extra episode 03【デートの下準備】
久々の(?)ショートストーリーです。
今回は咲良視点となります。
第2章 肆ノ舞の前日譚です。
「はぁ…………。困ったわね………。何でレディース服ってこんなに高いのよ。」
私は今、久々に渋谷に繰り出して服を探している。
というのも明日、ちょっと困ったあのお兄さんとデートする事になっているからだ。
1週間程前、突然一哉お兄ちゃんから電話がかかってきた時は本当にビックリした。この5年、仕事以外で彼から電話かかってきた事なんか無かったから。まあ、その仕事の連絡も殆ど無いけどね。
ちなみに、あの時のやり取りを再現するとこんな感じ。
『咲良。来週の日曜日なんだが、お前予定空いてるか?』
「何よ、一哉兄ぃ。珍しいじゃない、貴方が仕事以外の事で連絡してくるなんて。」
『それで、どうなんだ……?』
「せっかちな人ね…………。大丈夫よ、何も予定は入れてないわ。」
『そうか――――――――。なら、その日、デートしよう。』
「は、はぁっ?! デデデデデデ、デ、デ、デート?!」
『な、何だよ……。【鵺】との戦いの後に、お前がデートしろって言ったんだろう? 別にしたくないなら俺はしなくても一向に構わないんだが――――――』
あの時、勢いでデートの約束を取り付けておいて、自分で忘れてしまうとは我ながら酷い失態だった。何とか約束の破棄だけは免れたけど、何となくやりづらい。
本音はともかく、建前上、一哉お兄ちゃんを許す代わりにするデートだ。万が一の失敗も許されない。
とにかく、私は人生初デートという最難関のイベントに念入りに準備を重ねて挑む事にした。
今日もその一環だ。
元々、一応私も17の女子高生という事で、お洒落には気を遣いたいお年頃ではある。でも、普段は制服か部屋着みたいな簡単な服か仕事着のゴシックドレスしか着ない私にとって、デート用の服なんてのは縁遠いものの一つ。
家をひっくり返してみても、精々中学生の頃に着ていた服しかなく、泣く泣く買いに来た次第だ。
中学生の頃の服でも良いじゃないか、なんて父さんは言ってたけど冗談じゃないわ。正直、キツいのよね。デザインが子供っぽくて。…………あと、胸の辺りが。
ただ、ファッション雑誌片手にこうして街に繰り出して来たのはいいんだけど、服の価格の高さに正直びっくりしてる。ほとんど着ない普段着は、普段はいわゆるファストファッションで済ませているから単価は比較的安い。どれも¥5,000を割っている。
でも、今私の前に並ぶ商品の単価は¥6,000~¥10,000。ブラウス一枚で¥8,000ってどういうことよ、高過ぎない?!私が仕事で着てる、特注のゴシックドレスが¥30,000位だから結構割高だと思う。
え?そっちの方が高いだろって?
いいじゃない。仕事に必要だし、経費で落ちるし。
私がブラウスの値札に愕然としていると、巡回していた店員が話しかけてきた。
私や佐奈とは全然違うタイプの、いわゆるイケイケ系のお姉さん。正直、こういう人って苦手なタイプなのよね。
「お客さま。何かお探しですか?」
「え……、は、はい。デート用の新しい服を探してて…………」
あ、話断って店を出るつもりだったのに、答えるどころか本当の事言っちゃった――――――
「そうなんですね! 彼氏さんとですか?」
こういうアパレルショップの店員って、こういうプライベートな話も聞いてくるものなのかしら……。普段買っている様なお店だと、精々店員は試着の勧めとか裾上げだとかの用でしか話しかけてこないから、全然わからない。
でも、服探しに困っていたのは本当の事だ。値段の高さを理由に逃げる事はいつでもできる。
だったら、このお姉さんからファッションを教われば良い。
私はそのまま話を続ける事にした。
「―――彼氏ではないです。」
「じゃあ、お友達ですか?」
友達と出かけるのってデートって言うんだろうか?
私自身別に首都圏から離れてるつもりは無いけど、首都ど真ん中の人間とは感覚が違うみたい。
「友達といえば友達かもしれないですけど、違います。親友のお兄さんです。幼馴染なんですよ。」
「まぁ、そうなんですね!じゃあ頑張らないとですねっ!」
私は何も言っていない。
だから、そんないかにもこれから告白しますみたいなデートだと勝手に勘違いしないでもらいたい。
――――――当たらずも遠からずだけど………………。
一哉お兄ちゃんが上級鬼闘師に昇格した5年前、突然南条のお屋敷に行っても彼に会えなくなった。親友である佐奈には会えても、彼には会えない。その頃の私は彼に会うためだけに南条のお屋敷に行っていた感があったから、これは相当堪えた。
佐奈は段々と来なくなる私を心配してくれたし、寂しがってくれたけど、それ以上に彼のいないお屋敷に行くのが何故だかつらくて、1年もしないうちに一度も行かなくなった。その時はつらい気持ちも訳がわからなく、とにかく彼の事を忘れたくて荒れていた。
だって仕方がないじゃない。私達北神家の人間は南条家とは違って、表舞台に出る機会の多い一族。子供の頃から異端者のような目で周囲から見られ、一哉お兄ちゃんと佐奈以外に友達の居なかった私にとって、あの出来事は友達を失う事に等しかった。
昔の私は特に彼に憧れていた事もあって、そのショックはとても大きいものだったわ。
だから、2年後に再会した時、思わず拒絶してしまった。再び出会う事で、あの辛さをもう一度味わう事になるのが嫌で。
だけど彼の顔を一度見てしまったら、なぜだかもう一度会いたいという気持ちを抑えられなくなったのは予想外もいい所。これじゃ、必死に彼を忘れようとした意味が無かったじゃない――――――
「それで、どういった感じの服をお探しですか?」
昔の事に思いを馳せていると、例の店員がそう聞いてきた。
――――――どういった感じの服、か。考えてなかったなぁ。
普段着ている服とは少し違った雰囲気にしたいとは思って、珍しくファッション雑誌なんか買ってみたけど、服のこだわりなんかゴシックドレスにしか無いから全然わかんない。
「えーっと……。正直あんまりよくわかんないです。」
「そうですか……。そうですね――――――」
店員は少し考えこむと、また私に質問を投げかけてくる。
「失礼ですけど、お姉さんおいくつですか?」
「17です。」
「まあ、高校生なんですね! それで、相手方のお兄さんはおいくつですか?」
「えーっと……。あの人幾つだっけ? 確か佐奈の5つ上だから―――――――21?」
そういえば、彼の年齢ってあまり気にした事が無かったわね。
10年も前からの付き合いだし、年上って事はわかってても、あまり幾つになったって気にするところじゃない気がする。
「じゃあ大学生か社会人か、か~――――――――なら、ちょっと大人っぽいイメージで行ってみましょうか♪」
店員はそう楽し気に私に告げると、店の奥へと案内してくれる。
まあ、何となくでしかないけど、このお姉さんに任せておけば大丈夫な気がする。
最初はプライベートに踏み込まれて、何この人?ってなったけど、何だか真剣に悩んでくれてる感じがして、少しだけ好感が持てた。まあ、これが彼女の営業戦略という線も捨てきれないけど。
「普段はどういう系統の服を着てらっしゃいます? 今みたいな感じですか?」
店員の問いに私は静かに頷く。
私の今日の服装は、フリル付きのボーダー柄ブラウスに黒のカーディガン、少しタイトめのジーンズ、靴はヒール低めのショートブーツだ。
仕事着のゴシックドレスとは敢えて変えているから、上は比較的装飾を抑えて、下はパンツを履くことが多い。スカートも持ってないわけじゃないけど、どうせ仕事着も制服もスカートなんだし逆にしてみようと思ってるだけ。
「うんうん、少々固い感じですねー。今のままでも私は全然大丈夫だと思いますけど、大事な日ですもんね!ちょっと違う感じでいってみましょうか♪」
● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
「ありがとうごさいました~♪」
結局あの後、楽しそうな店員に1時間捕まった上にフルコーデしてもらって全部買ってしまった。
しめて¥27,000(税抜)。一応祈祷師としての収入があるから別に痛いというほどでは無いけど……。中々いい買い物だったんじゃないかしら。
たまにはこういう買い物も悪くないかもしれないわね。
「~~~♪」
何だか明日が楽しみになってきて、思わず鼻歌なんか歌ってしまう私。
傍から見れば、何だこの浮かれ女は……、という感じだろう。
でも、今の私には関係ない。何だかとっても無敵になった気がするもの!
この調子なら、明日こそはちゃんと一哉お兄ちゃんに謝れるかもしれない。
私が彼をデートに誘った理由――――――
それは、3年前の事を謝りたかったから。あの時私は、自分の気持ちに目を背けて彼を拒絶してしまった。それからだろう。何となく、彼の態度が私に対してだけ卑屈になっているように感じるのは。私はその態度が何だか嫌で、ますます彼に対して嫌味を言うようになってしまった。
佐奈に聞いてみたら、「お兄ちゃんが悪いから咲良ちゃんは気にしなくてもいいよ」とは言っていたけれども、私は決してそうは思わない。
それに私だって、一哉お兄ちゃんとは楽しく一緒に居たい。
昔みたいに―――――――ううん、昔よりももっと。近しい関係になって。
だから、明日はとっかかり。
私がちゃんと彼に向き合うための、足掛かりの一つ。
こんな事に何だかんだ理由を付けて巻き込む私は、なんと愚かで浅ましいことだろう。
なぜ、彼の妹である佐奈が何も言わないのかは私にはわからない。あの子も彼の事が大好きな筈なのに。
――――――だから明日のデートがうまくいったら、佐奈にも謝らないといけないわね。
浮足立って歩く私はあっという間に渋谷駅に着く。
後は電車に乗って帰るだけだ。
そんな時、私は白髪の綺麗なお姉さんとすれ違った。
普段なら何も気にしないのだけど――――――
「北神咲良、貴女は何も変わっていない。あの子にとって不要な存在――――――」
そんな事を呟かれた気がして、思わず振り返る。
失礼な人ね!文句の一つでも言ってやらないと気が済まないわ!
だけど振り返ったその先に、そのお姉さんは居なくて。
私は首を傾げながら家に帰るしかなかった。
――――――それにしてもあのお姉さん、どこかで見た気がするのは気のせいかしら?
女性用の服って本当に高くてビックリしますよね。
作者自身にファッションセンスが無いんで、作中の女の子のコーディネートは本当に迷います。
神よ、我にセンスを!!
あ、仕事用に扇子欲しい。




