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鬼闘神楽  作者: 武神
第5章 聖竜に捧ぐ鎮魂歌
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拾漆ノ舞 禁断のペルソナ

 莉沙が気がついたとき、景色は元に戻っていた。

 加島を吹き飛ばし、『輝龍の噴光(フラッシュ・ヴォルケイノ)』を起動しようとする直前の景色に。


 意識はある。

 呼吸もしている。

 目は見える。

 耳も聴こえる。

 匂いも感じる。

 五感が間違いなくある。


 だというのに、莉沙が抱いたのはとてつもない違和感だった。まるで自分が自分でないような――


 すると莉沙は、自分の意志とは全く無関係に『輝龍の噴光(フラッシュ・ヴォルケイノ)』の起動を強引に破棄(キャンセル)すると、これまた莉沙の意志に逆らって加島の元へと歩いていった。



(ちょっと待ってよ! 一体どうなって…………あれ? 声が……っ!!)



 莉沙は勝手に動く身体に抗議しようとして――失敗した。

 どれだけ叫んでも、どれだけ口こうとしても、声は出ない。

 まるで意識はそのままに、身体の主導権を乗っ取られたかの様に、自分の意志の通りにならない。

 そして代わりに口から飛び出したのは。



「久方ぶりの外界だ。少し遊ばせて貰うぞ」



 そんな言葉だった。

 誰かが自分の身体を使って、好き勝手している。そしてその光景を当事者視点として見ている。これ程気持ち悪いことは無い。



「…………なんや、アンタ。さっきと比べてえらい雰囲気変わったな…………。何者(ナニモン)や?」



 壁に叩き付けられていた加島も異変を感じ取ったのだろう。先程までのヘラヘラとした気の抜けた顔を止め、鋭い目付きで睨み付けてくる。

 そんな加島に、莉沙は両腕を人間の腕に戻しながら、めんどくさそうに答えた。



「控えよ、小さき者よ。たかが人間風情が妾に謁見しようなど、おこがましいにも程がある。身の程を弁えよ」


「二重人格かなんかか? 放っとる気も、纏う威圧感も、殺気の質もまるで別モンやんけ…………!」


「当然だ。リーサは妾の力を遣っておったとはいえ、所詮は人間のレベルでの話。大自然の代弁者たる妾の足下にも及ばぬ」


「…………っ!」



 さっきまで莉沙と戦っていた時とは明らかに様子が違う。

 加島の顔に浮かぶ脂汗を見れば、今の莉沙に心の底から恐怖を抱き、警戒しているのが手に取るようにわかる。

 そして暫く加島と莉沙は睨み合う。

 戦いの火蓋が切って落とされるのを、一瞬の隙も見逃さぬ様に待ち続けている。


 やがて先に均衡を破ったのは加島の方だった。

 加島はおもむろに隠し持っていた粉の袋を取り出すと、残り全てを一気にぶちまけた。

 そして。



「《血の如き炎の華 疾く駆け 咲き誇り 戦場を朱に染めよ》――――『紅蓮華』!!」



 大火力の霊術を起動。

 途端、これ迄の規模とは比べ物にならない大火力の爆発後起こる。さすがの加島もこの威力は自爆覚悟で遣っているのだろう。今までで一番遠慮が無かった。

 その威力はただの粉塵爆発を遥かに凌駕するモノだった。莉沙が居た場所は壁も床も吹き飛び、建屋の2階に居た為に落下する羽目となった。

 もし加島がこの爆発に指向性を持たせていなければ、この場にいる全員が吹き飛んだだろう。事実、それ位の威力はあっだ。

 莉沙を真に警戒したからこその、この一撃だ。

 

 だが。



「ふん…………くだらぬ」



 莉沙は、いや、莉沙の身体を操る何者かは心底つまらないものを見た様な、退屈そうな視線を階下から加島に投げかけていた。



「んなアホな…………避ける間も無い程爆風を張り巡らせたハズや…………一体どないなっとんねん」


「当然の事であろう。魔も霊も、全ては我が威光にひれ伏す。人如きが操る魔など、造作もなく打ち消せるに決まっておろう」



 そんなとんでもない事を事も無げに言いながら、たった一跳びで二階に戻ってくる莉沙は、完全に人間の持つ身体能力のソレを越えている。

 元々莉沙は竜の力を引き出すことで異常な身体能力を得ていたが、莉沙自身の記憶の中でも、一跳びで4m近くを簡単に跳んでしまうような力は無かった筈だ。



「ゆえに、妾に抵抗しようとする事そのものが罪である。ところで鬼闘師よ――」



 舞い戻った莉沙は、加島に殺気のこもった視線を向ける。

 その視線に少しも怯むこと無く、加島も睨み返してくるが。



「…………なんや?」



 莉沙の意識は既に加島には向けられていなかった。



「うぬらは虫けらにも劣るな――――背後から攻撃しようなどと」



 莉沙は突如振り返って、裏拳を放つ。

 そこには、まるで処刑斧の様に巨大な斧を莉沙の脳天目掛けて振り下ろす荒川源治の姿。



「ぬぅ?!」



 莉沙は振り下ろされる斧に裏拳を当てる。

 すると、斧は莉沙の攻撃の強烈さに耐えられず、柄をへし折られて明後日の方向へと飛んでいく。

 さらに裏拳の回転の勢いを殺すこと無くもう一回転すると、今度は勢いを殺しきれずに突っ込んでくる荒川に超高速の回し蹴りを叩き込み、床へと叩き付けた。



「ぐおっ!!」



 そのまま床を転がっていった荒川は、大ダメージを受けながらも何とか、といった様子で立ち上がる。見た目のタフさとは裏腹に、たった2度攻撃を受けただけでかなり消耗しているらしい。

 いや、これに関しては荒川が打たれ弱いと評するのは早計だ。どちらかというと、加島の耐久力の方がおかしいのだ。あれだけ攻撃を叩き込まれて平然としていられる方がおかしい。

 莉沙はそんな事を思いながらこの状況を傍観していたが、一方の莉沙の身体を勝手に動かす何者かは、荒川をゴミでも見るかの様な目で見やりながら口を開いた。



「弱者が圧倒的強者と戦う時に力を集結させるのは当然の事であるが…………不意討ちなど下賎なる者のする事よ。うぬら鬼闘師には戦士たる誇りは無いのか?」



 圧倒的強者の侮蔑の視線。

 普通の人間であれば、立ち向かう意志すら削がれるだろう。

 だが、加島はそんな莉沙の予想よりも遥かに"己"を持っていて、あろうことか莉沙に対して反論してきた。



「何が戦士の誇りやねん…………ワイら、古代ローマの剣闘士(グラディエーター)ちゃうねんぞ。少なくともワイは誇りだとか、名誉の為に戦っとる訳やない。神坂はんみたいなキル厨でもなければ、南条君みたいな英雄願望持ってる訳でもない。神童はんみたいに何でもかんでもわかっとる訳でもないしな」


「ほう? ならば、何故うぬは戦う?」


「生きる為や。昔、怪魔の存在を知った時から、ワイは生きる為に戦うとる。この世界に足を踏み込んだら最後、二度と出ていかれへんのやったら、ワイは戦って生き残ったる。それだけや。せやから、ワイには勝利が全てや。その為やったら、闇討ちだろうが、不意討ちだろうが、騙し討ちだろうが、何だってやったる。たとえ組むのが、見た目と法具の割りには闇討ちの事しか考えてへん、うるさい上に気に食わんオッサンやったとしてもな」



 加島は再び工具ホルダーから錐を取り出すと、それを逆手に持って構えた。



「せやから、今回も勝たせて貰うで。今日の一品料理はトカゲの開きや」



 加島は莉沙に対する畏怖を克服したわけではないのだろう。額には汗が浮かび、構えは気持ち防御姿勢寄りで、顔付きに余裕が無いところを見れば、一目瞭然だ。

 だが、眼だけは死んでいない。

 そして、闘気も微塵も緩んではいない。


 そんな加島の様子を見て。

 莉沙は。莉沙の身体を乗っ取った何者かは突然笑いだした。

 心底愉快なモノを見た、そんな快活な笑い声を莉沙の声であげる。



「はははっ…………くはははははっ! 言いよるわ、この虫けらが!! 人間の分際で妾をトカゲ呼ばわりするとは、余程死にたいと見える! 肉体を取り戻して早々、こんな傑作の見世物を見られるとは思いもせんかった!!!! …………これは褒美を取らせてやらねばなるまいな! 妾が与える、贅沢な死という褒美を――――ッ!!」



 莉沙の言葉に合わせて、加島と荒川が同時に動く。

 加島は錐に加えてメイン法具の刺身包丁を抜き、荒川は元々装備していた籠手を携え、莉沙の周りを回る様に駆け出す。



「痛快、痛快!! 何をするつもりかは知らぬが、この妾を見事愉しませてみよ、虫けら共っ!!」


「やかましいわ! 行くで、荒川はん!!」


「おう!!」



 二人はそれを合図に、同時に霊術を起動する。



「『炎刃連撫』――――!」

「『剛岩』」



 加島からは燃え盛る炎の刃が。そして荒川からは拳大の岩が弾丸の様に飛ぶ。どちらも莉沙の攻撃に比べれば圧倒的に威力は低いが、直撃すればタダでは済まない程の威力がある。別に莉沙の生命を奪おうとも構わないといった、容赦の無い攻撃だ。

 だが、そんな攻撃も今の莉沙には全く届かない。



「《勅命ぞ》――――」



 二人の霊術起動を目の当たりにしても、莉沙は顔色一つ変えることは無かった。

 莉沙が手をかざして、そう呟く。たったそれだけの事で、二人の霊術は何事も起きなかったかの様にかき消えた。



「なんやと――――?!」

「マジか! まさかコレが、南条君が報告に上げとった、霊術を無効化するって魔術か?! せやけど、魔術起動の気配なんか……」



 その結果に、当然ながら二人は眼を見開いて驚愕する。

 この世に霊術を無効にする手段が無いわけではない。咲良も得意とする「除魔の舞」を筆頭に、そういった効果を持つ魔術や霊術が――厳密には魔術も霊術も術式体系が違うだけで本質的には同じものだが――幾つか存在している。

 だが、今起きたのはそんな次元の話ではない。いくら状況を傍観せざるを得ないとはいえ、自分の身体に起きた事だ。莉沙にはわかる。莉沙の身体を乗っ取った何者かは、魔術など遣っていない。人には理解の及ばない、もっと別の力が作用したとしか思えない。



「これは魔術などではない。確かにリーサは『竜の拒壁』などという名の魔術を遣っておったが、あんなもの、妾の"王権"を部分的に抽出し、魔術法陣上に固定する事で妾の"王権"の効果を再現しようとした劣化複製に過ぎぬ。先程も言うたであろう? 妾は大自然の代弁者であり、魔も霊も妾の威光にひれ伏す、と。妾の"王権"は、妾の許可せぬ魔力の偏りを正す」


「…………っ! つまり、アンタは『除魔の舞』みたいに霊術の霊力構成を強制的に分解・消滅させる事が素の状態で出来るっちゅう訳か」


「まあ、うぬらの知識に従って言うのであれば、そういう事になろうな」


「難儀なやっちゃな…………っ!」



 話を傍観していた莉沙は、加島と自分のやり取りを聞きながら驚愕していた。

 自分が遣っていた龍魔術は、ずっと"血"が教えてくれたモノだと思っていた。それは戦闘の度に必要な手順が勝手に頭に浮かんできていたから。

 だが事実、莉沙の身体を使って行われたことは、莉沙が遣っていた力以上の力の行使だ。下手をすれば、陰霊剣の権能にも匹敵しうる、理屈も理も通用しない、純然たる力の象徴とすら言えるかもしれない。



(まさか……コレがボクの本当の力……?!)



 そう思い立つのに時間は然程もかからなかった。それ程にまで衝撃的な一幕だった。


 莉沙は乗鞍高原の戦いで痛感していた。

 自分の力は佐奈や栞那には通用しない。佐奈の呪いのせいで力を十全に遣えなくなった事もあるが、それ以上に、二人の力とは全く歯が立たないとは言わない迄も、圧倒的な差があると知らしめられてしまったのだ。

 そうでもなければ、父の仇の息子と組みなどしない。


 だが、この力が本当に自分のものなのだとしたら、話は別だ。全ての前提は覆る。

 この力があれば、一哉の力など要らない。即座に鬼闘師共も対策院も蹴散らし、佐奈と栞那を見つけ出して殺せる。

 そして最後に南条聖に鉄槌を下せば、莉沙の復讐は終わる。

 元の自分には二度と戻れないだろうが、この世への未練も無くなる。

 そんな事を考え始めていた莉沙の頭の中が、実は恐ろしく"おめでたい"事である事など、完全に気づいていなかった。



「愚か者が」



 その声を莉沙が聞いたとき、莉沙は己の身体を操る者が加島と荒川に向けて放った言葉だと思った。

 だが、明らかに文脈が繋がっていない事にすぐに気がつく。

 事実、加島・荒川両名共が怪訝な表情を浮かべている。


 その声は確かに莉沙の声をしていたが、なぜか莉沙には身体を奪われる直前に見た幻影(ヴィジョン)の中に現れたあの少女のものにも聞こえた。

 だが、それが己に向けられたものだという事も、声の主の正体も、あの少女がなぜ自分に語りかけたのかという事も気付きはしなかった。勿論、己の力の正体も。

 そして、そんな莉沙に声は冷たく言い放った。



「リーサよ、勘違いも甚だしい。うぬがこれ迄遣ってきた力はうぬの力等ではなく、うぬの魂に混ざった竜の力の上澄みをただ抽出して放出していたに過ぎぬ」


(そんな事位わかってる――っ!)


「いいや、わかっておらぬ。うぬはこれ迄、アイナが創り出した特殊な魔術式によって妾の力を引き出し、戦ってきた」


(……ママが……創った……? いや、それより、今なんて…………)


「その魔術式は聖竜の血を媒介として妾の魂に介入し、妾の力を引き出すことが出来る。だが、抽出量にも限度がある。人の身で妾の力を全て遣うなど、自殺行為にも等しい。ゆえに、アイナは一度に妾の魂から力を引き出せる量に制限をかけた」


(……な、何の……キミは、何の話をしているんだ!)


「ふん。疑問は無かったのか? 南条佐奈に呪いを撃ち込まれてから、妾の力をこれまで通り扱えぬのか」


(そ……それは……っ! 竜の力も、ボクの魂と同じく腐り堕ちていくからで――)


「馬鹿者。なぜ呪いの力に抵抗できる竜という存在が、人間如きがかけた呪いで死に至る? 道理に合わぬではないか」


(――――ッ!!)


「アイナの設けた制限はうぬの力に比例する様になっておる。ゆえに、力の弱まったうぬが妾の力を引き出せぬのは当然の道理よ。もっとも、妾が意図的に力を貸し与えればその限りでは無いがな。ゆえに、うぬがこれ以上の力を付ける事も無ければ、この先、あの【神流】なる理を乱す痴れ者や、南条佐奈に勝てる道理など有る筈も無い」



 その言葉を聞いた時、莉沙は自分がとんでもない勘違いをしていたことに漸く気が付いた。

 幼き頃のあの日、父・西薗一に植え付けられた"白き竜"の血。それによってもたらされた、他者を圧倒する聖竜の力。莉沙はずっと、それが父の言う「魂の高次元転移」施術により、西薗リーサの魂と"白き竜"の魂が融合する事で得た、自分だけの力だと思っていた。

 だが、この少女が言う事が正しいのだとしたら。自分がただ思い込んで、思い違いをしていたのだとしたら。本当は少女――聖竜の魂が莉沙の魂の中に封印され、その力を搾取していただけなのだとしたら。



(じゃ……じゃあ、ボクの中の竜の魂の比率を変えられたのも…………っ!)


「当然、妾が仕向けた事よ。妾が肉体を取り戻すための……こういった状況に持っていきやすくするためのな」


(う…………う……うわああああぁぁぁぁぁっっっっ!!)



 告げられた言葉に、自らの中に意思を持った存在が居る違和感に、そしてその者がもたらす悪意の悍ましさに莉沙は絶叫するしかなかった。

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