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鬼闘神楽  作者: 武神
第2章 炎獄の亡霊
29/133

extra episode 05【南条兄妹との出会い】

extra episodeです。

今回は咲良視点の過去編。

南条兄妹と咲良との出会いです。

 ――――――10年前・北神神社



「ぐすっ…………お父さん、お母さん……。」



 私は自分の家・北神神社の境内の陰で泣いていた。

 理由は至極単純で、近所の子らにいじめられていたというもの。

 私の生家・北神家は表向きは北神神社の神主の一族であるが、その実態は1300年近く続く祈祷師の名家で、私はその跡取りとなるべき一人娘という立場であった。そしてこの私の立場が当時の私を激しく苦しめていた。

 もしも私がただの神主の娘であれば、私も普通の子供たちと同じ様に暮らすことができたに違いない。



『あっち行けよ、おばけ』

『お前に近づいたら呪われるんだよ!』

『ねぇ、またあの子よ? ホント薄気味悪い……』



 小学校低学年の女の子の心を引き裂くのには十分すぎる言葉の暴力だった。

 私達北神家は祈祷師の名家。

 一哉お兄ちゃんや佐奈の南条家みたいな鬼闘師と違って、街の人とも交流する事のある仕事。

 それなのに北神家は変に伝統が長い分プライドの塊みたいな一族で、霊力を持たない人たちをバカにしないと気が済まないみたいで、周囲の人たちとの折り合いは凄く悪い。

 父さんと母さんはそんな北神家を変えようと努力して、昔よりは改善されているみたいだけど、相変わらずお爺ちゃんからは周りの人たちと関わるなって言われていたし……

 そんな北神家の人間が、人々の為に霊に関わる仕事をする私達が嫌われるのには、十分すぎる環境が整っていた。



「お父さん、お母さん、早く帰って来てよぅ…………」



 その日は父さんも母さんも対策院の任務で遠方へ出てしまっており、家にはお爺ちゃんと私だけが残された。お爺ちゃんは義務教育である筈の小学校にすら私を行かせることを嫌がり、私を神社へと留めたがった。

 確かに小学校に行っても私に友達はおらず、近所へ繰り出せば恐れと侮蔑の視線にさらされるだけだったが、お爺ちゃんの事が大嫌いだった私にとって、家に縛り付けられたその日は地獄の様な日だった。

 父さんも子供の頃はきっと苦労したんだろう。

 ともかく、その時の私は唯一私に好意的に接してくれる両親が一刻も早く帰って来てくれる事を願ってうずくまって泣いていた。



「おにいちゃん、まってよ~…………!」


「佐奈、早く来いって!! こっから見る景色すげえ綺麗なんだって!!!」



 そんな時、見知らぬ男の子がうちの鳥居を走りながら潜ってきた。

 ああ、また近所の子が私の事をいじめに来たのかな…………。

 私は男の子の姿を見るなり、反射的に境内の裏側に身を隠した。



「おにいちゃん、まっててば~。…………はぁ…………はぁ…………やっとついた~。」



 すると、男の子の後を追うように、可愛らしい小さな女の子も走ってやって来た。

 二人ともあまりこの辺りで見ない子だ。

 男の子の方は小学校高学年ぐらい。女の子の方は、私よりも年下……だと思う。



「ほら、佐奈。こっち見て見ろよ。凄いだろ?」


「わああああぁぁぁぁ~~~~…………。すごいね、おにいちゃん! さなたちのおうちみえるかな~?」


「ハハハ、それは流石に無理だと思うけどね。でも、街がここから見渡せるんだ。多分、この街だとここからしかこの景色は見えないと思うんだ。俺が見つけたんだぜ?」


「さすがおにいちゃんだね! おにいちゃんありがとう!」



 私は二人の様子を見ていて少し驚いていた。

 この神社に来る人は、私の事を態々苛めに来る人か、本当に悪霊に苦しめられている人位しか居ない。

 気味悪がって誰も近づかないからだ。

 こんな風に景色を見に来ている人がいるなんて、少なくとも私は知らなかった。

 どうやら、私の事をいじめに来た子じゃないみたいだ。

 それに見た事無い子なら、私の事を気味悪がらないかな?


 ちょっとお話してみようかな、なんて思いはしたが、同年代の子と一度も話した事が無い私にそんな勇気が出る筈もなかった。

 それどころか、仲の良い男の子と女の子の事を見ていると、とても羨ましくて、寂しくて涙があふれてきてしまった。



「うぅ…………っ。ぐすっ………………うわあぁぁん…………。」



 隠れていた筈の私は声を上げて泣き出してしまう。

 とんでもない失敗だ。このままじゃ見つかってしまうよっ!

 その時の私はその事にさらにパニックになってさらに声を上げて泣いてしまった。



「ん? 佐奈、お前また泣いてるのか?」


「もうっ、おにいちゃん! さな、ないてないよ!!」


「ご、ごめんって佐奈。んー、じゃあ別の子か?」



 男の子がこちらに近づいてくる気配がする。

 見つかる。見つかったらまた苛められる。お願い来ないでっ!

 そんな風にパニックになる私。

 男の子はどんどん近づいてくる。



「ほんとだね、おにいちゃん。だいじょうぶー?」



 女の子まで男の子の後ろからついて来てしまう。

 私の頭の中は完全にパニックだ。

 本当なら走って逃げたり、声を抑えたり色々できる事はあるんだろうけど、当時どんくさくてのろまだった私はその場から一歩も動く事が出来なかった。



「んー、ここかなー? …………君、大丈夫?」



 私の無駄な祈りも通じず男の子に見つかってしまった事に私のパニックは最高潮に達してしまう。

 当時の私にとって、それほど人との接触というのは恐ろしい事であった。

 友達が欲しい、もう寂しいのは嫌だ。そんな風に思っても、いざ話そうとすると思うと恐ろしくてたまらない。それは今まで出会った同年代の子供が須らく私の事を苛めるか、気味の悪い目で見るか、無視するかという、子供にはあまりにも辛すぎる反応しか返してくれなかったからでもあった。



「ひ…………っ! う、うわああぁぁぁぁぁ!!!」



 この日の最高潮に達していた寂しさも呼び水だったのだろう。

 今まで泣いたことも無い程の勢いで泣いてしまう私。



「え、えぇ……っ?! 俺ってそんな怖い顔してる?!」


「おにいちゃん! おんなのこをなかせたらいけないんだよ!!」


「いや佐奈、俺が泣かせたわけじゃ…………! 困ったなぁ…………。」



 本当に困った様な声を出す男の子。

 だけど、恐怖でパニックになって泣き喚く私にはその事がわからない。



「この糞餓鬼がっ! また儂の孫娘に近づきおってから!! 今度という今度は承知せんぞおっ!」



 私の泣き声を聞きつけてか、奥からお爺ちゃんが怒鳴りながら走ってやってくる。

 お爺ちゃんの事は嫌いだったが、境内で苛められている私を助けてくれるのもお爺ちゃんだった。

 そのお爺ちゃんがこっちにやってくる。

 助かったんだ!

 私はどこか安心した気持ちになる。



「うおぉぉ……っ! なんだなんだ?!」


「ひゃぁっ! お、おにいちゃん…………。」



 もの凄くびっくりして飛び上がる男の子と、男の子の後ろに隠れる女の子が見えた。

 お爺ちゃんの怒鳴り声を聞いて逃げない人も初めて見る。この人達、本当に私達の事怖がってないのかな?

 泣きながらではあったが、私はそんな事を思っていた。



「む? お主……。」


「う、うわぁ…………び、びっくりした。」


「何となく幼い頃の聖に似ておるな…………。おい小僧、名前は?」


「え、えーっと…………僕は南条一哉と申します。南条家当主・南条聖の長男。こちらは妹の佐奈です。あなたは北神家先代当主・北神銀司様でよろしいでしょうか?」


「ほう……やはり聖の倅か。それによく躾られておる。」


「はい。父からは厳しく指導されておりますので。ほら佐奈、挨拶しろ。」



 南条一哉と名乗った男の子が自分の後ろに隠れる女の子を横に立たせる。



「は、はうぅ…………。な、なんじょうさなです…………。こんにゅちわっ!」



 あ、噛んだ。

 まあ、お爺ちゃんの貫禄だとあんな小さな子が怖がるのは当たり前なんだけど。



「成程。お主は澪によく似ておるな。それでお主ら、北神神社に何しに来た?」


「は、はいっ! 前、父とここを訪れた際に、街を見渡す景色が綺麗だったのを覚えていまして! 佐奈にも見せてやろうかと…………っ!」



 それを聞いたお爺ちゃんは珍しく笑顔になった。

 正直、お爺ちゃんの笑顔を始めて見たかもしれない。



「ハハハハハハハッ!! そうだな、あの景色はこの北神神社の唯一とも言える自慢じゃ! お主も中々見る目があるのぉ!!」



 そう言うとお爺ちゃんは私の頭に皺くちゃの手を置く。



「まあ南条の倅であるなら、これを泣かせるようなこともすまい。これは儂の孫娘の咲良じゃ。出来れば良くしてやってくれ。」



 そしてお爺ちゃんは去っていった。

 私には何が起きているのか全く分からなかった。

 今まで徹底的に他の子との接触を禁止されていたし、私の事を気味悪がらない子も見た事が無いし、お爺ちゃんと普通に話せる子が居るなんて思いもしなかった。

 さっきとは別の理由で私の頭の中がパニックになる。



「えーっと、咲良ちゃん? 俺は南条一哉だ。よろしくな。」


「さなはさなだよ? よろしくね、さくらちゃん!!」


「…………」



 初めて向けられる両親以外からの好意に私の頭がついてこない。

 せっかく声をかけてもらっているのに何も言葉を返す事ができない。



「えっと…………。お父さんとかお母さんから聞いてない? 俺達南条の事。」



 そう男の子が言うが、私の中に心当たりは無かった。

 私は言葉を発する事も無く、首を横に振る。



「そっかー。えーっと…………何で泣いてたんだ?」



 そう聞かれても答えられるわけが無い。

 まさか目の前の男の子に、あなたが怖かったからですとは言えない。

 そして、お父さんとお母さんが居なくて寂しかったからですとはもっと言えなかった。

 だけど――――――



「おにいちゃん! さくらちゃんにそんなこときいちゃ、だめだよ!」


「え、そうなのか?!」


「さくらちゃん! いっしょにあそぼ?」



 そう言うと女の子は満面の笑みで私の手を取って走り出す。

 私は、そんな女の子の手を――――――佐奈の手を振りほどく事ができなかった。



 その後、私は二人に連れられて初めて南条の屋敷を訪れる事になる。

 それが私の大切な幼馴染――――――南条一哉と南条佐奈との始まりであった。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



 そんな昔の事を思い出していた私は今、東京都内の対策院系列の病院にいる。


 それにしても昨日の戦いは酷いものだった。不利な条件を幾つも被った状況だったとはいえ、あの一哉お兄ちゃんが全く相手にならなかった事が私には衝撃でしかなかった。

 そして、私は完全に足手纏いだった。

 二人とも装備が整ってなかった上に、相手の罠に飛び込まざるを得なかった最悪の条件で、あんな異常な怪魔を相手によく生きて帰れたと思う。

 全部、守ってくれた一哉お兄ちゃんのお陰だ。


 その一哉お兄ちゃんは気を失って、入院中。丸一日近く経った今でも目を覚ます気配が無い。

 友ヶ瀬とか言う看護師が凄くうるさいし、もうあと20分もすれば帰らないといけない。

 佐奈も、もの凄く文句を言っていた。

 まったくあの女、何様のつもりよ。

 それに、佐奈は東雲結衣が連れて帰ってしまったので、この病室には私しかもう居ない。

 そんなこんなで、今は少しでも長く彼の顔を見続けていたい、そんな気分だった。



 思えば私と一哉お兄ちゃん、そして佐奈が出会ってから早10年ちょっとが経っている。

 3年前に私が不用意に発した言葉で私と一哉お兄ちゃんの関係は非常にギクシャクしたものとなってしまったけど、昨日のデートでそれも謝る事が出来た。それに一哉お兄ちゃんも昔みたいに戻りたいって言ってくれたし…………。

 昨日の出来は私の中では及第点だ。後は、少しずつ昔を取り戻していけば良いのよ。

 ――――――勢い余って告白とかしちゃったけど、あれは完全にミス。感極まっていらない事まで言っちゃった。うまく誤魔化せてれば良いんだけど。



 彼の顔を見ている私は一瞬、その無防備な唇を奪ってしまおうかと悩んでしまう。

 今ならキスしてしまったってバレないし、知っているのは私だけよね。

 …………………………………………。

 やめておきましょう。それはあまりに卑怯すぎるわ。


 そうだ。懐かしい事を思いだしたついでに、今日は久々に佐奈に会いに行きましょう。

 最近は仕事でしか南条の屋敷には行っていなかったわけだし。



 私はまだ少し残っている面会時間を切り上げて病室を後にした。 

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

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次話より本編に戻ります。

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