伍ノ舞 ブラッディ・ストーカー
お金がないとか言いながら、一月には富山、二月には鹿児島に旅行に行きました。小説は遅々として進みません。
我ながら酷い。
「被害者の共通点は対策院関係者」――――――
そんな美麻の言葉に、一哉は困惑する。咲良は勿論、対策院関係者ではない結衣ですらも戸惑いの表情を浮かべているのだ。当然と言えば当然である。
それに加え、一哉は特級鬼闘師である。対策院の全てではなくとも、様々な情報が集まる筈の自分がその情報を知らないというのが困惑を加速させていた。
「一哉君、一応言っておくけど勘違いしないでね。誰も特級鬼闘師であるあなたに情報を伏せていた訳ではないの。何なら、私だってつい数時間前に知ったばっかりなんだもの。」
「美麻さんもですか?」
「ビックリしたわよ。突然本部に呼ばれたかと思ったらいきなりそんな事言われるんだもの。」
対策院関係者が狙われていたにもかかわらず、自分も美麻も何も知らされていなかった。
(調査局の連中…………それがわかっていたなら、なんでここまで情報を伏せていたんだ…………!)
確かに一見、鬼闘師の任務と関係無いように見えるとはいえ、対策院関係者が狙われているのならば、いち早く情報を共有すべきだ。もしかしたら、被害に備えて対策を取れたかもしれない。憤る一哉だったが、美麻は調子を変えずに続ける。
「まあ、対策院でもその情報を掴んだのは昨日の事だったみたいよ? それも、怪奇現象への対策が専門の私達が処理すべき案件か、お偉いさんがその素晴らし~い頭を駆使して、キッチリお話してて遅くなったみたいね。」
美麻の皮肉に咲良は吹き出しているが、一哉はそんな気分になれなかった。対策院関係者が狙われるのであれば、佐奈や咲良は標的に成りうる。それは一哉にとって由々しき事態だ。もし、佐奈や咲良を失ってしまうようなことがあれば、自分がどうなってしまうかわからない。そんな確信がある。
「唯一の安全地帯は関東圏」――――――そんな噂すらどこまでが本当なのか非常に怪しいものだ。
さらに美麻は衝撃の発言を続ける。
「そもそも一連の通り魔事件と対策院が結び付いたのはね、4日前に上級鬼闘師が殺されたからよ。」
「上級鬼闘師が…………っ?!」
「そ。一哉君も知ってるよね、清水陽菜。」
「ええ、美麻さんが目をかけてた鬼闘師ですよね。会った事は無いですが、名前だけは何度か――――――」
一哉は関西地区担当の女性上級鬼闘師の事を思い浮かべる。先月上級鬼闘師になったばかりの同い年で、若くして上級に昇進した逸材として将来を期待されていた人物だった。
そして、同じ女性の鬼闘師として、将来有望な鬼闘師として、美麻が度々目をかけていた筈だ。
「流石に私も聞かされたときは信じられなかったわよ。まさかあの子が通り魔如きに命を奪われるなんて。」
そう語る美麻の顔は流石にどこか沈痛なものがあった。直属の部下ではないとはいえ、自分のお気に入りの後輩が命を奪われたのだ。当然だろう。
【微笑みの死神】――――――例え戦いの途中であっても笑みを絶やさない事から、美麻に付けられた二つ名だが、今この時ばかりはその笑みも伺えない。
「でも、例の通り魔に殺されたのは間違いないわ。その手口通り、唯一振り、鋭い刃物の様なもので首を裂かれてあの子は殺された。4日前の土砂降りの雨の中、人知れず。」
「……本当に一撃で?」
「ええ。傷は裂かれた首の一つのみ。調査局の報告によれば、抵抗した痕跡すら無いそうよ。そんな事有りうると思う?」
「確かに考えられないですね……。上級鬼闘師が抵抗も出来ずに殺されるなんて……。」
「あの…………、一つ質問良いですか?」
ここまで話を聞くだけだった結衣が声をあげる。
「何かしら、結衣ちゃん。」
「えっと……。上級鬼闘師が抵抗できないってそんなに不思議な事なんですか? 被害にあった人、女性なんですよね。ナイフ突き付けられたら動けなくなっちゃっても仕方ないんじゃ――――――」
「普通の人ならそうかもしれないわね。だけど、私達は仮にもこの世の理から外れた化け物を相手に戦う専門家よ。銃でも使われない限り、無抵抗で殺されるなんてまずあり得ないわ。」
「じゃあ、組敷かれて動けなかったりだとか、不意討ちだとかは――――――」
「それも無いわ。もし陽菜が組敷かれて身動きが取れなかったのだとすれば、当然背中や手足に何らかの痕跡が残る筈よ。不意討ちはまぁ…………有りえるけど。でも上級鬼闘師相手に、気付かれずに近づくなんて殆ど不可能よ。私達、大なり小なり、気配を、それも殺気を察知することには長けているわけだし。」
美麻の言うことは正しい。鬼闘師は闇に紛れた敵と戦うために、気配を読む訓練を行っている。特に怪魔からの全く闇討ちを防ぐために、殺気の察知は念入りに。
当然ながらその能力にも人によって得手不得手があるわけだが、仮にも上位の鬼闘師である上級鬼闘師であれば、抵抗することすら許されずに不意討たれる事はほぼ無いと言っても過言ではない。
もっとも、相手側の実力があまりにも隔絶している場合や、殺気を持たずに襲われれば話は別かもしれないが――――――
「なるほど。だから、俺達ですか。」
「そう。本来あり得ない事を成し遂げる通り魔。その正体はまた式神怪魔が絡んでいるか、対策院を敵対視す魔術結社の可能性が高いってわけ。そして、それに対処できるとすれば、もう私達特級しか残ってない。」
「動いてる特級鬼闘師は他には?」
「いないわ。私だけよ。」
「え、でも殺された清水陽菜って関西地区担当ですよね? 加島さんはどうしたんです。」
「彼が国内に居たら、私、ここに居ないわよ。で、私が信頼できる協力者っていったら、北海道の咲坂さんか一哉くんしか居ないってわけ。でも、咲坂さんを北海道から呼ぶのも申し訳ないし、一哉君にお願いしようかなって。」
「あぁ…………そういうことですか。」
一哉は関西地区担当の特級鬼闘師・加島貴雄を思い浮かべる。あの自由奔放な男の事だ。今頃、日本は暑いとか言って、南半球でバカンスに興じてでもいるのだろう。
そんな無責任な男が特級に名を連ねてしまうのが今の対策院の窮状なのだが、実際のところ、関西支部には本部・関東地区に次ぐ人員が配置されているにもかかわらず、関西地区は霊場の紀伊半島、京都府の鞍馬から北が主な活動場所となっており、範囲の割には必要戦力が少ない。そのため、問題が起こっていないのも事実なのである。
「まったく、彼にも困ったものよね~。あの子、いつ日本にいるのよ。おかげで陽菜と仲が良くて、隣の地区だからって私が呼び出されてさ~。」
そう言う美麻の顔は、普段の穏やかな笑顔に戻っている。美麻としては大事な話は大半し終わった気分なのだろうが――――――まだ、肝心な部分を聞いていない。
「美麻さん。美麻さんがここに来た理由と、俺達が動く理由はわかりました。でも、何で対策院関係者が狙われているってわかったんですか? 鬼闘師や祈祷師が何人も殺されてるんだったら、もっと本部が騒ぎになっている筈ですよね。」
「まぁ、それは…………。わざわざ結衣ちゃんに話を聞いて貰った事と関係しているのよね。」
美麻は一度、結衣に視線を移す。見つめられた結衣は緊張した面持ちになる。元々人見知りであることを加味しても、得体の知れない通り魔の話題で自分が呼ばれたとなれば、緊張するのも致し方ない。
「ここまでの中で、対策院の直接の関係者の被害者は陽菜を入れて5人。いずれも鬼闘師で、仙台で三級が一人、次に熊本の阿蘇でもう一人三級、その次が新潟の上越市で二級鬼闘師がやられてるわ。これらの事件は半年前の仙台を皮切りに、一月につき一件ずつ起きていた。」
「確かに最初の事件は仙台の秋保でしたね。温泉街の奥の、秋保大滝の近くだ。でも、最初の3ヶ月は一月に二人のペースで被害が出てた筈じゃ?」
「ええ。最初の3ヶ月の被害者は計6人。北海道の北広島、宮城の白石、北九州市であと3件起きているわ。」
確かに場所はバラバラだが、鬼闘師が殺された場所から比較的近い。一哉は続きの情報を得るべく、美麻に話の続きを促す。
「ここで一度、被害がパタリと止むわ。次に被害が出たのは5月下旬。被害者は一般女性ね。これが兵庫県の姫路市。そこから被害は、関東を除く日本全国で加速度的に増加するのだけど、先月に四日市市で一級鬼闘師が、そして4日前に大阪の泉佐野市で上級鬼闘師の清水陽菜が殺された。」
ここまでの話を整理すると、被害者には色んなパターンが存在している様だが、定期的に鬼闘師が狙われているのは間違いがない。それも順番から言えば、階級の一番低い三級から徐々に階級を上がる形で被害が出ている。
これは恐らく偶然ではないだろう。場所を完全にバラバラにしているが、確実に少しずつ強い相手を標的にしている。そしてこの法則から言えば、次に狙われるのは、まだ鬼闘師が殺されていない中国・四国地方の美麻か、そもそも事件自体が起きていない関東の一哉自身。
この情報だけでも、敵が明確に対策院を標的にしている事がわかるが、美麻は対策院関係者が狙われていると言った。また、結衣にも話を聞いて欲しいと。まだその辺りの情報は明確になっていない。
「なるほど。それで、その他の被害者も対策院関係者って美麻さん言ってましたけど、どういう事なんですか? それも、結衣も巻き込んで。」
「それはこれから説明するわ。これまで被害者が対策院関係者だとわからなかった理由は、鬼闘師以外の被害者が間接的にしか関わりを持っていなかったからよ。」
「間接的な関係――――――?」
「そう。例えば怪魔襲撃の被害者、例えば対策院関係者の友人、例えば対策院のマーク対象。これまでの鬼闘師以外の被害者は、そういう、一見対策院と関係が無さそうで関係のある一般人なのよ。」
つまりは、対策院の関係者というターゲット共通性を持たせながらも、対策院にギリギリまで気取らせない。そう言う意図の元に犯行は行われており、今までの数多くの犠牲者は――――――
「カムフラージュ――――――ですか…………」
「主目的はね。でも、多分犯人にとっては快楽的な目的もあるのよ。」
「それはどういう…………?」
「これは今まで箝口令が敷かれていて警察関係者しか知らなかった事らしいのだけれど――――――被害者のうち、18~35歳の女性に限っては全て暴行されていたのよ。それも、殺してから気の済むまで犯すという、狂ったやり方でね。」
一哉は目を見開く。この情報は確かに初耳だ。そしてこれが事実であるならば――――――
「そして、被害者の6割はその条件に当てはまる。もうわかった? ターゲット候補の南条一哉と同じ家に住み、対策院の監視対象でもあり、20歳の女の子という条件を満たしている。結衣ちゃんが狙われる確率はとても高いのよ。」
そんな衝撃の爆弾を投下する美麻の発言に、一哉達は口を開くことすらできなかった。当事者の結衣は勿論、咲良まで顔を青くしている。
一哉はできる限り結衣を自分達の仕事に巻き込みたくないと考え始めていたが、そんな事を思う前に既に巻き込まれていたのだ。それも、考えうる中でも数えられる程の非道なやり方で命が狙われている。巻き込んだ責任云々ではない。
仮にも同じ家で暮らす友人を狙われる。その事を想像するだけで、一哉の中にどす黒い感情が生まれてくる。
――――――絶対にそいつを許すな、必ず自らの手で叩きのめす。
テーブルの上で拳を握る一哉の様子を見て、美麻が声をかける。
「一哉君、落ち着きなさい。私がここに来た理由は2つあるの。一つは今の情報を共有して敵をこの東京に誘きだして叩くこと。そしてもう一つは結衣ちゃんの護衛よ。」
「美麻さんが…………?」
「対策院は私達3人を餌にして、対策院に仇なす不届き者を釣り上げるつもり。でも、私と一哉君はともかく、結衣ちゃんには自衛の手段がない。いくら一哉君が側に付いているからって、四六時中一緒にいるのは不可能だわ。」
「――――――」
「だから私が手を貸す。私と一哉君で組んで、敵を必ず叩き潰す。結衣ちゃんも護って、陽菜の仇を取る――――――それが私の目的。」
「でも、美麻さん。自分の担当地区は大丈夫なんですか?」
「うちの上級は優秀なのよ? 一哉君みたいに異常な敵に付け狙われてる訳でも無いし。」
美麻の一哉を見る目は冗談の雑じり気ゼロの、真剣そのものの眼差しだった。確かに昔から、一哉が一番世話になった鬼闘師は咲坂だが、一番気にかけてくれていたのは、美麻だったのだ。護る義理も無い結衣を護るとそう言ってくれている。
そうであれば、一哉に断る理由は無く――――――
「こちらこそお願いします、美麻さん。」
そう言って手を差し出す。
「うん、こちらこそよろしくね~、一哉君。」
ここに特級鬼闘師二人による同盟が結ばれた。敵は世間を騒がせる通り魔。護るべきは自分達自身と結衣。
なんとしても犯人を炙り出して叩く―――――――そんな決意を二人が固めてるところに、一哉のスマホが鳴り出した。
「誰からだ……?」
一哉はポケットからスマホを取り出す。画面には「小川原大介」の五文字が表示されている。
「小川原…………? 南条だ。何かあったのか?――――――――――――は……? 対策院本部が襲撃…………っ?!」
通り魔の衝撃が南条家を襲った夜。一哉の夜は始まりを告げたばかりだった。
いつも読んで頂きましてありがとうございます。
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