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鬼闘神楽  作者: 武神
第2章 炎獄の亡霊
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拾伍ノ舞 楽しい思い出

自分で書いておいてなんですが、絶対にお酒をたらふく飲んだ後に温泉に入らないでください。

昔、鹿児島で焼酎のロックを6杯ほど飲んでから温泉に1時間浸かったら、死ぬかと思いました。

 翌朝一哉が目を覚ますと、右腕を何か柔らかい物に包まれているのに気がついた。全く身に覚えの無い新しい感触である。一体何だとふと右を見る。



「おいおい、一体どういう状況だこれ……?」



 そこには、一哉の右腕に抱きついて幸せそうな顔で眠る咲良の姿があった。右腕の柔らかい感触は、咲良の平均よりもかなり大きい二つの山であった事が判明。ギョッとした一哉は慌てて、咲良を起こさないようにしながら腕を引っこ抜く。



「えっと、一哉君起きた……?」



 すると今度はさらにその奥から清楚系エセお嬢様ボイス。

 そこには結衣が正座して、申し訳なさそうな顔で一哉を見つめていた。

 一哉も体を起こす。



「おはよう結衣。」


「おはようございます、一哉君。昨日は本当にごめんなさいっ……!!」



 朝から綺麗な土下座を決め込む結衣。

 昨日の事をバッチリ覚えているらしく、非常に元気がない。



「あー……。もしかしなくても昨日の事覚えてるのか?」



 一哉の問いに頭を小さく縦にブンブンと振る結衣は、どこか小動物のようで思わず笑みをこぼしてしまう。ともかく、昨日の事はしっかり覚えているようだし、同じ過ちも繰り返さないだろう。そんな風に考える一哉はまだ醒めきらない頭をスッキリさせようと伸びを一つ。

 対して結衣は恐縮しっぱなしで、見ているこっちが可哀想になってくる。



「あの、……本当にごめんね、一哉君。ちょっと昨日の私はどうかしてたみたい……。」



 俯く結衣の顔は赤くなったり青くなったりと、とても忙しい。

 この緊張を解いてやらなければ、目を回して倒れそうな勢いだ。

 だから、安心させてやらなければならない――――――



「気にすんな、結衣。別に俺も昨日の事は気にしてないし、次からちゃんと自分で布団に入って寝てくれれば良いから。」



 だが、そんな一哉の言葉に、結衣は一瞬呆気に取られたかの様な顔をすると破顔して吹き出す。何が可笑しいのかよくわからないが、とりあえず大丈夫そうだと一哉は内心胸を撫で下ろした。



「ふふふ……。ありがとう一哉君。そう言ってもらえると私も嬉しいよ。」



 楽しそうに微笑む結衣を見ていると、何故だか一哉の心もほころんでいく様に感じた。この少し暖かい気持ちは何なのだろうか。今までに感じたことの無い心地のよい気分に、身を預けたくなる。


 そうしていると、今度は咲良がモゾモゾと起き上がってきた。10年近くも付き合いがあって初めて知ったが、咲良は大変寝起きが悪いらしい。長い髪はボサボサになってしまっているし、目も物凄く眠そうだ。

 咲良はぺたんと女の子座りしたまましばらくボーッとすると、しばらくして一哉をようやく視界に捉えたようだった。



「……………………おはよう、一哉お兄ちゃん……。」



 挨拶にも覇気がなく、本当に眠そうだ。放っておけば、確実に二度寝コースとなるだろう。今日は観光して家に帰るのだ。ここで二度寝を決められても困る。

 そして一哉の事も「一哉お兄ちゃん」呼びになっている。寝ぼけているのは確実だ。



「おはよう、咲良。凄く眠そうだが、大丈夫か?」


「……うんー……。だいじょぶよー……。」



 そう言いながらもボーッとしている咲良は全く大丈夫には見えない。確かに、昨日は深夜まで起きていたし眠くても仕方がないのだが、鬼闘師程ではないとはいえ、祈祷師もそれなりに夜遅くまで活動する筈なのに、普段どうしているのだろうか。

 そんな事を考えていた一哉の隣に、結衣が場所を移して座った。いつも微笑んでいる印象の結衣にしては珍しく無表情で、正直なところ少し気味が悪い。



「おはようございます、咲良ちゃん。」


「んー……? おはよーございますー…………。」


「うん、おはようございます。それで咲良ちゃん、咲良ちゃんがどうしてこの部屋にいるのですか?」


「…………だって……一哉お兄ちゃんと一緒に…………寝らかったんらもん……。」



 「咲良は幼児退行しているのか?」と、一哉が疑う程に舌足らずな咲良の言葉に、隣の結衣が過敏に反応する。



「へぇー、一哉君と一緒に、ですか。私寝ちゃって覚えてないですけど、私が一哉君と一緒のお部屋の筈ですよね。なのに何で咲良ちゃんもこっちの部屋にいるんですか? それに起きたら、一哉君にぴったりくっついてますし。そんなの、ズルいし、羨ましいです!」



 さっきまでの殊勝な態度はどこへやら、とんでもない発言を叩き込んできた。

 一哉は慌てて結衣を見る。

 結衣は怒っているやら悲しんでいるやら、複雑な表情をしていたが、そんな事はこの際些事だ。

 問題は咲良の事である。自分に抱きついて寝ていたなどと知れば、烈火のごとく起こりだして手が付けられなくなるだろう。

 思わず身構える一哉。

 だが、咲良の反応は予想とは大分異なっていた。寝ぼけ眼できょとんとしていた咲良は、急速に覚醒したのか、瞬間湯沸し器も驚きの速度で顔を赤真っ赤に染めて布団の上でのたうち回りだした。



「ふぇ……? え、え、え、ええええええぇぇぇぇっ…………嘘でしょ?! あのまま寝落ちするとかいくらなんでもあり得ないでしょ! 不覚すぎるわよ、私…………!」



 ゴロンゴロンゴロンゴロン――――――

 まるでどんぐりの某童謡のように布団の上を転げまわる咲良。その様子を見ているのはとても面白いのだが、浴衣の裾が捲りあがりそうでとても危険である。

 そしてそれよりも――――――



(咲良の奴、寝落ちって言ったか……? つまり、あれはワザとやっていたのか……)



 気になった咲良の言葉と態度。それはあのデートの夜の続きの様な気がして―――――――

 一哉はそれを無理やり無視して、何も考えないようにしたのだった。



 咲良が少し落ち着くのを待ってから、朝食の会場へと向かう。

 宿屋の朝食の席には、重すぎず、かと言って少なくも無い様々な料理が膳に並べられていた。五穀米に山菜の味噌汁、焼き魚に小鉢がいくつか。昨晩と同じ囲炉裏を囲んで食べる朝食は新鮮で、とても楽しく感じる。爽やかな朝に実にふさわしい食事だ。

 そして一哉の向かいに座る結衣も一哉と同じなのか、同様にニコニコと楽しそうにしていた。

 だが――――――

 


「うぅ~…………。いい加減忘れなさいよぉ…………。」



 咲良は寝起きのショックから未だ立ち直れないでいた。

 一人顔を赤くしたまま、ちびちびと朝食をつまんでいる。



「いや、忘れろと言われても無理だろ…………。」


「いいから忘れなさいってばっ!! もう何でこんな事にぃ…………。いっそ消えたい…………。」



 あの寝起きの一軒以来、咲良はずっとこの調子である。最初は結衣が火付け役であったが、実は結衣からの攻撃は最初だけで後は特に何もしていない。火に油を注ぎ込む役割の人間が居たとすれば、それは咲良自身であった。

 いわゆる思い出し笑いならぬ、思い出し悶絶をしていたのだ。

 少し落ち着いたかと思うと、また思い出して一人悶絶。そんな反応を延々と見せられていると、見ている一哉達も恥ずかしくなってくる。



「咲良ちゃん、いい加減落ち着いてください。見ているこっちまで恥ずかしくなってきます。」


「元はと言えばアンタのせいでしょ?! 何、自分の事棚に上げてんのよっ!!」



 売り言葉に買い言葉だ。

 仕返しと言わんばかりに咲良が反撃に出る。

 そして今度はそれを聞いた結衣が爆発したかのように赤面し、慌てだした。



「ちょっと咲良ちゃん、その話は無しですよっ! もおぉ……、何でそれを思い出すんですかぁっ…………!!」


「逆に何で忘れてると思ってんのよ?! 大体、お酒で酔っぱらって一緒の部屋で寝ようとかどんだけ下心ありありなのよ、この腹黒女っ!」


「ちょっと咲良ちゃん酷い!! それを言うなら、咲良ちゃんだって一哉君の布団に勝手に潜り込んで寝てたじゃないですか。もうあれは夜這いですよね…………?」


「よ、よ、よ、よば、夜這い……?! 人聞きの悪い事を言わないでくれないかしら!!!!」



 お互いの弱点をこれでもかと抉り合う二人は共に撃沈。顔を真っ赤にしたまま睨みあって、まるで猫の喧嘩のようにうーうー唸っている。美少女が半分涙目で睨み合う様は、端から見ればとても可愛らしい。だが問題はそこではないのだ。



「お前らうるさいぞ。少しは黙って食え……!」



 心底うんざりとした表情で溜め息をついて、膳の上に茶碗を置く一哉。旅行の主旨が変わり、今度はゆったりと休息を取れると思っていたのに、結局二人は昨晩からこの通り騒がしいのである。そして、折角の気持ちのいい朝を壊され、一哉は苛立っていた。

 それだけではない。一哉達一行の乳繰り合いは他の宿泊客の注目を集めてしまっていた。美少女二人が一人の男を取り合うような図式で喧嘩しているのである。

 注目を浴びるのは当然であった。



「何よ一哉兄ぃ。今日こそはこの淫乱女に一泡吹かせないと気が済まないんだから、邪魔しないでくれるかしら?」


「淫乱女って……! 咲良ちゃん、私も怒りますよ? 大体、淫乱って言うんだったら、夜這いかけてた咲良ちゃんの方が淫乱じゃないですか。」


「何ですってぇ…………?!」



 この二人は喧嘩しないと死ぬ生物なのだろうか。止めたその矢先からすぐに言い合いを始めるのだ。いや、それは正確ではない。結衣が居ると、必ず佐奈か咲良のどちらかが暴走を始めるのだ。つまり、結衣が引き金となっているのは間違いがない。

 だからといって、結衣を追い出すわけにもいかないし、何より喧嘩の大半は佐奈か咲良が喧嘩を売っているのが原因なのだ。

 日々増える悩みの種に、頭痛すら感じる一哉。


 だから――――――



「お前ら…………。いい加減にしないと、この山奥にお前らを放置して俺一人で家に帰るぞ。」


「「はい、ごめんなさい……」」



 今日のところはドライバー特権を使って脅すしか無かったのであった。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



 その後は一哉の脅しが効いたのか、とても静かになった二人は朝食の間一言も喋らなかった。そのお陰か、とてもゆっくりとした時間を過ごすことができた一哉は、食事後の露天風呂もしっかりと楽しんで、すっかり機嫌を直していた。


 一哉達が泊まっているのは、栃木県日光市のほぼ福島県との県境に位置する湯西川温泉。平家落人の伝説の残る地の一つで、囲炉裏料理が有名な秘境の温泉街である。

秋であれば辺り一面の山に色づく紅葉が美しく、一度で二度も三度もおいしい場所であるが、現在は5月下旬。紅葉には少しどころかだいぶ早い時期である。

 それではなぜこんな時期に湯西川温泉に来たのかというと――――――

 端的に言えば避暑が目的である。


 先日の式神怪魔【焼鬼】を倒して以来、関東一円は異常な熱波に襲われている。5月にもかかわらず、かれこれ続く事2週間の35℃以上の猛暑。既に熱中症患者は3桁を軽く突破し大きな社会問題と化していた。対策院としても早急な解決が求められたが、いくら調査せども痕跡は消え去った紅い魔石は杳として行方が知れない。実際の所、異常熱波解決への道のりは出だしから暗礁に乗り上げていたのであった。

 そんな状況での今回旅行。

 連日の猛暑に流石に参っていた一行が少しでも涼しい場所に行きたいと思ったのはごく自然な事であった。



「それにしても涼しいわねぇ。ホント、東京の暑さが嘘みたいじゃない。」



 咲良が気持ちよさそうに伸びをする。白のノースリーブワンピースに薄ピンクのカーディガンを羽織り、ウェッジソールのサンダル。夏のお出かけスタイルだ。ここ最近の咲良を良く知らなかった一哉だが、私服でこの様な非常に女の子らしい格好をする咲良を見るのは中々無い。先日のデートの時から少しファッションの傾向が変わったのだろうか。



「本当ですよ。今の東京は暑すぎますから。」



 咲良に相槌を打つ結衣。

 結衣は白の半袖フレアーブラウスに黒のショートパンツ、白のストラップサンダルと今日もモノトーンコーデだ。結衣は相変わらずモノトーン好きなのか、色々なものを白黒で揃えており、今日もそれに倣っている形である。



「それにしても、関東にもこんな自然豊かで気持ちのいい場所があったんですね。」


「昔親父に連れられてこの辺りに来たことがあってな。その時に凄く過ごしやすかった事を覚えていたんだ。まあ、あの時は延々と滝巡りに付き合わされた挙句、最後はよくわからん山の中で滝行させられて散々だったが……」


「あ、あはは……。一哉君のお父さん、中々アグレッシブな人なんだね……。」



 少し引き攣った笑顔で返す結衣。一哉としても結衣の反応はよくわかる。

 確かに、自分の趣味で子供を滝巡りに散々付き合わせた挙句、最終的に滝行を強行する父親と聞けば、あまり関わり合いになりたくない種類の人間だろう。



「少し話が逸れたが、避暑と言えば俺は真っ先にこの辺りが浮かんでな。まあ、今日はこの辺りゆかりの平家落人集落を見て滝に幾つか行って帰ろうと思う。」


「あ、ここでも滝なんだね……。」



 今回の旅の目的の一つは避暑である。

 山と川は清涼感を感じる定番のスポット。一哉としては、以前父に振り回された場所だとは言えど、ラインナップから外すという選択肢は無かった。もっと正確に言えば、他に行くところが見当たらなかっただけでもあるのだが。

 そして周りの大自然とのどかな風景。

 確かに若者が好んで来るような場所ではないかもしれないが、最近何かと周りが騒がしかった一哉にとっては、絶好の休息スポットであった。



「ほら咲良も行くぞ。とりあえずここの資料館見学して、後は那須塩原の方まで車走らせる。」



 結衣と二人歩き出す。



「あ……っ! ちょっと待ちなさいよっ、一哉兄ぃ!!」



 後ろから咲良が慌てて追いかけてくる。過ごしやすさと心地よさに身を任せてフラフラしている咲良を待っていては日が暮れてしまう。

 その時、結衣がポツと呟いた。



「今回の旅行、楽しい思い出いっぱい作りたいな。」


「ん? どうした?」


「ううん。実は私ね、学校行事以外で旅行って初めてなの。家族とすら行った事無いのを、いきなり飛ばして好きな人達と旅行に来てるっていうのが凄く楽しみで、楽しいの。」


「そうか……。じゃあ、本当に東京から出た事自体がなかったりするのか?」


「まあ、流石に私も横浜とか川崎位だったら行った事あるけどね? 精々友達とちょっと遊びに行く程度。ほら、私の家はお母さんとお姉ちゃんが10年前に亡くなってるから。お父さんも忙しくてそれどころじゃなかったからね。」



 少しばかり重い話になってしまったと、身構える一哉。

 だが――――――



「だからね、今日はいっぱい楽しんで、楽しい思い出を沢山作ってみたいな、って! 今日一日よろしくね、一哉君っ!!」



 そう言うと結衣はにっこりと笑い、軽い足取りで一哉よりも前に進んでいき。



「ほら一哉君、咲良ちゃん!! 早く行こうよっ!」



 そう二人に言うのだった。

この物語は当然ながらフィクションの塊ですが、今回の日光旅行はほんの少し、実体験を混ぜています。

やはり実体験があると、描写がやりやすいですね。


次回はextra episodeを1話挟んで、日光旅行編後編です。

次回もよろしくお願いいたします。

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