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鬼闘神楽  作者: 武神
第1章 その名は鬼闘師
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壱ノ舞 春は心を癒さない

第1章スタートです

 春の陽気に包まれたある日。

 一哉と佐奈が【餓鬼狼(がきろう)】と戦ってから、時間にして約11時間が経過し、昼食もあらかた取り終わった人間が多い時間帯。つまりは昼時だ。


 東都大学の学生である南条一哉は今――――講義室で静かに眠りについていた。

 一哉が通う東都大学のキャンパス校内には穏やかな時間が流れており、授業の無い学生や教員はもちろん、近隣住民や観光客に至るまで、皆が思い思いの時間を自由に過ごしている。

 東都大学の構内には桜の木も多く、丁度季節というのもあって昼間から花見に興じてどんちゃん騒ぎする者までいる。

 そんな光景は傍から見れば平和そのものである。


 だがそんな穏やかな雰囲気にも例外はある。

 それは勿論、この物語の主人公である南条一哉の周りの事。

 昨晩、戦いに明け暮れた――正確にはただ見ていただけだが――一哉は、昼下がりの陽気にあっさりと屈してスヤスヤと眠りこけていたのだが、そんな安息の時間を与えてくれる程、この大学は一哉には甘くなかった。

 なぜならば。



「おい……! 一哉!! いい加減起きろ!」



 今は講義の最中なのだ。

 しかも講師は東都大学理学部の中でも曲者として名高い教授。

 そんな人物の授業で人目も憚らず堂々と眠りこけるという者が将来的にどんな結末を迎えるのか、想像には難くないだろう。


 そして、講義の最中にも関わらず机に突っ伏して寝ている一哉の肩を揺すりながら小声で起こそうとしている男。それは、一哉の数少ない友達の一人・鈴木智一だ。一哉の見た目とは正反対の、金色の短髪を逆立てた背の高い青年である。

 白いTシャツに、革のジャケットを羽織り、常々ネックレス等のアクセサリもいくつか身に着けているお洒落な青年である。

 見た目はいわゆるチャラ男であり、どちらかというとクソマジメな人間に見られがちな一哉とは、他人が見ても仲が良いようには思われない。

 しかし実のところ、一哉にとっても智一にとってもお互いに大学での初めての友人であり、大変仲が良いのだ。


 智一のあだ名は逆立てた金髪のせいで付いた「超サ〇ヤ人」。最初付けられたときは、東都大学自体が名門校という事もあって、チャラ男への風評被害としてどちらかというと侮蔑の意味を込められていたのだが、周囲の人間が面白がって広め、本人もなぜか気に入って自ら使っている。

 ちなみに、智一は大学の成績は非常に良い。本人曰く、見た目で判断されたくないので勉強は昔からメッチャ頑張っている、との事である。



 だが、そんな健気な友人の努力もすぐに水泡に帰すことになる。

 何かの視線を感じて前を向いた智一が見た先には、ゴミを見る様な目で一哉の事を睨む男の姿。

 しかも。



「……げ。安達の奴、こっち来てるじゃねえか……。おい、起きろ一哉……!」



 講義室の支配者とも言うべき男が二人目掛けて近寄ってきているのだ。

 智一は最早手遅れである事を理解しながらも、一哉の肩を揺する。しかし、相変わらず一哉は起きる気配が無い。

 これには智一もお手上げだった。あっさりと友人を見捨てると、自分は無関係だと明後日の方向を見ながら男の視線から逃れた。


 そして審判の刻。

 男は一哉の目の前に立つと、その耳元で大声で呼びかけた。



「…………おい、南条一哉!!」



 講義室に一哉を呼ぶ男の声が響く。

 男は安達清という分子生物学の教授。白髪の混じる初老の男性である。この教授、実は40代にして論文を複数「Nature」や「Science」といった超巨大論文ジャーナルに論文が複数採用される程の天才だ。

 実際、彼の研究室はこれまでの数々の研究の功績により、国から潤沢な研究資金を支給されており、配属された学生はもちろん、実習等で研究室を訪れる一般学生に対しても質の高い教育が提供されると話題なのである。


 そんな男の授業なのだから当然ながらその授業はいつも満席で――当然ながら昼のさなか爆睡する一哉は教壇から見て恐ろしく目立っていたのだ。



「……………………んぁ? ……………………え?」



 机に突っ伏してガチ寝。

 そんな寝方をしているのだから起き上がるのにどうしても時間がかかってしまう。

 たっぷりと間を置いて目を覚ました一哉の視界には、完全にお冠な安達の顔がいっぱいに映り込んでいた。

 さすがの一哉の表情も一瞬で凍り付く。



「あ、えーっと……」


「この俺様の講義で気持ちよさそうに寝るとは何とも見上げた根性じゃねぇか。なぁ、南条?」


「いや、ちょっと春の陽気がですね……」


「なぁにが『春の陽気がですね』だ、アホンダラ!! 研究の世界に春も夏も秋も冬も無ぇんだよ。やる気が無いんならさっさと講義室から出て行って、立ち見してる奴に代われ、このボケナス!」



 正論とは言え、ボロクソである。

 この安達という男、自分に絶対の自信があるからか、自分の授業を上の空で聞いていたり、内職している人間が大嫌いである。ましてや授業中の昼寝などもっての外である。

 一哉の所属する東都大学の理学部の学生の中では誰もが知っている常識なのだが、それを完全に無視していた一哉は最早死刑囚の様相である。

 さらに一哉にとってはもう一つ、()()()()()()()()()()()のだ。



「それにお前、俺の研究室の配属希望らしいじゃねぇか。その割にこのザマとはどういう事かな、南・条・君?」



 そう、これが困る理由だ。

 一哉は理学部の中でも分子生物学の専攻志望。どうせなら質の高い研究したいというスタンスの一哉にとって、世界的に有名な安達の研究室はまさに理想だったのだ。

 しかし、配属に向けてさあ頑張りましょうというこの時期に、それも授業2週目にして居眠りとは中々に印象の悪い出来事である。

 ここでいきなり安達に「クビ」宣言でもされようものなら、一哉は自分の人生設計の大半をやり直さざるを得なくなる。



「申し訳ありません…………。今後このような事が無いようにしますので、このまま授業を受けさせてください…………」


「ほぅ……。それで、授業中に寝る理由は?」


「それは…………昨晩、大事な用事がありまして……」



 思わず言い淀んでしまう。

 一哉は大学では勉学に励む優等生で通しているつもりなのだ。まさか、昨晩は妹に付き添って化け物退治に行っていました、なんて言えるわけもない。

 そもそもの問題として、鬼闘師はその存在を秘匿されなければならないのだ。外部にその存在をペラペラ喋ろうものなら、国から偉い人が飛んできて人生が終わる。冗談ではなく、本当に人生が終わってしまうのだ。

 一哉はそんなリスクを冒す程バカではないが、なんと説明して良いのかは全く思いつかない。


 そんな戸惑う一哉の心中を察してかどうかかはわからないが、安達の顔は急に真顔に戻る。

 安達は一度怒り出すと中々止まらない事でも有名なので、一哉はこの態度には少々面食らってしまった。



「まあいい。実際のところお前はかなり優秀だという話をよく聞くしな。今回だけは夜更かしが過ぎたという事で勘弁してやる。ただし、次は無いからな。次寝たら、配属希望出しても目の前で破り捨ててやる」



 何とも性格の悪い脅し文句をう告げると、安達は教壇へと戻っていって講義を再開する。

 一先ず危機を脱したというところで、一哉は去っていく安達の背中を眺めつつも、安堵のため息をついた。



(ふぅ…………。何とか凌ぎきったか。しかし、嫌なところで目立ってしまったな……)



 そんな一哉に智一が小声で話しかけてくる。



「ったくよぉ……。せっかく起こしてやってんのに、全然起きねえんだもんな。何だ? 昨夜は彼女とお楽しみだったのか?」


「全然違う。そもそも俺に彼女はいないってのはお前もよく知ってるだろ」


「そうかいそうかい。わかったよ。どうせいつもの深夜バイトなんだろうけども…………後で教えろよ?」



 実際のところ、今日一哉が眠くて仕方がないのは、昨晩の妹の承認試験の監督官兼同行者を務めていたからで、決して春の陽気で眠くなってきたとか、昼を食べ過ぎたとか――なんて事は一切ない。

 実際問題、一哉が今睡魔にあっさりと屈してしまっている最たる原因は、監督者業務というよりもむしろ、テンションの上がりすぎた佐奈に延々と話しに付き合わされたというのが大きい。


 一哉は昨晩の出来事に思いを馳せる。

 そもそもの始まりは、昨夜、承認試験合格に祝いの言葉を貰った佐奈のテンションが天元突破した事にある。

 そのせいで佐奈は、「お祝いの食事会はどこでするか」だとか、「これからの仕事はずっと一緒に組もうね」だとか「今する話か?」という話題をこれから寝ようという時に話し始め、果ては「正しい兄のふるまい方」という謎の講義を開催。

 結局、大学に行く時間までその熱弁を聞く羽目になってしまった。

 妹の佐奈は兄である一哉から見ても少々度を越えたブラコンなのだ。

 とにかく寝たくて仕方がない一哉は話の半分も聞いていなかったが、寝る事は佐奈が一切許さなかった。


 なお、一哉はそのまま徹夜明けの体で大学へと向かったが、佐奈はそのまま家で眠ってしまったらしい。誰も家に居ないが為に時間になっても起きる事が出来なかった佐奈は、暢気にも昼過ぎに起床し慌てて一哉に連絡してきたのだ。

 これには一哉も呆れの溜息を吐くしかなかったのだが、本人曰く「もう今から行っても最後の2つしか授業受けられないし、意味無いよねお兄ちゃん!」らしい。あまりにもバカバカしくて通話中に電話を切った。



 そんな昨夜の出来事を思い返しながら、少しだけ講義室の窓の外に目線をやると、桜の木の下でそこには楽しそうにボール遊びしながら笑う、男女の姿。

 そんな「普通の幸せ」といった光景にに少しだけ複雑な思いを抱きながら、一哉は黒板へと視線を戻した。


 季節は春。

 周りは新入生の女子を引っかけようとやけになっていたり、イケメンの男子がどうのこうのと騒がしくしていたりする。いわゆる出会いの時期。

 そんな周りの陽気な様子も一哉にとっては縁の無い、というよりも自分の立場を考えればあまり関わりたくない話で――――年度明け早々、沈んだ気分に振り回される一哉であった。

次回もよろしくお願いいたします。

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