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鬼闘神楽  作者: 武神
第1章 その名は鬼闘師
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拾弐ノ舞 月光はいつも美しく

第1章最大の山場、怪魔【鵺】との戦いです

 ―――鵺。

 猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇と言われる怪魔。その存在は古くから確認されており、平安時代の資料にすらその記述を見つける事ができる。

 「平家物語」や「源氏盛衰記」にすらその存在は語られ、古くから災厄の象徴として、上は皇族、下は一般庶民にまで広く語り継がれてきたと言われている。


 鵺が人々に恐れられた理由は二つある。

 一つ目は単純に怪魔である事。特に平安時代、資料の真偽は定かではないが、陰陽寮に所属する陰陽師のうち、約8割は非戦闘員であったと言われている。ただでさえも怪魔に立ち向かえる者が少なかった時代、この鵺に単独で立ち向かえる戦力を持ち合わせていたのは各時代に一人か二人。有名どころで言うのであれば、安倍晴明や蘆屋道満の名が上げられるが、逆を返せば、当時はそういった超一流の陰陽師でなければ対抗ができなかった存在とも言える。

 二つ目はその醜悪な外見。字面で見るよりも、複数の生物が融合した姿というのは醜悪なものである。各特徴は複雑に絡み合い、接合部には浮き出た血管の様なものが何本も走る。四足歩行なのに二足歩行、草食なのに肉食。そんな矛盾を体現した姿は生理的な嫌悪感を煽る。そして何より、醜悪で唾棄すべき性質―――生きた人間の腹を切り裂き、そのまま内蔵を引き摺り出して喰らう―――から、常に恐怖・災厄の象徴とされてきた。

 それが【鵺】。

 対策院登録重度SS、特級鬼闘師対処案件の怪魔である。



「こんな街中に【鵺】? 本当にどうなってるのよ?!」



 鬼闘師ではない、祈祷師の咲良ですら知っている怪魔。

 汚染重度がAを越える怪魔は危険度がB++迄と比べて段違いであり、これを街中に入れずに戦う事も鬼闘師の重要な役割となってくる。それにも関わらず、コイツは突然東雲家の敷地内に現れた。誰にも見つからず、気取られずあたかも降って湧いたかのように。

 そして最大の特長がもう1つ。姿形が異常である事。

 今一哉の目の前にいる鵺は、狗の頭、熊の胴体と両足、マウンテンゴリラの右腕、虎の左腕、蛇の尾、そして肥大化した鴉の羽を持つ、全高約3mの怪物。鵺を構成する生物のパーツが文献通りで無い場合が多いが、ここまで無秩序に融合したものは報告例がない。

 そしてその姿には変異の証拠たる、異常に肥大化した牙と左腕の爪が見受けられる。そして何より――――――



「お、お兄ちゃん!【鵺】の頭見て!」


「っ――――――?! まさか、今まで倒してきた怪魔の一部が融合しているのか?!」



 鵺の頭部を構成する狗の頭。かつて佐奈が倒した【餓鬼狼】の薙刀で切り裂かれた頭部が無理矢理癒着されたものだった――――――


 人知れず何者かが怪魔の死体の一部を回収し、鵺を作り上げたとでも言うのだろうか。疑問は尽きない。例え疑問が解決されたところで、かなりヤバイ案件だという事には変わりがないだろう。そして一番の問題は、そんな危険な存在がいつまでも待っている訳もなく―――――



「佐奈っ!!今すぐ東雲さんと咲良を連れてここから出ろ!コイツは相当ヤバイ!局長に報告を入れて、早く退避するんだ!」


「わかったよ、お兄ちゃん!」



 一哉は結衣を下ろすと、再び【鉄断(かなだち)】を抜刀。

 そのまま疾風の如く駆け、一気に距離を詰めると鵺へと斬りかかる。

 だが――――――――その重く鋭い一撃はあっさりと躱された。



「―――――――――――何だと?!」



 【鵺】はその巨体に見合わぬ素早い身のこなしで横に跳んで斬撃を躱すと、マウンテンゴリラの右腕でカウンターを打ち込んでくる。

 強烈な一撃だ。

 そもそも大元のゴリラ自体が、握力500kg、パンチ力2tと言われる圧倒的怪力の持ち主である。それを怪魔が振るう。単純なパンチ力だけで3tはくだらないだろう。せいぜい60kg程度しかない人間など簡単に吹き飛ぶ。トラックを叩きつけられる様なものなのだ。


 一哉を死に誘う拳はすぐ眼前に迫っている。躱せなければ即座に死。だが、拳の位置も身体の体勢ももはや躱す事は叶わない事を告げている。

 だから――――――。



「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉー!!!! 嘗めるなぁぁぁ!!!!」



 一哉は咄嗟に空いている左手でもう一振りの刀を抜刀。その刀身を絶妙な角度で【鵺】の拳に合わせ、滑らせるようにして受け流した。

 たが、咄嗟に出した刀ではその衝撃を受けきる事は出来なかった。砲弾の様な勢いで一哉は吹き飛ばされ、家の壁に叩きつけられる。



「ぐうっ――――――?!」



 ゴリラに全身の骨を砕かれて死亡―――

 そんな最悪の結果こそ回避したものの、一哉は叩きつけられた衝撃で肺の中の空気を一気に吐き出させられる。

 衝撃と呼吸困難に一哉の顔が苦痛に歪む。



「お兄ちゃん?!」



 更に大きく事態は悪化する。脱出を試みていた佐奈達は沸き起こる轟音に思わず振り向いてしまう。この時、脇目もふらず3人が脱出していれば状況もまた少し変わっただろうが、佐奈達は逃げるどころか立ち止まってしまう。



「ギヤアアアアアアアアアアアアアァァァァァ――――――!!!!!」



 佐奈の声に反応した【鵺】がおぞましい咆哮をあげる。

一瞬でも動きを止めた餌を【鵺】が見逃す筈が無かった。



「ぐっ………!避けろっ、佐奈っ!」



 明滅する視界に映るのは、【鵺】が鴉の翼を広げ振るうところ。その翼から羽が飛び散ると、それは石の槍となって佐奈達に襲いかかっていた。飛び出したのは7本の石槍。7本の槍が佐奈を、咲良を、結衣を貫かんと射出される。

 このままでは串刺しの死体が3つ出来上がるだけである。


 だが、佐奈はその絶体絶命の危機に冷静だった。咲良と結衣を引き寄せると、そのまま勢い良くしゃがむ。本当にギリギリ。7本の石槍は3人の頭上を素通りすると、轟音をあげて玄関口を破壊。積み重なる瓦礫は退避経路としての機能を完全に失ってしまう。

 退路は絶たれた。

 しかし佐奈はそれだけでは終わらなかった。得物の薙刀を右手に握り、姿勢を低くしたまま前方へ跳躍。勢いそのままに薙刀を一閃して『黄閃断』を放ち、即座に一哉の元に向かって走り出す。

 大振りで翼を振るった【鵺】は完全に不意を突かれ石の刃を避けきれない。

 片側の翼を斬り落とされ、悍ましい悲鳴を上げのたうち回る。



「お兄ちゃん、大丈夫?!」



 佐奈が一哉に駆け寄ってくる。退路が絶たれたことよりも、一哉の方が重要。佐奈のそんな気持ちに一哉は嬉しくなるが、ここは戦場だ。余計な一手が破滅を招く事すらある。



「バカ野郎、佐奈!二人を守れって言っただろ!みすみす退路まで塞がれて……。【鵺】は俺が引き付けておくから、早く戻れっ!」


「やだっ!!」


「佐奈っ!」


「絶対やだっ!!!お兄ちゃんは私達を逃がして満足かもしれないけど、私達の気持ちはどうなるの?!お兄ちゃんに万が一の事があったら、私も咲良ちゃんももう二度と立ち直れないっ!」



 叫ぶ佐奈は珍しく泣いていた。いや、珍しいというには語弊がありすぎる。少なくとも2年前まではよく見た姿だった。ずっと見ていなかった妹の泣き顔。

 そして佐奈の言葉で思い出される1()0()()()()8()()()()()()()()

 その時の佐奈は手が付けられないほど泣きじゃくって、8年前は咲良も一緒に泣いていて。



「8年前のあの時、確かに私はお兄ちゃんの力にはなれなかった!自分の無力が情けなくて、お兄ちゃんが本当に死んじゃったらどうしようって泣くしかできなかった!でも今、私はお兄ちゃんと同じ鬼闘師なんだよ?」



 涙をぬぐいながら佐奈は続ける。



「そりゃあ、お兄ちゃんと比べれば私なんかまだまだだけどね……?でも、一緒に戦うことぐらいはできるよ!少なくとも、お兄ちゃんを一人になんかしない!!!」



 そう告げる佐奈の顔は決意に満ち溢れていて―――――――十六夜の月に照らされた涙に濡れた顔は天女を思わせるようで、血の繋がった実の妹だというのに思わず見とれてしまう。

 一哉のトラウマ。

 思い出したくもない二つの記憶。

 特級鬼闘師となり、祈祷師達の頂点の8人に名を連ねた今でも逃げてしまう過去。


(だが、繰り返させはしない―――――――――!)


「―――――――――佐奈。二人を守れ。」


「―――――――――!! お兄ちゃんっ!? まだ一人で戦うつもりなの?!」


「二人を守ってできるだけ安全な所に隠れさせろ。それから、奴の隙をついて7秒間足止めしろ。それでカタが付く。」


「―――――――――!!! お兄ちゃん!」



 一哉は立ち上がる。決意も新たに。

 もう一度【鉄断(かなだち)】を手に、敵を見据えて。



「まったく妹に諭されるなんて、俺もこの年でヤキが回ったか?」



 翼を切断された【鵺】は悍ましい咆哮をあげつつ、血走ったその目でこちらを睨みつけている。

 この僅かな戦闘停止状態も持ってあと僅か。

 一哉は半身で【鉄断(かなだち)】を構え、再び臨戦態勢を取る。

 佐奈も両腕で薙刀を構え、【鵺】を睨む。



「佐奈。」


「うん、お兄ちゃん。」


「お前が斬り落としてくれた翼のおかげで、奴は上手くバランスを取れない。だから、あの致命的な一撃を受ける事は無いと思うが、それでもあのパワーとスピードだ。正直俺の戦闘スタイルでは分が悪い。決め手も欠くしな。だから、お前は咲良と東雲さんを安全な場所に隠した後、奴の死角を突いて戦闘に割り込むんだ。決して近づくな。絶対に距離を取って、時間を稼ぐんだ。7秒時間を稼いだらすぐに距離を取れ。できるだけだ。」



 【鵺】は片翼になった翼を広げ、その巨体で走って突っ込んでくる。

 走る速度は見た目通り鈍重。一瞬のスピードを速くすることはできても、持続力は無い。

 それでも決して大きくはない庭、その巨体で走ればすぐに一哉達に到達し―――――――その虎の左腕で二人を切り裂こうと腕を上げる。



「グアアアアアァァァァァァ―――――――――!!」



 その凶爪が二人を捉えかけたその刹那―――――――――。



「今だ!!!」



 一哉は高く上に、佐奈は横へと素早く跳躍。

 【鵺】の一撃を寸前で躱すと、それぞれ目的に向けて行動を開始する。二人を同時に狙っていた【鵺】は、全く同時に、全く違う方向へ逃げた一哉と佐奈に一瞬判断を鈍らせる。その僅かな隙が好機だ。

 一哉は跳躍で爪撃を躱しそのまま【鵺】の肩へと着地すると、そのまま【鉄断(かなだち)】を左腕に叩きつける。



「グギャアアアアアアァァァァァァァァ―――――――――!!!!!」



 凄まじい量の血しぶきをあげながら、またも悍ましい咆哮でのたうち回る【鵺】。一哉は咲良と結衣の元へと駆けていく佐奈を見やりつつ、【鵺】から飛び降りる。

 少し距離を置いて着地した一哉が振り返るのと、怒り狂った【鵺】が振り返るのはほぼ同時だった。

 【鵺】は再び一哉を視界に捉えると、今度は左腕の爪撃の時とは打って変って素早い、強烈な叩きつけるような一撃を右腕で放ってくる。

 だが、その愚直な直線的なパンチはいくらスピードが乗っているとは言え、特級鬼闘師たる一哉にとって何ら対処の難しい一撃ではない。

 軽く後ろに跳んで一撃を躱すと、カウンターのお返しとばかりに【鉄断(かなだち)】振るう。


 だが、今度ばかりは【鵺】も学習したらしい。

 【鵺】は攻撃後も力を緩めず、マウンテンゴリラの右腕の筋肉を硬化する。その硬度は金属をも斬るはずの【鉄断(かなだち)】の斬撃を通させない。

 さらにそこから、早くも修復を終えた左腕の凶爪で追撃を入れてくる。

 一哉はこれを大きく後ろに跳び、回避。

 しかし、なおも【鵺】は追撃の手を緩めない。

 斬り落とされていない方の翼を再び力任せに振るう。


 今度は佐奈を襲った時の比ではない。

 死へと誘う流星群の如き、無数の石の槍が形成され一哉を襲う。

 今度は躱されぬよう、面攻撃―――――――――頭の先からつま先まで、左右も人5人分程の範囲を誇る超質量広範囲攻撃だ。躱されぬよう放たれた攻撃。もはや一哉には躱す術はない。



「嘗めるな、と言ったはずだ。」



 一哉はまだこの日一度も抜刀していない三振り目の刀を逆手で抜き放つと、その刀身に霊力を流し込む。

 すると、霊力を受け取った刀身は赤く光輝き始める。


 ≪機能(ファンクション)解放(・アクティベート)


 一哉は刀身が赤く光り輝いている事を確認し、即座にその赤い刀身を振るう。

 狙いは襲い来る槍の一本で良い。石の槍へと触れさせたその瞬間。


 ――――――パアアァァァァァァンッッ!!


 小気味の良い破裂音を響かせて襲い来る全ての石槍が消滅。

 残ったのは媒介となった鴉の羽のみだった。


 一哉が振るった刀は【霊刀・夢幻(エンド・オブ・)凍結(クロノス)】―――――――一哉が持つ三振りの刀の中で唯一西洋剣の意匠を持つ刀。

 片手剣(バスターソード)の意匠をそのまま日本刀へと投影した外見、そして【鉄断(かなだち)】と同じく印をその刀身に刻む。【鉄断(かなだち)】と違うのは印が梵字でなく、ルーン文字である事、そしてその機能が物質の切断ではなく――――――――霊力の切断にある事。

 つまり、霊的な存在によって引き起こされた現象を無に帰し、現実世界へと回帰するという事。


 一見、霊的な存在と戦うのに決定的な有効だとなりうる能力だが、この刀を使いこなすにはあまりにも高いデメリットが付きまとう。

 一つは刀の形態を取る割には、あまりにも斬る能力に乏しい事。

 そしてもう一つは効果範囲が非常に狭く、発動条件を満たす事が難しい事。

 【霊刀・夢幻(エンド・オブ・)凍結(クロノス)】――――――――その能力の発動条件は赤く光り輝く刀身で対象に触れる事。そして、対象が発動してから5秒以内である事。

 あまりにも刹那的な効果しか持たない故、敵の霊的な攻撃への防御位しか使い道が無い。その効果範囲も精々人一人+α。防御ですら自分ぐらいしか守れない。しかも、一度使うとまた霊力を流し込んで赤く発行させなければならない。使い道が極端に限られ過ぎているのだ。

 だが逆に条件さえ満たせば、無敵の霊現象キラーとなる――――――


 一哉は不敵に笑い、左手の【霊刀・夢幻(エンド・オブ・)凍結(クロノス)】の刃先を【鵺】に向ける。



「さあ、始めようか。死に至る舞の始まりを――――――」



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



 佐奈は咲良と結衣の元へと駆ける。



「佐奈っ!」


「咲良ちゃん、東雲さん、すぐにここから動くよ。」



 佐奈は二人の腕を掴み立ち上がらせる。



「佐奈。一哉兄ぃは大丈夫なの……?さっき、派手に吹き飛ばされてたし……。今は戦えてるみたいだけど…………。」



 咲良は心配そうな顔で一哉の戦いを見ている。

 口ではいつも憎まれ口を叩く割には、何だかんだと心配なのだ。



「大丈夫。とにかく行こう、二人とも。」



 だが、今はそれについて議論している暇は無い。一刻も早く一哉の元へ向かわなければならない。

 一哉の言いつけ通り、二人を安全な場所に連れて行かなければならないのだ。



「『鉄柱連河』」



 佐奈が薙刀に霊力を込め、家の壁をなぞる様に薙刀の刃を滑らせる。

 銀の光が壁を斜めに走ると、ライン上に四角柱の鉄柱がいくつも走る。

 霊術で階段となりうる足場を用意したのだ。



「佐奈ちゃん、一体何を……?」


「屋根上を隠れ場所にするよ。アイツが飛び道具持ってる以上、ここにいるのは危ないし。」


「一哉君はどうするの……? よくわかんないけど、一哉君が戦ってる怪物って凄く強いんだよね?」



 咲良は元より、結衣までこの期に及んで一哉の心配だ。こちらとしては急いで二人を隠さないといけないのに、一哉の事ばかりで事が進まない。もっとも、自分も似たようなものだから笑えないが。

 だが、その心配は検討違いだ。



「お兄ちゃんがあんなのに負けるわけ無いよ?本当だったら私が手を貸す必要なんか無いくらい強いんだもん。だってお兄ちゃんは南条家歴代最強の天才で―――――――私のお兄ちゃんなんだから!」



 先程兄に言った言葉など自分のワガママでしかない。本当に兄が実力を出しきれば、誰かを守るという枷さえなければ、何の手助けもなく【鵺】をも一刀の元に斬り捨てるだろう。そんな事は妹である自分が誰よりもわかっている。それが僅か18歳で特級鬼闘師に上り詰めた天才の実力なのだ。

 一点の疑う余地も無い、兄への信頼。そこに少しでも並び立ちたいと思う浅ましい感情。そして兄を大切に想う気持ち。それら全て汲み取って一哉は共闘を許可してくれた。今自分の中には、喜びが満ち溢れている。


(お兄ちゃん、その気持ちには応えてみせるよ――――――!)


 佐奈はそんな暖かな気持ちを胸に、咲良と結衣を引き連れて鉄柱の足場を駆け上がる。



● ○ ●



「二重起動『刺突地獄』『炎原』――――――!」



 一哉は【鉄断】を地面に突き刺し、霊力を流し込む。

 すると、一哉の霊力に反応した地中から炎燃え盛る無数の銀の針が現出。敵を串刺しにして焼き付くすべく、その切っ先を伸ばして行く。

 一哉の得意とする高等霊術の一つ――――――「二重起動」。属性の異なる霊術を全く同時に発動し、威力を格段に上げる技法。

 だが、【鵺】はまるで攻撃を読んでいたかのように、紙一重のタイミングで跳躍。炎の針地獄から逃げおおせる。


(クソっ…………!また避けられた…………!さっきからどうも攻撃を読まれている………………。まさか、こっちの攻撃を学習しているのか?!)


 通常であれば、【鵺】にそこまで高度な学習能力は無いのだが、この変異種はそうで無いらしい。また、最初のカウンターを喰らったダメージが予想以上に大きく、攻守共に精細を欠いているのは間違いが無かった。

 近距離ではマウンテンゴリラの怪力、遠距離では鴉の羽の石槍、中距離は蛇の毒牙。オールレンジを規格外の破壊力で攻撃してくる怪物だ。戦っているのが並の鬼闘師であったならば、一瞬で肉塊へと成り果てるだろう。

 その攻撃をうまくかわし、受け流しつつ一哉は戦ってきた。だが無尽蔵の体力を持つ怪魔と違い、一哉は人間。体力は有限、持久戦は絶望的に不利である。


(あの技さえ打てれば――――――!)


 一哉にはこの状況を一発で打破する大技が2つある。だが、1つは街中で使うには余りに威力と範囲が大きすぎ、もう1つは、それを使うには隙が多過ぎて、瞬発力に優れる眼前の変異【鵺】には使えないのだ。

 前者は論外。ならば、後者を使うしかない。7秒。7秒だけあればこの状況が打破できる。

 それは佐奈に指示した数字で――――――


(佐奈っ!まだなのか……?!)


 一哉は佐奈を探して、視線を飛ばすが、どこを探しても佐奈は見当たらない。一哉は【鵺】へともう一度攻撃を加えるべく接近しようとし――――――



「――――――――?!!!!」



 突如悪寒を感じた一哉は、その直感に従って大きく横に跳躍した。

 その直後、暗い黄色の光を纏った5本の石の刃が地面を抉りながらさっきまで立っていた位置を通り抜けていく。石の刃は家の塀と激突すると、塀ごと粉々に砕け散った。



「バカな――――――!? 怪魔が霊術を使った……だと……。」



 それは紛れもない、土の霊術『黄閃断』。その発生元は【鵺】の左腕の巨爪だった。まるで佐奈の攻撃を見て学んだと言わんばかりの攻撃。時間が経つにつれて次々と進化していく【鵺】に流石の一哉も戦慄を隠しきれない。

 本当に打つ手が無くなってきた。このままではマズい。最早、周りへの影響など度外視して、一撃で葬り去るしかないのか――――――


 そんな事を考え始めていた一哉は、あるものを見て突如ニヤリと笑った。

 待ちわびたものが来た――――――


 黄色の鮮やかな閃光を視界の端に捉えた一哉は手に持つ【鉄断】と【霊刀・夢幻凍結】を即座に捨てると、後ろに跳躍。同時に最後の一振り【神裂】を抜き放つ。

 後退する一哉に【鵺】は距離を詰めようと前傾姿勢を取るが――――――


 ―――ガアァンッ!


 【鵺】の眼前に石の刃が着弾。

 今度は【鵺】が一哉から大きく距離を取った。

 それは、上空から放たれた佐奈の『黄閃断』――――――



「お兄ちゃん、お待たせ!!」



 セーラー服のスカートを翻して着地した佐奈はそのまま【鵺】へと向かう。一哉はその姿を確認すると、【神裂】を納刀し目を瞑る。

 この先は絶対集中の領域。佐奈に全てを委ね、ただの一撃に己の全てを、己の力の全てを籠める。


 ―――1秒

「『刺突岩針』――――――!」


 佐奈の描く黄色の閃光が無数の岩の針山を作り出し、【鵺】へと向かう。


 ―――2秒

 当然のようにかわした【鵺】はカウンターの右裏拳を放つ。


 ―――3秒

 佐奈も【鵺】の攻撃を読み切り、裏拳をしゃがんでかわすと同時に、薙刀を左に一閃。『黄閃断』を放つ。


 ―――4秒

 『黄閃断』は【鵺】の硬化した筋肉を通らない。【鵺】が追撃に下から上へと爪撃を放つ。


 ―――5秒

 流れるようなカウンターに佐奈は回避が間に合わない。佐奈は回避を諦めると、薙刀の刃先を【鵺】の刃先に合わせ、敢えて吹き飛ばされることで逆に衝撃を殺す。


 ―――6秒

 佐奈は後方宙返りにて衝撃を相殺しきって着地。

 たが、【鵺】の追撃は終わらない。すぐそこにまで、醜い狗の頭と牙が近づいている。


 ―――7秒

 佐奈は得物をあっさりと【鵺】に投げつけると、ダイビングの要領で横へ大きく跳躍。【鵺】は簡単に薙刀を噛み砕くと、佐奈を追おうとする。



 だが――――――



「これにて終幕だ――――――」



 【鵺】は時間を与えすぎた。

 一哉が佐奈に作らせた7秒の時間は【鵺】に対する死の宣告のカウントダウン。それを丸々与えてしまった時点で【鵺】の行く末は決まっていて――――――



「神裂最終奥義『次元断』――――――!!!!」



 一哉は左手で鯉口を切ると、神速の抜刀をただ一閃見せる。流れる水の如く一片の淀みもなくただひたすらに真っ直ぐに。抜き放った刀一振りから走る閃光は無数。白色の光が何閃も走り、一瞬で消滅する。

 一気に振り抜いた一哉は刀を返し、静かに納刀。

 一哉が刀を抜き放ってから、納刀までまるで時間が止まった様な静けさが辺りを支配する。

 そして、納刀が完了し鍔と柄が「キンッ」と鳴った時、再び時は動き出す。



「ガッ―――――――――?!」



 何が起こったか全く理解できない表情の【鵺】はマトモな断末魔すらあげること無く倒れ伏し、そしてそのままバラバラになった。


 一哉の持つ三振りの刀の1つ【神裂】。三振りの中で最も軽く、居合に適した刀であり、刀身に刻む印は霊力を流し込む事で磁力反発による抜刀速度の上昇と、極々細い灼熱の斬撃を飛ばす機能を有する。【神裂】は刀の運用が一番一般的な日本刀に近く、クセが無い分、能力使用には莫大な霊力と集中力が必要となる。加えて、灼熱の斬撃を放つ能力は霊力の消費が特に激しいため何度も使えない欠点がある。また、斬撃が飛ぶ距離も短い。

 しかし、それらのリスクを全てカバーし、極限の集中の中で一点の曇りもない抜刀をする事ができれば、あらゆる物を離れた場所から一瞬で切り裂く無敵の刃とす。

 それが2つある大技のうちの1つ、「神裂最終奥義『次元断』」―――――



 絶命する【鵺】を見届けた一哉は、霊力を使い果たして疲れ果てた身体から意識を手放す事を決める。

 意識を失う直前に見えた十六夜の月。

 その姿に何とも言えない美しさを覚えた一哉は、満足げな表情で倒れたのだった。

次回第1章最終話です。

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