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鬼闘神楽  作者: 武神
第5章 聖竜に捧ぐ鎮魂歌
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拾肆ノ舞 絶対包囲網

「お久しぶりですわね、南条一哉。そして…………リーサ様?」



 吹き飛んだ壁の向こう側、今ももくもくと立ち込める粉塵の向こう側から聞こえてくるその声は一哉にとってよく知る声で。



「~~~っ! その声と話し方…………鞍馬の彩乃か…………!」



 そしてその声は莉沙にとっても馴染みのあるものだったらしい。だが、それも当然の事だろう。なぜなら、その声の主は。



「お前が来たのか…………彩乃」



 西薗彩乃。

 中部・甲信越地方を担当する、現行の特級鬼闘師の中で最も新参者の女性だ。

 そして、10年前の西薗一の反乱の際、対策院の側について戦った、数少ない分家の一つ・鞍馬西薗家の現当主だ。加えて、数少ない西薗家の生き残りを束ねる存在でもある。

 ゆえに莉沙にとっては因縁の相手だ。10年前に裏切った者と裏切られた者という深い溝で隔たれた親戚同士、憎しみ合う運命にあるのだから。


 そして一哉にとっても、西薗彩乃は因縁深い相手であった。

 10年前、一哉の母・南条澪を殺した当時の西薗本家当主・西薗一を葬り、西薗家没落の一端を担ったのは、父・南条聖なのだ。

 故に、南条一哉と西薗彩乃は特級鬼闘師としては同僚だが、その関係性はお互いに最悪だったと言っても過言ではない。


 そんな、二人にとっては運命の相手とも言える女が今この場に現れる。これは運命の悪戯なのか、避けられぬ命運なのか。

 立ち込める粉塵を突き抜けて、菊紋様の藍色の着物に身を包み、26歳とは思えない程の幼児体型の身体に茶色がかった長い黒髪をツインテールにした、少し幼い風貌の女が立ちはだかる。

 両手には短刀を持ち、薄絹を2枚羽織ったその姿は、一哉もよく知る彩乃の本気の仕事服。

 陰霊剣を遣える今であれば遅れは取らないだろうが、それでも警戒してもしすぎる、という事は無いだろう。一哉は「魔斬」を鞘から抜き放ち、中断に構えた。



「それでは改めまして。ごきげんよう、道を見失った愚か者共?」


「愚か者とは随分じゃないか彩乃。分家の裏切り者風情が調子に乗るなよ」



 一方、莉沙の方は右腕を『龍化』させながら彩乃を激しく煽っていた。

 前にも感じた事ではあるが、この小倉莉紗という女は戦闘前に相手を挑発しなければ気が済まない性格らしい。



「お久しぶりですわ、リーサお嬢様。父親に似て愚かなのは遺伝ですの? まったく、西薗の名を名乗るものとして恥ずかしい限りですわ」


「パパを……父を愚弄する気か!」


「馬鹿も休み休み仰いなさいな、リーサお嬢様。世間様から見た時、本当に裏切り者なのは…………どちらが本当に愚かなのかは、明白なのではなくて?」


「……っ!」



 だが、当の彩乃は莉紗の言葉など全く気にも留めていないらしい。

 淡々と言葉を返された莉紗の方がむしろ歯噛みしている。

 そして。



「そして南条一哉。見る影もないぐらい落ちぶれましたわね。西薗リーサは本家最後の生き残りとして粛清対象。そんな女と行動を共にしているから、対策院の粛清対象に入れられるのです。ざまあないですわ」



 彩乃の牙は一哉へも向けられた。

 元々彩乃は、一哉に対して非常に攻撃的であった。お互いに特級鬼闘師であるがゆえに直接的なやりあいこそ無かったものの、彩乃は一哉と顔を合わせる度に舌打ちをしてきたし――それが例え対策院の公式な場であったとしてもだ――、見えないところでは軽く蹴りなども入れてきた事がある。

 それ程までに西薗彩乃という女は一哉の事を毛嫌いしていた。

 だから、今この場で彩乃の最優先攻撃対象が一哉になる事は最早必然であった。



「さて、覚悟はよろしくて? わたくし優しいので、できるだけ一瞬であの世に送ってあげますわ」


「ふざけるな。少なくとも俺に、粛清されるようないわれはない」



 確かに、特級鬼闘師である彩乃には一哉を粛清するという義務がある。

 それは、南条一哉に対して出された粛清命令が対策院の正式な命令だからである。

 ゆえに彼女が元々攻撃的な事を除外しても、彩乃の行動自体を非難する事は一哉にもできない。

 だがそもそもの話をすれば、その粛清命令の発端となった瑠璃の殺害自体、須藤に擦り付けられた罪なのだ。

 そんなモノに大人しく従う義務は無い。

 だから、無意味と知りつつも彩乃に抗議の視線を向けてしまう。



「お黙りなさいな、南条一哉。まさかわたくしも、貴方が本当に百瀬瑠璃という少女を手にかけたなどと思ってはいませんわ」



 そんな彩乃の答えに僅かながら、希望の様なモノを感じてしまうが。



「――?! ならなぜだ! なぜお前はこんな事を……っ!」


「単純な事です。これは対策院が下した命令。貴方の意見など聞くに値しない、ただの雑音にすぎませんわ。貴方もそうやって、対策院の命令に従ってきたのだからわかるのではなくて? それにまあ、わたくしの本音を言うのならば………………………………わたくしの可愛い咲良を誑かすゴミを掃除できるまたとないチャンスを逃すわけがない、といったところですわね」



 帰ってきたのは戦闘開始の意。

 当然の事だと思いながらも、できれば戦闘を避けたかった一哉は溜息を吐くしかない。

 別に彩乃を斬る事を躊躇っている訳ではない。ただ、顔見知りだと斬るのが少し気が重いだけだ――そう思って。



「…………そうかよ。だが悪いな。死ぬのは俺じゃない。お前だ」



 一哉は思考を一気に戦闘モードに切り替えると、「魔斬」を片手に彩乃へと一気に斬りかかった。


 本来、鬼闘師を相手に霊術をメインにして戦わないというのは、通常の戦闘のセオリーから言えば自殺行為である。

 鬼闘師の戦いはどちらかというと近接戦闘メインだが、そこで用いる霊術の射程は一般的に考えられている近接戦闘の間合いに比べるとかなり長い。

 それゆえに、敵が怪魔でもなければ、まずは術の撃ち合いを選択するのが普通である。



「あら、随分と鼻息荒くしてどうしましたの? まさか、わたくしのこの貧相な身体に興奮して? 度しがたい変態ですわね」


「自分で言うか、ソレ? ここまで来れば、思い上がりも甚だしいな。そして、そんな言葉で惑わせようとしても無駄だ、彩乃。俺がお前の戦闘スタイルを知らないとでも思ったのか?」



 鍔迫り合いしながらも激しく罵り合う二人。

 しかし、一哉が初手から斬り込んだのは何も伊達や酔狂でもなければ、自棄になったり、発狂したりした訳でもない。明確な理由がある。

 西薗彩乃は近接格闘戦に極端に弱い――それが一哉が特級鬼闘師であった頃に分析した彼女の弱点である。

 彩乃は木と土の属性に適性のある鬼闘師だ。本来であれば防御向きの適性である筈なのだが、彼女はそうではなかった。

 法具である短刀を両手に携え舞う様に動き、土の霊術の遠隔攻撃で牽制しながら、木の霊術で生み出した毒を短刀に乗せて相手を毒殺する。それゆえに付いた二つ名が『刺毒の令嬢』。

 そんな超攻撃的な独自の戦闘スタイルを築き上げ、特級鬼闘師にまで上り詰めたのだ。


 ここまで見ると西薗彩乃という鬼闘師は一見、近接攻撃のプロフェッショナルに思えるが、実はそうではない。それは、彼女が近接戦への対策手段を、彼女の固有霊術でもある『魂毒』と呼ばれる特殊な毒物に頼りきっているからだ。『魂毒』は彩乃が自信の固有霊術によって創り出す霊力で構成された特殊毒物で、対象の肉体及び精神に致命的な被害をもたらす3種の毒の総称。

 別に彩乃が一般的に知られている土の霊術による防御手段を取れない訳ではない。だが、彩乃は近接攻撃への防衛手段として優先的に『魂毒』の起動を選択してしまう傾向にある事を一哉は見抜いていたのだ。



「あら。わたくしの事、そんなに理解して頂けているなんて、ありがとうございます。全く嬉しく…………ありませんけどっ!」



 元々の地力の差により、一哉が刀を押し込んでいく中、押しきられる事を危惧した彩乃が短刀日本を巧みに操り、受け流した。

 全力で刀を押していた一哉は勢いそのままに、床に向かって刀を振りきってしまう。接触するコンクリートと金属の音が甲高く鳴り響き、一哉の鼓膜を打つ。


 そしてそれゆえに致命的な隙を晒すことになる。

 彩乃が着物の袖の中に手を差し入れ、取り出したのは白い粉。それを躊躇いもなく撒き散らし。



「『魂毒ノ壱・融月』――――!」



 彩乃は短刀を粉塵の中へと滑り込ませた。

 彩乃から発せられる陽の気が膨れ上がり、白い粉末を致命的な毒物へと変えていく。


 「魂毒ノ壱・融月」――――それは、彩乃が初めて成功した固有霊術によって生み出す麻酔の様なもの。毒霧を取り込んだ者の大脳新皮質の機能を強制的に凍結させ、結果、対象を昏睡状態に陥らせる事ができる。

 しかもこの毒の恐ろしいところは、彩乃が自信の意思で解毒するか、「除魔の舞」等で術を解除しない限り、永遠に目覚める事が無いということだ。

 この術にかかった瞬間、その者の生殺与奪は彩乃が完全に握るのである。


 だからこの場で一哉は即座に昏倒し、倒される。それが西薗彩乃の描いたビジョンだったのだろう。

 だが。



「かかったな、彩乃」



 一哉はそんな彩乃の目論見を読んでいた。いや、より正確に言うのであれば、この展開に持ってこさせるように敢えて斬りかかった、といった方がより正しい。


 一哉は拡散しきる前の毒霧へと「魔斬」の刃を潜り込ませると。



「『嵐弾』――――!」



 木の属性霊術起動によって風を発生させ、「魂毒」を全て彩乃へと向かわせる。



「ムダですわ! 自分の毒に対する対策ぐらい…………なっ?!」



 一哉の狙いはこの一瞬にあった。

 「魂毒」は確かに凄まじく強力な固有霊術だ。隠匿性が高く、即効性があり、悪辣と言っても過言ではない苛烈な効果を持ち合わせている。初見殺しにはこれ以上は無い、必殺の霊術と言えるだろう。そして、彩乃が自らの創り出す「魂毒」への自己防御の対策をしている事ぐらい、一哉も承知している。

 だが、「魂毒」には致命的な弱点が3つ存在しているのだ。

 一つ目は霧状であるがゆえに、木の属性に適性が有り、風を起こす霊術を扱える者には対策されやすいということ。

 二つ目は大気中に漂う「魂毒」の効果時間が僅か5秒しかないということ。

 そして三つ目が――



「言った筈だ。お前の戦闘スタイルは知っている、と」



 「魂毒」の効力から自分の身を護る間。その間、彩乃は完全に無防備になること。

 一哉の目的はまさにそこだった。

 「魂毒」を風で吹き飛ばして彩乃に浴びせかけたのも、全ては彩乃の次の動きを封じる為。

 だから、そんな状況の彩乃の首筋に刃を押し当てる事など、赤子の手を捻る様に容易な事だった。



「…………わかりました、わたくしの敗けですわ」


「やけに潔いな」


「この状況で抵抗してどちらに勝ち目があるのか、わからないわたくしではなくてよ。全くもって忌々しい事ですけれど」



 一哉の「魔斬」の刃が薄く彩乃の首にめり込み、そこから真紅が流れ出していく。それを感じとったからだろうか。彩乃は観念した、というように両手の短刀を放棄し、身に纏う闘気を霧散させた。

 そして、思いもよらぬ言葉を吐き出す。



「さあ、殺しなさい、南条一哉」


「…………は?」



 変化は激烈だった。

 彩乃の言葉に、一哉は突然凍り付いたかの様に身体が動かなくなってしまったのだ。



「何を呆けてますの? 『敗者には死を』というやつですわ。それに貴方自信も仰っていたのではなくて? 『死ぬのはお前だ』、と」


「…………っ」


「さあ、どうしましたの? 早く刀を振るいなさい、南条一哉。その刃でわたくしの首筋を裂くだけでしょう?」



 佐奈と栞那に復讐する。

 そう決めた時から、自らに課した絶対の誓いを破る決意をした筈だった。

 この手を必要以上に血に染める事になっても、必ず瑠璃の仇を討つのだと。邪魔するものは全て討ち滅ぼし、斬り伏せてでも。自らの命を投げ打つことになるのだとしても、必ず報いを受けさせるのだと、そう固く誓った筈なのに。



「さあやりなさい、南条一哉!」


「うるせえぇぇ…………っ!!」



 一哉の身体はそれ以上刃を進める事を拒絶する。

 一哉の精神(こころ)が彩乃を殺す事を否定する。

 目の前で惨殺された母・澪の最期が、人造怪魔と成り果てた西薗一の断末魔の叫びが、義姉・栞那を刺した時の感触が、母親と姉を亡くして悲しみに暮れるかつての結衣の姿が、死にゆく瑠璃の姿が。

 そして。



『それに、栞那さんと佐奈を殺す……? 貴方はこれまで、誰よりも人の死に忌避感を持っていた。例え殺してしまった方が早い時だって、絶対にその命を奪う事はしなかった。なのに、どうして――――ッ!!』



 最低の別れで突き放した筈の咲良の言葉が、頭の中に浮かんできて離れない。

 それら全てが呪いの様に一哉の腕を、足を、頭を無力なモノへと変えていく。

 一哉が剣を握る手は、もはや力も入らず震えていた。



「あの娘の……言う通りですわね……」



 そんな一哉の隙を見逃さなかったのか。彩乃は何やら呟くと、一哉の手から「魔斬」を弾いて素早くその場から離脱してしまう。



「何やってるんだよ、南条クンっ! 今更怖気づきでもしたのかい?!」



 そこに、ここまで静観を貫いていた莉紗が追撃をかける。

 龍の腕と化した右腕は、そのまま龍と同じ力を持つ。弱者を圧倒的に蹂躙し、平伏せさせる圧倒的な力を纏った拳が彩乃を襲う。

 その威力は一哉から見ても異常としか言いようがない。ただのパンチでコンクリートを砕き、蹴りは軽く人を吹き飛ばす。その殺人的な威力を内包した攻撃に当たれば、並みの者ではひとたまりもないだろう。

 彩乃の方もそんな莉紗の攻撃の威力がわかっているのだろうか、迷うことなく回避に踏み切った。

 攻撃を躱された事で空を切った拳はそのままコンクリートの壁に直撃し、まるで破裂する風船の様に粉々に吹き飛ばした。



「映像資料では見ていましたけど、とんでもない威力ですわね。これが、西薗一の研究成果の一つ……という事ですのね」


「そうだ! パパがくれたこの力で、お前を! 裏切り者を叩き潰してくれる!!」



 さらに莉紗は左腕を龍化させ、更なる追撃を加える。

 その強大なパワーに見合わぬ身軽さで暴力の嵐を生み出し、徐々に、だが確実に彩乃を追い込んでいく。

 一撃一撃がコンクリートを砕くような異常な威力なのだ。掠る事すら許されない彩乃は、霊術を発動する事すらできず、いつの間にか拾い上げていた短刀の刃の表面に莉紗の拳を滑らせながらいなす事に精一杯にならざるを得ない。



「大口叩いた割には随分と防戦一方じゃないか、彩乃!」


「うるさいですわ、このゴリラ!!」


「ボクはゴリラじゃない!! ドラゴンだ!」



 途中、明らかに戦闘とは関係無い罵り合いが入っていたが、戦闘そのものは莉紗の圧倒的有利だった。

 さっきの一哉の戦いを見ていて、莉紗も彩乃の攻略法に気が付いた、というわけではないだろう。だが、スピードと超パワーを兼ね揃えた莉紗の攻撃は、的確に彩乃の霊術起動を妨害しており、反撃のチャンスをまるで与えていない。



「そんな力一辺倒の戦い方がゴリラだって言ってるのですわ!! それに貴女、アイドルもやっていたのでしょう?! ゴリラアイドルだなんて、傑作ですわね!!」



 しかし、彩乃の方もまだ減らず口を叩ける程には余裕がある様に思える。

 彩乃は一哉と相対している時とはまた別の戦法を取っていた。

 霊術を攻撃に回せないのなら、と、時間稼ぎと目晦ましの為の威力の低い初等霊術を駆使しながら、ダメージを最小限に抑える戦い方。

 それでも莉紗のパワーを以てすれば、並みの鬼闘師であれば1分もかからずに制圧できるのだろうが、西薗彩乃は紛れも無い対策院の特級鬼闘師だ。いくら莉紗の戦闘能力が特級鬼闘師に匹敵するものだと言っても、経験の差は天と地程も隔たっていると言っても不足は無い。

 力の差を経験の差でカバーし、致命的な攻撃を防ぎ続けているのだ。

 そして特級鬼闘師がそういう戦い方をするときの事を、一哉は良く知っている。



「小倉先輩、気を付けろ!! ソイツは何か策を仕掛けている!」



 そう。

 この戦い方は、自分の命だけは最低限護り切り、後に続く増援に託すための戦い。

 自分一人で対処しきれない相手と戦う時に取られる、鬼闘師の一般的な戦法だ。

 何かあると考えるのが妥当であって。



「臆病者は黙ってろ! ここはボクが決着を付ける!!」



 だが、莉紗はそんな一哉の忠告を無視して彩乃へと向かっていき、トドメとばかりに右拳に光を集める。



「『輝龍爆発(フラッシュ・ノヴァ)』――――ッ!」



 そして繰り出された、全てを破壊してしまいそうな程に強烈な威力を持った拳――莉紗の龍魔術を練りこんだ拳が解き放たれる。

 確かに当たれば、一撃で決着を付けうる威力に見える。

 二人の残りの体力や、逃げる時間を考えるのであれば、ここで決着を付けてしまいたいのもまた事実だ。

 しかし。



「甘いッ! ですわ!!」



 結果、拳は命中しない。

 彩乃は流れるように身体を逸らすと、飛び込んできた莉紗の右腕を掴んだのだ。彩乃はどうやって学んだかはわからないものの、体術の方も相当できるらしい。難なく莉紗の一撃必殺の大振りを躱し、あまつさえ反撃に転じた。

 そして、莉紗がつけた勢いをそのまま利用して、一気に投げ飛ばしてしまう。



「――――ッ?!」


「貴女の攻撃は直線的過ぎますわ! そんな攻撃でわたくしに勝とうだなんて100万年早いですわ!!」



 かなりの勢いで投げ飛ばされた莉紗はギリギリで受け身を取った事で何とか起き上がり、再び一哉の忠告を無視して彩乃へと突っ込んでいく。


 一哉は考える。先程の嫌な予感が頭から離れないのだ。

 先程の莉紗の報告によれば、周囲には既に加島尊雄と荒川源治の二名の特級鬼闘師が展開している。そして、この彩乃の時間稼ぎ優先の戦い方。

 それが指し示すものが何か。

 それを理解した時にはもう遅かった。



「小倉先輩!! 今すぐそこから退避するんだ!!」


「何を言って――。……っ?!」



 一哉の声がギリギリ間に合い、莉紗は死角からの一撃をギリギリで防御する事には成功するが。



「遅いですわ、荒川様、加島様。こちらは一度死にかけましたのよ?」


「ガッハッハ!! すまんばってん、ワシら道に迷うてむりやっこう来たけん、許しんしゃい!!」


「ったく、相変わらず五月蠅いオッサンやな。大体、奇襲だってもうちょいスマートにできへんのかい、荒川はん」



 事態は最悪の方向に展開してしまった。

 こちらは手負いの元・特級鬼闘師と対策院のお尋ね者・そして二人共に食事・休養共に不十分と、最悪のコンディションだというのに。



「クソ……ッ! 何でもっと早く気が付かなかった…………!!」



 相手方は現役の特級鬼闘師3人。当然コンディションは万全。

 一哉には歯噛みする事しかできなかった。

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