伍ノ舞 咲良の気持ち
一瞬、一哉君の歪んだ恋愛観が爆発してます。
本日より少しの間、12/29~1/4にかけて更新を一度止めさせていただきます。
オリジナル版の執筆を一気に年末年始で進めるつもりです。
(予約投稿分でまだ余裕はあるんですが、なるべくオリジナル版を進めて連載版の余裕を稼ぎたいのです…)
更新再開は1/5 0:00です。
よろしくお願いいたします。
映画も終了し、一哉と咲良が劇場を出ると、辺りはだいぶ暗くなってきていた。
咲良はまだ目を真っ赤にしたままだ。
「うぅ……。今話題だって言う事でとりあえず見てみたけど、凄く良かった……。」
咲良は突けばまた泣き出しそうな勢いだ。
それだけ咲良には「1%未満の夏」が心に刺さったのだろう。
だが一哉の方は、面白かったかどうかと言えば、結局のところ白ける物語だった。
主人公やヒロインがどうしても綺麗事をしている様にしか見えなかった。恋に落ちる過程が、愛し合う二人が、10年間探そうともしなかったお互いが理解できなかった。
――――――恋愛など所詮は肉欲の錯覚に過ぎない
(だが、なぜ俺はそんな事を思ったんだ……? 何か昔にあった気がするんだが……)
「ああ、いい映画だったな。あまり興味は無かったが、良かったと思う。」
「本当……? 貴方、こういうの苦手かなと思ってたけど、一緒に楽しめたのなら良かったわ!」
咲良にとっては本当に楽しめた映画だったのだろう。
だから、思い出せもしない理由で感じた一哉の本当の感想などこの場で言う必要は無いのだ。
「映画見たら、腹が減ってきたな……。じゃあ行くか、ディナーに。」
家族以外の異性を愛するという事がどういう事か、全くわからない事を。
咲良の事を妹だと思う事で、無理矢理家族の枠に入れて大切に思っているだけだとしても。
――――――そしてそれは、一哉が何年も目を背け続けている傷でもあった。
一哉と咲良は二人並んでモールを出てディナーの会場へと向かう。
道中会話は特に無かったが、あっという間に到着する。
一哉が智一から教えてもらった店は、デート会場のモールから徒歩15分程歩いた住宅街の入り口にあった。
店名は「Cuoco della fiamma」。「炎の料理人」という意味である。
この店名を付けた店主は中々ユニークな人物に違いない。
「へぇ……。中々いい雰囲気のお店じゃない。貴方がこういうお店を知ってるなんて意外ね?」
「まあ、こういうのに詳しい友人がいてな。そいつから聞いたんだ。」
訪れた店はそれほど大きくない――――――むしろ、こじんまりとした住宅街入り口にある小さな店舗で、白い壁に効果的に効果的に装飾をつけ、つる性植物で覆う隠れ家的な小洒落た店だった。
いわゆる知る人ぞ知る名店というやつで、特に予約しておかなくとも入れることも多い店なのだが、昼間の負い目もあった一哉は珍しく予約を入れてある。
「予約していました南条です。」
「南条様、お待ちしておりました。お席にご案内いたします。」
店員に案内されて着いた席は個室。
実は、映画を見る前に珍しく智一に連絡をして確認していた。予約したのもその時だ。
一哉は智一が連絡を受けて必ずめんどくさい絡み方をしてくると踏んでいたのだが、案外すんなりと相談に乗ってくれた。どうせ後日追及を受けるのだろうが、ここは流石親友という所だろうか。予約するべき席、食べるべきコースを的確に指示してくれたおかげで、この場は咲良を十分に満足させられるに違いない。
「ねぇ一哉兄ぃ、なんか高そうなお店だけど大丈夫なの……?」
とてもデートの予定を立てていなかった人の案内する雰囲気の店でもなく、雰囲気に呑まれたのか心配そうに咲良が聞いてくる。
正直な話、確かに値はかなりはっているのだが、それこそ今更であるし、何しろ昼間の負い目がある。
「気にするな。特級の報酬はそんなに安くない。」
「でも、流石にこれは悪いわよ……。もうちょっと普通のお店でも良かったんだよ……?」
いざ少し気合を入れた会場を用意したら、それはそれで不安そうな顔をする咲良。
まったく言っている事と態度がバラバラである。
ただ、それだけ色々と一哉の事を考えて楽しみにしてくれているという事なのだろう。
「だから気にするなって。昼間の粗相の埋め合わせとでも思ってくれ。そもそも、そんなところを気にするんなんてお前らしくもない。」
「な、何よっ! 人を集りみたいに言って! そもそも私が一哉兄ぃを許してあげるって話のデートなのに、随分態度大きく出たわねっ。」
一哉の言い草に不満顔の咲良だが、一哉は続ける。
「わかっているさ。だけどお前、デートとか何とか言って本当は今日、何か別の目的があるんだろ? とお前の付き合いだ、変な遠慮するなって言ってんだよ。」
図星を突かれたのか、咲良は黙り込んだ。
丁度そのタイミングでコースのアンティパストが運びこまれる。
智一曰く、ここのシェフは14年間本場イタリアで修業したホンモノで、近くでイタリアンを食べるならここは絶対外せないらしい。実際運ばれてくる料理はどれも美味であり、二人の舌を十分に満足させる。
コースはアンティパスト、プリモ・ピアット、セコンド・ピアットと進み、その度に二人は絶品料理に舌鼓を打つが、それと比例するかのように会話も減っていく。
「…………。」
食事は美味いが沈黙が辛い。
ここ数年は気まずい雰囲気になりやすい二人だったが、今日の気まずさは今までの比ではない。
絵面としては、年下の女の子とちょっといいレストランで二人きりの個室で食事をしているだけなのだが、いかんせん会話が無く、緊張感すら漂っている。
メインのパスタを食べ終わったところで、一哉は手元のワイングラスを一気に呷ると、思い切って話を切り出してみる。
「なあ咲良。そろそろ教えてくれないか、なぜ今日俺をデートに誘ったのか。」
「――――――――――。」
「無理に話せとは言わないが、正直に言って俺はお前がよくわからない。昔は仲良く一緒に遊んだりもしたが、今は殆ど仕事上の付き合いだけだ。お前の俺に対する接し方も昔とはまるで違う。10年の付き合いだ。何も変わらないという事は無いだろう。この3年俺はお前に嫌われているものと思っていたが、先日の戦いでそれも違うと思った。あの時見せた涙は本当なんだろう? だから俺は知りたいよ。お前が本当は何を考えて、何を思っているのか。」
一哉の言葉を聞いて、咲良は一瞬何か言葉を発しかけるがすぐにやめ、首を振る。
咲良が一瞬悲しそうに歪めた顔が見えたが、一哉は言葉を続ける事なく咲良を待つ。
それでも咲良は少し上目遣いに一哉を見つめ続けていたが、やがて観念したかのように一つ溜息を吐くと、テーブルのグラスに入った水を一気に飲み干した。
「北神家ってどう思う?」
「何だよ、藪から棒に。」
ようやく出てきた会話の突飛さに一哉は面食らう。
「良いから答えて。」
「―――――――そうだな……。祈祷師の伝統的良家で俺達南条家とは違い、北神神社に本拠を置く最重要の一族の一つで、各地に散る分家共々一般人と俺達鬼闘師との架け渡しをする。」
「まるで教科書の様な回答ね。聞いた方がバカ……」
微妙に呆れ顔の咲良の毒を一哉が手を振って制する。
「まあ待て、まだある。こっから先は俺の主観込みだが、現当主・北神斗真は比較的自由な気風の人物だが、先代含めて分家筋は古くからの仕来りや血統にうるさく、また俺達の様な霊的・魔術的素養の無い人間を見下す傾向にあるが故に、何の能力を持たない者との対立が絶えないとも、華の北神家も裏ではかなり血みどろの権力闘争が行われてるとも聞いたことがある。祈祷師の伝統的一家に生まれた性と言うやつだな。俺達南条家は決して表舞台に出ない分、死亡率も高い。最後の暗黒時代と言われる第二次世界大戦時に一族の大半を失った南条家と違って、今も多くの一族を抱える分、問題も多いだろうな。」
「……うん、概ね間違ってないと思う。もう一つ聞くわね。私と初めて出会った時の事、覚えてる?」
そう言われた一哉は10年前の出来事に思いを馳せる。
佐奈との二人での散歩、北神神社、影で泣いていた少女。
10年前の出来事は殆ど靄がかかった様に思い出せない事が多いが、この事は明確に覚えていた。
「ああ、よく覚えている。お前、あの時物陰で一人泣いてたよな。寂しいって。」
咲良は嬉しそうに微笑む。
「覚えていてくれたのね。……なんだか嬉しいな。」
「まあ、大切な幼馴染だしな。それに昔はお前も佐奈も俺の後ろにいつもくっついてたからな。そのきっかけとなる出来事だ。忘れるわけが無い。」
そこに丁度デザートのパンナコッタが運ばれてくる。
これから始まる話には糖分が必要だと言わんばかりのタイミングである。
店員が出て行ったタイミングで咲良は再び口を開く。
「あの時泣いていた理由、二人にはもう話してたと思うけど、私昔は友達が一人も居なくてね。まあ、今もさして多いわけじゃないけれども、あの時は父さんも母さんも地方への出張任務で家を不在にしてたし、お爺ちゃんは知っての通りでしょ? あの日も『まだ皆伝もされておらぬお主が無霊者と無暗に接触する事は断じて許さぬ。』なんて言われてね。でも神社の外に出たら出たで、『霊憑き』なんて言われて気味悪がられるし、本当につらい日々だったわ。」
その時の事を思い出すのは今でも辛いのだろう。少し暗い顔をしている。
だがその後の事を想ってか、すぐに微笑みを取り戻すと改めて語り始める。
「そこに貴方達兄妹が現れた。最初は私に優しくしてくれる同年代の人なんて誰も居なかったから、怖かったけど、辛抱強く話しかけてくれてとても嬉しかった。貴方達兄妹は私にとっては幼馴染であり、初めてできた大切な友達なのよ。」
「ああ、確かに昔そう言っていたな。一般人と関わる機会の多い北神家は周囲から『霊憑き』と蔑まされ、祖父の一般人嫌いも激しいが故に家族以外に、近所にも学校にも話せる友達がいないって。」
無霊者というのは、能力者たちが非能力者たちを指して使う古い蔑称である。現在では、戦後以降そういった発言がどんどんと差別用語と規制されていった為に使う者はごく僅かだが、まだ戦前から生きている者の中からは中々無くならない言葉だ。
北神家はかなり特殊で、自分たちの血を異常に重視する傾向にあるがゆえに、この言葉を使う者がまだまだ後を絶たないと言われている。現在の咲良も属する北神本家では祖父・銀司が亡くなった事で使う者が居なくなっているが、分家にはまだまだ居る。
「ええ、そうよ。だからこそ許せなかったの。貴方が5年前、急に私の目の前から姿を消した事が。」
「5年前……。だがそれはっ――――――」
「わかっているわ。上級鬼闘師へ昇進したらその忙しさは半端じゃない。そんな事言われなくてもわかってるわよ、今の私ならね。でも5年前って私は12とか13で愚かな小娘だったし、当時はそんな事、判断も付くわけが無かったのよ。だから私は貴方をとても恨んだわ。唯でさえも貴方と佐奈しか私にはいないのに、どうして居なくなるのって。」
「咲良……。」
「しばらくは佐奈に会いに行く名目で貴方の家に行ってたけど、そうやって佐奈に会いに行っても貴方に会えないとわかった時は本当に悲しかった。まるで暗い谷底に一人に置き去りにされたみたいに孤独感に打ち震えていたわ。もちろん、佐奈は今も昔も私の親友よ。でも、貴方の居ない日々なんか私にはとても耐えられなかった。私達は3人で一つだと本気で思っていたから、そこから一つでも要素が抜けてしまえば、また昔の私に戻ってしまうと本気で思っていたのよ。」
「――――――。」
「そして私は貴方を忘れる事にしたわ。孤独に絶望するぐらいなら、むしろ自分から一人になってやろうって思って周囲を拒絶し、佐奈の事も遠ざけてた。まあ、あの子は私が遠ざけようとしてもすり寄ってくるんだから本当に私が独りになる事は無かったんだけど……。とにかく、私は一時期荒れていてとにかく一人になる事と、祈祷師の修練しか頭に無かったわ。」
「ああ、当時俺も対策院で聞いていたよ。北神の娘は一匹オオカミの天才だってな。正直、俺の知ってるお前の印象と違い過ぎて、一時期同姓同名の別人だと思ってたぐらいだ。」
「ふふふ……。貴方にも知られてたなんてね、ちょっと恥ずかしいわ。そして3年前貴方と再会した。その時の私は荒れの最高潮という事もあったし、それ以上に私の自分勝手な孤独の原因を作った貴方が許せなくてあんな事を言ってしまったの。」
咲良の告白に、一哉はこの少女がどれだけ自分の不在を悲しんだのだろうかと思いを巡らせる。一哉は一哉で鬼闘師としてやるべき事があったとはいえ、幼馴染の少女を傷つけてまで優先すべき事だったのだろうかと考えてしまう。
一哉の中には咲良への申し訳なさが溢れてくる。
だが、咲良の口から紡がれた言葉は一哉の予想とは異なっていた。
「だけど、後になってとても後悔したわ。貴方なんか絶対に忘れると心に決めていたのに、貴方の顔を見たら、やっぱり貴方に会いたいって心の底からそう思ったの。」
咲良は澄んだ目をして、まっすぐに一哉を見つめている。
元々がかなりの美少女がお洒落をして少し背伸びな大人の雰囲気を纏わせている今、咲良の美しさには目を奪われるものがあった。
だから、続く唐突な言葉に一哉は衝撃を受けざるを得なかった。
「一哉お兄ちゃん、今までごめんなさい……。私は貴方の事が大好きです――――――」
・次回予告
第2章 陸ノ舞 「嫉妬」
1/5 0:00投稿予定です(予約投稿済み)




