終ノ舞 エピローグ
第1章最終話です。エピローグなので少し短めです。
気を失った一哉は、後頭部に柔らかな感触を感じながら目を覚ました。目覚めた一哉の視界に映るのは、6つの涙に濡れた瞳。視界の端に映る昇ってきた太陽に照らされて、輝いて見える。お世辞抜きに美しいと思った。
妹の佐奈、幼なじみの咲良、そして大学の同期の結衣。3人ともが無傷で一哉の事を見つめている。位置関係から、どうも結衣に膝枕されているらしい。
「すまない――――――、くっ…………。」
一哉は立ち上がろうとしたが、軽いめまいに力が抜ける。やはり最初に貰ったダメージがかなり影響している。霊力を使い切った体にはかなりの痛手である。
「お兄ちゃん、無理したらダメ。」
佐奈が手を握りながら話しかけてくる。
ボブカットの茶髪が朝日に輝き、もとより向日葵の様な明るく眩しい笑顔がさらに輝いて見える。
「――――――心配をかけたな、佐奈。」
「まったくだよ。お兄ちゃん、『次元断』出した後にいきなり倒れるんだもん。悲劇のヒーローじゃないんだから、大技出した後に倒れないでよ!」
「ははは…………。久しぶりだったから…………くっ………張り切り過ぎたかもな。」
先程から何度か立ち上がろうとしているのだが、全く力が入らない。
戦闘後に倒れて動けず、介抱されているなど、仮にも特級鬼闘師を名乗るにしてはかなり情けない光景だ。だがたまにはこういうのも悪くない、そんな風に思う。
「まったく、相変わらず貴方って人は危なっかしい人ね。安心して見ている事も出来なかったじゃない。――――――――」
咲良は憎まれ口を叩きながらも、その顔は安堵した顔そのもの。現在進行形で涙を流し続けるその様は、台詞に全く説得力が無い。
この少女はとりあえず人に文句を言わないといられない質なのだろうか。
だが咲良は空いている一哉の手を取ると、一瞬顔を歪ませた後、顔を見せまいと肩を震せて俯く。
「――――――死んじゃうかも、って思った…………。また私の前から居なくなるんじゃないかって…………。心配、したんだから……………!」
肩を震わせ、声を震わせ俯く咲良の表情はわからない。
だが、今回ばかりは心配をかけた事は間違いないだろう。
「すまない、咲良。心配をかけたな。だけど、心配してくれて嬉しいよ。俺は3年前のあの時から嫌われてると思ってたから……。だから嬉しいよ。」
「――――――――!!わ、私は、別にあの時の事を許したわけじゃないっ!」
泣いていたかと思うと、今度は突然の反抗。
180°変わる態度に一哉は目を白黒させるしかない。
だが―――――――――。
「だ、だからっ!今度私と二人っきりでデ、デッ、デ、デートしなさい!それで許してあげるんだから――――――――!」
「咲良ちゃん、やっと素直になれたね?1日お兄ちゃんあげるから楽しんでおいで?」
「う、うるさいわよ、佐奈っ?!」
相も変わらず姦しい二人に、一哉からは苦笑がこぼれる。
少なくとも5年前まではこの3人で過ごす時間がとても楽しくて――――――――。
そんな時間を思い出さずにはいられない。
そして結衣。
一哉を膝枕したまま、最後まで何も喋らなかった結衣。
一哉が結衣を見上げると必死に涙を堪えているのがわかった。小刻みに震える身体がその心の震えも伝えている様だ。
「―――――――東雲さん…………。」
「…………。」
「えーっと……。こんな時なんて言えば良いんだろうな――――――。えっと……、君の依頼は完遂した。もうこれで、夜、恐怖に怯える事も無いだろう…………って、なんか違うな?」
横から佐奈の「うん、酷い」などという茶々が入るのもあり、気まずくなる一哉。別に避けていたわけではないが、佐奈と咲良以外の女の子と積極的に関わってこなかった一哉にとって、この気まずさは何ともしがたい。
だが、そんな一哉の奮闘が通じたのか、結衣は笑顔で顔を上げる。
「……南条君、ありがとう。私を助けてくれてありがとう。あなたが居なかったら、私はきっと殺されてた。お姉ちゃんも救ってもらった。これ以上、私が望む事なんか無いよ。」
「だが東雲さん……。お姉さんは……。」
「お姉ちゃんはきっと疲れてたと思う。死んでしまっても10年も私の部屋に縛り付けられて、自分の好きな事も出来ず、ただただ意識があるだけで。身体は無くなっても、心が疲れてたと思うの。それを開放してくれたのは、南条君であって、佐奈ちゃんであって、咲良ちゃん。だから、私は感謝の気持ちこそあっても、恨む気持なんか少しも無いよ?」
「東雲さん……。」
「お姉ちゃんは―――――――東雲唯奈は死んでから10年も経って初めてあなたに救われたの。その事実はあなたが今日の事をどう思っていたとしても、変わらない。確かに、お姉ちゃんに私だけ会えなかったのはつらいよ?でも、南条君や咲良ちゃんが来てくれなかったら、お姉ちゃんはあのまま心を失った怪物へとなり果てていたに違いないもの。そして、お姉ちゃんはそんな事絶対に望まない。」
一人会えずに迎えた姉との本当の別離。
気にしていないわけが無い。愛する人に一目会いたかったという欲求が無いはずがない。
だが、結衣の顔は吹っ切ったかの様にスッキリしていて、涙で眼を濡らしながらも、いつも明るい佐奈の様な輝く笑顔を見せている。
「だから、もう一度言うね?ありがとう南条君。あなたに相談して、本当に良かった………!!」
昇る陽は段々と高くなってくる。
その朝日が眩しくて、思わず目を閉じる。
閉じた瞼に移るのは人の温かみを感じる、鮮やかな赤。
結衣の相談から始まった一哉の激動の一日はようやく終わりを告げる。
悪夢の様な現実が襲い来る夜も、切り開けない、明けない夜は無い。
今、一哉の脳裏には2つのトラウマの幻影が住み着いている。
この先、彼女達と共に居てあの痛みを再び味わう事になるかもしれないと思うと一哉は胸が苦しくなる。あの悲しみ、怒り、絶望は自らの魂を焼き尽くすかと思うほどであった。自分を壊さないように必死だった。今思えばそんな未来が恐ろしくて、自分でも気づかないうちに人を遠ざけていたのかもしれない。佐奈や咲良の気持ちを蔑ろにしてしまっていたのかもしれない。
だが改めて見回すと、佐奈も咲良も結衣も皆輝かしい笑顔で。守りたい暖かな人達。その笑顔を守る為ならば、やはり命を懸ける意味はあると本当に思う。
「そうだ南条君。これだけ助けてもらったのに、もう一個お願いするのはちょっと申し訳ないんだけど…………」
「いいぜ。言ってみなよ。」
一哉はふら付きながらも立ち上がる。
いつも無表情で知られる南条一哉の殻をほんの少しだけ破って、彼女たちと同じ笑顔を浮かべて――――――。
「南条君の事、一哉君って呼んでもいいかな?」
いつだって朝日は美しい。
新たな始まりを予感させるのだから。
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朝日を浴び、戦いの中で半壊した東雲家から出ていく一哉達を見つめる存在がいた。
「――――――――あら、ご苦労様。局所的忌土地化実験は上手くいったわね。」
朝にもかかわらず頭からすっぽりと黒い外套を被る完全な不審人物。
体系も顔も隠れているのだから、何の特徴も見つける事は出来ないが、口調から女なのだろう。
黒い女は鼠から、青黒い金属製のプレートを受け取ると、口元を歪めて嗤う。
「あとはこれを量産できればってところだけど……。流石にそれは難しいわね。まあ、これは上手く使うとしましょう。」
そう一人ごちると、外套のポケットへとプレートをしまう。
黒い女はもう一度一哉を見やると、未練がましくしばらく見つめた後、振り返ってその場を去る。
「あの変異【鵺】は、奇襲型戦略怪魔【鵺改】。設計思想上、一撃で倒せるわけが無い怪魔の筈だけど……。流石は一哉と言ったところかしら?」
態度と裏腹に楽しそうな声で笑う女。
「待っていてね、一哉。そしてまた愛し合いましょう。8年前の様に、何もかも忘れて。」
~~~ 第1章 その名は鬼闘師 完 ~~~
次回より第2章「炎獄の亡霊」編がスタートします。
掲載開始は22日となります。ご期待ください。




