参ノ舞 清楚な悪魔
2人目のヒロインの登場です
声をかけてきたのは東雲結衣、東都大学理学部の3回生、つまり一哉の同期だった。
絹の様な滑らかなロングの黒髪に、大きな黒目。鼻と口は小さく小顔である。ついでに身長も150cm程度しかなく、小柄だ。銀縁の丸眼鏡をかけており、今日の服装の白の長袖のブラウスに黒のロングスカート、黒のパンプスのモノクロコーディネートと相まって、清楚でおとなしい才女のお嬢様という印象の女性である。
そんな雰囲気の彼女だが、実際にはお嬢様ではなく一般家庭の一人娘らしい。
今一哉と結衣は二人で食堂の二階の席を陣取り、向かいあって座っている。
丁度講義が終わったばかりで、食堂は人が混む時間帯だが、意外にこの2階のスペースは人が少ない。大多数の学生が、食堂や購買で物を買っても1階の食事スペースに駄弁るからだ。なので、一哉は何か話し合いをする時などはいつもここを利用していた。図書館では会話は禁止であるので、屋内であって、静かで、なおかつ話していても問題ない場所はここを置いて他にないのだ。
ちなみにさっきまで一哉と一緒にいた智一がいないのは、ついていこうとした瞬間、結衣に射殺すような睨まれたからである。しかも、一哉の見えないところでやっているあたり、相当に嫌われたものである。
「しかし智一の奴、あんだけ嬉々として来たがったくせに突然用事思い出したって、何があったんだ? 智一には悪いが、アイツにそんな重要な用事があるとは思えんのだが……」
「あはは……、それはいくらなんでも酷いんじゃないかな……。きっと、彼女さんとデートの約束でもあったんだよ」
「え、アイツに彼女いるとか聞いたことないぞ? そもそもアイツみたいなチャラ男が、本当にデートがあったとして忘れるとはとても思えん」
実は智一は結衣に追い出されただけなのだが、そんな事を露知らない一哉は見当違いの考察を繰り広げる。
そんな一哉の様子を見、自分の事を棚上げしつつも苦笑する結衣。
「まあ、鈴木君にも色々あるんだよきっと。…………それに、居られても困るし」
「ん……? 何か言ったか?」
「……!! ううん、何でもないよ!」
結衣の言葉は最後は殆ど聞き取れなかった。思わず聞き直したが、焦ったようにはぐらかされてしまう。
「それより、相談に乗ってほしい事なんだけどね……?」
「ああ、そういえばそう言う話だったな。それにしても相談ねぇ…………。別に構わないが、わざわざ俺に相談しなくても、東雲さんならいくらでも助けてくれる人がいるんじゃないか?」
単純な疑問である。
実際の所、東雲結衣は少なくとも理学部内では清楚系女子として密かに人気の女子学生である。その気になって頼めば、少なくとも男であれば大体の人間は喜んで手を貸してくれるだろう。
一哉は自分が付き合いの悪い人間である事自体は自分で認めており、手を貸して欲しいと言われれば貸すし、困っている人をそのまま放っておくというのも気持ち悪いので、何かしら声をかけたりはするが、基本的には傍観者の立場を貫いてきた。
結衣がわざわざ指名で自分を頼ってくる意味が分からない。
「うーん……。でもこの相談、ちょっと特殊で南条君にしかできないと思うの。それに、この話を他の人にしても大抵の人は怖がっちゃうか、まともに相手して貰えないと思うから」
「……まあいいか。とりあえず話してみてくれるか? 手伝えそうな事だったら、手伝うよ」
「ホントっ?! よかったぁ……。結構困ってる事だし、南条君に聞いて貰えなかったらどうしようかと思ってたの!!」
一哉の相談に乗る旨の返答に、結衣は弾んだ声で応える。
本当に困っていたようで安堵の表情を浮かべる結衣だが、それにしても喜びすぎだろう。そもそも一哉自身を指名しなければいけない要件自体が思い浮かばず、一哉は内心、ますます困惑の色を強める。
「あ、あぁ…………。それで、内容は?」
「うん。手短に話すとね、今、私の家で怪奇現象が起きてるの」
「……は?」
怪奇現象とはまた突拍子もないセリフが出てきたものである。
人々の中で囁かれる「怪奇現象」には大体二つのパターンがある。
一つ目は至極単純――――ただの勘違いである。人間というのは狭い場所や暗い場所などでは不安や緊張が増し、ちょっとした事でも大げさに捉えてしまうものだ。暗闇でシミュラクラ現象が起きやすいのもそういった要因があるのだろう。
そして二つ目が悪しき者共――――――怪異、簡単に言ってしまえば悪霊である。これは陰の気に染まった霊魂が現実世界に何らかの影響を及ぼすようになった場合である。いわゆるポルターガイスト現象もこのパターンが多い。
しかし、そのどちらであったとしても一哉の管轄外の案件である。正直に言って、聞いた瞬間に協力する気持ちが失せてしまった。ただの勘違いであれば、ただ面倒なだけだが、もし悪霊の仕業であった場合、下手に手を出せば管轄外の案件に対する越権行為に繋がるし、鬼闘師の存在自体が明るみに出てしまう可能性だってある。
そもそも、なぜ結衣がそんな話を、敢えて一哉を指名してしようとしたのかがわからない。
まさか、自分の正体を知っているのか――――
そんな嫌な予感がしたその瞬間から、この件は知り合いに任せ、さっさと手を引こうと密かに決めた。
「いきなり言われても困るよね。でも本当なの」
「あー…………いや、別にそういうわけじゃないんだ」
この言葉自体に嘘はないが、話を聞く気が失せてしまった。
どうせ自分は関わる事は無いし、何より自分は鬼闘師ではあっても便利屋ではない。自分が力になれる事は何も無いし、そもそも正体を態々バラす必要も無いのだ。
だから、一哉は早々に話を切り上げようとして荷物をまとめ、早々と席を立とうとする。
「まあでも、さすがに怪奇現象は俺にはどうする事もできないさ。知り合いにそういうのの専門家がいるから、そっちに頼んでみるよ」
厄介な事には頭を突っ込まない方が良い。
そんな事は誰だって知っている事だ。だから、一哉は明らかに厄介ごとも持ち込んできている結衣の話を強制的に打ち切って去ろうとするのだが。
「ま、待って…………ッ!!」
そこに、結衣のストップが入る。しかも、慌てて一哉の腕を掴んで止める結衣の表情は必死。
あくまでも一哉を逃すつもりは無いらしい。
「お願いだから、待って……! この件を調べてもらうにしても、あんまり知らない人に家に入ってほしくないし、南条君だから相談してるの。お願いだから最後まで聞いて?」
少し潤んだ目の上目遣いでそんな事を言ってくる結衣。
女子にこういった物の頼まれ方をすると、無下に断ることができない。あまりそういった事に首を突っ込まない質の一哉だが、この時ばかりは結衣のこんな態度はズルいと感じていた。
諦め半分に、仕方なく再度席につく。
「ご、ごめんね? でも、本当に困ってて…………」
「はぁ…………わかったよ。んで、どんな事が起きるんだ?」
「う、うん」
ここまで来たら流石に話だけでも聞いてやるのが筋だ。そう思って改めて話を聞く態度を示すと、結衣も背筋を正し真剣な表情となった。
その表情を見る限り、本当に「怪奇現象」に悩まされているのだろう。
さすがの一哉ですらも、話を無下にしようとした事を反省する。
一方、結衣は自分の気持ちを落ち着ける為だろうか。
少しだけ主張の激しい胸元に手を置いて深呼吸した後、一哉の目を真っすぐ見つめながら口を開いた。
「事の発端は大体2週間ぐらい前なんだけどね、一日、凄く寒い日があったの覚えてる?」
「そりゃな。東京で3月下旬に雪が降るなんて、インパクトがありすぎて忘れられるわけが無い」
「そうだよね。あの日は私もびっくりしちゃった!」
一瞬、楽しそうに笑った結衣だったが、直ぐに真剣な表情に戻る。
話を聞く一哉も、思わず気持ち体を結衣の方に近づけ、深く話を聞く体勢となっていた。
「それでね? その日の夜、あまりに寒いから、久しぶりにエアコンの暖房を付けて布団に入ったの。でも、暖房が全然効かなくて…………。最初は、エアコンが壊れたのかなって思ったんだけどね。それで吹き出し口の近くに手をかざしてみたんだけど、暖かかったの。つまりエアコンは壊れてなかった。暖房はちゃんとついてるのに、部屋は全然暖かくならなかったの」
結衣の話はまだ続く。
「さすがに変だと思って他の部屋に行ってみたんだけど、その部屋は何ともなくて。その日から、家の中に人影みたいなのが見えるようになったんだ。それから家にいるのが怖くなって……。最近では何もないのに窓ガラスが揺れたり、唸り声みたいなのも聞こえるし……。」
この話を聞いた瞬間、一哉は結衣の家で起きている現象に見当がついた。
一哉の様な、怪異と触れる機会のある者にはすぐに判断がつく現象――悪霊なる存在の仕業である。
まだ悪しき者共が霊的なものである時、何か現実世界に影響を及ぼす際に周囲の気温が下がる。鬼闘師の間ではよく知られた現象だった。鬼闘師達の間では物理的ポテンシャルを持ちえない存在が物理的に干渉する際に周囲の熱エネルギーを利用すると言われている。
結衣の本当の話なのだとしたら既に厄介な事になっていると見ていい。
話を聞くだけでも、あまり良い状況とは言えない。実害が出ている以上、早急に対処が必要だろう。
「それでね、南条君にお願いしたいと思って。南条君なら信頼できるし、南条君、こういう事に詳しそうだから……」
「……俺はあくまでもただの大学生だ。そういう事は神社とか祈祷師にお願いしろよな。」
ただ結衣のこの謎の信頼がわからない。
なぜ結衣が自分を指名してこの話をしているのか、そして先程から感じる、謎の信頼の眼差しが何なのか理解ができない。
そして何より、一哉自身に見当がついているからと言って、やはり一哉が出しゃばるわけにはいかないのだ。「怪魔」としての実体化が認められない以上、自分が出しゃばるわけにはいかない。そもそも、鬼闘師の自分が堂々と表に出る訳にはいかない。ここはやはり知り合いに任せ、自分は出ないべきだろう。
そう一哉が判断するのはごく自然な事だった。
――――次の結衣の言葉を聞くまでは。
「嘘。私、見たんだから。黒ずくめの格好で、日本刀持って熊みたいな化け物と戦ってる南条君の姿」
とんでもない事を笑顔でのたまう結衣が目の前にいた。
一哉の顔からは、一瞬で血の気が消え失せた。
長くなるので、次回に鬼闘師の説明を飛ばしました。
次回もよろしくお願いいたします。
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