは酷いな…………」



 普段であれば「空きテナントを管理する簡易事務所」という体で設置されている、入り口管理の詰め所の奥にエレベーターがあるのだが、気を失って倒れている警護の鬼闘師は倒され、申し訳程度に置かれた机と椅子も、デスクワーク用のパソコンも、警護担当の暇潰し用のテレビも、壁も、セキュリティーゲートも全て、何もかもが破壊されている。

 このセキュリティゲートの警護は基本的に攻撃される事が想定されていない為に、あくまでも形式的なものであり、配置される警護要員も三級鬼闘師が多い。良くて二級鬼闘師がたまにつく程度。なので、たった一人で攻め込める程の人物が強襲してきても太刀打ちできないというのはよくわかる話ではあるのだが――――――



「何だなんだこれは。まるで無理矢理叩き壊されたような…………」



 破壊された物を見れば、俄かには信じられない事実が浮かび上がってくる。それは破壊された破片・瓦礫の断面。切断されたのではなく、何か巨大な力で叩き壊されたような痕跡。

 となれば、敵は何か重量のある得物を魔術の発動媒体として用いるのか。

 考察は尽きないが、とにかく先を急がなければならない。


 敵が地下通用トンネルまでのエレベーターを破壊していないのは一哉にとっても僥倖であった。

 対策院本部へアクセスするためのもう一つのエレベーターは内閣府の内閣情報調査室にあり、一哉ではそのエレベーターを利用する事は出来ない。一哉は世間的には国家公務員でも何でもなく、唯の大学生であるからだ。

 もっともそもそもの問題として、今はそちら側のエレベーターも封鎖されているので、どちらにせよこちらのエレベーターを使うしかないのだが。


 地下エレベーターに乗りながら、一哉は戦闘準備を整える。

 今日の服装は、紺の半そでTシャツに、黒のパンツ、そして黒のライダースジャケットという、仕事服の夏バージョンだ。なぜ夏バージョンがあるのかと言えば、当然ながら暑い時期にトレンチコートを着てられないというのもあるのだが、実はその昔、街の警察官に職務質問されてしまった事があるからという、ある意味とても情けない理由が大きい。

 一哉は着いた瞬間の襲撃の可能性も考え、一番早く動ける【神裂(かんざき)】と霊力切断が可能な【霊刀・夢幻凍結(エンドオブクロノス)】を能力発動可能な状態にしておき、待機。到着の時を待つ。


 ――――――チンッ


 今時のエレベーターには珍しい、古風な到着音が鳴り、エレベーターの扉がゆっくりと開く。

 一先ず、到着直後の襲撃は無かった。地下通用トンネル内には息遣いまでもが反響してしまいそうな程の静寂が立ち込めている。

 一哉は真っ先に光太郎を探そうと走り出す。

 光太郎の安否も気になるし、何しろ現状で状況を詳しく聞き出せそうな人間が光太郎位しか居ない。その為、一番最初に見つけたいと一哉は考えていたのだが、その必要はすぐに無くなった。



「梶尾さん…………っ! 無事か?!」



 光太郎はエレベーターからそう遠くない場所に、背をトンネルの内壁に預けて座り込んでいた。見たところ、大した外傷も無さそうではある。一先ず光太郎が無事であった事に胸を撫でおろす一哉。

 光太郎も一哉に気付いたらしく、一哉の方へと視線を向ける。



「カズ坊…………来たか……。」


「梶尾さん、さっきのは何のつもりだ? 途中で通話切るなんて。それに、敵はどうした?」



 その問いに、光太郎は顔を一哉から背けて答えない。光太郎とはそれこそ一哉が産まれた時からの付き合いとはいえ、こういった反応を返されるのはこれが初めてだ。色々と説明してもらいたい事があるというのに、光太郎の態度は訳がわからない。

 首を傾げるしかない一哉だったが、その答えはすぐに示される事となる。

 何も告げる事無く奥の方を指差す光太郎。一哉は光太郎の指差す先を見て――――――



「待っていたよ、南条一哉。ずっとこの時を待っていたんだ」



 そこには、さっきは居なかった筈の全身黒ずくめの格好をし、深々と被ったフードの下に白い能面を付けた不審人物が立っていた。

遂に邂逅する主人公と能面の不審者。

その決着は……


いつも読んでいただきましてありがとうございます。

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