撥ノ舞 影対影
一哉と『焼鬼』との戦いの裏で…
一哉と『焼鬼』の激闘が繰り広げられている中で、物陰からその様子を伺っている者がいた。
黒い外套に身をすっぽりと覆っているその姿は特徴を捉える事が出来ず、唯一確認できるのは能面のみ。能面を除けば完全に闇に溶け込んでおり、その分能面が余計に目立り、より不気味な雰囲気を醸し出している。
今一哉達が戦っている場所から姿離れる事約150m。木陰からその人物はずっと、何なら一哉達が移動してくる前、まだ紅い魔石が出現したばかりの頃から監視していた。
「ふーん。あれが南条一哉、ね……。話に聞いているよりは随分と弱いというか、あんなのが南条の末裔とか笑っちゃうよね。後ろにいるのは、北神の娘かな。相変わらず仲の宜しい一族だ事で。それにしても、南条と北神が組んでこの程度とか、ボクの努力も無駄だったんじゃない?」
そう一人呟く音声は機械処理された低い男の声であり、その声の主が男か女かすら判別がつかない。
ただ一つわかるのは、声の主は重苦しい溜息と共にその言葉を吐いており、心底失望しているらしい。
「これなら、ボクが動くまでもなくアイツ等に殺られちゃうんじゃないかな。まったく、興醒めだよ。この分じゃ妹の佐奈も大した事なさそうだし、さっさと始末して日本から出ちゃおう。」
影は心の底から呆れかえった様子を見せつつその場を立ち去る。
街へと向かう足取りはどこか軽いものを感じさせるが、同時に纏う雰囲気は怒気でもあった。失望と同時に怒りが湧き上がってきた、そういう事であろう。
だが、そんな影に待ったをかける存在がいた。
「こんばんわ。能面の不審者さん。」
同じく黒い外套を身に纏うが、フードは被っておらずその長い白髪を先端の方で緩く纏めた女――――――『神流』であった。その右手には、禍々しい輝きを放つ青黒い刀身の刀が握られている。
神流は紅く光る眼を輝かせつつも、能面の影へと近づいていく。
「私からちょっと忠告してあげるわ。あなた、南条兄妹を嘗め過ぎよ。」
神流としては警戒すべき対象として見ていない事は愚かだと意味を込めて放った言葉ったのだろうが、影はその機会音声で嘲笑う声を返す。
「ハハハ。冗談キツイよ、キミ。あんなのが脅威だって? 僕の事をバカにしないでもらえるかな。南条一哉なんかに目をつけてるなんて『堕ちた神子』も衰えたね。」
「『黒帝』様をその名で呼ぶとは、あなた余程死にたいらしいわね……。」
神流が凄む。『堕ちた神子』というのは、知る人も少ない自らの主の蔑称。
そして、その眷属たる神流達を指す蔑称でもある。
明確な侮辱の意志に神流の表情に怒りが浮かぶ。紅く輝く眼を細め、いつでも斬れるようにと軽く構える。
だが影は続いてとんでもない事を口に出す。
「それこそ冗談。ここでボクとやりあっても死ぬのはキミの方だよ。と言うか、キミが生きてた方がボクは驚きだよ。ねぇ、『西薗の恥さらし』の『南条の子飼い』さん?」
影のそんな言葉に神流は目を見開くしかなかった。
相も変わらず続く嘲りの口調も腹立たしいが、それ以上に――――――
「あなた、どうして私の事を知っているわけ? 今の私を見てその情報に辿り着ける人間なんて片手で数えられる位しかいない筈よ……。まさかあなた、西薗の関係者? それとも南条の血縁? 答えなさい、『出来損ないの龍』。」
「『堕ちた神子』の奴隷が大口叩くなよ。ボクが君の事を知っている理由なんか教える必要もないし、何ならここで殺すんだから知る必要無いんじゃない?」
「あら、残念だけどここで死ぬのはあなたよ? 言ってなかったけど、元々私達の邪魔をしている鬱陶しい出来損ないを消すために私が来たんだもの。」
まさに一発触発。
お互いがお互いの蔑称と探られたくない秘密を口に出した事で、その場の空気は一瞬で戦場のそれとなる。あまりの殺気に、木の上で眠る動物たちが一斉に離れていく。
二人は構えを強め、臨戦態勢に入る。方や青黒い長刀を右手に構え、方や無手の構えで。
先に仕掛けたのは神流だった。
地を蹴ると、流れる水の如く流れる動きで距離を詰め、右手で握る禍々しき長刀に左手も添えると、一気に振るう。
鋭い逆袈裟斬り。一太刀での決着を狙う必殺の一撃だ。
しかし、影はそれを上体を反らして難なく躱すと、カウンターで神流の腕を蹴りあげてきた。
元々かなりの力を込めて振るった剣だ。蹴りあげられた腕につられて、神流は大きく体勢を崩す。
影はその大きな隙を見逃さない。
蹴りあげから体を反転させると、即座に後ろ回し蹴りで鳩尾を狙ってくる。
「『龍の咆哮』―――――――!」
「ぐうぅぅっっ…………っ!?」
蹴りのヒットと同時に龍を象る光が脚から放たれ、神流を飲み込む。
神流は蹴りと光の二種同時攻撃に大きく吹き飛ばされる。そのまま近くの地面に叩きつけられ、転がる。
最大の隙を狙って放たれた攻撃。その攻撃は神流へのカウンターとして一撃で戦闘不能に追い込む一撃であった。
だがそんな一撃必殺を放ったにも関わらず、影は不満げに土煙の向こう側に問いかける。
「――――――。わざわざ派手に吹き飛ばされて何の真似かな? 今の攻撃、憎たらしい事に当たってないんだろ?」
土煙の中から、神流は出てくる。
派手に叩きつけられたにしては、無傷で。
見れば、外套の内側から氷の破片が落ちてきている。氷は地面に落ちるなり、青い光となって霧散する。
「フフフッ。私の『氷鎧』が破られたのはこの8年で1度しか無かったのに、それを破ってくるなんてね。―――――――それに私、気付いちゃったんだけど………。」
突如黙りこくって顔を伏せたかと思うと、再び顔を上げる。
そしてその顔には狂気的な笑みが浮かんでおり――――――
「――――――――――――フッ…………。ウフフフフフ…………アハハハハハハハッッッ―――――――!!!!!」
「…………。キミが何を気付いたかは知らないけどさ、キミたちって相変わらず本当に狂っていて嫌になるよ。会う度会う度頭のおかしい言動してさ。ホントに『堕ちた神子』ってロクでもない奴ばっかり部下にしてるよね。まあ、あんな異常な思考回路してる男の部下なんだから当たり前だけど。ただソレだけでも十分重罪なのに、それに加えて『南条の子飼い』なんてこの女、ホント生かしておけないよね。」
相変わらず影の表情は能面に遮られてわからないが、声した声越しでも明らかな苛立ちの様子が見て取れる。微かに外套に包む身体も震えている。
しかし、神流はそんな影の様子には目も暮れず狂ったように笑い続けている。
笑い続けながらその赤い瞳を影に向け、嗜虐的な笑みを浮かべて影を嘲笑う。
「アハハハッ……、アハハ、アハハハハハハッ………! あぁー、本当にこの世の中ってクズね!」
「――――――。」
「あなた、『血に混ぜた』わね? 何よ、結局私と同じじゃない!! アハハハハハッ! 劣化の龍魔術を遣う謎の能面襲撃者に名付けられた『出来損ないの龍』。結局、名は体を表すという事なのよ! まさか龍を混ぜるなんて、あなたの方がよっぽど頭イカれてるわよ! そしてそれだけのリスクを負っておきながらその程度の龍魔術しか遣えないなんて、本当に名実共に出来損ないじゃない! アハハ! アハハハハハハハハハハッッッ――――――!!」
なおも狂ったように笑い続ける神流に、影は舌打ちをする。
表情は変わらず伺えないが、明らかに怒りに震えている。
「ボクのこの力を……、笑うなっ……!」
「アハハッ。何、本当の事を言われて怒ったのかしら?」
「貴様っ…………! 絶対に殺すっ!!!!『輝龍加速』―――――――!!!」
ついに堪忍袋の緒が切れた影が動く。
足に光輝くエネルギーを集めるとそれを一気に炸裂――――――それを利用した超速移動。
残像すら残さぬ速度の移動により、二人の距離は瞬時に縮まる。影は一気に神流の眼前に現れると、顔面向けて正拳突きでその拳を繰り出した。
しかし、今度は神流が首を傾けただけでその一撃を軽々と躱す。
影は避けられた事に驚きつつも、続いて腕を振るい、頭部への殴打を狙う。
――――――だが、これも回避。
続けて左回し蹴り、逆右回し蹴りの2連蹴り。
――――――これも防御される。
神流は最後の攻撃を捌くとそのカウンターとして氷の槍を放ってくる。
影の攻撃のリズムが乱れる。
「クソっ……! 初撃といい、何で攻撃が当たらないんだ?! まさか最初のはワザとだったのか!」
続く連続攻撃も全て回避か防御で捌かれ神流に全く攻撃が通用しない。
さすがの影も焦りが見え始める。
神流はそんな影に再び嘲りを飛ばす事しかしない。
「フフッ……、それはそうでしょう。あなたの高速移動術、確かにとんでもない速さだけど、あまりにも動きが直線的すぎるもの。それに、拳闘も龍魔術と霊力量にモノをいわせて無理矢理使ってるだけ。何の工夫も無い攻撃で、私に一撃を与えられるとでも思っているのかしら? さっき派手に飛んであげたのは、唯のお情けよ。」
その言葉を聞いた影はさらに激昂。
一度跳び下がって神流から距離を取ると、自身の持ちうる切り札の1枚を早々に切ってしまう。
「このボクをバカにするなよっ…………! 『部分龍化・龍の爪――――――――!』」
呪言を告げたその直後、影の右腕がメキメキと音を立てて変形、爬虫類の様な鱗に覆われた鉤爪付の腕へと――――――白い龍の右腕へと変化した。
怒りのままに鉤爪の拳を握り、再び超加速で距離を詰めると、影はそのまま龍の右腕で神流へ渾身のストレートパンチを放つ。
「―――――――っ!! それはっ……!」
流石にこれは喰らうとマズイと感じた神流は咄嗟に長刀で受け止めようとするが、襲い来る龍の右腕の威力は絶大だった。
鱗に刃は全く通らず、逆に長刀を粉々に粉砕すると、神流をその衝撃でビリヤードの球の様な勢いで吹き飛ばす。初めて有効打が神流に入った。
飛ばされた先の樹へと叩きつけられ、神流は崩れ落ちてしまう。
「止めだっ…………!! 『爆葬槍』―――――――!!!」
影は右腕を横へと伸ばすと、その右手に白い光を溢れさせる。
聖なる光と言っても納得しそうなほど、唯々純粋に白の光。
龍の右腕で光の槍を生成すると、槍を掴み、そのまま神流へと投擲する。
溢れるエネルギーの奔流がスパークを発生させ、凄まじい勢いで神流へと襲い掛かった。単純にエネルギーの塊を相手にぶつけて炸裂させるだけの技であるが、その規模は並の人間が直撃すれば灰も残らない程の圧倒的エネルギーの塊。
影は完全に神流を殺りに来ている。
「仕方ないわね…………。」
呟く神流。
≪顕現せよ 氷姫≫ ≪影を纏いて 光を断て≫
神流は虚空から青黒い刀身の長刀を再び取り出すと、自分に向かってくる光の槍に向かって叩きつける。この『爆葬槍』は龍の右腕とは比べ物に無い威力を持っている事は見てすぐわかる。であれば、再び刀身が砕けるのは必定であるのだが―――――――
――――――ガンッ!
――――――ドガアアアアアァァァァン!!!
「【陰霊剣】か…………。本当にムカつく技だよね。死ねば?」
神流へと迫っていた破滅の槍は一刀で叩き割られた。さっきと変わった事があるとすれば、青黒い剣――――――『氷姫』が昏いオーラを纏っている事か。割られた槍の破片はそのまま神流の背後へと飛んでいき、見当違いの場所で炸裂する。槍に残留するエネルギーが着弾点を蹂躙するが、本来の対象には傷一つ与える事は無かった。
「―――――――この私にほんの少しでも本気を出させた事は褒めてあげるわ。だけど、これ以上続けるなら本当に殺す。」
「さっきからボク達は殺しあっていたハズだけど、今更何を言っているのかい?」
「遊びは終わり、という事よ。あなたが馬鹿みたいに派手な技を使うから、この場に居れなくなっちゃったじゃない。これ以上は伸ばしたくないから、瞬きの間に殺してあげるわ。」
影は少し考えこむと、右腕の龍化を解く。
「仕方ないね、ボクも今日の所は退く事にするよ。別にキミを殺すのなんか造作もない事だけども、何しろ手数がかかるし、そうなったら南条と北神の末裔に会っちゃうからね。ボクも北神と戦うには準備が足りない。ここはご忠告通り退かせて貰うよ。」
そう言い残すと、再び影は街の方角へ向かって歩き出す。
同じく自分も違う方角へと歩き出した神流だったが、ふと振り返り、影のその背中に向かって声をかけた。
「もう一度言っておくわ。南条兄妹を侮るのはやめておきなさい。」
影は一瞬立ち止まるが、振り返ることなく去っていく。
神流もその姿を見て去る。
残ったのは破壊の痕と闇だけだった。
次回、『焼鬼』との決着です




