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鬼闘神楽  作者: 武神
第2章 炎獄の亡霊
39/133

拾漆ノ舞 朱雀の降臨

今話、次話と新たな敵との戦いです。

 あの日の焼き直しだとでも言うのか。

 紅い光の柱と血のように紅い魔石。その二つから連想されるのはあの絶望的な戦いで――――――

 咲良は眼前に広がる光景を受け入れる事が出来ず、どこか他人事のように呆然と見ている事しかできなかった。



「―――――――良―――ちゃ――――――――!! 咲良―――――――――ん!! 咲良ちゃんってばっ――――――!!!」


「…………え?」



 咲良は、自分の横で名前を叫ぶ佐奈の声で現実へと意識を引き戻される。思わず辺りを見渡すが、その光景は先程までと何も変わりが無かった。

 5秒だったのか、10秒だったのか、はたまた1分だったのか。

 実際に心ここに在らずの状態がどの程度続いていたのかはわからなかったが、そんな事は今は重要ではないのだ。今とにかく大事な事は、現実から逃避したところで、あの絶望的な存在は目の前にいるという事。

 その事をはっきりと認識した咲良は、全身の毛穴が開くような感覚を覚える。

 それは恐怖と言っても良いだろう。

 特級―――――――それも自分の信頼する男、南条一哉が不利な条件とはいえ大きな深手を負わされる程に追い詰められた敵。

 鼓動がうるさい。激しく脈動する心臓のせいで息苦しく、手だって震えている。本当であれば逃げ出したいほどである。



「ねぇ、咲良ちゃん……。あれって、この前お兄ちゃんと咲良ちゃんが戦ったって話の…………」


「ええ……。登録名称は【焼鬼】。汚染重度はSSS、分類は新しく作られた『式神怪魔』。私達じゃ土台敵わない化け物よ。」



 だがわかっている。昔から、ずっと昔から、子供の頃から、生まれる前から。力持つ者の宿命だから。

 自分達は世の中の闇に紛れて、この世ならざる者を討つ者。そこに鬼闘師と祈祷師という違いは無い。目の前に敵が現れれば戦わなければならないのが宿命。逃げるわけにはいかない。

 そもそもの話として、自分達程度の能力者が重度SSSと対峙した時点で生きていられるはずがない。前回の交戦で生き残れたのは運が良かったとしか言いようがないのだ。自分の側には一哉が居て、敵は完全にこちら側を嘗めきっていた。

 だが、今回はそうはいかない。側に居るのは任官されてまだ1ヶ月にも満たない参級鬼闘師。相変わらず自分も戦闘要員ではない。

 そして何より――――――



「ここに居るのはマズイよね……。私たちじゃ結衣さん運べないし……。」


「確かにそうしたいのだけれども。アイツが場所変えなんて許してくれるかしら。嬉々として襲いかかってくると思うわよ。」



 突然倒れてしまった結衣の存在。

 どう見ても足枷にしかならない。非戦闘要員である以前に、避難させることも出来ない。

 状況は最悪。

 逃げ出したくても逃げ出せない。咲良は今日ほど自分の深層意識に刷り込まれた暗示を恨んだことは無い。どうせあれほどの相手と自分達が戦えば、逃げようが逃げなかろうが周囲への被害など軽減する意味もないのに。



「――――――佐奈。」


「なに、咲良ちゃん?」


「構えなさい。私とアンタでアイツを殲滅する。」


「でも咲良ちゃん…………。私、流石に重度SSSと戦って勝てる自信無いよ…………? それに、結衣さんは? このままじゃ…………」


「――――――東雲結衣は捨て置きなさい。」



 咲良は、自分自身でもこんな事を言ってしまうなんてどうかしていると思っている。

 だが、一人でも多く助かるためにはこれが最善。



「ちょっと、咲良ちゃん?! 流石にそれはマズいんじゃ……」



 自分の能力を念頭に最善の手を探った結果だ。本当なら文句を言われる筋合いなど無い。けれども、周囲はこの選択を決して赦しはしないだろう。そして、咲良自身も――――――



「わかってる…………わかってるわよ、そんな事っ!! でも、私の力じゃ……私達の力じゃ東雲結衣は守れないのよ……っ!一哉兄ぃだったら、それでも皆を守ろうとするんでしょうけど…………私は………………私はまだ死にたくない……っ!」



 それは咲良の心からの言葉。

 折角一哉と仲直りできたのに、もう会えないなんてそんなの辛すぎる。だったら、結衣を守ることを捨てて、少しでも生き残る確率を上げたい。浅ましいとも愚かだとも言われても構わない。

 自分の天秤は一哉に傾いている。

 しかし、そんな咲良に佐奈からかけられた言葉は意外な言葉だった。

 


「うん。じゃあ、結衣さんはほっとこうか。私もこの人、正直目障りだし、」


「さ、佐奈…………?」



 佐奈から放たれた、まさかの結衣は守らないでいこうの方針。自分で提案しておきながら、その意見が賛同されたらされたで咲良は狼狽える。



「あ、ちなみに私は本気だよ? 本当に、ずけずけと私達の関係に土足で踏み込んでさ。早く居なくならないかなってずっと思ってた。」



 佐奈の真っ黒な発言に驚きを隠せない咲良。

 佐奈とは付き合いも長い。ともすればそれはブランクのあった一哉とのそれ以上に。

 だからこそ、佐奈のこういった一面は知っていたものの、少なくとも人の生き死にが関わる様な場面でこのような事を言うような少女ではなかったはずだ。



「――――――」



 どこか楽しそうに話す佐奈が、まるで知らない人のように感じられて、二の句が継げない。

 だが――――――



「咲良ちゃん、動揺しすぎっ! そんな風になるんだったら、最初からあんな事言わないの。」



 佐奈が「ドッキリ大成功」と言わんばかりの、いたずらっ子の様な顔をする。その事に、咲良は思わず面食らって呆けてしまう。



「誰かを見捨てるとか、誰かは要らないとか。そんなの咲良ちゃんのキャラじゃ無いよ? 頭では見捨てるのが良いと思ってても、本当は自分で自分を認められない癖に、無理しちゃって。」


「――――――」


「大体、お兄ちゃんの事諦められなかったのも、そのせいでしょ。だから、無理するのはやめよ? 咲良ちゃんのやりたいように戦えば良いよ。」


「でも、東雲結衣を守りながら戦ったら、私の力じゃ絶対にアンタの事を守りきれない……っ!! そうなったら、私達は全滅よ……………………。アンタならそれ位―――――――」



 いつまでも覚悟の決まらない思考。北神咲良という少女の欠点を挙げるとすれば、見た目や言動とは裏腹の、意志の弱さがあった。いつだって、自分で決めた事を非情になって貫ききれない。

 それは彼女本来の優しさや、お人好しさを起因とするものであった。時には美徳とされる事もあるだろう。

 だが、戦うの場では、迷いが致命的な隙を生み出す事だってある。戦いの場では揺らぐ意志のもとに力は集わない。

 そして、そんなものは目の前の少女――――――南条佐奈には簡単に超えられてしまう。覚悟という面では彼女の方がずっと決まっているのかもしれない。



「そんなのわかってるよー。」



 佐奈がこの場に似つかわしくないほど間延びした返答を返してくる。ただ、佐奈のこれは油断ではなく、適度に肩の力が抜けたもの。そして、咲良の肩の力も抜こうという思惑も多分にあるのだろう。



「だいたい、お兄ちゃんがあんな怪我負わされる敵相手に、私達だけで叶うわけ無いじゃん。だから、私達がやるべきは時間稼ぎ。」


「時間…………稼ぎ……?」


「そ。だってお兄ちゃん、別に車返しに行ってるだけなんでしょ? だったら、お兄ちゃんが帰ってくるまでもたせる。それまで結衣さんも守る。それが私たちがやるべき事じゃない?」


「佐奈…………。」



 いくら幼馴染とはいえ、年下の、それも対策院の正式な構成員としては新米も新米の少女に諭されてしまった。佐奈にここまで言わせているのだ。自分も覚悟を決めなければならない。今は自分のやるべき事を。



「まぁ、正直結衣さん守りながらっていうのは不本意なんだけどねっ!」


「アンタ、そこだけはぶれないわね…………。」


「そりゃあ、私達からお兄ちゃんをかすめ取ろうとする泥棒猫ですしっ!」


「何が私達よっ!! ……でもまあ、おかげで私も少しは覚悟できたわ。」



 咲良は持っていた鞄から洋扇子を取り出し、一つ深呼吸をする。

 それが戦闘態勢への移行の合図だ。怪魔との戦いに関しては殆ど素人の咲良だが、戦いへのスイッチの入れ方ぐらいはわかっているつもりである。つまり、法具を持って精神を統一する事。

 隣の佐奈もそれに合わせて薙刀を取り出し、袋を投げ捨てる。


 眼前の魔石は気持ち悪い位に出現時と様子が変わらない。

 相変わらず紅い光の柱の中に浮かび、異様な存在感を放ったまま静止していた。

 だが、魔石はまるで二人の戦闘準備が整うのを待っていたかのように突然、光の柱を吸収。その表面を――――――固体にもかかわらず――――――泡立たせる。

 あの時見た光景。

 『炎獄の猟犬』の出現時の様相。

 対策院の予測では、魔石の再出現時に【焼鬼】が再び顕現するのか、はたまた別の存在が現れるのか。それは完全な五分五分であった。

 『式神怪魔』という新たな脅威に対する情報の不足。それはどちらに転んでも、こちら側が圧倒的に不利であるという事実を強調する事に他ならない。



「――――――来るよ…………っ!」



 隣の佐奈が薙刀の柄を強く握り直すのを感じる。

 何だかんだ言って、佐奈も相当緊張しているのだろう。

 咲良だって今は事の成り行きを固唾を飲んで見守るしかないのだ。


 そんな二人を尻目に、魔石の変化は続く。

 泡立つ魔石の表面はより一層激しくなり、魔石自体が強い紅い光を放つ。

 ゴポゴポと沸騰した水のように踊り狂う魔石の表面はやがて泡が集まり始め、最終的に泡が一つとなって膨らみ始める。

 そうしてできた物体は紅い球。

 最初の結晶状の意志だった物体は、今や固体であるのか、液体であるのかもわからない謎の物体となっている。



「――――――。」



 その様子をやはり呆然と見つめる事しかできない咲良達。

 そんな彼女たちを前に、紅い球は益々それ自体が放つ光を強めていく。

 その光はどんどん強くなって、遂に目を開けていられない程となって――――――


 ――――――カッ!!!



「きゃあああぁぁ―――――――?!」



 あまりに強い光刺激。

 普通人間が暮らしていく中で体感する事など決してない程の閃光。

 そんな強烈な紅い閃光が走った後、紅い球が変形を始める。

 【焼鬼】の時のように体の一部分が徐々に生成されるという形ではない。紅い球はその形を変え始めると、一気に巨大な鳥のシルエットへと変形。

 紅い鳥の形をした何かが完成する。

 つまり――――――



「【焼鬼】じゃない……っ!」



 咲良はその事実に歯噛みする。

 実際、【焼鬼】が現れようが、それ以外が現れようが自分たちの状況が芳しくない事に変わりはないだろう。だが、少なくとも【焼鬼】に関しては多少なりとも咲良自身にも交戦経験があるのだ。

 同じ不利でも、その度合いが全く違う。



俺/私(わたし)ハ四天邪将・朱雀位【砕火】。マタノ名ヲ『炎獄の神鳥』。≫



 尊大な声が響く。

 まるで男と女が同時に喋ったかのような、若い女の声にも、壮年の男の声にも聞こえる不思議な声。

 そしてその声に呼応したかのように紅い鳥から光が散る。

 コーティングを剥がしていくかのようにして散った光の中から現れたのは、まる絵画の中の鳳凰や朱雀と見紛う美しい紅い鳥。その巨体にもかかわらず、羽や尾羽を構成する羽毛は繊細かつ艶やかで光り輝いている。身体は怪魔とは思えぬほど曲線的でしなやかで女性的な柔らかさ、だがその所々――――――羽や両足の付け根などはしっかりとした筋肉に覆われ男性的でもあり、雌雄同体の神秘的な雰囲気すら感じる。

 これが予め敵とわかっていなかったならば、きっと見とれていたに違いない。



「【砕火】。予想してなかったわけじゃないけど、本当に現れるとはね…………。」



 【砕火】――――――それは先日の【焼鬼】襲撃の際に【焼鬼】が語ったより上位の眷属。

 想定される中のでも最悪の部類の敵が今、目の前に現れてしまった。



≪ホウ…………。ヤタラト俺/私(わたし)ヲ待タセル連中ダト思エバ、貴様、俺/私(わたし)ノ名ヲ知ッテイルノカ。トイウ事ハ、貴様ガ北神咲良ダナ? コノ前ハ【焼鬼】ガ世話ニナッタヨウダ。≫


「あら、生憎と世話になる様な歓迎を受けてないわよ、私達。ちょっと挨拶にしても無礼が過ぎるんじゃないかしら?」


≪――――――北神咲良、貴様ハ消ス様ニ言ワレテイテイルンダ。ソノヨウナ口ヲ何時マデ利イテイラレルノカ見モノダナ。≫


「言われている? 何よ、神を名乗る割には誰かの使いっぱしりってわけ? 随分みすぼらしい神様も居たものね。」


≪黙レ――――――南条一哉ハドウシタ?≫


「お兄ちゃんならここに居ないよ? ま、お兄ちゃんに会いに来てたんだったらおあいにく様だったね。お兄ちゃん、会いたくないってさ?」


「そういう事よ。お使いはまたの機会にどうぞ。いいえ、永遠に来なくて結構よ。」



 現れた敵は違うと言えど、今回も相変わらず一哉と咲良を狙っている。咲良は内心『本当に狙われる覚えが無いのだけれども』とごちるが、その疑問に答えてくれるものは誰も居なかった。

 ともかく、一哉が帰ってくるまでの時間を稼ぐ。こうして会話していれば、戦闘の時間も短くでき、自分達の生存の確立だって上がるはずだ。

 そう思った咲良は、【焼鬼】との戦いを思い出して震えだす体を叱咤して、精一杯の強がりで【砕火】に返す。だが、それが間違った引き金を引いてしまう。


≪貴様ラハ神ヲ侮辱シナケレバ気ガ済マヌヨウダナ…………。ヨカロウ、貴様ラハ俺/私(わたし)ヲ冒涜シタ罪、何億倍ニモシテ受ケルガ良イ。丁度良イ、俺/私(わたし)ノ眷属ヲ消シテクレタ礼モ兼ネテ、跡形モ無ク消シ去ッテヤロウ。我ガ『炎獄』ニテ――――――≫



 そう告げた【砕火】は、その巨大な翼を広げ――――――



≪来タレ『炎獄』≫



 そう唱えた。

 そして【砕火】から光が溢れだして――――――

 再び眩い紅い閃光が咲良と佐奈を飲み込んだ次の瞬間、二人は全く知らない場所に居た。


 そこは荒れ果てた地。

 この世ともあの世とも取れぬ紅の世界。

 空には深紅の太陽が3つ並び、紅い空が頭上を覆っている。

 地面はひび割れた大地で、荒れ果てたその地には僅かな枯れ木が立っている事以外に、生命の息吹は全く感じられない。頭上の赤い太陽の光でわからなかったが、足元を敷き詰める砂も、血の様に紅く、気味が悪い程だ。



≪ヨウコソ、我ガ『炎獄』ヘ≫



 眼前の【砕火】が告げる。

 ここは死が支配する紅の世界。生者は存在を許されず、ただその流す血の色で、赤を濃くするためだけに存在する。

 そんな事実が説明されなくとも、耳が、鼻が、目が、身体が、頭が勝手に理解していく。

 ここは死だ。死そのものなのだ。

 これが【砕火】の支配する炎獄。



「こんな……、こんな事が…………。」



 だが、目の前の現実を理解し、ここが自分達の世界でない事がわかったところで混乱は止まらない。

 自分が何をされたのか。なぜ、ここに居るのか。

 まさか、あの光の一瞬で自分達は殺されたのか――――――

 隣の佐奈を見やれば、やはり佐奈も動揺を隠しきれないのだろう。しきりに周囲を見渡している。

 この状況を客観的に見ても、咲良達が動揺して動けない事を誰も責められないだろう。たった一瞬で自らの知らない世界へと連れ去られ、死を見せつけられる。


 咲良の動揺は自らの祈祷師としての知識から来るものでもあった。

 鬼闘師や祈祷師に限らず、世界中のありとあらゆる霊的・魔術的要素を総動員しても実現できない事がある。それは時間軸の跳躍と、空間の操作。わかり易く言えば、タイムトラベルとワープはどんな手を使っても出来ないのだ。それこそ、神とされる存在はできるのかもしれないが、本物の神を誰が見た事があるのだろうか。本当に神の力に触れた者が居れば、全世界の魔術結社がその存在を黙っていない。そして、その者は既にこの世にいないだろう。

 だが、目の前の自称・神はそれをやってのけた。

 『除魔の舞』で解除できなかった事から、結界の様なものであるという線もほぼ無いだろう。

 本当に世界を飛ばされてきたのだ。

 だとすれば、目の前で羽ばたく敵は本当に神か、それに類するもの――――――



「そう言えば、結衣さんはどこ行ったの…………?」



 そんな思考の途中に、おもむろに頭に入ってきた佐奈の言葉。

 先程までの思考を何者かが邪魔するかのようにそれは認識されて――――――



「…………っ?!」



 なぜ今まで気が付かなかったのだろう。自分達の後ろに居た筈の結衣が居ない。

 その命を守ると決めた筈なのに、いざ状況が変われば自分の事ばかりで、全く気が付きもしなかった。

 それにしてもこの事実は、守る対象が減った事を喜べばよいのか、知り合いの無事を確認できず不安がるべきなのか。【焼鬼】の時から続く常識外の出来事の連続に、咲良の思考はどんどんと纏まらなくなる。

 何が正しいのか。どうするべきなのか。結衣はどうしてしまったのか。そんな考えがループする。



「咲良ちゃん…………っ!!」



 それでも、咲良は錯乱まではしなかった。

 それは、希望があったから。

 一哉が何とかしてくれる――――――そんな他力本願な希望が。

 普通に考えてしまえば、空間を飛ばされてやって来たこの場所に一哉が助けに来るとは到底思えない。

 だが今、咲良は何の疑いも無く一哉が駆けつけてくれる事を、心から信じている。それは妄信的と言ってもいいだろう。

 だが、錯乱して取り乱すより、絶望的だと泣き崩れるよりもずっと建設的だ。

 別に信じれば救われるという話ではない。自分の支柱を一本作れば、立っていられる。戦える。前に進める。

 決して立派な決意などでは無い。物語の主人公の様な大層な大義名分や覚悟を持っているわけでもない。唯々打算的で、自己中心的で、浅ましく、愚かな希望。

 それでもその希望は、咲良の胸の中で燦然と輝いているのだ。



「落ち着きなさい、佐奈。もうこうなった以上、東雲結衣に関して何か考えても時間の無駄よ。今はこの状況を切り抜ける事だけを考えて。」


「――――――。」


「私達が取るべき道はたった一つ。…………………一哉兄ぃを信じて、今ここで全力で生き残る事だけ。」



 さっきまで佐奈に諭されていた咲良ではない。

 覚悟というにはあまりにも浅ましく、かと言って蛮勇と言う程には自分を失っているわけではない。

 でも、それは未知なる強大な敵に立ち向かうのにきっと重要なことで――――――



「そろそろかしら?」



 眼前の【砕火】は焦れたように上空に羽ばたいていく。時間の引き延ばしもここまでのようだ。これからは、自分達の命を拾いに行く戦いだ。



「佐奈、構えなさい。」


「言われなくてもっ!」



 そう返す佐奈は既に上段の構え。

 だが、やはり不安なのだろう。構える腕が僅かに震えている。



「そう言えば、アンタと組むのは初めてね。」


「…………そりゃ、そうじゃん。私、この前鬼闘師になったばっかだだもん。」


「まあ、、そうよね。でも、私は不思議とそんなに不安じゃ無いのよ。やっぱり、アンタとは付き合いが長いからかしら。それとも、南条一哉の妹だから?」


「そんなのきっと、私がお兄ちゃんの妹だからに決まってるよ…………。」



 少し落ち込んだような顔をする佐奈。

 でも、咲良が言いたいのは、佐奈を落ち込ませる様な事ではなくて。



「私はそうは思わないわ。きっとその理由はどっちもなのよ。鬼闘師としての能力に期待しているだけじゃない。ずっと昔から一緒にいるアンタとの初陣が嬉しくて仕方がないのよ。だから――――――」



 咲良は結界構築用の水晶を4つ取り出すと、それを眼前にばらまいて。



「私を信頼しろ、とは言わない。だけど、背中は任せなさい。親友として、一哉兄ぃの妹として、アンタの事は守り抜いて見せるわ。」



 そう、佐奈に返す。



「咲良ちゃん…………。うん! 一緒に頑張ろ……っ!!!!」



 佐奈にはやはり満面の笑顔が、向日葵のような暖かな笑顔が似合う。そう、改めて思えるような、眩しい笑顔。



《遺言ハ終イカ? ナラバ、遠慮ナク行クゾ!!》



 律儀にも態々待っていたらしい【砕火】の声が響き、二人は敵を睨む。

 状況が理解できないだとか、圧倒的に不利だとか。そんなものは関係ない。今ここで戦う準備だけは整った。だから、後は全力で生き残って二人で生還する未来に向かって突き進むだけ。

 ――――――それがどれだけ小さな光だとしても。


 【砕火】が急加速でこちらへ向かってくる。何の工夫もない唯の体当たり。だが、相手はトラック程もある巨体。身体を掠められでもすれば、ダメージは免れない。



「行くわよ、佐奈っ――――――!!」


「うんっ! 行こう、咲良ちゃん……っ! 『降星』!」


「『厄除の陣・丙』――――――!」



 二人の法具から黄と白の閃光が走って――――――

 二人の戦いが始まる。あまりにも絶望的な戦いが。

いつも読んでいただきましてありがとうございます。

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次回、【砕火】との決着編です。



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