弐ノ舞 居候人、誕生
これからしばらく、日常フェイズです。
学生はGWを楽しむのだ!
(社会人にも娯楽を…!)
――――――――――時は1週間前に遡る。
変異した【鵺】との決戦後、とりあえず南条家に戻った一哉、佐奈、咲良、結衣の4人。
あれだけ激しい戦いをした後だというのに、その日はまだ平日。つまり、学生である4人ともが学校に行かねばならない。勘弁してくれと肩を落としても、授業は待ってくれないのだ。
仕方がなく、それぞれが自分の学校に向かうべく準備を始めた時だった。
突如結衣が顔を赤らめて、恥ずかしそうに一哉に話しかけてくる。
「あ、あの……、一哉君。ちょっといいかな…………?」
「ん…………?どうした、東雲さん。」
「えっとね…………………………。」
顔を赤らめて俯く結衣は、中々話を始めようとしない。
一哉は今日は3限からしか授業が無く時間的にかなり余裕があるが、佐奈と咲良の朝食を作らなければならない。なので、時間があるとは言え、あまりのんびりとしている場合でもないのだが、ここでイラついても仕方がない。
一哉は結衣がよほど話しづらい事があると思い――――――――
「東雲さん。話しづらいんだったら、客間で二人で話すか?」
そう提案したのだが、結衣は意外な事にそれを断ってきた。
「いえ、そこまでしてもらう程でもないんだけどね……? 何て言うか…………。」
一哉は辛抱強く待つ。少なくとも経験上、女性に対してここで急かしたところで自分にマイナスにしかならない事を学習している。ここは待つのが吉である。
たっぷり待つ事1分。
ようやく結衣が話し始めた内容は、むしろ一哉にとっても言い出しづらい事であった。
「あのね……?さっきの戦いで、私の家、壊れちゃったでしょ…………?だから、今着替えとか一つも持ってないって言うか、むしろ住むところも無いって言うか……。」
「―――――――あ、あぁー……。すまん、東雲さん。全面的に俺が悪い。」
鵺を倒した「神裂最終奥義『次元断』」。
その余波は、本来守らなければならない対象だったはずの東雲家に一部直撃。慎ましやかながらも立派に経っていた築32年の東雲邸は半壊し、住居としての機能を完全に喪失してしまった。
戦闘終了後は皆が大変な一日を乗り越え、清々しい気分になり、スタート地点でもあった南条家の屋敷に戻ったのだが、時間をあけてよくよく考えてみると、東雲家は、玄関部分は最早人が入る事も出来ず、あちこちの窓ガラスが割れ、下手をすれば廃墟の方が住めるのではないかという悲惨な光景を晒しているのだ。
しかも、壊したのは7割方一哉と言っても過言ではない。
本来であれば一哉が壊したと賠償責任を問われる可能性すらある中で、壊した本人が無視を決め込むのはいかがなものか。ついでに、結衣にそれを言わせてしまうのも何だかバツが悪かった。
「えーっとだな。東雲さん、もし良ければなんだが、うちに住まないか?君の家が住めなくなったのは俺のせいなわけだし、この家は元々10人以上住んでいたところに今は俺と佐奈の2人で住んでるような家なんだ。部屋は腐るほど余ってるし、俺は特に問題ない。東雲さんが嫌じゃなければ、ぜひうちに居候してくれ。久しぶりに賑やかにもなるしな。」
「え…………?」
「あ、あー。すまん。流石に大学の同期の男が住んでる家に住むのは嫌だよな。悪い、忘れてくれ。」
少々無神経に提案しすぎただろうか。特に付き合っているわけでもない男女が同居するなど、普通はありえないだろう。自分が非常に広い家に住んでいるからと言って配慮が無さ過ぎた。
しかし、そんな心配は杞憂であったらしい。
結衣は俯き気味に囁くように返答した。
「い、いえ……。むしろ……お願いします……。住ませてもらっても……良い……かな?」
「―――――――本当に良いのか、東雲さん? 自分から言っておいて何だが、この家には俺と佐奈しかいないんだぞ?」
「う、うん! そこは大丈夫っ! どちらにしてももう家には住めないし、ホテル暮らしとかはできないから、むしろ住ませてくれるって言ってもらえるだけでも嬉しいよ!」
最初は恥ずかしそうに小さかった声も、最後の方はかなり嬉しそうに大きくなっていた。
見れば、結衣は満面の笑みで仄かに頬を染めている。
本来は住居の補償を含めて色々と一哉が責を負うべきである。だがどうやら、結衣は家を壊してしまった事を責める気は毛頭無いといった感じである。
かくして、南条家に新たな一員が増える事となったのだ。
結衣の引っ越しにあたっては、これからの生活に必要な物を集める必要があった。
何しろ、昨日の戦いで東雲家は半壊。結衣の私室である2階への階段は無残にも破壊され、私物の一切を持ち出すことも出来ない。
しかも一哉も結衣も3限・4限の実験まで時間があるとはいえ、ほとんど徹夜。特に一哉はその前日の佐奈の鬼闘師任官試験の監督官業務のせいもあって2徹である。いかに、夜の任務の多い鬼闘師とはいえ、2日休養を取らず、しかもそのうち一晩は汚染重度SSを越える化け物と死闘を繰り広げていたのである。
これでまだ大学に元気よく行きましょうとなるのならば、それはもう人間ではない、何かだろう。
佐奈と咲良が家を出るのを見送った後は、流石の一哉も休養を余儀なくされ、午前中は二人揃って睡眠に充てる他無かった。
結果として、結衣の着替えを何とかする件に関しては放置せざるを得なかった。
結局二人同時に昼前に目を覚まし、疲れの取れ切らない体で大学に向かった。
二人は特に普段から行動を共にしていたわけではないが、同時に実験室に入っても特に注目を浴びる様な事は無かった。
これが高校などであれば、普段一緒に居なかった男女が行動を共にしているとクラス中の話題をかっさらう所であるが、ここは大学――――――それも理系の学部であり、人それぞれに動き方がある。一々他人の行動を気にはかけないのである。
もっとも、この男――――――鈴木智一だけは違ったが。
「おいおい、南条君! お前、あんなに東雲さんに激しく詰め寄ってたくせに、一夜明けてみたら仲良く通学か?! 早速手を出したのか?!」
この男にはこういう事しか頭に無いのだろうか。
自分の親友とはいえ、時々一哉は智一のこの残念な思考回路がどうにかならないものかと真剣に悩んでしまう。
とはいえ、自分の服装は変わっているが結衣の服装は昨日と同じである。
何しろ全ての着替えを失ってしまっている状態で睡眠を優先したのだからそうなるのは当然であるが、確かに傍から見れば、一哉が結衣を家に連れ込んだようにしか見えない。
「智一、いい加減にしろ。俺と東雲さんはそういう関係じゃない。」
「じゃあ、どういう関係?」
どういう関係――――――そういった聞かれ方をすると困る。
一哉と結衣は言ってしまえば、昨日、少々濃いお付き合いがあっただけの関係である。確実に恋人などではないし、唯の知り合いで済ますには濃すぎる経験をしている。
ここは無難に唯の友人としておくべきだろう。
唯の友人と言うには、既に知られてはいけない事の大半をバッチリ見聞きされているわけだが。
「……唯の友人だ。」
「おいっ! 今の間は何だ、今の間は?!」
相も変わらず、不必要な所で気が付く男である。
結局一哉は実験の間中、智一の追及を受け続ける事になったのであった。
そのまま実験も終了し、今は夕方。
これからアルバイトやサークル活動などが始まる者も多く、実験終了後の実験室は我先にと帰ろうとする学生であふれかえっている。
最終的には、一哉は智一に対しては色々誤魔化しておいた。
予想外だったのが、智一が結衣の自宅のある最寄り駅を知っていた事。
万事休すかと思ったの一哉だったが、そこで援護射撃をくれたのはまさかの結衣本人だった。
最近、家の都合で引っ越して、その引っ越し先がたまたま一哉の屋敷の近くだったと。
一哉としては中々苦しい言い訳であったが、智一は「東雲さんが言ってるなら本当だろう」となぜか急にあっさりと引き下がり、その後この話題を蒸し返すことは無かった。
ともかく、本日の全授業を終えた一哉は今駅前のデパート前に居る。
それは結衣と待ち合せるため――――――
「ごめんね、一哉君! 遅くなっちゃって!」
一哉を見つけた結衣がパタパタと駆けてくる。
本来であれば一緒に出れば良いのだが、智一の追及がめんどくさかった一哉がスマホ経由で連絡、わざわざ駅前で待ち合わせとしたのである。
「いや、構わないよ東雲さん。わざわざ外で待ち合わせにしたのも俺の都合だし。」
「うーん……。」
「ん? どうかしたか、東雲さん。」
「その『東雲さん』っていうのやめない? 一応、私達これから一緒に住むんだし、何となく距離を感じるの。」
そういうものだろうかと一哉は内心首を捻る。確かに同居すると言えばそうなのだが、そこまでするものなのだろうか。一哉と結衣の関係はあくまでも監視者と監視対象者。一哉とて結衣と余計な不和を持ちたいわけではないが、だからと言って慣れあうというのも違う気がする。
だが、そんな一哉を見る結衣の顔は真剣そのもの。
だから――――――
「結衣さん……で、良いのか?」
「もうっ……! もっと他人行儀になったよ? 呼び捨てで――――――"結衣"でいいよっ!」
何かよくわからないが間違えたらしい。
結衣は頬膨らませて、明らかに機嫌が悪くなっている。
ならば――――――
「結衣…………。行こうか?」
「うんっ!」
満面の笑みで答える結衣。
その様子を見ていると、一哉は何だか名前を呼ぶ事ぐらいは些事に思えた。
名実共に、居候人・東雲結衣が誕生した瞬間であった。
自分で書いておいてなんだけど、こいつら好き勝手やり放題やな。
次回、やっと佐奈が正式に任官されます。




