陸ノ舞 嫉妬
新年あけましておめでとうございます。
更新再開でございます!
またしばらく連日投稿いたします。
今回は佐奈視点ですが、物語展開はextra episodeとは違い、一人称で展開しません。
「佐奈ちゃん。今日、一哉君帰ってきてないけど何か聞いてる?」
結衣が南条家の屋敷の台所で包丁を動かしながら、佐奈に問いかけた。
佐奈は食堂のソファに寝ころびながら自分のスマホを弄り、テレビを見ている。完全にものぐさオヤジの様な所作であった。加えて、時折スマホの画面を見つめながら舌打ちをしたかと思うと、否定するように首を振る。明らかに何かを気にしている様子である。
一言で言って、佐奈は大変機嫌が悪かった。これほどまでに機嫌の悪い佐奈は大変珍しい。
佐奈はかなり面倒くさそうに、かつ全くやる気のない声で結衣に返答を返す。
「あれ、結衣さん言ってませんでしたっけ? 今日、お兄ちゃんは咲良ちゃんとのデートですから、多分まだ帰ってこないですよ。咲良ちゃんには晩御飯食べてくるまでお兄ちゃん貸してあげるって言ってますし、今頃ディナーと洒落こんでるんじゃないですか?」
「えぇ、ちょっと何それ?! 佐奈ちゃん、そんな事私全然聞いてないよ!」
「――――――そうでしたっけ? 別に結衣さんに言わなくても良いじゃないですか。あなたには関係ない話ですよ。」
「ちょっと佐奈ちゃん、酷いよっ! この間に咲良ちゃんに差を広げられたら……」
慌てる結衣を尻目に、佐奈はそんな戯言には耳を貸す気は無いと言わんばかりに一つ溜息を吐くと、食堂から出ていく。
「ちょっと佐奈ちゃん、どこ行くの? もうすぐ晩御飯出来るよ?」
出ていく佐奈に結衣が慌てて声をかける。
南条家に結衣が居候する事になって一番変わったのが、家事が持ち回り制になったことだ。これまで家事は料理を一哉が、その他を結衣が担当していたのだが、家族でない女性が増えたことで一哉は家事の分業を提案した。料理はともかく、掃除や洗濯は女性のプライベートに踏み込んでしまう恐れがある。妹の佐奈はともかく、結衣が一緒に暮らすことになった状況でそれはまずいと思った一哉が、料理以外は男女別に実施とサイクルを回す事を提案したのだが、佐奈、そして何故か結衣迄もが強硬に反対。結果、全ての家事を3人で交代しながら実施することとなった。
この時、佐奈と結衣で当然の如く一悶着が有ったのだが、それはまた別の機会に語られる事になるかもしれない。
そして今日の食事は、結衣の当番の日であった。
「少し散歩に出ます……。一時間程で戻りますので晩御飯は先に食べていてください。」
佐奈は機嫌の悪さを隠そうともせず、苛立ちを結衣にぶつける。兄の不在も相まって、胸の中に燻り続ける感情を持て余しているのだ。
佐奈のそのあまりの機嫌の悪さに、結衣は完全に呼び止める機会を失ってしまった。呆然と去っていく佐奈の背中を見続ける事しかできない。
佐奈は自分の部屋に戻って薙刀の入った袋を背中にかけると、そそくさと南条家を出ていく。腹立ち紛れに野良怪魔でも見つけて叩き斬れば少しはこの苛立ちも治まるだろうか。先日の【鵺】との戦いで失われた得物は新調されていたが、気持ちまでは新調されていなかった。
佐奈は新月の夜の街を歩く。
新月であれば、然るべき場所で見れば満天の星空が拝めるわけであるが、残念ながら関東の夜空は明るい。見える星も、疎らであった。
無性にイラつく気分を変えたくて、気分転換に散歩に出てきたが、結局そうしても頭の中を支配するのは一つの事だけであった。結衣はどうしようもない考えに、一人心の中で葛藤していた。
(なんで……どうしてなのかな……? お兄ちゃんと咲良ちゃんが仲良くしてくれるのは嬉しい筈なのに、どうしてこんなにも心が痛いんだろう……。)
実際の所、佐奈は今日の一哉と咲良のデートを反対どころか歓迎していた。
本人は認めないが、咲良は一哉の事を一人の男性として好いている。先日結衣にもバレていたように、咲良は辛辣な言葉を一哉に浴びせている割には色々と隠しきれておらず、その好意は非常にわかり易いのだ。
佐奈自身も、兄を任せるとすれば咲良以外には無いと思っている。血の繋がった兄に対して特別な好意を抱いてしまっている佐奈にとってそれは最大の妥協点であり、良い落とし所であった。
だが、今佐奈の中に渦巻く感情は紛れもなく嫉妬。
頭では咲良の応援をしなければいけないと思っていても、心が認めようとしない。兄の隣に並び立つ人間としての、無二の親友の存在を全力で否定している。
やめさせろ、咲良をこれ以上近づかせるな。兄ヲ……兄ノ全テヲ奪エ……
黒い感情が佐奈の中で叫びをあげ、理性と殴り合いながら佐奈自身をズタズタに引き裂く。
(苦しい…………苦しいよお兄ちゃん。お兄ちゃん、助けて……!)
もはや自分ではどうしようもない心の叫びに、佐奈は思わず兄への依存を選択する。だが、兄を想えば想うほど苦しみは強くなり、より強く佐奈の身を焦がした。
そんな思考の無限ループに陥っていた佐奈は、ふと気付けば隣町まで歩いてきてしまっていた。
確か、デートの会場はこの街の近くのショッピングモールだった筈である。ちょっとちょっかいをかけに行くのも良いかもしれない、などと無粋な考えばかりが頭に浮かぶ。
そこで佐奈はスカートのポケットの中の自分のスマホが鳴っているのに気が付く。
着信名は「東雲結衣」。
「もしもし、佐奈です…………」
『あ、佐奈ちゃん? 結衣だけど、今何処にいるの?』
「――――――隣町です。」
『え、そんなところまで行っちゃったの?! 一時間経っても帰ってこないと思ったら……。ねぇ、佐奈ちゃん、何かあったの? 辛いことが有ったのなら私が聞くよ?』
「…………」
佐奈にとって結衣とは、自分と一哉、そして咲良と一哉を引き剥がそうとする邪魔者でしかない。ある日突然、兄に脅迫同然近づき、そのまま家に居座る小賢しい女狐。そんな邪魔者に一体何を話すことが有ると言うのだろうか。
佐奈はそんな無粋な女が気に食わず、黙秘を決め込む。
『もしかして、一哉君と咲良ちゃんのデートの事…………?』
勘だけは無駄に鋭いところがとても腹が立つ。
この女の事は普段から気に食わないと思っているが、今日はそれにも増して憎らしい。
「だから、いつも言ってるじゃないですか。あなたには関係無い事だって。大体、あなたは何様のつもりなんですか? 私とお兄ちゃんの平和な日々を壊しておいて、のうのうと生きて。」
そう言う佐奈の声は、怒りと困惑に震えてしまう。
「先日の【鵺】の件は仕方がないです。私もそこは許します。でも、何でうちじゃないとダメなんですか。対策院には被害者専用の住居だって有るんです。なのに、どうしてうちじゃないと……お兄ちゃんの側じゃなきゃダメなんですか! お兄ちゃんの好意に甘えてうちで我が物顔してますけど、はっきり言って迷惑なんです!!」
自分の苛立ちに任せて抑えていた毒を一気に吐く。
心に渦巻くどす黒い感情が、結衣をもっと滅茶苦茶に傷つけろと急かしてくる。
佐奈のこれは唯の暴論である。そもそも同居を提案したのは一哉であり、その点に関して結衣には非は無い。加えて言えば、佐奈の苛立ちの原因は言うまでもなく咲良と一哉のデートである。そしてその事は佐奈自身もよく理解している。それでもこの苛立ちを結衣にぶつけるしか――――――八つ当たりするしか無かったのである。
『………………ごめんね、佐奈ちゃん。私、自分の事しか考えてなかった。一哉君と一緒に暮らせて浮かれてたの。私の言動が佐奈ちゃんを傷つけているって事から目を逸らせてた…………。』
謝る結衣の言葉を聞いて佐奈の苛立ちは。
八つ当たりへの謝罪を聞いて溜飲を下げるほど落ちぶれてもいない。逆にもっと八つ当たりしてやろうかと思う佐奈であったが、結衣の続きの言葉は予想に反していた。
『だけど私は、一哉君と一緒に居るためならどんな努力だってする。そして一哉君と一緒に居るって事は佐奈ちゃん、あなたの事も幸せにしなくちゃいけないの。上から目線かもしれないけど、佐奈ちゃんは一哉君にとって大切な人で護るべき人。その人が悲しんでるんだったら、私だって放っておけないよ?』
佐奈は正直、結衣に疎まれていると思っていた。
何故なら、自分は兄の前以外では隠そうともせずに、この女の事を嫌っていたから。自分が嫌いなら結衣も嫌いだと、そう思い込んでいた。一哉から仲良くするように言いつけられたところで、佐奈自身にはそんなつもりは毛頭無かった。
だが、電話口の向こう側の相手の考えは違ったらしい。しっかりと自分の事を見ようとしている。恋敵とは言え、自分の愛する人の妹として大切な人であると思っている。
『佐奈ちゃん。私はいくら実の兄の事が好きだったとしても、その恋が叶わないからって、友達にあげるっていうのは間違ってると思う。』
「――――――! どうしてその事を……っ?!」
『だって佐奈ちゃん見てればすぐわかるよ。一哉君と咲良ちゃんの前は笑顔で言ってるのかもしれないけど、その後凄く悲しそうな顔をしてるもん。』
迂闊だったと佐奈は頭を振る。
今までは一哉と咲良にだけ隠していれば良かった。だが、急に増えた三人目の事を忘れていたのだ。今まで本心を隠す仮面を着け続け、自身の心の矛盾に気がつかないふりをしていたのを第三者に指摘されるというのは佐奈にとって痛恨の失態だった。
『佐奈ちゃん。佐奈ちゃんの気持ちは確かに世間的にはイケナイものかもしれない。でも、自分の気持ちに素直になったら少しは楽になると思う。一哉君はそんな佐奈ちゃんを遠ざけたりしないと思うよ?』
結衣の言葉に、不意に佐奈は涙を流していた。自分の事を見せるつもりもない相手に、むしろ心を閉ざして遠ざけていたつもりの相手に、自分の事を理解される。
この上ない屈辱だ。
同時に耐え難い激情が佐奈の中を駆け巡る。
「あなたにお兄ちゃんの何がわかるって言うんですか……っ?! 知ったような口を利いて自分を正当化しないでっ!!」
佐奈は通話を切り、スマホを乱暴にスカートのポケットへと突っ込む。
とめどなく溢れる涙を止められない。拭っても拭っても零れる雫に、逆に笑いが零れてくる。
「あはははは…………何でだろ。もう何年も前に決めてたはずなのになぁ……。お兄ちゃんを咲良ちゃんに取られて今更嫌だなんて思うなんて、ホントどうにかしてるよね……。ごめんね、咲良ちゃん、お兄ちゃん。――――――私、どうしたらいいんだろう。ねぇ、お兄ちゃん……。」
頬を伝う涙を拭って空を見上げる佐奈。
そこに月は無く、東京の明るい夜が星をも照らしている。
一つ異常に紅い星が見えたが、そんなものを気にしているような余裕はこの時の佐奈には無かった。
次回、バトルパートが始まります




