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鬼闘神楽  作者: 武神
第5章 聖竜に捧ぐ鎮魂歌
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拾撥ノ舞 一撃必殺

 心の絶叫が莉沙の心を蝕む。当然ながら、その絶叫が莉沙の口から漏れる事は無い。誰も莉沙の叫びには気が付かない。当然、少し離れた所で彩乃と戦う一哉にも。



「がら空きや、ボケ!!」



 だから、そんな莉沙の事が慮られる事は無い。状況は莉沙の事などお構いなしに、次から次へと変化していく。

 隙だらけとなった莉沙の虚を突こうと加島が突っ込んできたのだ。加島は、今は霊術が遣えない、遣っても意味が無いと踏んで、直接攻撃を選択したのだろう。

 更には。



「何ばブツブツと独り言ば言いよーったい!!」



 荒川も籠手を装備した右腕に力漲らせ、莉沙の身体を打とうとしている。霊術が効かないのであれば、徒手空拳で戦えば倒せる。そう思っているのだろう。

 だが、それはあまりにも安直すぎる。そんな事位わからない筈が無い。



「無粋よのう、鬼闘師共。孫との会話ぐらい、静かに聞いて待っておれんのか」



 満を持して放たれた二人の攻撃。それを莉沙は――いや、莉沙の中の聖竜は二人にはマトモに視線もくれず、アッサリと攻撃を躱した。



「マジか! 一体どこに目ぇ付けとんねん?!」

「ぬぅ!」



 不意を突いた筈の初撃を躱された。その事に動揺を隠せない加島と荒川の二人だが、そこで加島も荒川も全く攻撃の手を緩めはしなかった。二人は間断無く刃を、針を、拳を竜へと振るう。


 元々理から外れた人外の存在である怪魔と戦う鬼闘師は、並みの人間よりも身体能力が高い。当然個人差があるので、中には一般人以下、という者も居なくはない。だが、二人は特級鬼闘師である。加島にしても、他と比べると近接戦闘が苦手というだけで、決してその水準は低くないし、荒川の方は顔にも体格にも戦い方にも似合わず、常に暗殺・不意討ちのスタイルを取っているため、その巨体にもかかわらず、動きは恐ろしく身軽である。

 だというのに。



「くそっ! なんで攻撃が当たらへんのや!!」

「なんや、こんアマ! 大人しゅう死んどかんかい!!」



 二人の攻撃は全く当たらない。

 最初からどこに攻撃が来るのかがわかっているかのように最小限の動きで躱し、受け流し、受け止める。加島も荒川も自らの腕や脚が千切れそうな程に全力で動き、喰らいつこうとしているというのに、当の本人は全く意に介する事も無く極めて涼しい顔でいなし続ける。



「無駄だ、無駄無駄。リーサにも勝てぬうぬ等が妾に勝てる道理など有る訳なかろう?」


「なんやめっさ腹立つやっちゃな! だいたい、アンタ何者やねん!! この動きも、さっきの技も、人間に出来る芸当ちゃうで!!」


「当然だ。我を矮小なる人間などと一緒にするな。先程から何度も言っておろう。妾は大自然の代弁者である、と」



 聖竜はめんどくさそうに喋りながら、加島の刃と荒川の籠手、その両方を素手でアッサリと掴み取ってみせる。



「つまりアンタは西薗リーサやない、言うてんねんな?! 人格変わるだけでこんな――――」


「戯れ言をぬかすでない。これは、別の人格などとそんなものではない。初めから妾とリーサは別個の存在よ。ゆえに妾の力はリーサのモノとは格が違うのもまた道理。ただ、妾という確固たる存在が、西薗一によってこの娘に混ぜられた。ただそれだけの事よ」



 そう言いながら二人の攻撃を脇に逸らし、それぞれに回し蹴りと後ろ回し蹴りを喰らわせる。無理な態勢から放たれたその蹴りは流石に威力が低かったのか、加島と荒川にも充分に耐えられるものだったが、吹き飛ぶ、とまでもいかずとも態勢は大きく崩され、膝をつかされてしまった。



「はぁっ……はぁ…………ッ! また……西薗一かいな……! アイツ、ホンマ余計な事しかせんな!」


「それこそ、今更やろう。アレは現役時代から厄介者ん代表やった。今更アイツん悪評なんか聞いたっちゃ不思議やなか」



 冷ややかに自分達を見下し続ける聖竜の前に、これまでの疲労からか頭を垂れるしかない加島だったが、戦闘時間が短い分、荒川にはまだ多少体力が残っていたのだろう。すぐに立ち上がり、構えを取る。



「コイツがどんな存在やろうが関係なか。ワシの力の前に……『一撃必殺』の前には、生きてはいられん!」


「あー…………やっぱ、アレやんの? アレ使った後の死体、人形みたいで気持ち悪ぅて嫌やねんけど、何とかならんの?」


「ならん! ついでに言えば、派手に殺すんな暗殺ん流儀に反する」


「なんやねん、暗殺の流儀って。アンタ、見たまんまにパワーファイターやんけ。スパイ映画の影響受けすぎやで」



 そう言って、加島も溜め息を吐きながら立ち上がり、構える。それが鬼闘師に課せられた使命でもあるから。

 だが、そんな二人の態度と会話を受けて、聖竜は自らの腰に両手を当てた。そして、あからさまに呆れた顔を作った後で、異様な程大きな溜め息を吐いた。



「成程…………うぬらの慣用句に『馬鹿につける薬は無い』などと言うが、まさにうぬらの事であったか」


「なんやと? 貴様はワシらん本当ん力ば知らんだけや。そげん口ば利いとったら、すぐに後悔することになるぞ」


「"力"…………? 今、"力"と言うたか、この阿呆が。丁度良い、鬼闘師共、そしてリーサよ。妾が教えてやろう。真の"力"とはこういうことを言うのだと…………!」



 聖竜は自分の頭上へと手を掲げる。丁度掌を天頂に向ける形で。

 その姿は何か神々しいモノを、聖なるものを掴もうとする仕草にもどこか見えて。加島と荒川はただ、そんな聖竜の姿を見ている事しか出来なかった。



「≪滅せよ≫」



 始まりはその言葉だった。いや、終わりすらその言葉だった。

 何もかもがその瞬時に起きた事だった。何もかもが一瞬の内に、莉沙の身体から放たれた強烈な光の中で完結していた。



「嘘や……こんな……」

「こりゃたまがった…………こげなん、霊術でも魔術でもできんぞ……!!」

「小倉先輩…………?!」

「リーサ…………」



 その圧倒的な光景に、加島と荒川は勿論、離れて戦闘を続けていた一哉と彩乃の顔すら驚愕の色に染まる。ただ4人に許されたのは4者4様に驚き、迷い、固唾を呑んでその光景を見つめ続ける事だけ。



「こんなものは妾の力の一端に過ぎぬ。だが、うぬ等がこれをその身に受けた時……どうなるか想像もつかぬ程愚かでもあるまい?」



 それは。4人が見上げた先にあった光景は「無」だった。

 あの時、あの瞬間。高く掲げられた莉沙の右手の掌からは強烈な一閃の閃光が放たれた。音も無く、ただ強烈な光だけを撒き散らして。

 その次の瞬間、4人が戦う建屋の天井には大きな穴が空いていた。コンクリートは勿論、それを支える鉄骨すら跡形もなく消し飛ばして。閃光が通った孔はマグマの様に溶け、赤熱化してさえいる。


 力の差は歴然だった。

 コンクリートすら一瞬で蒸発させる、圧倒的で絶望的な熱量を孕んだ閃光。それをたった一言の詠唱で起動してしまう目の前の存在の異常さ。

 こんなモノに勝てるわけが無い――この場に居る4人の誰もがそう思った時。



「先ずはうぬじゃ」



 そうして指差されたのは加島。



「な…………っ!」



 余りにも短い処刑宣告を告げられる。その直前だった。

 誰よりも早く動いたのは一哉。



「二重起動!! 『刺突地獄』『禍津波(まがつなみ)』――――ッ!!」



 突如、莉沙の――姿をした聖竜の――眼前に格子状に無数の針が並び立ち、そしてその後方に壁の様な津波を発生。津波はさらに莉沙へと向かい始めた。

 そしてそれと全く同時に。



「《滅せよ》」



 莉紗の指先より再び目も眩むほどの光量の閃光が放たれた。

 刹那、一哉が霊術で生み出した針が飴の様に溶け、津波の一部が気化して大量の高温水蒸気が辺りに撒き散らされる。莉沙の放った閃光の熱量が多過ぎて、一哉の霊術すら莉沙の攻撃を止めるには足りないのだ。



「ちっ! 南条一哉め…………余計な真似を」



 大量の水が変化した高温水蒸気は触れれば火傷では済まない程のエネルギーを孕んでいるので、一哉は勿論、莉沙すらも迂闊に動けない。元々は霊術で生み出した水であるがゆえに、その量も決して多くはないが、それでも無視できるものでは無い。

 そんな中、ただ一人迷わず人物がいた。



「はああああぁぁぁっ!! 今度こそ、隙ありやッ!!」



 立ち込める高温水蒸気の湯気によって視界が遮られる中、その男――加島だけは一切の迷いを見せること無く白い壁を突っ切って、法具である刺身包丁を携えて莉沙の前へと躍り出た。

 刺身包丁を破壊しようと、めんどくさそうに腕を振るう聖竜。しかし、加島はそれがわかっていたかの様に刺身包丁を投げ捨てると、莉沙の腕を掴み、スルリと後ろにすり抜けて両腕を拘束する形を取る。



「む……外れぬ? 小癪な……妾の神聖なる身体に触れるとは、余程死にたいらしい。のう? 鬼闘師よ」


「やかましいわ! ちょっとは黙っとれ!!」



 脱出を試みる聖竜だが、加島が余程上手く固めているのか、その怪力を以てしても莉沙の身体を解放するには至らない。



「加島さん!!」


「さっきはおおきにな、南条君! んで…………出番やで、荒川はん!!」


「おう!」



 同時、荒川も莉沙へと駆け寄る。右腕を引き、パンチを叩き込む姿勢で現れ、そのまま突っ込んだ。



「ふん、くだらん……まだ格の違いがわかっておらぬ様だな」



 だが、莉沙はそれを避けようともしない。

 荒川の攻撃を見世物だと断じて、最早避ける必要すら無い、と受け止める余裕すら見せようとしているのだ。

 そんな莉沙に対し、荒川は些か怒った様な顔をした。そして、その鬱憤を晴らすかの様に更に勢いをつけ、莉沙の懐へと飛び込んでいく。



「どわっしゃあぁぁぁ!!」



 荒川の拳が莉沙の左胸を捉える。

 その拳は本来であれば、通用しなかっただろう。荒川は既にかなり消耗しており、また、莉沙の方も、自らを押さえ付ける加島を振りほどく事など、実はその気になれば容易いことだったのかもしれない。

 だが、事は為された。

 全ては荒川の固有霊術の能力と、聖竜が避けることすら値しない取るに足りぬ攻撃だと油断していたが故。



「ぬぅっ……?!」



 荒川源治の特級鬼闘師としての二つ名は「一撃必殺」。ある条件下で発動させられる荒川の固有霊術によって為される、絶対必殺の技。それが二つ名の由来だった。

 それは例え魂が竜になろうとも、所詮は人間の身体でしかない莉沙の身体にも適用されていて。

 猛威を振るった暴力の化身は、静かに崩れ落ちた。

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