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鬼闘神楽  作者: 武神
第2章 炎獄の亡霊
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什ノ舞 置き土産

今回より本編再開、第2章後半戦開始です。

 一哉が対策院所有の病院の一室で目を覚ましてから2日が経っていた。

 対策院では、世間に公表できないような理由で負傷をする者が多い。一般的な治療法では到底治療できない傷を負う者もいる。相手は一般常識の範疇を越えた存在である。単純な怪我もあれば、霊障等の通常では考えられない症状が表れる者もいる。そういった表に出せない理由で負傷した者については、現代医療では完治させるのは殆ど不可能に近く、霊術での治療が必要となる。

 そこで人知れず治療し、情報を秘匿できる医療機関が必要となるのだ。

 対策院では、調査局の管轄で一般外来の受け入れを行いつつも人知れず鬼闘師達を治療する医療機関を幾つか所有している。一哉が入院する病院もその一つ。



「まったく、幾つになっても病院というやつは本当に気が滅入る……。」



 目覚めた瞬間に見える景色が病的に白い壁という見慣れない光景は、2日経った程度では到底慣れるものではない。


 【焼鬼】なる巨大犬型怪魔との戦いから、今日で丁度4日目。

 あの夜、【焼鬼】の最後の一撃をまともに受けてしまった一哉は、体力・気力・霊力の全てを使い果たして倒れてしまった。

 残された咲良も、倒れた一哉を前にオロオロとするだけ。周りは変わらず火の海であり、最早死を待つだけだった。だが、そこに佐奈が現れた。幸いにもそのタイミングで妹の佐奈が一哉と咲良を見つけてくれたおかげで、九死に一生を得たのだ。

 一哉は後で聞かされた話だったが、【焼鬼】との戦いで負った傷は裂傷は軽傷だったものの、左腕の火傷は酷いものだった。肩から肘にかけては皮膚が爛れ、肘から先は肉が焼けて半分固まっていた。それが今は痕跡も無く治っている。



 あの事件は、一般的には爆発火災という事になっている。

 森は焼き尽くされ、公園は原型を留めないほどに破壊されているが、不発弾の炸裂による爆発火災というのが公式の発表である。

 当然、そんな嘘が信じられるわけが無い。メディアではテロだとか陰謀だとかという話題で持ちきりだ。今一哉が暇つぶしにつけているテレビのワイドショーでもそういった話題で持ちきりであり、各コメンテーターが自分勝手に妄想合戦を繰り広げている。

 だが、そういった検討違いのデマが出回った方が対策院としては好都合である。対策院調査局の偽装方法はいつも大体こんなものだ。下手に隠せば、必ず根掘り葉掘り掘り起こそうとする輩が現れる。ならば、むしろ有りそうな事をほんの少しだけ匂わせておいて好きに騒がせる事で、本当に隠すべき事から遠ざけて隠す。

 一般人にとっては化け物が暴れているというよりもそちらの方がよほど現実味がある。だから、皆そちらを信じるのだ。

 当然ながらそれは綱渡りのような危ういもの。この世界の平穏は今にも切れそうな細い糸の上で成り立っている。



「南条さん、失礼します。」



 部屋に看護師が入ってくる。

 友ヶ瀬凜花――――――特級という事で一哉につけられた専任の看護師である。

 セミロングの茶髪に、高校生であれば委員長タイプと言った風貌の綺麗目の女で、年のころは20代後半だろうか。これが智一であれば美人看護師と言ってテンションが上がるのだろうが、一哉には些か問題があった。

 一哉としてはそんな専属をつけてもらう必要性も感じていないうえに、この凜花という、職務に対して真面目な姿勢を貫く看護師が苦手だった。融通が利かず、非常に事務的。この2日、主治医の安静の診断指示が出ていた事もあり、一哉は半分軟禁状態であった。

 ちょうど上司の八重樫重蔵とは性別含めて正反対の存在である。

 一哉は目が覚めてから2日間、主治医の横尾とこの看護師、そして重蔵としか会っていない。絶対に張り付いて看病しそうな佐奈が来ないのは変な話である。この女が何かをしたに違いないという事はすぐにわかったが、それを指摘したところで待遇は何も変わらないのが実情だった。



「南条さん、お体の具合は如何ですか?」



 看護師―――友ヶ瀬凛花が一哉以上の無表情、事務的な態度で聞いてくる。

 真面目と言えば聞こえは良いが、こういった現場では単に不愛想という評価を下されかねないだろう。それでも彼女の職務に特に問題が起こらないのは、鬼闘師が任務で負った傷は一般の医療機関で治療できないからか。



「問題ありません。」


「そうですか。それでは本日の体調チェックをしますので、体を起こしてください。」



 凜花は相変わらずの事務的作業感を匂わせる態度で一哉に接してくる。

 非常にやりにくい女性である。だが、一哉の関心事はそこでは無かった。



「あの、俺は一体いつまでここに居ればいいんですか。もう体なら癒えています。こんな所で油を売っている場合じゃないんですが……」


「南条さん。横尾先生の言っていたことを聞いていましたか? 1週間は安静、検査入院って言ってましたよね? 唯でさえも貴方は左腕切断級の重傷を負っていたんです。今治っているのだって、先生が霊術で施術してくださってこそなんですよ。我々の言う事に従ってください。」



 ここで、凜花のドが付く程の真面目さによって発生している軟禁状態の是非を問う事を脇に置いておけば、実際に凜花が言う事は正しい。あの夜の一哉の怪我はそれほど酷かったのである。それが今、痕も無く治っているのは、間違いなく霊術の使える医師が治療を施したからに他ならない。

 人体の約60%を構成する水を操る水の属性霊術と、生命力を司る木の属性霊術を絶妙に組み合わせて行われる治療霊術の施術。対策院の調査局に所属している、限られた術師だけが行使する事を許されるその奇跡とも言える秘術は、簡単に言ってしまえば霊的な疑似細胞を用いた再生医療である。


 まず、死んだ細胞を元手に木の属性霊術で疑似細胞を作成する。この時点で、死んだ細胞全てが霊的施術影響下に置かれる。この時、まだ死んでいない弱っている細胞をどの程度まで影響下に置くかによって、施術の難度と完了後の回復具合が左右される。

 次に水の霊術を用いて、血管を通してたんぱく質や各種イオン、必要な成分を体中からかき集める。血管から順に疑似細胞を細胞分裂させ、生きた細胞を生み出し、再び霊的施術影響下に無い普通の細胞で施術箇所を満たしていく。同時に細胞分裂した疑似細胞はアポトーシスを起こして消滅させ、最終的には全ての疑似細胞を通常の細胞へと置き換える事で通常では治療不可能な負傷ですら治してしまうのだ。


 ただしこの方法にも限界はある。あくまでも細胞を置き換えるという特性上、骨の修復・生成などは一切できないので、肉体の欠損は回復する術がない。つまり、失った腕を生やしたりする事はできないのだ。また、骨は再生させた肉体を支える支柱ともなるので、骨が折れたり、欠けたりしていてもいけない。その状態で施術を行えば、折れた状態、欠けた状態で肉体の状態が固定され、折れっぱなし、欠けっぱなしの状態が続いて一生完治しないようになる。


 そして、視神経の様な脳に直接影響を与える器官の再生も不可能だ。少なくとも1300年近くの長い歴史の中で研究されてきた霊術とは言え、人体の脳というのはまだまだ未知領域が多く、完全にブラックボックスと言っても過言ではない。 実際、過去に何人もの術師が無謀にも脳神経系の再生を試みて、施術対象者の脳へ深刻なダメージを与え、死へと追いやっている事実がある。


 何よりこの施術法で問題となるのが、再生の材料はあくまでも被施術者の身体から調達するという事である。場合によっては肉体を削って材料を調達する事もあり、唯でさえ体力の削られた負傷者をさらに追い詰める事となる。

 そして、霊術で可能なのはあくまでも肉体と一部神経・内臓の死んだ細胞の疑似再生のみである。欠損は刃や銃弾が貫通した程度であれば、再生時の細胞癒合によって回復可能だが、肉体や内臓の大きな欠損及び、脳、脳神経系、脊髄へのダメージを負った場合は100%回復を諦めなければならない。心臓などは言わずもがなだ。


 つまり、霊術で可能な治療は限られている。無神経に体を犠牲にしても良いという事では決して無い。あくまでも「運が良かったから、結果的に無かった事にできた」という認識でいなければならないのだ。

 実際の所、今回の一哉も体力を使い果たしていた事が原因で、治療は二日に分けて行われた。一哉が病院で二日間目を覚まさなかったのも、霊術治療でほぼ全ての体力を持っていかれていたという理由が大きい。



「いや、しかしですね……」


「いい加減にしてください南条さん。確かに外見上、身体の見た目は元に戻っているかもしれませんが、体力はまだ全く戻っていない筈です。霊術治療で奪われる体力を甘く見ないでください。それに、今の貴方は霊力もマトモに回復していないでしょう? 貴方がいくら11歳というあり得ない速さで任官された天才とは言え、そんな貴方がノコノコ外に出て行ってこの前の様な怪魔に襲われでもしたら、今度こそ死にますよ。」


「――――――。」


「それに、これ以上妹さんを心配させない事です。佐奈さんでしたっけ? 少なくとも1日目はずっと貴方の側で泣いてたんですから。私も丁度8年前の事を思い出しましたよ。あの時も妹さん、ずっと『お兄ちゃん……お兄ちゃん……』って泣いてらっしゃいました。」


「いや、なんで8年前の事を……。」


「まあ、貴方も当時はまだ中学生でしたし、覚えてらっしゃらないのも当然だとは思いますが、貴方がここに運び込まれた8年前も私はお会いしていますよ。当時は私も新人でしたし、ただ先輩の後ろでオロオロしていただけですが、対策院所属の中学生の男の子が瀕死の重傷で運び込まれるなんて、とても衝撃的だったのでよく覚えています。それに、一緒にいらっしゃった北神さんも8年前にお会いしています。佐奈さん、途中で来られた眼鏡の女性と北神さんに諭されて帰宅されましたが、私たちにすら物凄い形相で睨みつけてきて、放っておいたら永遠にこの部屋から出ないといった様相でした。本当にお兄さん想いの妹さんなんですから、大切にしてあげてください。」



 やはり今回も佐奈は強烈なブラコンっぷりを発揮していたらしい。この2日間、佐奈も咲良も結衣も誰も来ないと思っていたが、この看護師はそういう所も考慮して誰も来させないように、そして一哉に誰にも会わせないようにしていたらしい。


 それにしても、意外な所で8年前を知る人間に遭遇した。

 人生と言うのは何が起こるかはわからないものだ。

 そしてそれは、決して佐奈が語ろうとしない8年前に近づくチャンスでもあった。先日の咲良とのデートの際も少しは向き合うべきと思ったばかりであり、一哉はチャンスとばかりに凜花に当時の事を尋ねた。



「あの、友ヶ瀬さん。変な事を聞きますけど、8年前、俺が目を覚ます前何があったか知ってますか? 実は俺、ほとんど何も覚えてなくて……。何で俺が病院に運ばれたのかもわからないし、誰かと戦って、誰かがいなくなったような気がするんですが……」


「南条さん、今8年前の事を?」


「この前、ちょっとした機会に8年前の嫌な感情と向き合う機会がありまして。今まで思い出そうとしても、思い出せないのに、嫌な感情ばかりが浮かんでくるので放っておいたのですが、やはり理由が思い出せないのが気持ち悪くて。もし覚えておられるなら、教えていただきたいのですが。」



 一哉の言葉に凜花は少し困った様な顔をし、首を振る。



「その件に関しては、貴方のお父様より口止めされておりますので。」


「親父から……?」


「ええ、8年前に。ただ私から申し上げられる事があるとするならば、貴方が8年前にここに入院された原因は、腹部を貫通する刺し傷でした。貴方は目を覚ました時から、関連する記憶を一切合切失っておられたようですし、今も思い出せないのであれば、それは余程の精神的なストレスなのです。私は精神科医ではありませんが、そういった場合、自然に思い出すまで待っておくのが一番良いのです。まだ、精神が思い出す準備ができていないのです。だから、例え口止めの件がなくとも、私から貴方に当時の事を語るつもりはございません。」



 毅然とした態度で返してくる凜花は立派そのものである。一哉としても、無理にトラウマをほじくり返す様な心の準備も出来ておらず、実際教えてもらえないとわかって安堵すらしているのだ。



「さて、余計なお喋りは終了です。さあ、今日の体調チェックをしますよ。」



 もう話は終わりだと、本来の要件である体調チェックに入る凜花。

 途中、珍しく忘れていたのか、急に顔を上げて一哉の顔を見つめながら業務連絡を入れてくる。



「そういえば南条さん。八重樫局長からの伝言です。『退院したら対策会議を開くので、即座に本部に来ること』だそうです。」


「対策会議……?」


「ええ。今関東一円を大騒ぎさせている記録的猛暑に関して、だそうです。」



 その議題を聞いた一哉は訝し気な表情をした。

 鬼闘師の対策会議で天気の話とは全く意味が分からない。



「そのお顔ですと、記録的猛暑の事もご存じありませんか?」


「いや、全く……。」


「テレビをつけていらっしゃるので、てっきり知っているものかと。」



 少し厭味ったらしく言ってくる堅物看護師。

 テレビはつけてはいるが、別に真剣には見ていない。

 ただ、本当に寝るか横たわるかしかする事のない日々の中、気を紛らわしたくて音を鳴らしているだけなのだ。



「貴方が【焼鬼】という怪魔を倒したその次の日からです。今、関東一円は異常な熱波に包まれています。その原因が怪魔かそれに準ずる現象によって引き起こされたものでは無いかと対策院は睨んでいるのです。」



 凜花が一哉にそう伝えた直後、丁度タイミングよく、酷暑のニュースが流れる。



『本日も関東は猛暑です。午前11時時点で、気象台の発表によりますと、東京都西部で最高気温37.9℃、東京23区で35.8℃と5月上旬として観測史上最高気温を記録。また、埼玉県飯能市では37.3℃を記録し、熱中症で3人が……』


「友ヶ瀬さん、これは……」


「ええ、もうかれこれ4日この状態です。対策院では貴方が倒した怪魔が引き金になっていると考えています。」



 まるで亡霊の置き土産。

 一哉の5月は異常熱波に襲われる首都圏で、冷房の効いた涼しい部屋から始まった。

次回もよろしくお願いいたします。

ちなみに看護師の凜花さんはヒロインでもなんでもありません。


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