extra episode 04【南条家のとある一日】
ここから2話、extra episodeとなります。
今回は結衣目線です。
私――――――東雲結衣が南条一哉君のお家に居候する事になってから早10日が経とうとしています。
私みたいなどちらかと陰キャラっぽい子には意外かもしれませんが、家の都合でお父さんが留守がちだった事もあって、昔から友達の家に泊まる事が多かったので、実は外のお泊りというのにはあまり抵抗がありません。
それでも流石に人様の家で暮らすというのは慣れないもので……。
目が覚めてスマホを見てみると、午前6時。
やっぱり慣れない場所で寝泊まりしているので、しっかり眠れていないみたいです。
何となく頭がボーっとしますし、そもそも普段の起床時間から1時間も早いのでとても眠いです。
眠くて開ききらない瞼の隙間から見える景色は、数日経った今でも正直違和感を拭えません。元々が南条家の一室を借りているのですから、あまり好き勝手に部屋を弄るのも良くないと思って、必要最低限のものしか置いていません。
まあ、そもそもの原因は、この前の事件で私物を全部失ったって事なんですけどね…………。
私はお布団から出て手早く着替えると、食卓へと向かいます。
「おはよう、一哉君、佐奈ちゃん。」
「お早う結衣。」
「――――――」
台所で朝ご飯を作ってくれている一哉君を見つけました。。
今日のご飯当番は一哉君。居候の身としては申し訳ない気持ちになるのですが、南条家のご飯を作る人は当番の持ち回り制です。本当は私がご飯を作るべき――――――というよりも作ってあげたいのですが、佐奈ちゃんに猛烈に反対されたからそこは仕方がない事にしておきます。
挨拶を返してくれる一哉君に、思わず私の顔はにやけます。やっぱり、好きな人と朝から挨拶できるっていうのは幸せな事。正直、一哉君が誘ってくれたこの居候話にすぐに乗ったのも、こういった下心が無かったと言えば嘘になります。
そして、今日の当番でもないにもかかわらず早起きしている、一哉君の妹の佐奈ちゃん。
今日も私が挨拶しても何も返してくれない。
まあ、仕方がないですよね……、佐奈ちゃんも、一哉君の事が大好きみたいだし。
とは言っても、挨拶ぐらい返してくれてもとは思います。たまには怒ってもいいのかな……?
「「「ごちそうさま!」」」
うん。今日の朝ご飯もおいしかったです!
やっぱり一哉君の料理はおいしい。
一哉君も似たようなものだったみたいだけど、私の家も10年前に父子家庭になってから、孤独な食卓を囲むことがとても多かった私にとっては、みんなで囲む食卓というのはとても贅沢な事に思えます。
それでも、正直女子としては複雑な気分です。
私は男の子にご飯を作ってあげたい性質なんですが、こうも私よりも料理が上手だと自信を無くしてしまいます。毎日ご飯作って――――――なんて新妻みたいな妄想は居候前からあっさりと崩壊しました。
あぁ…………私の妄想の日々よ…………。
大学への通学は一哉君と一緒にしています。
一哉君とは大学も学部も学科も同じなので、同じ授業を受けています。理系の大学生の授業って、あんまりアレンジのしようが無いんですよね。ですので、特に意図することなく一緒の授業を受ける事が出来ています。
最初は一哉君が一緒に通うのを嫌がるかな、とも思ったんですが、意外にも一哉君は嫌がったり恥ずかしがったりすることも無く、初日から一緒に通ってくれています。
――――――まあ、裏を返せば、一哉君が私の事を、全く女の子として見てくれて無いって事なんですけどね。
一哉君の周りには常にかわいい女の子が集ってます。
佐奈ちゃんは多分アイドルでも全然いけるぐらいの可愛らしさですし、咲良ちゃんは凄い美人です。おっぱい大きいし……。
私みたいな地味女は意識されないのも当たり前なのかもしれないですが、それにしても少しぐらいは意識してみても良いじゃないですか。
「アンタ、最近随分楽しそうじゃない?」
お昼、友達と食堂でご飯を食べていたら、友達にそんな風に声をかけられました。
林海音ちゃん。ちょっとボーイッシュな所がかっこいい、私の大学1年の頃からのお友達です。
「え? そうかな?」
確かに嬉しい事はここ2週間ぐらいで色々ありましたし、初恋の男の子と同棲(?)してるんです。東雲家のお家は無くなっちゃいましたけど。
それにしてもおかしいなぁ。誰にもそんな事言ってない筈なんですけど。
咲良ちゃんじゃないんですから。
――――――もしかして、私ってそんなわかり易い顔してるんでしょうか?
「だってアンタ、最近ニヤけっぱなしよ? こんな一日中お花畑な子見てたら、何かあったのなんかすぐわかるっつーの。」
「えぇ~…………。そんな事無いってぇ。」
「いやアンタ、そんなバカみたいな顔して否定しても、全然説得力無いぞ…………。何? 南条と話せた?」
おっとっと。何でそんな事を海音ちゃんが知ってるのかな?
「いや、そんな『何で知ってるの?!』みたいな顔されてもねえ。アタシでもわかるよ、そんなの。」
「えーっと、海音ちゃん。何の話かな?」
「この期に及んでまだとぼけるか、この子はっ! 前に鈴木が企画した合コンで執拗に南条が来るかどうか気にしてたの、アンタだけだっつーの!! アタシだって知ってる話だわ!!!!」
うーん…………何で知られてるんだろ?
海音ちゃんは私の事見てればすぐわかるなんて言うけど、そんな事無いもん!
だって、一哉君、全然気づいてくれないよ?
もしかして、鈴木君がまた余計な事を海音ちゃんに口走ったんでしょうか。まったく、一哉君のお友達だからって、限度がありますよ!!
はぁ…………。
「ただいまー。」
「あ! お帰り、一哉君。」
「おう。ただいま、結衣。」
夕方、一哉君のおうちで寛いでいたら、一哉君が帰ってきました。
大学への通学はいつも一緒ですが、帰宅だけは日によりけりです。
今日は、一哉君は鈴木君とどこかに遊びに行っていたみたいでした。私は今日も特に用事が無いので、まっすぐ帰宅です。
最近は部活に行きたくても活動の要の部長がずっと休んでますし、一哉君のお家に居候している以上、あまり友達と遊びに行って――――――というのも自重すべきでしょう。
うーん。お世話になっている分、塾講師以外にもアルバイトすべきでしょうか?
一哉君曰く「家賃を払ってもらわないといけない程困ってない」との事ですけど、流石に厚かましい感じがして心苦しいんですけどね。
今日のご飯当番は一哉君。
だから晩御飯を作るのは一哉君の番です。でも、ぼーっとしてても暇なので、一哉君のお手伝いをします。今日の実験レポートのまとめなんかは食後にパパッと終わらせちゃえばいいんです。
「結衣、別にテレビ見て寛いでくれててもいいんだぞ? 今日の当番は俺なわけだし。」
「大丈夫だよ一哉君。どうせ暇だし、あんまり見たいテレビとか無いから手伝いたいの。」
そう言って、半ば強引に一緒の台所に立ちます。
気分は新婚の若妻といったところ――――――なんて言ったら、一哉君に怒られちゃうでしょうか。
でも、こういうのって良いですよね。
お父さんが年の8割は家を不在にしている東雲家では、殆ど家族の為に料理する事も料理してもらう事も無いので、とても新鮮な気持ちになれます。
もしかしたら、私は自覚しないまま、一哉君と佐奈ちゃんに「家族との暮らし」というものを求めているのかもしれません。今まで殆ど得られなかった「家族の愛」というものを感じたい、そんな風に思っているのかも。
誤解しないで欲しいのは、私のお父さんは間違いなく娘の私の事を愛してくれているという事です。
お母さんとお姉ちゃんが亡くなった小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も、大学に入ってからも、お父さんは私の事をずっと気にかけて、男手一つで私の事を育ててくれたんですから。
そんなお父さんの事が私は大好きですし、尊敬しています。
だけど、家族と一緒に過ごす時間というものだけはどうしても替えが聞きません。
私は一哉君と佐奈ちゃんにそういったものを求めて、知らず知らずに見ているのかもしれません。
「ただいまー。」
「お帰り佐奈。飯、できてるぞ。」
ご飯も出来て、陽もすっかり落ち切った頃、佐奈ちゃんが帰ってきました。
佐奈ちゃんの薙刀部は週に3回練習があるみたいなので、大体毎日こんな時間に帰ってきます。部活ない日も友達と遊んでいるみたいですし。
高校生の女の子ってこんな感じなんでしょうか。
私は自分で言うのもなんですが、地味で引っ込み思案で、付き合いも良くない高校生時代を過ごしていましたから、よくわからないのですが。
「お帰り、佐奈ちゃん。」
「…………ただいま、結衣さん。」
おっと!
珍しく佐奈ちゃんが挨拶してくれましたよ!
これは密かに嬉しいです。
初めて会った時から佐奈ちゃんに敵視されている私が、挨拶をして返してくれる事はとても珍しいです。きっと今日は機嫌が良いという事なんでしょう。
一哉君と仲良くなりたいんだったら、やっぱり佐奈ちゃんとも仲良くならないといけないなとは思いますし。
今日は3人で晩御飯を食べた後、今日の実験レポートをまとめたらお風呂に入りました。
南条家のお風呂は屋敷と同じでとても大きく、正直一人で入るには大きすぎます。ちょっとした温泉みたいです。その分、ゆっくり寛ぐにはとてもいいお風呂なんですけどね。
一哉君と一緒のお風呂に入れてちょっと興奮…………いえ、何でもありません。
そんなちょっとイケナイ妄想を振り切るためにも、ちょっと涼もうと思ったら――――――
縁側で一哉君がお酒を一人で飲んでました。
一哉君は和風のお屋敷だからかはわかりませんが、夜は甚平を着ていて、お酒を飲んでいる姿はとてもよく似合っています。
せっかくだから、一緒してみましょう。
「一哉君。」
ぼんやり空を眺めている一哉君に声をかけます。
ちょっと前だったら考えられない事です。何しろ、一哉君に声もかけられなかったんですから。
本当に自分でもびっくりです。まるで知らない誰かが勇気を与えてくれているみたいです。
「ん? どうかしたか、結衣。」
「一緒しても…………いいかな?」
「ああ。向こうにグラスあるから持ってこいよ。」
「うん。ちょっと待っててね。」
私は食器棚からグラスを一つ取り出すと、再び縁側に出て一哉君の隣に腰掛けます。
一哉君は私が座ったのを見ると、何も言わずにグラスに氷と少々のウイスキーを入れてくれます。
これはロックで飲めという事でしょうか?それに、この格好なら普通飲んでいるのって日本酒なんじゃ……。
「水とかソーダとかは冷蔵庫から勝手に出してくれ。」
うーん。完全にお邪魔でしたでしょうか。
一哉君は隣に座る私の事など特に気にした様子も無くグラスを傾けます。
いいですよ、もうっ!
そのままロックで飲みます!
私達は特に会話も無く、ぼーっと夜空を見上げてお酒を飲みます。
一哉君はさっきから4杯ぐらい飲んでますし、私も3杯も飲んでます。自分自身知らなかった事ですが、私結構お酒強いみたいです。あんまり酔ったって感じしません。
「うちには慣れたか、結衣?」
突然一哉君にそんな事を聞かれました。
一応は私の事も気にしていてくれたという事でしょうか。
「さすがに10日ぐらいじゃ慣れないよ。」
「まあ、そうだよなぁ…………。本当にすまなかったな、結衣。」
「え? 何が?」
「家。壊しちまって。」
凄く申し訳なさそうな顔をしている一哉君。
もしかしてそんな事をずっと気にしてたんでしょうか、一哉君は。
もしそうだとしたら、私の方が申し訳なくなっちゃいます。間違いなく助けてもらったのは私なんですから。そしてお姉ちゃんも。
「一哉君、それは違うよ。」
「……え?」
「前も言ったと思うけど、あの時私もお姉ちゃんも、一哉君に助けてもらったの。確かにお家は無くなっちゃったかもしれないけど…………。だから、一哉君がその事について気に病むことは無いの。」
「だけど結衣、俺は…………」
「もうっ!! 良いって言ってるじゃない。命助けてもらって、その上住む所まで提供してもらってる人にそんな文句言ったら、バチが当たるんだから!」
「――――――だが……」
「しつこいですっ! この話題はもう禁止!」
私は少し怒ったふりをして、この話題を無理やり終わらせます。
本当は一哉君が私の事を心配してくれてるみたいで嬉しかったりするんですが、やっぱりこんな事で頭を煩わせたくありません。
だってこれからそう短くない期間、一哉君にはお世話になるんです。
なんたって、私は一哉君の監視対象なんですから!
「結衣。」
「一哉君?」
「佐奈が失礼な事を沢山すると思う。」
「うん。」
「だけど、懲りずに仲良くしてやってくれると嬉しい。――――――結衣には迷惑な話かもしれないけど。」
「もちろん! これからよろしくお願いいします……っ!」
何となくですけど、いつも表情に乏しい一哉君が微笑んだ気がしました。
明日もこんな感じで、穏やかで素敵な一日だといいな――――――
そう言えば昨日、今はもう住めない私の家に何となく行ってみたんです。気が付いたらうちは完全に更地になっていました。
単純な疑問なんですけど、お父さん帰ってきたらどうするんだろ……?
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
次のextra episodeは咲良視点。
本物語初の過去編です。




