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鬼闘神楽  作者: 武神
第3章 闇からの挑戦
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零ノ舞 プロローグ3~刺客の資格~

大変お待たせいたしました!

第3章開幕です。

 その日は雨だった。

 じとつく不快な空気が漂う、雨の日の夜。時刻は丑三つ時になるかならないかというような時間帯。つまりは真夜中である。

 季節は梅雨がそろそろ明けようかという頃である。最近のテレビの天気予報を見れば、梅雨明け間近という言葉を毎日聞く程だが、天気は連日の雨。どんな元気印の人間だって気が滅入る。

 そんな夜であるのだから、出歩く人は少ない。こんな夜に態々出歩く人間が居るとしたら、それは余程の物好きであろう。


 そんな中、傘も差さずに独り立ち尽くす男がいた。

 その男は少し長めの白髪も顔に張り付き、かけた眼鏡は水滴にまみれて、前が見えているのかすら怪しい。全身ずぶ濡れとなり、濡れ鼠と化した男の見た目はまだ高校生位の少年だった。

 人情溢れる人間ならば、家出の可能性を考えて少年に声をかけるかもしれない。夜中の雨の日に少年が傘も差さずに立っていれば、心配になる事もあるだろう。


 ――――――その少年が普通だったのであれば。


 だが少年の右手には、血塗れのタクティカルナイフが逆手に握られており、その童顔と白髪のミスマッチと併せて、この少年が普通ではないことを如実に物語っている。


 そして少年の足元には、首を裂かれて血塗れの女性が倒れ臥していた。見た目20代前半の大学生風のその女性は、既に息は無く、その瞳になにも映していない。そしてその女性の最期の表情は驚愕と悲しみ。信じていたものに裏切られた、そんな感情が読み取れる絶望の表情だ。

 少年は女性の死体を暫く呆然と見つめていたかと思うと、すぐそばに腰を落とし、手の中のナイフを使って服を切り裂き始める。チュニックを、スカートを、タイツを、ブラジャーを、パンティを。次々と切り裂き、女性を裸へと変えていく。

 そして少年はズボンを脱ぎ、腰を落として――――――



 そんな様子をモニターで見ている存在がいた。

 5人――――――明らかに人でないモノも混じる中、「人」という表現が正しいかはわからないが―――――は、モニター上で一心不乱に腰を降る少年の様子を見ていた。



《屍姦趣味トハ。成程【神流】、相変ワラズ貴様ハ趣味ガ悪イ。》



 暗闇に包まれた部屋に、男とも女ともつかない、或いはそれらが同時に喋ったかの様な不思議な声が響く。その声を出したのは鶏程の大きさの紅い鳥。

 その姿は絵画の中の朱雀や鳳凰を彷彿とさせる、しなやかかつ曲線的なフォルムを持った美しい姿であった。大きさこそ全く違うものの、約2ヶ月前に南条一哉の屋敷に現れた【砕火】そのものである。



「うるさいわね、私の趣味じゃないわ。私だってあんなのを喜んで部下にしてる訳じゃないわよ。ただ、ああいう手合いの方が強く育てやすいだけ。それに、悪趣味と言うのであれば、貴方の作る『炎獄』の方がよっぽど悪趣味よ。」



 答えたのは、長い白髪を後ろでゆったりと束ねた女、神流。狂気を湛えたその黒真珠の様な美しい瞳は、不満の色を映す。

 モニターの中の少年は神流の部下だった。自分で選び、生み出し、育てた。しかし自分で選定し、指示した結果が引き起こした事とはいえ、やはり部下の蛮行には吐き気を催す程の不快感を感じる。



《貴様程度デハ我ガ『炎獄』ノ素晴ラシサ等欠片モ理解デキヌ。》


「あらそう。それは良かったわ。私も一生理解するつもりは無いわ。」



 神流は【砕火】を睨み付けながらそう返す。



「でも神流ちゃんさ、あの子の生まれた経緯って神流ちゃんと一緒なんでしょ? だったら神流ちゃんの弟みたいなもんじゃん! ちゃんとお姉ちゃんとして責任取らなきゃ!」



 今度は神流に無邪気な声が飛ぶ。声の主は黒い外套を身にまとった、中学生ぐらいの少女だった。少女は見た目、辺りに立ち込める闇にはそぐわぬ天真爛漫さを醸し出していた。高く綺麗なソプラノボイス、驚くほど平坦な幼児体型も相まって、余りにも場違いな存在である。

 ――――――ただし、モニターの中の光景を恍惚の表情で眺めていなければの話だが。



「【霧幻】、冗談は止めなさい。あんなのが私の弟だなんてぞっとしないわ。そもそも私は『南条家以外の鬼闘師と戦って殺せ』とは言ったけど、誰もそれを好きにして良いなんて一言も言ってない。完全な暴走よ、まったく……。」


「まあ、そうだよねー。そもそも、神流ちゃんにとっておと――――――」



 そう言い終わらないうちから、神流は自らの右手に顕現させた青黒い日本刀『氷姫』を振り抜いて霊術を放つ。

 【霧幻】はそんな不意打ちで飛んできた氷柱に驚いて、口をつぐんだ。



「【霧幻】、それ以上は無しよ。」


「…………。わかったよ、神流ちゃん。ごめんって。」



 【霧幻】が素直に神流に謝る。

 これを受けて、神流は内心ほっと胸を撫で下ろした。実際のところ、神流の計算としては【霧幻】とやりやったところで勝ち目はない。四天邪将・白虎位の【霧幻】とはそれほどの別格の存在であるのだ。

 神流が脅しても何も起きなかったというのは、単純な話で、ただ単に個人的に仲が良かったからというに過ぎない。



《それで【神流】よぉ、おめぇはアイツをどうすんだ?》


「どういう意味よ?」


《あぁ? てめえ、あんな不良品作り出してどう責任取るつもりなんだって聞いてんだよ!》



 チンピラの様な口調で神流を詰るのは、人の拳大のサイズの光る亀。

 その身体は液体の金属のようにも、固体の金属にも、金にも銀にも銅にも見える。いや、実際にその性質は常に変化しているらしい。亀は見た目の変化忙しく、その短気さを表しているかのようである。

 名を【黒晶】といい、四天邪将の中では玄武の位につく怪魔である。



「は、不良品? 眷属も持たず、部下の育成も出来ないような無能につべこべ言われる筋合いは無いわ。」


《あぁん……? 【神流】、てめぇ、やんのかコラァ?!》



 絶対零度の瞳で睨む神流と、激情に身体の表面を波立たせる【黒晶】。そんな二人の様子を【砕火】は愚か者を見下すように、【霧幻】は面白そうに見ている。一発触発の雰囲気を二人はまるで止める気もない。



「【神流】、【黒晶】、やめろ。」



 そこに、重苦しい雰囲気の中年男性の声が飛ぶ。



「『黒帝』様…………。」



 声の主は『黒帝』と呼ばれる男。

 闇の深いこの部屋のなかでも、『黒帝』の顔はより深い闇に包まれて、表情一つ読み取れない。



「『神流』よ。貴様の部下のここまでの戦果を報告せよ。」


「仰せのままに、『黒帝』様。」



 神流はモニターに映る少年のここまでの成果を、事細やかに報告する。倒した敵、その数、実力、戦闘スタイル。全てを細やかに。

 そう、この場は神流の作った「作品」の発表会であり、品評会であった。「作品」は次の計画に必要なもの。傑作を、渾身の一作を披露しなければならない。



「成る程。『陰霊剣』無しに上級鬼闘師を傷一つ負うことなく殺せるというのは、実に素晴らしい戦果だ。」



 「黒帝」は頷きながら神流に告げる。

 内心、神流は「黒帝」の評価に安堵する。いくら戦闘面で優れた実戦データを残しているとはいえ、情緒面で不安定さを残す今回の「作品」は廃棄処分の烙印を押されかねなかった。

 そうすれば、神流のここ数ヶ月の苦労は水の泡だ。

 神流は今回の「作品」に愛着を持っているわけではない。寧ろ逆だ。今回の「計画」さえ終われば、さっさと処分するつもりでいる。

 実際のところ、神流は部下など求めてはいない。だからこそ、自分の手元に屍姦趣味の変態をいつまでも置いておくつもりもな無かった。



《シカシ『黒帝』殿ヨ。【黒晶】ノ懸念モモットモデハナイカ。本当ニアノ様ナ痴レ者ヲ使ッテ大丈夫カ? 女バカリ殺シテ、アノ男ガ辿リ着ク前ニ特級ドモニ殺ラレルノデハ、意味ガ無イゾ。》



 懸念点を『黒帝』に進言する【砕火】はその言葉とは裏腹に、全く心配そうには見えない。鳥の表情がわかるのかと言われても、神流は「わからない」と答えるが、少なくとも【砕火】とはそういう存在でないことだけは確かだ。

 【砕火】はその出自はどうあれ、紛れもなく神。

 その神が条件付きとは言え、人間に負けた。加えて、一連の事件で自らの眷属まで失ったのだ。プライドが傷つけられたと感じているに違いない。

 要は、自分が戦いに行きたいだけなのだ。



《そうだぜ、『黒帝』サマよう。大体、【砕火】や【神流】が出てんのに、俺様だけ留守番なんて退屈で仕方ねぇよ。今回は俺にやらしてくれや。》



 そして、この【黒晶】もそう。とにかく自分が戦う事しか考えていない。四天邪将と一括りにしたところで、この集団の――――――少なくとも【砕火】と【黒晶】の辞書に団結という二文字は存在しない。

 そんな集団が曲がりなりにも集団の体を保っているのは、『黒帝』の存在と、実質的なリーダーの【霧幻】の存在が有ったからに他ならなかった。



「【砕火】さんも、【黒晶】くんもさぁ…………。いい加減にしなよ? それとも『核晶』割られて、また死にゆく『無縁神』に戻りたい?」


《《――――――》》


「それにさぁ。北神咲良も生きてるこの状況で本当に戦ったところで、今の君達じゃ南条一哉に返り討ちにされるのがオチだって。元は凄い力持ってても、それを発揮できないんじゃ、そこら辺の怪魔と何も変わんないでしょ。」



 【霧幻】の脅しに、二人は黙りこむ。

 実際に彼女の言うことは正しいのだろう。まず、【砕火】は力を振るうための専用の核の修復が不完全だ。しかも、隔離世界を再現して自分の都合良く戦う【砕火】は、能力的には南条一哉との相性は最悪である。【黒晶】に関しては、専用の核はまだ未完成であり、そこ状態で戦ったところで、北神咲良との相性が悪かった。

 これも、現在神流が行っている実験が完成すれば覆るのだが――――――

 本来、圧倒的な力を持っている存在とはいえ、その力を存分に振るえる条件が整っていなければ、意味がないのだ。



「此度の計画、引き続き貴様に任せるぞ、【神流】。励めよ。」


「――――――承知致しました、『黒帝』様。」



 『黒帝』からの命令を受けとると、外套のポケットからスマホを取り出し、電話をかける。



「――――――お疲れ様、【壬翔】。続行の指示が出たわ。…………。ちょっと貴方、何時まで腰を振っている気? あ、な、このタイミングで抜くんじゃないわよ、こっちから見えてんのよ……っ!!」



 モニターには少年が下半身を出したまま振り向く様が映っている。神流は汚物を見るような目になって顔をしかめる。



「これ以上その汚いモノを見せるなら、即刻斬り落とすわよ。―――――ええ……。ええ、そうよ。貴方の順調さは、この私が良く見ているわ。……………………ええ、この私の為に身を砕き、骨を折りなさい。それが貴方のすべき事よ。じゃあね。」



 神流は通話を切ると、スマホを外套のポケットにしまう。そして、『黒帝』に一礼すると、暗くて昏い闇立ち込める部屋から出ていく。

 部屋の扉を閉めた神流は一つ溜め息をついて呟く。



「はぁ…………。一哉を手に入れるためには仕方ない事とは言え、あの変態をあの子と戦わせるのは、ちょっと気が重いわね。ホント、あのクソオヤジには苦労させられるわ。罷り間違って佐奈の方に手を出されても計画が狂うし……。ホントこの計画、今のところ懸念点しか無いじゃない。はぁ……………………。」



 そして神流は闇の中へと消えていく。

 7月下旬のジメジメした不快な空気の中、闇は静かに、だが確実に蠢いていた。

3章公開までお時間かかりまして申し訳ございません。

再びお付き合いいただけますと幸いです。


今章より投稿時間を21時に、投稿間隔を2日に一回に変更させて頂きます。

私の執筆速度では一瞬でストックを使い果たしてしまいますので……。


次回、ようやく最後のヒロインが参戦してきます。

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