参ノ舞 任官式
今日はクリスマス!
こんな日はラブコメ!
だが、断る。
佐奈がようやく正式な鬼闘師に任命されます。
一哉は今、久々に対策院の総本部を訪れている。
一般人ではまず入れないその場所は、内閣府庁舎・地下10階に位置している極秘施設。
「対怪現象対策院」は極秘中の極秘組織であるため、一般職員にはその存在すら知られていないような地下深くのシェルター施設内に敷設されているのだ。
だが、鬼闘師や祈祷師は傍から見れば唯の一般人でしかなく、そんな人間が内閣府庁舎に入ろうとすれば、入り口の警備員に即取り押さえられて、事情聴取へとまっしぐらである。
なので、その入り口は1キロ離れた雑居ビルのセキュリティドア内にあり、必要に応じて異常に長い地下道を歩いて集まるのである。この地下道もある種のセキュリティの一種で、1キロもある直線のあらゆる物が等間隔で配置された代わり映えのしない通路は方向感覚を狂わせ、侵入者を拒む。
当然ながら、上部組織である内調の人間は6階のオフィスから直通の移動手段でやってくるのだが。
ともあれ、そんなアクセスの大変な「対策院」であるが、「執行局」の「実務処理班」に所属する一哉にとっては全くと言っていいほど縁の無い場所である。
当然ながら「実務処理班」の活動の舞台は現場。ブレイン機能を有する本部に行く機会は皆無であり、一哉も自身の任官式と特級への昇進式を除けば、特級鬼闘師になった直後の咲良の任官式まで一度も行ったことが無かった程である。
ではなぜ一哉が今日本部に居るのかと言うと―――
「ねえねぇ、お兄ちゃんっ! どうかなっ?」
そう。
今日は佐奈の任官式――――――名実共に初めて正式な鬼闘師として認められる、晴れ舞台とも言える日なのだ。
佐奈は任官式の際の女性の正装である、桜と小菊をあしらった赤い振袖に、濃紺の袴を着ている。
髪は珍しくボブカットをハーフアップの捻り編み込みにしており、快活な印象をより強まっていた。
佐奈は普段から素材良しの美少女であり(兄バカが多少入っているが)、明るい笑顔に赤の振袖がよく似合う。これが学校の卒業式などであれば、間違いなく周りの男子の注目を集めるだろう。
ちなみに、先日の佐奈の【鵺】との戦闘行為は厳密には違反行為だ。規定上、鬼闘師や祈祷師は任官式を終えるまで許可無く戦闘に入ることは禁じられている。
当然、対策局でも問題として取り上げられたのだが、状況が逼迫していた事と、一哉がシスコンっぷりを発揮して強権を発動し、無理矢理事態を握り潰したため、不問にされている。
妹の為であれば、職権を乱用することも厭わない。それが南条一哉という―――一見寡黙で真面目に見える―――本当は残念な青年である。
「ほう……。『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』、だな。」
「たてばしゃく…………、何それお兄ちゃん。」
成績優秀な佐奈も、この諺は知らなかったらしい。
だか、改めて意味を説明するのも何となく恥ずかしい。
「佐奈。今は検索エンジンという強い味方がいるんだ。自分で調べろ。」
「いや、お兄ちゃん。言葉聞き取れなかったのに、調べようが無いよ? 都合悪くなるとすぐはぐらかそうとするの、悪い癖だよ?」
「いや、別にはぐらかそうとは……」
嘘である。自分で言っておきながら恥ずかしくなり、誤魔化そうとした。
そもそも、妹に可愛いとか綺麗だとか面と向かって言えなかったから態々長ったらしい諺を使ったのに、追求されて答えては意味がない。
だがそんな複雑な兄心に揺れる一哉のもとに、あまり嬉しくない闖入者が入る。
「『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』。簡単に言えば、美人だと言うことですよ、南条佐奈さん。」
「神童さん…………。」
会話に割り込んできたこの男、名を「神童秀正」という。八人いる特級鬼闘師の一人で、実質「対策院執行局実務処理班」のNo.2と目されている。身長160cm程とかなり小柄だが、年齢は27か28歳、らしい。らしい、というのもこの男、登録上の情報に信憑性が全く無いのである。
まず第一に、この男が戦っているところを誰も見たことがない。任官試験がある以上一度も人前で戦っていない訳がないのだが、不思議と彼の得物や能力など誰も知らないのだ。
確実に追える任務記録を見れば、きちんと任務をこなしている事はわかるのだが、報告書には「対処完了」か「殲滅完了」の4文字だけが並び、詳細は全て謎に包まれている。むしろ、そんな報告書が受理されている時点で謎である。
次に経歴が一切不明なことである。一応、松野台小学校を卒業し、高月中学校へ進学したというのは確かな情報らしい。噂されている年齢はこれらの卒業年度から計算されたものであるが、この卒業の記録すら偽装だと考えている者もいる。中には異世界人だの、タイムトラベラーだの、果ては宇宙人とすら噂する者すらいる位だ。
そんな、奇人と言っても差し支えないのが神童秀正だが、正直なところ一哉自身は多少苦手としている。彼と会話していると、まるで自分の心の深淵すら見透かされている気分になるのだ。
それは今だってそうで――――――
「わたしが思うに、妹を面と向かって誉めるのも恥ずかしく、ちょっとわかりづらい表現で照れ隠ししてみた……、そんなところでしょうか、南条君?」
「――――――。」
ピタリと内心を当てられてしまった一哉は面白くない。ましてや、妹に隠そうと思っていたことをわざわざ本人の前で暴露するのだから尚更質が悪い。
だが、佐奈はそんな翻訳が嬉しかったのか、顔を赤らめつつもはしゃぎながら一哉に話しかけてくる。
「え、えへへ…………。お兄ちゃん、そういう事なら正直に言ってくれても良いんだよ?」
「佐奈。バカ言ってるんじゃない。それで神童さん。我々にどういった御用で?」
普通に考えれば、神童と一哉は同僚、それも8人しかいない同じ特級鬼闘師だ。仲が良いかどうかは別として、同じ方向を見ていかなければならない存在の筈。しかし、一哉はそんな気持ちになれない。神童から感じる、自分の全てを見透かされているような感触が抜けないからだ。
「酷い事を言いますね、南条君。わたしにも祝わせてください。折角の期待の後輩の可愛い妹さんです。気にしない方が不自然というものでしょう。」
「…………。」
「『Honesty is the best policy.』。南条君。素直になる事も美徳だとわたしは思いますよ。」
「ええ。肝に銘じておきますよ、神童さん。ですが、対策院のあらゆる行事を欠席する貴方が、佐奈の任官式だけ出席なさるなんて、本当にどういった風の吹き回しですか?」
一哉はこれ以上この話題をほじくり返されたくないと無理矢理話題を転換する。
確かに神童が対策院の行事に出席するのは珍しい。何だかんだと理由をつけて不在にする割には、突然ふらっと現れると意味深な事を言い残してまた消える。それが、神童に対する一哉の印象だ。
「だから言ったじゃないですか。期待の後輩の妹さんの門出を見たいって…………。やれやれ。私の信用も地に落ちましたか? わたしが意味もなく行事を欠席するわけないじゃないですか。いや何、実際のところ明後日から欧州に長期の出張になっていましてね。今は手続きの為に本部に戻ってるんですよ。そうしたら、南条君の妹さんの任官式があると耳にしまして、こうして顔を出させて貰った次第ですよ。」
本部に神童が戻ってきている事自体が驚きだが、それ以上に海外出張というのが一哉には驚きだった。基本的に対策院の力が及ぶのは国内のみである。
「欧州って――――――」
「まあ、研修みたいなモノだと思ってください。」
「神童さんが研修、ですか……。」
「ええ。この世の中には空想と言われている物が実在している例が山程有ります。ギリシャの吸血鬼―――――ラミアなどは実際に現地当局の殲滅対象ですし、逆に北欧圏では竜――――――ドラゴンは実在する存在が神として密かに祀られています。まあ、我々が対峙する怪魔も、この日本では所謂妖怪の類いとされるモノですし。わたしもその一端を探しに行くというわけです。例えば、エルフやドワーフ――――――」
一哉はこの男が正気でないとすら思ってしまう。
確かに吸血鬼や竜は存在している。だが、冒険家は別として、それを理由に幻の存在を探すためだけに海外へ行くものだろうか。それも鬼闘師として。
そんな考えが表情に出ていたのだろうか。神童は一哉の顔を見ると、右手を一哉の肩にポンと置いた。
「まあ、エルフやドワーフは例えです。忘れてください。わたしはわたしの目的を果たす為にここにいるし、欧州へ行くのもそれが目的です。生きる目的は人其々という事ですよ。」
神童はそう言うと、出口の方へ去っていくが、ふと立ち止まると振り返り――――――
「そうそう。君は恐らくそう遠くないうちに意外な人物と再会し、それが大きな人生の転換点になる――――――そんな気がします。わたしの予感はよく当たる方ですが、違っていたらご容赦を。ですが、覚えていてください。人には人の世界があります。それを決して壊してはならない。」
そう告げると今度こそ神童は去っていく。
「では南条君、また。」
いつもの事であるが、神童は去り際に必ずといって良いほど意味深な言葉を残す。そしてその言葉をバカにする一方で、おいそれと無視できないと考える自分がいる。一哉はやはり神童が苦手だった。
『これより、新任鬼闘師・南条佐奈の任官式を始めます。出席の特級鬼闘師及び新任鬼闘師の南条佐奈は会場前方の席にご着席ください。』
任官式の始まりの合図と共に一哉は佐奈と別れた。
式は順調に進んでいる。
佐奈は内閣総理大臣より任官章を受け取り、拝命の言葉を述べている。
鬼闘師達にとって最も重要なイベントである任官式。一哉の最愛の妹である佐奈の任官式。だが、そんな妹の門出を一哉は心から喜んで祝う事が出来なかった。
式の間中、神童の言葉が頭を駆け巡っている。
「『人には人の世界があります。それを決して壊してはならない。』か……。俺の人生の大きな転換点……。どういう事だ―――――――――」
ただの戯言だと忘れようと思っても、その言葉が染みついて離れない。
なぜか本当にそうなると思えて仕方がない。
だから神童が去った時に隣で佐奈が「意外な人物…………。まさか、そんな事無いよね…………。」と呟いていた事について、その意味を考える様な余裕はその時の一哉には全く無かったのだった。
今回で出てくる「神童秀正」はオリジナル掲載元のtaka city様の管理人・貴様執筆の小説の登場人物です。
再登場はするかもしれませんが、知らなくても読める作りにはします。




