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鬼闘神楽  作者: 武神
第1章 その名は鬼闘師
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肆ノ舞 闇を駆ける者

鬼闘師の説明回になっています

 鬼闘師とは人知れず怪異と戦う者――――それが一番定義らしい定義だろう。

 文献の信頼性に疑問は残るが、一説では、そのルーツは平安時代に存在した陰陽師にまで遡ると言われている。

 ある時は星を詠み、ある時は方角の吉凶を占い、またある時は闇を払う。そんな役目を負った者たちが組織を変え、形を変え、今に至る。


 実は鬼闘師というのはあくまでも通称である。

 組織としての正式名称は「対怪現象対策院 執行局 実務処理班」。そこに所属する者達を通称してそう呼ぶのだ。

 対怪現象対策院――通称・対策院はれっきとした国家組織であり、組織系統としては内閣情報調査室の下部組織――当然ながら非公式の組織だが――にあたる。内調の下部組織という位置付けは、単純に情報統制に便利だからである。

 公式には、政府はあらゆる怪異や非科学的な存在の実在を否定している。つまり、政府にとって都合の悪い事を秘密裏に処理する部隊が必要であり、その実態や活動を隠し通すのには情報操作に長けた機関の下に置いた方が楽だという事である。


 「対策院」の中には「調査局」と「執行局」の2部署が存在する。

 「調査局」は怪異の捜索・情報収集・情報操作を担当するいわばブレインの部署である。

 日本各地で発生する怪現象・怪異の情報を素早く収集して実行部隊に渡す、実行部隊の活動の痕跡を抹消するというのが主な業務である。


 対して一哉達鬼闘師が所属するのが「執行局」で、その名の通り実働部隊である。「執行局」にはさらに「先行処理班」と「実務処理班」の2つの部署があり、前者に所属する者は「祈祷師」、後者に所属する者を「鬼闘師」という。

 どちらも呼び名は「きとうし」。

 これは狙って付けられた名でもある。

 決して表には出来ぬ存在を語る際に必要な隠語。言葉の隠れ蓑として使用するという特性上、既存の誰もが知っている言葉に紛れ込ませる事で、より高度に隠蔽することができた。何しろ、相手にしているものが相手にしているものである。仮にふと誰かの耳に入ったところで、文脈上おかしな部分も出てこないので神社の関係者と思われる程度で済む。


 では日頃何を相手にしているのかと言えば、ざっくり言って「怪奇現象・怪異」全般である。

 「怪奇現象」や「怪異」は全て、霊的なモノによって引き起こされていると言っても過言ではない。全ての生物には大小を問わず必ず霊魂が存在しており、生前の魂の在り方によって死後の魂の行方は決まる。


 生前心安らかに穏やかに過ごし希望や愛などに満ちた者、いわゆる陽の感情を抱く事が多い者であれば、その魂には清浄なる気が蓄積され、死後その魂は即座に輪廻転生へと組み込まれる。

 しかし生前嫉妬や憎悪に憑りつかれたり、邪なる心を持ったりした者は、その魂に陰の気を蓄積し続け、死後も現世を離れられ無い。また、生前に何かに強い執着し続けた者も同様である。その様な魂は、現世を彷徨いながらなおも陰の気を吸収し続け、やがて現実世界への影響力を持つ程の力を持つようになる。

 そして、この状態に陥った魂を「悪霊」と呼ぶのだ。


 「悪霊」はとても厄介な存在で、その形は様々だが、何らかの形で必ず現実世界へ悪影響を及ぼす。軽度のものであれば物を動かす程度だが、重度のものであれば、人を死に至らしめる程の「呪い」を扱う程の存在となって現世を彷徨う。

 そして、この「悪霊」に対処・浄化するのが「祈祷師」である。

 祈祷師と言えば、日本では神主や巫女というイメージであるが、実際に兼務しているものも多く、日本全国の神社との繋がりも強い。そして「祈祷師」は、神職を隠れ蓑として活動する事が多いため、「鬼闘師」に比べて一般人の前に出る事も多い。


 一方、一哉達「鬼闘師」の管轄は「悪霊」のその先の存在の対処である。

 「悪霊」事態、存在そのものが既に危険である。しかし、実際問題として現実世界に及ぼす影響が社会問題になる程大きくなる事は無く、しかも実害が表に出てこない案件も多数あり、事実「悪霊」の全てを発見・浄化できているわけではない。


 そうやって祈祷師達の浄化を免れた魂は、悪霊となった後も陰の気を蓄積し続け、やがてその性質を変質させ、記憶を失い、新たな肉体を求めるようになる。そこまで変質した「悪霊」は、生物の死体と融合する事で新たな疑似生命として再誕し、再び現実世界での活動を開始する。

 この状態の魂は謂わば獣。もはや「悪霊」だった頃には辛うじて持ち合わせていた理性も無く、闇の中で人を襲い続けるただの怪物に成り果てるのである。

 この新たな肉体を得た魂は「怪魔」と呼ばれ、古来より恐れられてきた。しかし、戦後の日本はこの存在を徹底的に否定。秘密裏に処理する道を選んだ。これには幕末の日本の政治体系の変化が大きく関係していると言われているが、その真偽は定かではない。


 「怪魔」は物理的肉体を持つため物理的な干渉が有効であるが、同時に霊的な存在と融合しているがゆえに通常の攻撃手段では瞬時に肉体を自己修復してしまうため、専門の対処が必要なのだ。鬼闘師は闇に紛れて秘密裏にこの「怪魔」と戦う専門部隊であり、その道の専門家という位置付けである。


 ――これが鬼闘師という存在。闇に紛れ、人知れず陰の気を取り込み続けた穢れた魂を滅する者。

 悪霊は霊力――世間一般的な言い方をすれば、霊感のようなもの――を持っていなければ視認する事が出来ないのに対し、怪魔は物理的肉体を持つために誰にでも視認する事ができる。

 怪魔の存在そのものを隠蔽したい政府にとってこの性質は非常に厄介であり、だからこそ、その殲滅者の存在も丸ごと秘匿するのである。



 話は戻って今の一哉の状況だ。

 決して世の中に知られてはいけない事実。それを目撃されてしまったという事実は一哉の心を激しくかき乱していた。

 そもそも、一哉はこの秘匿義務に関しては人一倍気を遣っていたのだ。

 それは一哉の生真面目な性格からくるものでもあったし、自分の置かれている立場という問題もあった。特に自分の得物が日本刀という、外で使用するにはあまりにも目立つ武器であることから、服装や持ち物、移動経路や戦闘場所に至るまで密に気を配っていたのである。

 それが一般人、それもよりにもよって自分の大学の同期に目撃されたというのは、とてつもないショックだったのである。



 思わず呆然としてしまう一哉に、追い打ちかの様に結衣が言葉を続ける。まるで悪魔のように見える――あくまで一哉の主観でだが――笑顔のままで。



「南条君のその反応を見たら、やっぱり"当たり"みたいだね」


「…………」


「沈黙は肯定の証って言うよ?」


「…………っ!!」



 結衣のその言葉に、思わず一哉は頭に血が上ってしまい、相手が女子である事や、周りから見られていることも思わず忘れ、結衣の肩を掴んでしまう。

 表向きあまり感情を露わにしない一哉の激昂は結衣にかなりの衝撃を与えたらしく、元から大きな目はさらに見開かれている。



「…………東雲結衣、それ以上喋るな…………! 今お前が言った事をこれ以上喋ってみろ……」


「な、南条君……?!」


「黙れと言ったはずだ……!」


「い、痛いよ南条君……! お願いやめてっ……!」



 この時の一哉の中の頭の中はグチャグチャだった。鬼闘師の情報漏洩は厳罰が下される事態であるし、情報漏洩者として対策院内で後ろ指をさされる事態にもなりかねない。

 同時にそれは自らの妹の佐奈にも負担をかける事になる。

 佐奈は昨日、やっと正式な鬼闘師として認められたばかり。鬼闘師として生きていくと決めている南条兄妹にとってはとてつもない障害。

 一哉の考える、幸福な生活の図柄が音を立てて崩れていく。


 ――この女を黙らせなければ……!

 ――佐奈は……家族は俺が守らなければいけないんだっ……!!


 負の思考スパイラルに陥る一哉。

 しかしそのスパイラルから弾き出されるのも一瞬の事だった。



「おい一哉。いくら何でも、女の子にそれはやり過ぎだ。」



 いつの間にか戻ってきていた智一に手首を掴まれていたのだ。

 突然の智一の登場に、一哉は冷水をかけられたかの様に落ち着きを取り戻す。

 そして、無意識に強く掴んでしまっていた結衣の肩から手を離し、席につき直した。

 一哉の胸の中に、今更ながら罪悪感が駆け巡る。自分にとってあまりにも不都合な事実だったとはいえ、思わずやり過ぎた。まして、一般人の女性に手をあげるなど言語道断である。



「す、すまない、東雲さん……! ちょっと頭に血が上ってしまって……! 本当に申し訳ない!」



 痛みから解放された結衣は思わず床にしゃがみこんでしまう。

 思わぬ出来事とはいえ、女性に手をあげてしまった。ましてや智一を始め、何人かの学生にその姿を見られてしまっている。取り返しがつかない。

 後悔に顔をゆがめる一哉を見て、智一はため息をついた。

 


「一哉。お前、一体どうしたんだよ…………。正直言って、お前らしくねぇぞ?」


「わかってる。今回は俺が全面的に悪い」


「…………わかってるなら、まあいい。で? 何があったんだ?」



 智一は一哉の事を心配して言ってくれている。

 だが――――



「すまないが智一。今回の事に関しては、例えお前が相手だとしても喋れない」


「お前っ…………! 親友がこんな事になってんのに放っておけるかよ!」


「だとしてもこの事は別だ。悪いがな……」



 いつも以上に突き放す態度に、思わず智一は一哉に詰め寄る。

 だが、一哉にとってどうあっても話せないという事実は変わらない。例え親友であっても、欠片たりとも話す事は出来ない。話したとしても傷口を広げるだけである。

 だから一哉は親友を突き放す。



「心配するな。俺が蒔いた種は俺がカタをつける」



 そう智一に告げると同時に押しのけ、いまだにしゃがみ込む結衣に近づく。



「東雲さん。さっきは本当にすまなかった…………。だが、どうしても君と話をしなくちゃいけない。だから、俺について来てくれないか?」



 これは一哉の考えうる限りの平和的解決策。

 相手は手をあげてしまった女子学生。こんな言葉に乗ってくるわけもない。

 断られたって、どうすれば良いのかもわからない。

 ――どうせ断るに決まってる。



「…………うん。いいよ、南条君…………。」



 だが、そんな一哉のマイナス思考とは裏腹に、結衣は涙目になりながらも首を縦に振る。

 そんな結衣の態度にも、一哉は内心困惑するしかなかったが、与えられたチャンスをうまく活かす以外に一哉が取れる道は一つも無かった。

今回もお読みくださいましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。


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