参ノ舞 小倉莉紗
遂に明日、Devil May Cry 5の発売日です。有給も取って、廃人になる準備はできました。
視点は再び戻って、歌番組を見ている場面から再開です。
第2章で少し出てきた神坂美麻が再登場します。
「今出てる『D-princess』のセンター、あのショートカットの人っ! 天文部の――――――私達の部長だよ!!」
心底驚いたといった顔をしている結衣。
だが、そんな結衣の様子を見ても、一哉は今一ピンとこない。
それもそうだろう。南条一哉と言う男は、元から家族や親しい人間以外の周囲の人間に大して興味を持っていない人間である。
特にアイドルという存在に大して興味もなく、それが居候人の顔見知りであったからと言って驚いて話に乗っていけるほど一哉のコミュニケーション能力は高くなかった。
そして何より――――――
「活動の時は見た目変えてるんだろ? それがこんなすぐわかるなんて、別人なんじゃないのか?」
これは一哉に興味が無いからこそ出た台詞であった。
内心、結衣の言う事が正しいか間違っているかはどうでも良い。例え結衣の知り合いがアイドルであったからと言って、一哉には関りの無い話である。
だが、結衣にとってはそんな一哉の態度は面白くなかったらしい。
その控えめな胸の前で握りこぶしを作ってまで力説を始める。
「確かにお化粧も髪の色も、普段と違ってるけど、部長の顔を見間違えるわけないよっ!! だいたい、名前が本名そのままなのに、別人なわけないし……っ!」
「……あ、あぁ――――――」
謎の力説を始める結衣に、一哉は思わずたじろぐ。
「小倉莉紗」というアイドルが自分の大学に居る。それぐらいの情報は覚えていようと思った一哉だったが、そこにちょっとした記憶の引っ掛かりを感じる。
「……ん? んー……? 小倉……莉紗…………? どこかで聞いた名前の様な……。」
一人でウンウン考えていた一哉は、大学の友人・鈴木智一とのかつての会話の一幕を思い出す。そう、自分は確かに一度だけその名前を聞いた事がある。
「なあ、結衣。」
「なぁに、一哉君?」
「その『小倉莉紗』さんってさ、もしかして薬学部の金髪ハーフの先輩だったりするか?」
「あれ、一哉君、莉紗さんの事知ってるの? 莉紗さんってあんまり人付き合いする人じゃないから、天文部以外で知っている人なんてほとんどいないのに。」
一哉が「小倉莉紗」の事を知っていた事に、心底意外そうな顔をする結衣。
確かに大学でも人付き合いを避け、鈴木智一意外と殆ど話さない一哉が、大学の先輩、それも違う学部の学生の事を知っているというのは意外な事に映るのかもしれない。
だが、その鈴木智一がミソなのである。
「いや、一度智一の奴が『薬学部にすげえ美人のハーフの先輩がいる!』とか言っててな。その時の事を覚えていただけだよ。」
そう。鈴木智一は大学内の女子学生事情に異常に詳しい。
本人は彼女が欲しくてそういう情報収集をしているのだろうが、正直、情報収集のレベルと見境無さがひくレベルである。
当然ながら普段から興味無しの一哉はまともに聞いていないのだが、この「小倉莉紗」なる人物に関しては智一がやたらと熱く語っていたため、ほんの少しだけ内容を覚えていたのだ。
「あ、あぁ…………鈴木君かぁ。うん、まあそうだよね。」
結衣はどこか安堵したような納得した様な顔を見せながら頷く。
そういった結衣の反応は一哉には今一理解ができなかったが、ほんの少しだけ結衣の話に興味を持つことができた。
「あの人、見た目こそ少し変えてるけど、天文部部長の小倉莉紗さんで間違いないよ。アイドルやってるって事は教えてもらってたし。こんな有名なグループとは思わなかったけど…………。」
結衣がテレビの中の小倉莉紗の方を見ながら言う。その視線はどこか憧れの人を見るものに近く、以前聞いた破天荒な人物を見る様なものでは無かった。
何だかんだと言って、部長たる小倉莉紗の事を尊敬とまでは行かなくとも慕っているのだろう。実に結衣らしいと言える。
そして、テレビでは彼女たち「D-princess」が新曲を披露していた。
――――――この胸の高鳴りは 夏に輝くあの太陽
――――――眩しいキミの笑顔 いつまでも見ていたいよ
――――――もし僕のこの想い キミに伝えられるなら
――――――終わらせないで この夏をいつまでも
――――――~~~♪
「瑠璃かわいい!」
「佐奈、興奮しすぎ。でも、確かに瑠璃かわいいね。流石学園でもアイドルって感じだけど、どうやったらあんな可愛くなれるんだろ…………。」
「あれー? 友里、嫉妬?」
「違います!!」
あまり、というか全くと言っていい程音楽を聴かない一哉にとって、今流れている曲がいい曲なのかそうでない曲なのかの判断は全くつかない。というより、そういったジャッジ自体に興味がない。
ただ、テレビの前の佐奈達や、隣の結衣の様子を見ている限り人気のある歌なのだろう。最近流行しているみたいであるし。
佐奈達はテレビを見ていても相変わらず騒がしかったが、同時に隣の結衣もさっきから驚いたり呆けたりと忙しい。ちなみに今は呆けている。
「そういえば思い出したけど、ディープリってあのセンターの女が作詞やってるのよね。」
ここまで静かだった咲良がそんな事を言う。興味が無さそうだった割にはそんな事も知っているのか、と一哉は驚く。ただしその顔はとてもつまらなそうなものであったが。
「そうなのか?」
「一哉兄ぃ、ホント何も知らないのね。『D-princess』ってセンターの小倉莉紗が全曲の歌詞書いてるってのがウリなのに。」
当然一哉は何も知らない。アイドルに興味無く、音楽に興味無く、果ては周囲の人間が話題にしている事に関してする興味が無いのだ。知っている方がおかしいだろう。
この事を普通の人間が聞けば、じゃあどうやって今まで暮らしていたのか、何を楽しみにして生きているのかと聞くような野暮な事を聞いてくるのであろう。だが、この男には関係のない話だ。何しろこの男は多忙である。それこそ中学生の頃には既に対策院の正規メンバーとして活動していた一哉にとって、周囲の話題など興味がない云々以前に、気にしているような余裕が無かったのである。
「まあ、この2カ月ぐらいで急に伸びてきたグループだし。一哉兄ぃの事だから知らなくても当然と言えば当然だけど?」
実際の所、一哉に中学・高校時代の友人は一人も居ない。
それこそ綺麗に一人もだ。
小学生の頃は仲良くしていた友人位は居たものだが、母の死を経た事で、一刻も早く鬼闘師になって実力を付けて家族を護りたいと願い、鍛錬してきた一哉が、中学生・高校生という時代に家族以外の周囲に目が向かなくとも不思議は無いだろう。
最近でこそ特級へと昇格した事で、精神的にもスケジュール的にも余裕が出て、鈴木智一の様な友人も出来た。だが、それでもいわゆる青春時代を孤独に過ごした代償は大きく、一哉には同世代の話題に興味を持ったり、付き合ったりしようという気持ちが――――――有体に言えばコミュニケーション能力があまりにも欠如していたのだ。
咲良もそんな一哉の事情をわかっているからこそ、諦め半分といった風でいつものような煽りをしないのだが。
咲良がまた面白くなさそうにそっぽを向いたので、今度は呆けている結衣の方を見る。
結衣は結衣で先程から唖然とした様な、憧れの人を見る様な表情でテレビを凝視している。今日の結衣は非常に表情の変化が忙しい。
「ふへぇ…………」
「結衣?」
「いやね、なんか莉紗さんのイメージと違うなぁって思って。莉紗さんって私の知ってる限りじゃ色恋沙汰に全く興味無さそうだし、むしろ男の子嫌ってる節すらあるのに。」
流石は顔見知りというべきか。いくら興味が無いとはいえ、そういったところの解説を聞いているのは楽しい。それに色恋沙汰に興味が無いとなれば、友人として接する事ができると面白いかもしれないなどと一哉が思っていると、意外なことに佐奈が結衣に声をかけた。
「結衣さん、ディープリの莉紗ちゃんとお知り合いなんですか?」
一哉目線から見ても、佐奈は明らかに結衣の事を嫌っている。居候が始まってから既に3ヶ月が経っているにも関わらずだ。最初は変わった環境に佐奈が慣れていないだけなどと楽観視していた一哉も、流石にここまでくれば、認めざるを得ない事実であった。
その佐奈が珍しく自分から結衣に声をかけた。これは良い傾向だと内心微笑む一哉であったが、その実情はただ単に友達がメンバーのアイドルグループの他のメンバーに会えるかもというあまりにも打算的な思惑でしかなく、唯の勘違いである。
「うん、大学の先輩だよ。部活も一緒で、たまに一緒にご飯行ったり、お買い物したりもするね。ここ4カ月ぐらい会ってないけど――――――」
「結衣さん、莉紗ちゃんに会えませんか?」
「あ、いいなぁ佐奈…………。すみません、結衣さん。厚かましいお願いだとは思うんですけど、私もお願いできませんか?」
「う~ん、そうだね。私も最近莉紗さんには会えてないし、ちょっとお願いしてみるね?」
妹・佐奈の度の越えた我が儘だ。厚かましさすら感じるだろう。それにもかかわらず、結衣は嫌な顔一つしない。一哉がこの居候の事を密かに評価しているポイントの一つであった。
「やった。うん。じゃあ、莉紗ちゃんに会えたら結衣さんがうちに居ること認めてあげます。」
いくらなんでも横暴すぎる主張だ。そう思った一哉が抗議の声をあげようとしたのだが、そこに先に声をあげたのは、意外なことに、相変わらず機嫌の悪い咲良であった。
「佐奈。アンタ、幾らなんでもそれは性格悪すぎ。一哉兄ぃが決めたことなんだから、何時までもウダウダ文句言ってんじゃないわよ。大体、そのお願いも、アンタの友達の瑠璃って子にしなさいよ。」
「だって瑠璃ちゃんに頼んでも、あの子気が弱くて頼めないだろうし? それに結衣さんがこの家に居座り続けるなんて私認めてないもん。」
「…………。昔からアンタがへそを曲げるとめんどくさかったから、今まで口を出してこなかったけど、今回ばかりは言わせてもらうわよ。佐奈、そうやって私と一哉兄ぃ以外の人を見下したように接するのは、もう止めななさい。」
咲良の言葉に食堂全体の空気が凍りつく。
基本的に仲の良い幼馴染みである佐奈と咲良は軽い言い合いこそあるものの、喧嘩はしない。色々と状況はあるのだが、大抵は咲良の自己申告通り佐奈と事を交えると面倒だから回避しているというものが多い。喧嘩するとすれば、大抵は佐奈の方から噛みついた場合である。
だが、今は珍しく咲良の方から噛みついている。それも前から思っていたと言わんばかりの口振りで。それが、このタイミングだから言うべきと彼女が判断したのか、ただ単に不機嫌に身を任せて口から飛び出したのかはわからないが――――――
「それに、もう私はアンタの根回しは必要としていないわ。それは前にも言った筈だけど。だから、そういうのはもう良いのよ。」
何の事を言っているのか、一哉にはわからなかったが、佐奈と咲良の雰囲気は益々険悪なものとなる。それこそ一哉が見たことが無い程に。
そしてその変化は顕著に佐奈に現れた。いつもの快活美少女といった雰囲気は完全に身を潜め、まるで哀れなものを見るような目線で咲良を見つめている。それはある意味、普段から佐奈が結衣に送っているモノ以上に残酷に。
「へぇ…………。咲良ちゃん、そういう事言うんだ? 私が居なかったら、もうお兄ちゃんと話すこともできなかったくせに。」
「………………っ!」
咲良の顔が、しまったといった風に歪む。それも、どちらかというと忌々しげに。
「良いよ。咲良ちゃんがそのつもりなら、私にも考えがあるから。」
そう返した佐奈の声が、まるで氷点下以下の冷たい声へと変貌する。それに、ほんの少しではあるが、殺気のような危険な気配を漂わせながら。
「さ、佐奈ちゃん…………?」
兄である一哉ですら、迂闊に何か言える雰囲気ではないのだ。あくまで一般人な友里はもちろん、事情を色々と知っているがやっぱり一般人枠な結衣まで、急激な佐奈の変化についていけず、ただ状況を見守ることしかできていない。
そんな異常とも言える南条家の雰囲気に、いい加減友里が耐えられなさそうになってきた時だった。
「こんばんわ~。一哉君、みんな、元気してる~?」
絶対零度の空気も、駄々下がりのテンションも、佐奈の殺気までも吹き飛ばして南条家に勝手に入ってきていたのは、本来この場に居るはずの無い、中国・四国地方担当の特級鬼闘師。
神坂美麻その人であった。
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