肆ノ舞 Women and Alcohol
年始の話です。新年早々麻雀で役満上がり(大三元)をして、今年の運を使いきりました。
何で3月に年始の話してるのかって?
今丁度ネタ切れなんですよ(笑)
「こんばんわ~。一哉君、みんな、元気してる~?」
呑気な声でそう言って現れたのは、対策院一の美魔女。中国・四国地方担当の特級鬼闘師・神坂美麻であった。
余りにも予想外な来客に一哉達は全く反応できず、ただただ固まるばかりである。
「あら~? みんな釣り上げられた鯉みたいにマヌケな顔しちゃってどうしたの……?」
先程の南条家の修羅場を知ってか、知らずかはわからないが、間違いなくこの女が空気を読めていない事だけは間違いがない。そしてそうやって入ってきた本人自身が、一哉達から浴びせられる視線に耐えかねて冷や汗をかいている始末である。
「神坂特級、いくらなんでも、何の説明も無く入っていっても、南条特級が混乱されるだけかと思いますが。」
神坂美麻の登場だけで固まってしまった南条家の面々であったが、更に美麻の後ろからやって来た存在に唖然とさせられる。
それは少年であった。当然ながら、一哉達全員が見たことがない人物であり、人の良さそうな整った童顔に、丸レンズのメガネ、少し長めの黒髪を備えた小柄な美少年である。
そうなると当然、一哉の中で考えられる可能性は一つで――――――
「「美麻さん、また若い子に手を出したんですか……?」」
咲良とセリフが完全に被った。
● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
「ホンっと失礼ね、一哉君、咲良ちゃん。」
「「すみません…………」」
歳柄も無くプリプリと怒った美麻は、南条家の食卓の一席を強奪して、一哉秘蔵のウイスキー・キャメロンブリッジをまるでジュースの様に飲んでいた。
ロックで飲んでいるのにも関わらず、僅か30分でボトルは半分空いている。
(あぁ…………俺のキャメロンブリッジ35年モノが…………。これ、凄い希少なモノなのに…………)
「何か文句あるの?」
「いいえ、ありません。どうぞお納めください。」
先程の一哉と咲良の失言により、二人は美麻の一人晩酌に付き合わされていた。美麻が連れてきた美少年の正体をいつもの通り「美麻に手を出された若手」と勘違いした結果、美麻の逆鱗に触れてしまったのだ。
その結果、一哉と咲良は晩酌の相手をさせられ、結衣はつまみ作り要員として動員させられてしまっている。
ちなみに、佐奈は友里を連れてうまくこの場を脱出し、奥の部屋に逃げ込んで難を逃れた。美麻の来訪によって一般人が居るのがまずい状況になったので、佐奈はファンプレーであったのだが、それにしても逃げ足が早い。
そして件の美少年。ただ単に美麻が連れてきたというだけでなく、その正体は意外なものであった。
「僕は神坂特級の補佐役として本部から中国・四国支部に配属になった、嶋寛二と言います。初めまして、南条特級鬼闘師、北神一級祈祷師。」
美少年からその様な自己紹介を受けた一哉と咲良は、唖然とせざるを得なかった。本部から特級の補佐役としてつけられるということは、相応の実力を持った人間ということだ。だが、一哉も咲良も「嶋寛二」という局員は聞いたことがない。
話を聞けば、昨年入局したばかりの二級鬼闘師。いくら人手不足の対策院とはいえ、流石に一級以下の下級の局員を全員覚えているわけではない。だから、知らないのも無理は無い話なのだが、入局一年で二級に昇格する程の人材の情報を聞いたことがないというのは少々不自然だ。
実は一哉には思い当たる節が無いわけではない。だが、それは上層部の懐刀とも言える存在である筈で――――――
それほどまでに本部上層部の秘蔵ということなのだろう。
そんな件の美少年二級鬼闘師――――――嶋寛二は今、台所で結衣のつまみ作りを手伝っている。寛二曰く、「自分の上司のつまみを作るのは部下の務めです」だそうだが、結衣に「結衣さん、お美しいですね」なんて言いながら熱い視線を定期的に送っている辺り、どこまでが本当かよくわからない。
そして、ある意味先程まで以上に混沌としたこの状況に一哉は口を出せないでいた。酔っぱらい三十路美魔女のあまりの横暴に、家主はその権利を完全に喪失。もはや美麻が来訪してきた理由を問うことすら忘れてしまっているのだ。
「なに、ぼーっと見てんのよ一哉君。あなたも飲みなさい?」
「え……? いや、でも…………。」
「いいから、グラス持ってきなさいよぉ。」
「は、はいっ…………!」
対策院の、そして特級としての先輩に全く頭が上がらない。咲良と結衣はそんな一哉を見るのは初めての事であり、目を丸くまそんな微妙にヘタレな一哉に助け船を出したのは、結局は件の美少年であった。
「神坂特級。そろそろ本題に入らないと、何しに来たかわかりませんよ?」
「何よ、寛二? あなたも良いからこっち来て飲みなさい?」
「馬鹿なこと言ってないで、仕事してください、神坂特級。南条特級に要請があってきたんじゃないですか。僕、神坂特級のお酒のお世話だけをしに来たんじゃないんですから。」
「あ、お酒の世話しに来たことは否定しないんですね……。」
そう、美麻の来訪の理由。本来であれば、真っ先に取り上げられなければならない筈の話題。置き去りになっていた本題がここに来て漸く頭をあげる。
基本的に特級鬼闘師はプライベートを含めても、自らの担当地区外へと出ることはまず無い。そうする意味が無いし、特級鬼闘師と言うのはやはりその地区における最終戦力としての意味合いも大きいので、その最終戦力においそれとホイホイ居なくなられても困るのである。特級鬼闘師は自ら対処する案件が少なく、時間と都合に自由が利きやすい反面、こういった制約も多い。これを殆ど守っていないのは、関西地区担当の不良特級鬼闘師·加島尊雄と存在自体が謎の神童秀正位のものであろう。
そんな特級鬼闘師が自分の管轄地区から出てくる理由は、ほぼ二つに限られる。
一つ目は本部からの呼び出しを受けた場合。これは様々な場合があるが、主に新任鬼闘師の任官式への出席だろう。他には、先日開催された対策会議もその場合として挙げられるだろう。
二つ目は有事の際の戦力としての召集。特級鬼闘師を以てしても解決できない案件が発生した場合に発生する。特級鬼闘師が対応できない案件などまず無いのが常だが、決してゼロではない。
今回であれば後者の理由は考えられないため、恐らく前者ということだろう。
もっとも、そんな事がわかったところで、その呼び出された理由と美麻が何故今南条家に居るのかに関しては依然として謎であるのだが。
話を元に戻そう。
寛二より苦言を呈された美麻は、年甲斐も無く唇を尖らせて不満を隠そうともしない。
「何よ、寛二~。この私が落ち込んじゃうぐらい暗ぁい話なんだから、少しぐらいお酒に逃げさせなさいよ。」
「神坂特級が知り合いの家で勝手に酒盛りを始める事に関しては今更なので何も言いませんが、さすがに今日はやり過ぎです。本部から言われた仕事が気が乗らないからって、何時までも管巻いてないで、南条特級にちゃんと事情説明してください。」
そう、冷たく突き放す寛二を少しの間恨めしそうに睨め付けていた美麻だったが、やがて観念したのかとても深く大きなため息を一つ吐くと、ウンザリだといった表情で一哉と咲良を見る。
「ま、寛二の言う通りでもあるのよね、実際。マジな話、放っておいていい様な問題でもないし。」
「本部からの仕事ですか…………。美麻さん、何かあったんですね?」
そんな美麻の様子に、瞬時に仕事モードへと切り替える一哉。いかに先輩が自宅で傍若無人に振る舞いまくるカオスな状況下であったとしても、仕事モードへの切り替えの早さだけはピカ一の男であった。
そんな中、一人居心地の悪そうな結衣が――――――
「あっ……。一哉君、私居ない方が良さそうだし、奥行ってるね?」
対策院の仕事の話、それも特級同士の話には首を突っ込まない方が良いと考えたのだろう。結衣は台所から出て、奥の自室へと戻ろうとする。
一哉はそれを黙って見送る。
一哉としても、結衣が対策院の話を聞いても何もわからないであろうし、そもそも案件がどの様なものにしろ、結衣を巻き込みたくはないと考えていた。実際結衣は、結衣が南条家に居候する切欠となった変異【鵺】事件、2ヶ月前の【砕火】襲撃事件と早くも2回も怪魔との大きな戦いに巻き込まれていた。これは対策院所属ではない一般人としては異例の頻度である。
勿論、忌土地で悪霊によって呪いをかけられてしまった場合などの例外もあるのだが、結衣の場合はそれには当てはまらないし、そもそも鬼闘師や祈祷師のすぐ近くで生活しているというのも大きいだろう。だがそれにしても、結衣がやたらと怪魔絡みの案件に巻き込まれやすいという事実には、変わりがない。
佐奈の言うとおり、対策院の被害者施設へと移す事も考えたが、あそこは対策院の監視が厳しく、自由は大幅に制限されてしまう。いくらなんでも、顔見知りの大学の同期を――――――それも、友人と呼べるほどには時間を共に過ごした人をそんなところに追いやるのは、一哉としては気が乗らなかったのだ、
だが、そんな思惑は次の美麻の一言でアッサリと消え去ることとなる。
「いいえ、あなたも聞いていってくれないかしら、東雲結衣さん?」
美麻の結衣を見る目は冗談でも何でもなく、真剣そのものだった。
謎の召集を受けた結衣が席につくと、寛二もそれを受けて腰を落ち着かせる。南条家の食卓に、一哉、結衣、咲良、寛二、そして美麻の5人が、南条家グループと神坂特級グループでそれぞれ向かい合って座る図式の完成だ。
先程までの混沌とした雰囲気もどこへ行ったのやら、緊張感すら漂っている。
全員が着席するタイミングを見計らって、美麻が口を開いた。
「早速だけど、一哉君。近頃世間を騒がせている通り魔の事はご存知かしら?」
真剣な顔の美麻の口から出てきたのは、これまた鬼闘師とは何の関連も無さそうな話題であった。一哉ですらも少々面食らった出だしだったが、隣の結衣と咲良は完全に訳がわからないといった様子だ。
どんな化け物の話が出てくるのかと身構えていたら、出てきたのは通り魔だったというのだから、仕方の無い事なのだが。
一哉もその話題であれば触りは知っている。何しろ、ここ最近は毎日テレビで報道されているのだ。
2ヶ月前までの一哉であれば、それでも知らなかった可能性も捨てきれない。だが、ここ最近は居候の結衣に加え、咲良も入り浸っている南条家では、テレビのついていない時間を――――――一哉の知っている範囲ではだが――――――見つけることの方が難しい。
そして美麻の口から飛び出した「通り魔」。
それは、ここ半年程続く、動機もターゲット傾向も不明な連続通り魔殺人事件の事である。
何か盗られた様な痕跡も無く、被害者の年齢、性別、地域、身長や体格、そういったパーソナルデータに何ら共通性の無い不可解な事件。単独犯の犯行なのか、組織的な犯行なのかも判然とせず、遅々として進まない警察の捜査と相まって日本全国を震撼させている。
だが、こんな対象・地域無差別の事件にも、唯一の共通性があった。
それは――――――死因。
被害者は全員が全員、鋭い刃物のような凶器で喉を引き裂かれており、これが致命傷となっている。それも現場には何か争ったような痕も無く、喉は真一文字にただ一閃切り裂かれており、明らかに"手慣れた"者による犯行である事は間違いない。
だが、わかっているのはそれだけである。何時、どこで、誰が狙われるかわからない。
そんな事件が、半年前から断続的に、そして2カ月ほど前から加速度的に起こっている。そしてその唯一の安全圏が関東地方であった。
「もちろんです。あれだけ連日報道されてて知らないわけが無いじゃないですか。」
「へぇ…………。言うようになったわね、一哉君。前までならこういった話題、興味すら示さなかったんじゃない? それに、どう考えても関係なさそうな話題なのに。」
「まあ、うちもここ最近で色々変わりましたし……。それに、例の【砕火】の件から、一見関係無さそうな事でも一応注意しておくことにしたんですよ。」
実際問題、家でテレビが点いているか、点いていないかは関係なく一哉はニュースを見るようにしていた。二ヶ月前に遭遇した【砕火】は自らを四天邪将と名乗った。
(≪四天邪将・朱雀位―――『炎獄の神鳥』・【砕火】、貴様ノ身ハ俺/私ガ貰イ受ケル―――――――!!≫)
あの時【砕火】は確かにそう言った。
つまり「朱雀」位という事は、普通に考えれば、その四天邪将にはあと3体が居る筈である。
――――――青龍、玄武、そして白虎。
敵がどこまで組織化されているかはわからないが、どうせ来る事がわかっているのならばと、少しでも襲撃に対する備えをすべきだと考えた一哉はちょっとした話題でも耳に入れるべきだと考えていた。
「なるほどね~。確かにあの一件は最初から最後まであなたが当事者だったわけだし。それもそうか。」
当然ながら、今回も一見何の関係も無いと思える事件が何かに繋がっているに違いないと一哉は考えたわけだが、当然と言うべきか、結衣と咲良は相変わらず唖然とした顔だ。
逆に最初から事情が分かっていない人間が今の会話で状況を把握できるのであれば、それはもうサイコメトリーや天啓の次元であろう。だからこそ訪ねてくるのだが――――――
「一哉兄ぃ、なんかわかった様な顔してるけど、なんか知ってるんだったら教えなさいよ。」
「いや、今の話の流れでわかるわけないだろ。」
そう。別に出てきた不思議な話題に疑問を持つか持たないかだけの問題である。この話題と怪魔に何の関係があるのかは全く分からないままである。
そんな一哉の答えを聞いた咲良はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「何だ、すごいドヤ顔してるから、知ってるものかと思ったのに。」
「あのなぁ、咲良。いくら何でも、それは無茶ぶりだろ。さっきのでわかるんだったら、俺は予言者だ。」
「へぇ、南条一哉特級は予言はできないと。それは初めて知りました。」
「おい咲良、バカにしてんのか…………?」
テレビを皆で見ていた先程までとは打って変わり、ご機嫌で楽しそうな咲良。機嫌が良いのは良い事だが、このタイミングでいつもの辛辣な咲良が顔を覗かせるのは良くない。
見れば、眼前の美麻が笑顔のままこめかみをひくつかせている。
これは面倒な事になる―――――――そう身構えた一哉だったが。
「一哉君、咲良ちゃん、ちょっとお話が脱線しすぎだよ……。お話、ちゃんと聞こうよ。ね……?」
美麻の様子を伺ってか否か、結衣が言い争う一哉達を諫める。
酒に深酔いして暴走した事もあったが、やはり基本的には結衣は南条家の一員の良心的存在である。
「そうよ~。あと少しで怒るところだったわよ~、一哉君、咲良ちゃん。あなた達カップルのイチャイチャを見るのも楽しいけど、程々にしときなさいね。」
「な…………っ! カップルなんかじゃ――――――」
「はい、すみませんでした、美麻さん。」
面倒なことになる前に謝っておく。ここ最近、一哉が女性陣に囲まれて生活する中で身に付けた処世術である。
一哉から見て、南条家を取り巻く女性は機嫌を損ねると面倒なことが多い。それ故にとりあえず謝っておくという対人スキルを身に付けたのだが―――――――
結衣は何故か不満そうな顔をしているし、咲良は美麻の言葉に反発していた割には、顔を真っ赤にしながらも、どこか嬉しそうな顔をしている。
結局、一哉は「とりあえず佐奈、結衣、咲良に関する困った問題をぶん投げる」術を得たが、彼女達が何を考えているかは相変わらず理解できていないので、三人娘の反応に首を傾げるばかりであった。
「ほうほう、一哉君、否定しないのね~」
当然、美麻のこんな反応も理解できていない。むしろ、話脱線させているのは美麻じゃないかとすら考えており―――――――
「美麻さん、それで、その通り魔と対策院がどう繋がってくるんですか?」
などと、無意識の全力スルーをするのだ。
「相変わらずね~、一哉君。まあ、いいわ。それじゃ本題に入るわね。一見、私達鬼闘師とは何の関係も無さそうなこの事件、実は関係大アリよ。」
「やはりそうですか。それで、その共通点とは?」
一哉の問いかけに美麻がどこか疲れた様な様子で口を開く。
「全国連続通り魔事件の被害者の共通点、それがわかったの。被害者の共通点。それは対策院の関係者よ。」
いつも読んでくださいましてありがとうございます。
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サブタイトルの元ネタがわかったあなたは通です。




