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鬼闘神楽  作者: 武神
第2章 炎獄の亡霊
27/133

玖ノ舞 不本意な相討ち

第2章前半戦終了です

 一哉の放つ霊術によって、今、地面からは無数の針が現出する。

 その全ては蒼炎の怪魔【焼鬼】を討つために。



≪愚カ者メガ……。炎獄ノ炎デ果テルガヨイ。≫



 だが、【焼鬼】は一哉を見る事も無く言い放ち―――――――

 なんとそのまま無抵抗で攻撃を受けた。

 岩と金属の針が溶け出しながらも【焼鬼】を刺し貫くが、体液は出てこない。こうなると、最早生物であるのかすら疑わしい。

 ならば次だ。

 これは序の口である。続く攻撃で大質量の攻撃を仕掛けて、恐らく核になっているであろうあの紅い魔石を一気に叩く。

 一哉は次の霊術起動をすべく、短刀を地面から引き抜いた。

 だが――――――


 針に貫かれるだけだった【焼鬼】は、一つ遠吠えをすると、自身の持つ高熱で針を破壊。岩と金属が溶け合った針が弾け飛ぶ。

 そして【焼鬼】は、まるで無傷の様な振る舞いだ。



「――――――!!」



 全くダメージを受けていないかのような挙動に、一哉は思わず目を見開いた。

 間違いなく直撃しただけでなく、貫通しているはずなのだ。

 この状態でダメージを受けていないのだとすれば、今はあまりに打つ手が無い。


 そして悪い事に、傷口から炎が見え――――――

 追い討ちをかけるかの様に【焼鬼】の傷口から濁流の如く深紅の炎が噴出してきた。カウンターで放たれた炎の奔流が一気に一哉と咲良へと襲い掛かる。



(まずい……! やられた…………っ!)



 相手が悪すぎた。

 攻撃していざ傷を負わせたら、その傷口から炎が噴き出してくるなど、一哉のこれまでの経験上一度も無かった事なのだ。そもそも、生物の死体と悪霊が融合したものが怪魔であるのだから、体内に炎が溢れているなど想像もつく筈がない。

ここで【霊刀・夢幻凍結】でも持ち合わせていれば話は違ったが、今は短刀一本。もはや霊術の起動も間に合わずできる事が無い。

 自分は目の前に現れた敵の罠に自ら飛び込みに行き、全く歯が立たず、挙句の果てには幼馴染の少女も守れないのだ。あまりにも特級鬼闘師としてお粗末な結果。

 気づけば周りの時間の進みも遅くなっている気がするし、これが噂の走馬燈かとなぜか達観したような感想を抱く一哉。焼死は仕方がないからせめて骨位は見つかって欲しい。



「一哉兄ぃ、ボサッとしないで……!! 遅延起動『除魔の舞』――――――!!」



 その時、後ろに控えていた咲良が一哉に叱咤の声をあげた。

 不意打ちの即死カウンターには彼女も焦っていたようだったが、肝は据わっていたようだ。必死の形相で前に出ると、手にした洋扇子を横凪ぎにし、炎の奔流を無へと帰す。



《ホウ? 唯ノ戯レトハイエ、我ガ炎ヲ打チ消ストハ愚ナル者ニシテハ頑張ルデハナイカ。誉メテ遣ワスゾ。狩ラレル獲物ハ我ヲ楽シマセル義務ガアル。》


「何よ。怪魔のクセにむかつく奴ね……。」


《ククク、獲物ガホザキヨルワ! ホレ、呆ケテイル暇ハ無イゾ?》



 【焼鬼】は咲良を挑発するやいなや、口から赤黒い炎を吹き出す。

 明らかに火炎弾よりも高威力の火炎放射が咲良を襲う。



「『除魔の舞・二閃』――――――!!」



 しかし、再び炎は咲良の前で霧散。怪魔の攻撃を完全に遮断する。

 霊的影響を受けた現象を無効化・霧散させる祈祷師の奥義『除魔の舞』。そして、1分以内の連続使用時に限り霊力の消費を通常の倍にする代わりに、高速起動を可能にする『除魔の舞・二閃』。北神家は祈祷師の基本とも言えるこの術を遣うことに長けており、それによって名門の名を欲しいままにしてきた。

 つまり【焼鬼】の遠距離攻撃に対しては、霊力の枯渇までは絶対の安全を築ける。

 そう、遠距離攻撃に対しては。



「グオオォォォォォッッ―――――――!!」



 咲良の目の前に爪を振るおうと前足を振り上げる獣の姿が現れる。

 【焼鬼】が自分の炎が消されるのを読んでいたのかは不明だが、この一瞬は絶対の好機であった事は間違いない。炎で完全に視界を奪い、その脅威を掻き消す事で生じる一瞬の安堵を狙う。特に、物理的な戦闘力をほとんど持たない咲良には致命的な一撃となる。

しかし、そんな状況になっても咲良はたじろがない。



「『破浄槌』―――!」



 一哉の霊術の起動により地面から円柱の岩の柱が現出し、【焼鬼】を打つ。

 既に飛び掛かって攻撃態勢に入っていた【焼鬼】にこれを躱す事は出来ない。



≪ぬうぅぅっ――――――!!≫


 

 僅かに吹き飛ばされた【焼鬼】は後ろに二度跳び、二人から距離を取る。

 あの厄介な紅炎は飛んでこない。

 これは咄嗟にではあったが、体表を破ってカウンターの炎を浴びる事になるのであれば体表を破らない打撃攻撃であれば通るのではないかと一哉が考え、土壇場で咲良に合わせたのだ。そしてそれは正解であったらしい。

 獣故にわかりづらいが、【焼鬼】は僅かに怒気を孕む睨みを二人に飛ばしている。

 予想外のところでダメージを負った事に、プライドを傷つけられているのだ。


 今見せたコンビネーションこそが南条家と北神家が昔から組む最大の理由、そして真価だ。

 近接戦闘を仕掛けてくる敵に対しては、鬼闘師が前衛となって祈祷師はそのサポートを行い、大規模な範囲攻撃を仕掛けてくる敵に対しては祈祷師が盾となり、鬼闘師が祈祷師の身を完璧に守り切る。

 一見簡単そうに見えるが、戦いの場では僅かなタイミングのズレが一瞬の、しかし決定的な隙を晒す事に繋がる。

 能力がある者同士が信頼しあって初めてできる二人一組の戦い方。



「【焼鬼】。そう簡単に俺達を狩れると思わない事だな……!」



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



「ああもう、何なのコイツらぁ……!!」



 佐奈は飛び掛かってきた鼠型怪魔を斬り捨てた。

 これで9体目だ。

 つい昨日鬼闘師としての任官を受けた佐奈は、単騎での即時判断戦闘が許可されている。

 家を飛び出す際に持ち出した薙刀が完全に役に立った形だ。



 結衣からの電話に逆ギレの様な形で通話を切った後、佐奈はしばらく呆然と街を歩いていた。

 まだ9時にもならないにもかかわらず、ほとんど人通りもなく、傷ついた佐奈の心を表すかのような寂し気な雰囲気。

 そこに突如花火の様な閃光が上がる。

 ここから少し離れた場所で大きく森が燃え上がっているのが見えた佐奈は何となく嫌な予感がして、炎に向かった。その途端現れたのがこの鼠・【土竜鼠】。

 一匹一匹の力は非常に弱く、唯の一撃で倒されるほどの雑魚だ。

 だが正面から、後ろから、上から、足元からと次々と現れ、牙を剥く鼠は唯々邪魔の一言。使う力が少なくとも、力を振るう回数が多ければそれだけ苛立ちも募る。



「キキキキキッ――――――!」


「めんどくさいなあ、もう!! 」



 街中を走りつつも、縦横無尽に仕掛けてくる鼠を叩き斬る。相変わらずどこからともなく現れる鼠に佐奈は辟易せざるを得ない。

 それでも、かれこれ15体もの鼠を斬り捨てた佐奈はとある指向性に気付く。



(この鼠達、間違いなく森から来てる―――)



 鼠達は佐奈に対して四方八方から襲い掛かってくる。だが、その発生源は間違いなく今も目前で発生している大火事の発生元の森林公園。近づけば近づく程増えていく鼠の数が何よりの証拠だ。

 今も前方から3匹の新たな鼠が現れ、佐奈に飛び掛かってくる。霊術で簡単に叩き伏せ、なおもかける佐奈だが、その心中から嫌な予感が途切れる事がない。



「この鼠達、既に街中に拡がったりしてないよね……? それに、あんな大火事が起きてるのに警察も消防も全く動かないってどういう事? それに人は? 9時をちょっと回った位の時間なのにどうして誰も居ないの……?!」



 佐奈の頭の中に、急速に2週間前の出来事が駆け巡る。

 2週間前に変異体【鵺】が現れた時もそうだった。明るい街中にも関わらず大量に現れる怪魔。にもかかわらず、誰もそれを気付かない。気味が悪いほどの静寂が街を支配している。

 規模こそ違うが、この状況は2週間前の結衣の家と同じ状況である。

 また何かが。誰かの陰謀がこの事態を引き起こしている。



「―――お兄ちゃん……。お兄ちゃんと合流しないと……!」



 佐奈はこの街に来ているはずの兄の存在を思い出す。

 一哉は咲良とデートするためにこの街に来ると言っていた。もしかしたら、兄もこの事態に対処していて、あの炎の元に向かっているのかもしれない。もしかしたら、既にそこにいるのかもしれない。


 佐奈は右手に握る薙刀を再び強く握り締める。

 兄と会うために佐奈は新月の夜を駆ける。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



「ぐぅっ…………!」

「きゃっ……?!」



 燃え盛る戦闘場(バトルフィールド)で、一哉と咲良は吹き飛ばされて転がる。



≪グハハハハハッ―――――――!! ドウシタ、ドウシタ羊ヨ! アレダケ威勢ノ良イ事ヲヌカシテオイテ、コノ程度カ?! マッタク笑ワセテクレルノウ!≫



 【焼鬼】は地に臥せる二人を嘲るように嗤う。

 一哉がかなり手酷くやられているのに比べると、【焼鬼】は全くの無傷。元々体全体が燃えているために傷がわからないというのもあるが、ダメージなく唯々余裕そのものだ。戦闘開始から見て、その挙動に一切の鈍りがない。

 それに比べると一哉は左腕に大きく火傷を負い、服を裂かれて裂傷も幾つか負っている。咲良は外傷こそ無いが、それでも息粗く、立ち上がる力すらも殆ど残されていないように見える。

 ここまで一方的な戦いになってしまっているのには理由があった。


 ――――――咲良だ。


 初めは善戦していた。

 決して有利ではないものの、咲良の『除魔の舞』によって遠距離攻撃を無効化し、一哉は打撃によるダメージを狙った霊術を展開し、戦うという事が出来ていた。

 少なくともこの時点で幾許かのダメージを与えた事は間違えないだろう。


 しかし、数少ない戦法に対応されてしまったのが問題だった。

 一哉と【焼鬼】はしばらくは同じような応酬を繰り返していた。だが、【焼鬼】の言葉を借りるのであれば「狩りの仕方に飽きた」とでも言うのだろうか、遠距離攻撃の無駄撃ちをやめた。具体的に言えば、霊的要素の絡まない遠距離攻撃――――――岩を爆破して飛ばしてくるようになった。


 そういった物理的攻撃を絡められると、咲良にできる事は何もない。

 つまり、戦力の双翼の片方を潰されてしまったのだ。こうなってしまうと、実質一哉と重度SSS以上の強力な怪魔との一騎討ち、さらに言えば無力化された咲良を庇って戦わなければいけない分、戦力はダウン。ついでに装備も不十分を飛び越えて、ほとんど無いと言っても過言ではない状況である。

 咲良が戦えなくなった瞬間から一哉は2人分の防御を担わなければならず、攻撃まで手が回せなくなり防戦一方となった。

 そうなると【焼鬼】の一方的な展開である。

 一哉達からは一切反撃が来ない事を確信したのか、積極的に近接攻撃も仕掛けてくるため、動き回り、霊術を駆使し、攻撃をとにかく躱すしかない。

 相手に触れられず、反撃のチャンスも与えられず、周りの燃え盛る炎によって体力は奪われ、退路も無い。ここは残虐な狩人によって演出される絶望的な展開が獲物を追い詰める、悪趣味なハンティングゲームが開催される地獄なのだ。



「ぐ……。咲良、無事か……?」


「う、うぅ……。だ、大丈夫よ。でも、このままじゃ……」



 二人とももう体力の限界である。

 ここまでの約20分間、二人は全力で駆け、攻撃を躱し、逃げ続けてきた。

 だがついに捉えられた。【焼鬼】はアスファルト舗装の路面を大規模に破壊。既に体力の限界の近かった二人を瓦礫ごと吹き飛ばしたのである。その衝撃から咲良を庇った一哉もその一撃でほとんど戦闘不能級のダメージを受けてしまった。

 咲良はそんな一哉を見て、ほとんど泣きそうな顔をしている。



「確かに絶体絶命って奴だな。もう、俺も奴の攻撃をこれ以上躱し続ける様な力は残っていないし、恐らく霊術も、規模によるが一発撃つのが限界だろう。というより法具がもたない。元々緊急用に持ち歩いている使い捨て専用みたいな法具だ。ここまで戦えてるだけでも上出来だろう。」



 一哉は大きく火傷した左腕を庇いながらもフラフラと立ち上がる。



「咲良。俺が霊術で燃える森を一部吹き飛ばす。そこから逃げろ。俺はなるべく時間稼ぎする。できる限り遠くに逃げて応援を呼ぶんだ。」



 もう自分の残りの力では目の前の脅威を倒すことは叶わない。

 ならばせめて、幼馴染の少女だけでも逃がさなければならない。

 そんな覚悟を決める一哉に対して、帰ってきた返答は明確な拒絶だった。



「嫌よ。」


「は……?」


「嫌って言ったの!!」


「咲良! 今はそんな事を言っている場合じゃないんだ!! お前だけでも生き残るんだ!」


「ふざけないでよ!! どうしてまた私の前から居なくなるなんて言うの?! 私、さっきも話したよね! 私には貴方と佐奈が必要なの! それなのに、そんな軽々しく死ぬなんて言って許すわけが無いでしょう?!」



 咲良は完全に泣き出してしまった。

 心を引き裂かれそうな悲しい顔で一哉を背中から抱き留める。



「今度そんな事言ったら絶対許さない! それに、私の知ってる貴方はこんなに簡単に諦める様な人じゃない……。」



 一哉の背で嗚咽する咲良。

 これが燃え盛る森の中で、それも敵前でなければ感動的な光景なのだろうが、今は戦闘中である。

 この状況で攻撃してこない【焼鬼】がただ二人を完全に嘗め切っているからできているだけだ。

 だがそれでも、この咲良の言葉が一哉の闘志にもう一度火を着ける。



「……まったく、簡単に言ってくれるな。そういう所は昔のままだな、咲良。」


「一哉兄ぃ……?」



 一哉は咲良を離し、咲良に向き直す。



「あと一撃だ。一撃でカタをつける。二人で生き残るぞ―――!!」


「うん!!」



 一哉に残されたチャンスは唯の一度だ。

 もう自分の残存体力と残存霊力を考えれば、あと一撃攻撃するのが完全に限界である。

 その一撃で、最悪でも【焼鬼】を撤退に追い込まなければならない。


 考える時間は今しかない。

 周りの炎によって奪われ続けている酸素も徐々に薄くなりつつある。

 【焼鬼】との戦闘開始以降、初めて与えられた熟考の時間を無駄にしてはならない。

 考える時間は【焼鬼】が完全に油断しているこのタイミングしかないのだ。

 一哉は【焼鬼】が現れてからの事を今一度整理する。



(思い出せ……。奴は初め、赤い光と共に現れた紅い魔石から変形した怪魔だ。怪魔が石から変形するなんて聞いたことも無いが、とりあえずそこは置いておく。そして奴の戦力。口から吐く火炎弾と赤黒い火炎放射、そして奴自身が纏う蒼い炎と奴自身の爪と牙。最も気を付けなければならないのは、傷口からカウンターで放たれる紅い炎。)



 一哉は【焼鬼】を睨み、構えを取りながらも必死に思考を回す。



(五行はダメだった。大規模な霊術ならともかく、少なくとも現状で使える水の属性霊術では奴の炎にかき消される。存在が強大過ぎるんだ。次の遠距離攻撃を防ぎながら反撃のチャンスを待つ手もダメだ。もうチマチマ反撃するような余裕は俺にも咲良にも無い。もっと言えば、既にこの戦い方に対する対策を取られてしまっている。これとは違う戦い方……)



 必死に考えを巡らせる。

 だが、有効な対抗手段が全く思い浮かばない。自分の手元の装備と残された体力・霊力で可能な事の全てが無駄だと、直観が告げているのだ。

 だが、泥沼の思考ループに陥る一哉の右手に咲良が触れる。



「咲良……?」


「大丈夫、一哉お兄ちゃん。私はまだ戦える……!」



 一哉を見つめる咲良の瞳はとても強い目をしていた。

 その瞳に一瞬目を奪われる一哉。



「――――――!!」



 その瞬間だった。一哉の中に、稲妻のように一つのプランが浮かぶ。



「咲良、力を貸せ。これで行ける筈だ。ダメだったら諦めてくれ。」


「――――――! 一哉お兄ちゃん、勿論だわ。私の力、使って……!」



 一哉は咲良に耳打ちすると、再び【焼鬼】に向き直る。



≪ククク…………。最期ノ祈リハ済マセタノカ?≫


「ああ、待たせたな。だがな。最期になるのは俺達じゃない。貴様だ!」


≪グハハハハハハッ―――――――!!! ホザケッ!!≫



 一哉は短刀を純手に両手で構える。

 そしてそこに、咲良も手を添える。



「頼むぞ咲良――――――! 二重起動『術式確保』、≪万象は我が剣と同化すべし……≫」


「ええ、任せてっ! ≪八百万の神よ その御力我が元に貸給へ……≫」



 二人の言霊詠唱が燃え盛る森の広場に響く。


「≪……同質は須らく消すべし 無に帰せ≫」

「≪……我は万物と語らう者 我が意志の元に 夢現を打消し給へ≫ 『除魔の舞』」



 詠唱を終えた一哉は、【焼鬼】に向かって駆け出す。



「行くぞ【焼鬼】――――――!!」


≪愚カ者ガ、身ノ程ヲ知ルガヨイ――――――!≫



 【焼鬼】は一哉目掛けて口から赤黒い炎を吐く。一哉は避けようとしない。



≪何ダ、自ラ死ニニ来タノカ、愚カナル者ヨ――――――!≫



 だが、一哉の目の前で炎は霧散する。



≪ナ、ナニ?! 貴様……?!≫



 赤黒い炎をかき消したのは咲良。

 正面から突っ込めば必ず遠距離攻撃を直接当ててくると読んだ一哉が『除魔の舞・二閃』を起動するよう指示していたのだ。タイミングも完璧。狙い通りだった。



「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ――――――!!」



 遮るものは何もない。

 一哉はスピードを緩めることなく、むしろ更に勢いを付けて【焼鬼】に肉薄する。もはや目と鼻の先。【焼鬼】から放たれる熱波が一哉を焦がす。



 「これで終いだっ!! 遅延起動――――――!!『除魔の舞』『相理合崩』――――――!!!!」



 一哉は【焼鬼】に短刀を突き付ける。

 それは余りにも自殺行為。自らを焼き、裂いた身から炎獄の紅炎のカウンターを受けるだけ。

 だが、そんな事は百も承知だった。

 だからこその、この一撃。



 ――――――パアアアアアァァァァァンッ!!



《―――――――ナッ…………?!》



 頭一つ分。

 たった一つ分だった。

 だが、それだけで充分だった。

 【焼鬼】の体に孔が空く。いや、孔ではない。穴の形に【焼鬼】の体が消滅しているのだ。

 そしてその孔からは紅炎ではなく、紅い魔石が露出している。

 ナイフを石に当てた時のようなキンッという甲高い音が鳴った。



《……!! 貴様、ドウヤッテ……!!》


「完全に盲点だったさ。貴様の体も炎もあくまでも霊力を用いて形成した擬似的な物……! 物理的肉体を持っている訳じゃない! 最初は既成概念に囚われて、怪魔である貴様の体は物理的肉体だと思っていた。だが、貴様の体も炎もあくまでも紅い石を核として霊的な力で形成された紛い物……!! だったら、『除魔の舞』で解除できる……!」



 一哉の取った戦法はこうである。

 そもそも焼鬼の謎である、紅い石から変形して出現した怪魔ということ。一哉は怪魔に対する既成概念でその肉体が物理的実体を持っていると思っていたが、核となる紅い魔石は、周囲から何かを吸収した訳ではない。生えたのだ。これは、霊術に近い何かで形成したものではないか。一哉はそう考えた。

 ならば、『除魔の舞』で消滅させることができる筈である。『除魔の舞』は霊的な影響を全て無力化する。

 これにより、核であると思われる紅い魔石を直接攻撃することができる。

 そこで使用したのが、霊術『術式確保』。一度だけ、対象に込めた霊術を発動できる機能を与える、霊術発動装置作成霊術。これを用いて、咲良の『除魔の舞』をストック。

 この状態で【焼鬼】に接近し、すぐそばで『除魔の舞』を発動したのだ。


 そして、剥き出しの紅い魔石に短刀で触れる。

 ここで、役立つのが遅延起動。既に起動しておいた霊術を時間差で発動する高等技術。今回遅延起動したのは『相理合崩』。法具で触れた対象を概念的に法具と同一のものとし、法具を自壊させることで対象を破壊する自爆霊術。

 貴重な法具を丸々犠牲にするのに、無機物しか破壊できないため、殆ど使い道の無い霊術。つまり今回は法具たる短刀を犠牲に紅い魔石を破壊する―――――――


 ――――――バキイィィィンッ!!



 何かが割れる様な音が響く。



《キ、貴様アアアァァァァァァ……!!!! オノレ、オノレエエェェェ……!!》



 体内の紅い魔石が短刀と共に砕け散る。

 それを引き金として、【焼鬼】の体が消滅を始める。最初は身に纏う蒼炎から。そして、まるで無かった事のように、尻尾の先端から段々と消えていく。

 【焼鬼】が上げるのは苦悶の叫び。



《グアアアァァァァァ……!!!! 我ガ…………、我ノ存在ガ消エテユク…………?! 貴様ヨクモオォォォォ……!!》



 既に蒼炎の消えた前足で一哉を叩きつける。

 最早体力、霊力、装備の一切を失ってしまった一哉は為す術もなく弾き飛ばされ、咲良の目の前へ無様に転がる。一哉にはもう指一本動かす力は残されていなかった。

 薄れゆく意識の中で、消滅していく【焼鬼】が視界へと入る。



《ガアアアァァァァッ…………!! 炎獄ノ猟犬タル我ガコノヨウナトコロデ敗レルトハ……!!!! 【砕…………火】……様…………。申シ……訳ゴ…………イ……セヌ…………》



 【焼鬼】はその存在の一切合切を失った。

 残ったのは、最早襤褸切れのようになった一哉と咲良。そして、相変わらず燃え盛り続ける森。



「一哉……ちゃ……!! 嫌だ、死…じ……目ぇ…………。 ……いだ…ら…………ら…い…よぉっ……!!!!」



 【焼鬼】の最期を見届けた一哉はもう意識をこの世に繋ぎ止めていられなかった。もう殆ど何も見えていない。咲良が何か叫んでいるのだけは聞こえるが、何と言っているのかわからない。



「さ………………く……ら……。」


「お兄ちゃん?!」



 一哉の意識が完全に途切れる直前に佐奈の声が聞こえた気がしたが、それを確認する事は叶わず、意識は深い闇の中へと失われていった。

この次に2話、extra episodeを挟みます。

結衣視点、咲良視点の物語となります。

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