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鬼闘神楽  作者: 武神
第1章 その名は鬼闘師
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什ノ舞 悪霊の正体

咲良の活躍会です

 ―――東雲結衣はこの日、自らの知らない、新たな世界、非日常へ飛び込んだ。

 しかし、その世界は到底結衣の理解の及ぶものでは無かったという事を今更になって思い知らされる。



 約15時間ぶりの帰宅をした結衣を受けていたのは、氷河期になったのかと勘違いしそうになるような光景――――――氷河の様に凍り付いた東雲家の姿だった。結衣が毎日使っている靴箱は凍り付いて扉に触れる事すらできない。木のフローリングが落ち着くとお気に入りだった廊下は、一面に氷が貼り見る事も叶わない。



「どうして……。何でこんな事に……。」



 結衣は変わり果てた自宅の姿に呆然とするしかなかった。

 確かに異変はあったが、今朝までは変わりなかった筈だ

 なぜ自分の家だけが怪奇現象に襲われ、日常を奪われるのだろうか。自分が何かしたのだろうか。自分の世界じゃない場所へ足を踏み入れたから?それとも、身の程知らずの恋に身を焦がしたから?

 見慣れた光景が、日常が、思い出が、音を立てて壊れていく感覚。


 そんな結衣の様子に気づいた一哉は、わずかに微笑みながら結衣に話しかけてきた。



「行くぞ、東雲さん。ショックなのはわかる。だけど、何にしても原因を探らない事には何も始まらない。」


「うん……。」



 結衣は一哉達が東雲家を探索するのを眺めていた。

 一哉にしろ、佐奈にしろ、咲良にしろ、本来であれば陰の気の強さを辿っていけば自ずと位置を割り出せるのだが、今はその手が使えない。東雲家内に立ち込める陰の気が強すぎて発生源がまるで特定できないのだ。虱潰しに探してその元を断つしか方法は無い。

 凍り付いた東雲家はとても歩きづらかった。氷漬けとなった事で脆くなったフローリングが崩れ、ところどころ氷柱が立っているが、結衣を除く3人は大した障害とも思っていないようでどんどんと探索を進めていく。

 中を調べれば調べるほど結衣は悲しい気持ちになっていく。



 父と、母と、姉と過ごしたリビング。

 家族みんなで集まって笑いあった食卓。

 大切で大好きだった母と姉の仏壇。

 いつか一哉と立ちたいと願った台所。



 そんな結衣にとって、何でもないようで愛おしい、暖かな日常は全て氷の中に埋まってしまった。

 結衣の心を虚無が満たしていく。

 早く原因がわかってほしい、解決してほしい。

 しかしそんな思いもむなしく、一階を探索し終わったが、結局怪しい部分は何も見つからなかった。



「お兄ちゃん、1階は何も無さそうだよ?」


「らしいな。となると、2階か…………。」


「さっさと原因を見つけて浄化しちゃいましょう。ここ、居座るには少々寒すぎるわ。」



 結衣にとっては日常の崩壊でも、他の3人にとってはただの日常でしかない。

 一哉の秘密を知った事により結衣は非日常の世界へと確かに足を踏み入れた。しかし、やはり自分が居場所のある世界でも無い。一哉と佐奈と結衣は兄妹と幼馴染。そもそも結衣とは付き合いの年季が違う。だから、自分が3人の輪に入れないのは当たり前で――――――――10年前にただ一度出会っただけの結衣とは決定的な差を見せつけられているようでとても悔しかった。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



 一哉達の捜索の結果、3人の意見は1階には何も無しで全会一致。今日初めて、3人の意見が違う事無く完全に一致した。プライベートでは趣味嗜好や関係性はバラバラだが、仮にもプロ、仕事では息がぴったり合う。

 残された探索領域は2階のみである。一同にも緊張の色が走る。悪霊はタダでさえも厄介な存在だが、そもそもこの東雲家の状態は何もかもが異常である。慎重に、階段へと一行は向かう。



「東雲さん。2階には何が?」


「家族の部屋。お父さんとお母さんの部屋、私の部屋。……あと、お姉ちゃんの部屋。」


「東雲さん、お姉さんいたのか。お姉さんは就職で居ないのか?」


「うん。お姉ちゃんも死んじゃったから。10年前に。」



 その言葉に、一哉は再び記憶の引っ掛かりを覚える。

 ――――――10年前。死んだ母親。泣いている少女。姉。

 何か思い出せる気がする―――――――

 だがやはり、思い出せそうで思い出せず、いくら悩んでもその引っ掛かりが解決する事は無かった。



 階段へ着き早速上ろうとする一行にいきなり障害が立ちはだかった。

 階段が凍り付き、滑り台を形成していた。



「こんな事ってある?」



 うんざりしたように佐奈が一哉に視線を送ってくる。

 確かに寒冷地方では階段で雪が踏み固められ、滑り台の様な圧雪を形成する事がある。しかし目の前にある光景はそんな生易しいものでは無い。完全に斜面を形成するように階段を氷が覆っている。ここまであからさまになると疑わざるを得ない。



「あまり考えられない事だが、誰か第3者が介入してるとしか思えない。まず第一に、家の外も中もこんな事になっているのに、近隣住民や通行人、果ては門扉をくぐる前までの俺達ですら、この異常事態に気づけなった。そして第二に悪霊のレベルでこんな事が出来る時点で異常だが、ここまであからさまに侵入を拒む階段の凍結。こんな事、外部から手を加えなければできるわけが無い。」



 あまり想定したくない事態だが、明らかに第3者が関わっている。本来忌土地になる筈のない場所が忌土地になりかけ、家の中は異常な凍結。しかもその現象は東雲家のみに限られている。しかもそんな異常な現象が起きているのに外部から誰も知覚できない。さらにその凍結の仕方も、その原因たる存在が潜むであろう2階への侵入を拒む様に展開されている。つまり、誰かが意図的に結衣を狙っているのだ。

 本来であれば家の中にいる結衣を追い出し、家の外に出たところを人知れず亡き者にするつもりだったのだろう。


 ―――――――だが、この場所には咲良がいる。

 結衣を狙う者が何者かはわからない。だが、その狙いは一哉が来た時点で、咲良を連れてきた時点で完全に詰みだ。

 そして悪霊が引き起こした現象であれば、それは祈祷師の仕事の領域だ。



「咲良、頼めるか?」


「私を誰だと思ってるのよ。言われなくてもやるわ。」



 咲良は自分の法具たる紫紺の洋扇子を取り出すと、静かに目を閉じ、目の前に扇子を広げて構える。

 精神を集中し、研ぎ澄ましている合図だ。

 その姿は着ている服と相まって海外の高貴なお嬢様の様にも、はたまた対照的に舞を踊る前の舞子にも見える。サイドテールのゴスロリ美少女の非日常的かつ美しい姿はこの異常な現場を前にして、少しも揺らぐことが無い。可憐に、高貴に、そして優雅に構える咲良の姿は凍り付いた世界の中で一際の輝きを放っていた。

 ひと時の沈黙の後、咲良の口から言霊が紡がれる。



《八百万の神よ その御力我が元に貸給へ 我は万物と語らう者 我が意志の元に 夢現を打消し給へ》



 言霊の詠唱を終えた咲良は洋扇子を横薙ぎに一閃――――――


除魔の舞(じょまのまい)―――――!!』


 その途端に効果が表れる。滑り台の様に凍り付いた階段は、その氷の戒めから解放。咲良に近い場所から順に2階に向けて青い光を発しながら氷が霧散していく。 

 一瞬の後、階段からは全ての氷が取り除かれ、元の木の階段の姿を取り戻していた。



「す、凄いです、咲良ちゃん…………。」



 心の底から感心したと言わんばかりに呆然と口を開く結衣。



「はぁ…はぁ…はぁ…、んっ、当然、でしょ?。私は北神咲良、北神家次期当主で対策院有数の祈祷師よ

っ!」



 不遜に言い放つ咲良だが、その息は完全に上がってしまっている。

 階段を封じる氷を取り払うそれだけでかなりの霊力を使ってしまったらしい。



「…………大丈夫か咲良?だいぶ息が上がってるぞ。」


「はぁ…はぁ………大丈夫に決まってるでしょ?―――――――って言いたいところだけど、ちょっとまずいわね。この氷、悪霊の影響で生成されたのは間違いないけど、何のためか知らないけど霊術みたいなのが織り込まれてる。これだけの氷を消すのにこんなに霊力消費するなんてどんだけ侵入されたくないのよ…………。」



 一哉が少なくとも実力を評価する祈祷師の力を以てしても、ほとんど全力で術を振るわなければ打ち消せない。完全に当初の見通しを遥かに上回る事態である。次々と起こる想定外の事象に流石の一哉も撤退の二文字を頭に浮かべる。

 そんな一哉の様子に気付いたのか、咲良は一哉の腕を掴む。



「こんなところで撤退だなんて弱気な事言わないわよね?」


「…………。」


「これだけの事が起こってるのにそれを見過ごして帰るなんて絶対に許さない。少なくとも澪さんが生きてたらそんな事だけはしない。」



 明らかにやせ我慢だとわかる様子。本心としては一度撤退し、人数を揃えてから再度対処としたい。妹の佐奈はもちろん、別班の所属である咲良、そしてただの一般人に過ぎない結衣の3人は無事に帰さなければならない。それが対策院実務処理班の頂点8人の一人としての、強き者としての責任。

 だが、目の前の少女は決してそれを許さない。一哉が引き合いに出されたくない人物を出してまで。当初の予想を大きく超えているからこそ、これ以上自体が逼迫する前に対処すべきだと言っているのだ。



「…………。今、母さんは関係ないだろ………。わかってる。任務は続行する。」



 一哉はこれ以上話は無いとばかりに視線をずらし、階段を上って行く。

 向かうは2階。全ての元凶を打ち払い家に帰る。その目的を果たすためだけに。



 2階に着いた一行を待ち受けていたのは、青い光――――――



「危ない、佐奈!」



 異変に気が付いた咲良が叫んだ途端、一行の背後の床を覆いつくす氷が隆起を始め、氷の槍を形成し始めた。見る見るうちに槍の形成は廊下の奥から順に一哉達に向かってきており、その氷槍による剣山は凄まじい勢いで集団の最後列にいた佐奈に襲い掛かる。

 佐奈の得物は薙刀。狭い廊下で使うには非常に相性の悪い武器である事から武器をしまっておいた佐奈は完全に不意を打たれてしまった。先頭にいた一哉は周りを巻き込んで斬りかねないため、安易に自分の得物を振るえない。鬼闘師は自分の得物を媒介にしなければ術の行使が不可能。つまり、瞬時に武器を展開できない時点で佐奈の死は確定しており――――――



「逃げろっ、佐奈!」


「~~~っ――――――!こうなったら仕方ない!!『除魔の舞・弐閃』!」



 咲良は左手で佐奈を自分の元へ一気に引き寄せると、同時に右手に持つ扇子を再び横薙ぎに一閃。

 襲い掛かる氷槍は一瞬にして霧散し、同時に床を覆いつくす氷も取り除かれた。



「さ、咲良ちゃん、ありがと…………。ご、ごめんね?」


「佐奈、試験合格直後の現場だからって油断してんじゃないわよ!くっ…………。」



 佐奈を救ったのは、咲良だった。

 佐奈は突然の命の危機を救った咲良に礼を述べるが、とても辛そうな顔をしている咲良を見るなり、いつもの元気いっぱいの顔が曇っていった。咲良は自分を救うために力のほぼ全てを使ってしまった。その事に申し訳なさでいっぱいになる。

 ただでさえ霊力を消費していた状況でもう一度『除魔の舞』を使った。この状況での術の行使は咲良を確実に限界に追い込んでしまったのだ。身体が急激に消費された霊力に付いてこれず、その場に女の子座りでしゃがみ込んでしまう。



「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


「咲良、もう限界だ。これ以上『除魔の舞』を使ったら、確実に倒れるぞ。無理する事は無い、一度帰ろう。」



 現場での責任者として撤退を促す一哉。こんな所で仲間を、妹の親友を失うわけにはいかない。同僚としても、仲間としても、そしてかつての兄役

 それでも、咲良はやはり撤退したくないのだろう。咲良は悔しそうに一哉の顔を睨みつけた。



「それでも私は……!――――――っ?!」



 最後の足掻きを見せようとする咲良だったが、突然何かに気が付いたように廊下の奥の部屋を見る。



「どうした咲良!」



 咲良はたっぷり1分程奥の部屋を見つめると、突然笑顔で振り返ってきた。

 息が荒いながらも、何かを見つけたという顔だ。

 咲良以外の3人が頭にクエスチョンマークを浮かべていると、咲良は少し嬉しそうに一哉に向かって爆弾発言を投下した。



「この状況、あっさり解決できるかも!ここの悪霊の正体―――――――それは東雲結衣、アンタのお姉さんよ。」



 そんな咲良の衝撃の発言に最初は誰も反応できなかった。だが、一番信じられなかったのはやはり結衣だったのだろう。信じられないという顔をしつつも、咲良へ問いかける。



「そ、そんな、嘘、ですよね?」


「この状況で嘘つく意味あると思う? バカじゃないの?」


「でもっ! 日怖くて気味の悪い目にあってたのが、全部お姉ちゃんのせいだって言うんですか? お姉ちゃんはそんな人じゃない!」



 姉が自分を害するわけがない。そう主張する結衣は憤慨する。当然である。10年も前に死んだ筈の姉が、自分の事を可愛がってくれていた姉が亡霊と化して自分を害しようとしている。そんな事を言われれば誰だって怒るだろう。結衣は怒りを隠そうともせず咲良を睨み付ける。



「まったく、側面的にしか物事を捉えられないわけ?」


「え…………。どういう、ことですか……?」


「ちょっとは自分で考えなさいよ……。ある物事に対して、視点を変えれば真実は幾つもあるって事よ。」



 この期に及んでも咲良は挑発的なセリフを吐く。

 だが、その真意は決して結衣を貶すものではなかった。



「アンタのお姉さん、よっぽどアンタの事が大事なのね。完全に悪霊に堕ちきってアンタを殺してしまわない様に必死に抵抗してる。まあこれだけ周りに影響が出てるって事はほとんど限界みたいだけど。」


「そんな………。そっか……。そうなんだ。お姉ちゃん、私の事を…………」



 感極まった結衣は顔を手で覆った。その瞳から溢れる大粒の雫を誰にも見られぬよう。

 今も変わらず、姉がこの異変を起こしたという理由はわからないし、それがなぜ自分を守る事になるのか理解ができない。だがそれでも、10年も前に死んだ姉がいまだに自分の事を見守り続けてくれていたという事は結衣の心を大きく揺さぶったようだった。



「ちょっと待て咲良。全然話が見えないぞ。」



 勝手に盛り上がって貰っては困ると、一哉は咲良に問う。だがその答えはいつの間にか隣にいた佐奈から帰ってきた。



「お兄ちゃん、忘れちゃった?咲良ちゃんは『特別な』祈祷師なんだよ?」


「―――――――!!そうか……!咲良は『言波遣い(ことばづかい)』――――――!」


「そうよ。ほとんどたまたまだったけど、ふとした拍子に思念波の回路が開いちゃってね。『魂の言霊』を聞いちゃったってわけ。」



 『言波遣い(ことばづかい)』――――――。それは、祈祷師の中でもごく僅かな者にしかその才は備わっていない。そもそも「声」とは音波、空気を振動させる必要がある。しかし、霊体には物理的肉体が存在しないので通常、生者との間に会話は成立しない。だが、この能力を持つ者は「想いの塊」たる思念波―――『魂の言霊』を理解し、また自らもそれを発する事で「会話」が可能となる。詳しい原理は解明されていないが、魂がずば抜けて他からの感受性が高く、かつ霊力を備えている場合にこの様な事が可能になるとされる。

 しかし、その能力は欠点しか無いと言われている。それは、きちんとコントロールしなければ無制限に入ってくる『魂の言語』に苛まれる事になるからだ。『魂の言語』は音波ではなく、魂に直接作用する。際限なく魂に直接情報を叩きこまれるこの状態は精神に多大な負荷を与え、幼いうちにこの能力をコントロールできなったが故に精神崩壊してしまった事例すらある。そして、そうしたリスクの先に得られるものは霊体の怨念を延々と垂れ流されるだけだ。

 それゆえに、この能力事態が普段は余計な物として考えられている以上、祈祷師は思念波の回路を自ら閉じ、『魂の言霊』を遮断している。



「普通『魂の言霊』なんて、恨み言とか見当違いな八つ当たりばっかりで役に立つ事なんか無いのよね。まあ、今回は珍しく役に立ったけどね。」



 まだ息は荒いが、それでもあらかた整え終わった咲良は立ち上がりながら奥の扉を指差す。



「私の部屋…………?」


「行くわよ。本人に事の顛末を説明してもらいましょう。」

次回こそはようやく主人公が戦います

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