拾参ノ舞 八方塞がり
(待ってくれている方が居るかはわかりませんが)お待たせしました。
本日よりしばらく更新再開です。
一哉と莉沙が咲良と結衣を置いて旧西薗邸を去って早8日。
二人は都内23区某所にある廃屋に身を隠していた。
「ダメだ。どこもかしこも対策院の鬼闘師ばかり。しかもボクの見る限り、西薗彩乃と荒川源治、加島尊雄の少なくとも3名の特級まで動員されてる。どうやら奴ら、本気でボクらを始末するつもりらしい」
そう言いながら能面を外す莉沙。
傷が癒えきらず隠密行動に向かない一哉に代わって、周囲の状況の偵察に出ていた莉沙だが、その顔には色濃い疲労が浮かんでいることが容易に見て取れた。
「そうか…………。この事態が奴の差し金だとしても、何故こうも素早く手を打てる…………?」
対して、一哉の方もノートPCの画面を睨み付けながらそう返す。その画面にはある男のデータが表示されていて――――そして一哉は舌打ちしながらディスプレイ代わりのタブレット端末を莉沙に投げて渡した。
「この通り収穫は無し、だ。奴が裏で何かやっているのはわかっているが、その証拠が全く掴めない。このままじゃ、一度も奴らと戦うこともなく、俺等が先に力尽きるかもな」
タブレット端末に映っていたのは、内閣情報調査室の須藤の登録データと対策院内での動きの記録。だが、その内容はあまりにも"無難"なものであり、須藤の陰謀を暴くような情報は何一つとして無かった。
その結果に、莉沙の顔があからさまにガッカリしたものへと変化した。
一哉の方もその顔に浮かぶ疲労の色を隠せてはいない。
二人はこの8日、対策院が差し向けた刺客を何とかかわしながらここまでやってきた。数時間に一度場所を変えながら、対策院のデータベースを佐奈のPCをハッキングすることで間接的にハッキングして情報を探してきた。
佐奈と栞那の居場所を探るために。
だが、情報は一向に集まらない。
それどころか、一哉達は巧みな包囲網によって徐々に逃げ場を失っていき、遂に東京23区外に脱出不可能な程に追い詰められていた。
生存に必要な食料や水の確保にすら難儀し、安全に休息を取れる様な場所も存在しない。
この絶望的な状況を打開するには、もはや二人にかけられた瑠璃殺しの冤罪を解くしか術が無く、その為には須藤の工作の証拠を見つけなければならない。
そう思って須藤を探ろうとしたのだが、見事に宛が外れた形であった。
「佐奈が特級鬼闘師だというのがあまりにも厄介すぎる。アイツが今何してるのかは知らないが、アイツが対策院に引きこもって外の連中を指揮しているとなると、俺達にはもはや手出しが出来ない。どこかに何とか引っ張り出せれば良いんだが…………」
「…………っていうかキミ、妹のPCハッキングしてるのなら、直接コンタクト取れるんじゃないのかい?」
「まあそれも手ではあるがな。だが、それが上手く行けば儲けものだろうが、逆にそれが原因で佐奈のPCに侵入できなくなったら今度こそ完全な手詰まりだ。もう後に残ってるのは自爆特攻ぐらいしかない」
「難儀なものだねぇ…………。それにしても自爆特攻か…………。せめて奴等の――『陰陽寮』の研究拠点の一つでも割り出せれば、そこに強襲をかけるのもアリかもしれないけど」
「『陰陽寮』……か。結局なんなんだよ、その組織は。何が目的なんだ? そいつらは姉さんや佐奈を仲間に引き込み、俺やアンタを嵌める様な真似をして一体何がしたいんだ?」
この5日間で一哉が得た情報には、特級鬼闘師であった筈の自分ですら全く知らないモノも幾つか含まれていた。その一つが「陰陽寮」という存在。
莉紗曰く、「陰陽寮」なる秘密結社は遥か昔よりこの国の最暗部へと根を張る、いわば病巣の様なもの。人造怪魔を生み出して使役し、常識を覆すような効能を持った呪具を創り出し、【魔人】をも創り出す闇の組織。
そして一哉が5月に戦った【砕火】、そして8年前に死んだ筈だった栞那が四天邪将と呼ばれる幹部格の存在である事も莉紗から聞かされた。
特級鬼闘師である一哉ですら知らない存在。
そんな組織が実在する事は、結衣の家に【鵺改】が現れた時からわかっていた話だ。
だがそれでも、まさか死んだと思っていた義姉がその組織に所属していて、妹までもがその傘下に加わることになるとは考えもしなかったが。
そして何よりわからないのが、その組織の目的だ。
大方組織というものには存在意義とでもいうべき目的が存在する。それぞれ個人的な思惑を持ちうる人間という存在が集まって活動するには、共通の目的が必要だ。そうしなければ、構成する各々がそれぞれの思惑で勝手に動き出し、結果散り散りとなって組織としての体を為さなくなる。
それゆえに、どんな組織にでも共通の目的が存在する。
ところが、「陰陽寮」にはその目的が全く見えてこない。
やる事為す事が悪意に満ちているとはいえ、それらがもたらす結果に統一性が無さすぎる。
そしてそれ以上に、なぜ佐奈を使ってまで一哉と莉紗を追い詰める必要があるのか。なぜこうまで執拗に一哉達を陥れるのか。全くわからない。
「だから前も言ったじゃないか。ボクが『陰陽寮』について知っているのは、黒鉄から教えられていた事だけだ。アイツが『陰陽寮』に所属する存在である以上、肝心な事は何一つとして教えてもらってない」
「…………となると、本当にどうするか。敵を叩きたいのに、敵の事が何もわかっていないなんて、打つ手なしじゃねえか。このまま潜み続けるにしても対策院の追撃が激しくてそう長くはもたない。そして、攻めに転じようにも攻めるべき場所がわからない」
「まさか一矢報いる事すら厳しいとはね」
言うまでもなく、身を隠しながら栞那と佐奈の事を探るという一哉の策は早々に破綻していた。どういう訳か、対策院は二人の居場所をかなりの精度で突き止めているらしく、お陰で二人は定期的な拠点移動を余儀なくされている。
それゆえに、この3日間はマトモな食事も睡眠も取れていない。
あれからたったの8日か経っていないというのに、既に二人の体力は限界に近づいていた。
「だが実際問題、対策院はなぜ俺達の居場所を割り出せる? 盗聴機でも仕掛けられてるのか?」
「それは無いだろう。それを恐れてボクら、変装した上で身分証を偽造してまでスマホを新調したのに。ま、そのせいでまさかキミとペア契約結ぶ事になるとは思わなかったけどね」
「そこは我慢しろよ。本当なら、俺だってアンタとペアだなんて願い下げた。…………それにしても何故、俺達の居場所は筒抜けになっている? このハッキングだって、念には念を入れて海外サーバーを5つ経由しているというのに」
一哉は溜め息を吐きながら、もはや何の有力な情報ももたらさないPCの画面を閉じた。こうして時間を無駄にするのも既に何度目か。
そして対策院が周囲に展開を始めた以上、この場所への長居も無用である。ゆえに撤退の準備に通信機機を片付けながら、莉沙との会話を続ける。
「それはボクにもわからないよ。生憎とパソコンには疎いんだ。…………だったらさ。前から言ってるけど、適当に対策院の施設に襲撃かけるってのはどうだい? それか、須藤って男を捕らえて、ボクらの冤罪を撤回させるか。このまま黙ってなぶり殺しになるよりはいささかマシだと思うけど」
「はぁ…………。だから何回も言っていると思うが、闇雲に対策院関連施設を襲撃したところで、収穫どころか、こっちが袋のネズミになる可能性の方が高いんだぞ。そしてそれは須藤も然り、だ。ちょっとは学習しろよ、小倉センパイ?」
一哉は呆れの視線を莉沙へと送りながら溜め息を吐いた。
当の莉沙は一哉の煽る様な反応に大きな遺憾の意を示していたが、そんなものは取り合う必要も無く。
確かに、このままでは何も為すこと無くまったくの無駄死にを迎える可能性は大いにある。
佐奈が特級鬼闘師の身分を持ち合わせたまま「陰陽寮」の所属となっている事、そしてその黒幕が須藤である以上、対策院、または須藤自身に「陰陽寮」との裏の繋がりがあると見て間違いないだろう。
だからと言って、八つ当たり気味に攻撃を仕掛けたところで、ジリ貧になって追い詰められるのがオチだ。こちらは元・特級鬼闘師と、特級鬼闘師に匹敵しうる戦力だが、体力も霊力も無限ではない。いつか必ず底を尽き、その隙に仕留められる。
特に体力に関しては現時点で既に不安が残る程であり、元々慎重派な一哉の性格も相まって、首を縦に振るつもりは微塵も無い。
莉沙は少なくとも自分の目的を邪魔する事の無い貴重な戦力なのだ。戦力を何の意味も無く見殺しにするのは愚か者のする事だ。
そんな一哉の思惑が伝わっているのか伝わっていないのか。不機嫌そうな顔で作業台代わりにしているテーブルに腰かける莉沙に、一哉は飴を渡す。
莉沙は憮然としながらも飴を受け取り、口の中に放り込んだ。すると、たちまち莉沙の表情が緩んでいって、落ち着いたものへと変わっていく。
そんな莉沙の単純さに、一哉は別の意味で苦笑いしてしまう。
小倉莉沙は無類の飴好きらしい。それが一哉がこの8日間で得た、唯一の莉沙に関するパーソナルデータだ。別に莉沙個人の趣味嗜好などどうでもいい話だが、行動を共にする以上、知っていて損はない。
そんな観点で、最近の一哉は莉沙のご機嫌取りも兼ねて手元に飴を置いている。
「でも、やっぱりボクは対策院の施設を叩くべきだと思うんだ」
そんな事を莉沙が再び言い出したのは、一哉が完全に撤収準備を終える直前の事だった。
「一体、何回同じ話をさせるつもりだ?」
一哉は苛立ちを隠そうともせずに返す。
莉沙がこの話を切り出すのは何も今日だけに限った話ではない。毎日、それも1日に何度も言い始めるのだ。うんざりするのも致し方ないことだろう。
「対策院と『陰陽寮』に繋がりが有るって話は、まだ憶測の域を出ないんだぞ。確証も無しに対策院に攻撃をしかければ、俺達が終わりだ。確かに残された時間は少ないが、今の状態動いて失敗すればそれこそ――――」
「ボクにはもう時間が無いんだよ…………ッ!!」
しかし、莉沙から帰ってきた反応は、これまで見せたことも無かった激情――それこそ、『アイナ』として一哉と戦った時にしか見せなかった様な、激しく荒ぶる感情だった。
「小倉先輩…………?」
「…………ッ! ご、ごめん…………何でもないよ…………」
莉沙はすぐに我に返ったのか、ハッとして一哉を見やると、すぐに視線を逸らした。
今の莉沙の反応が何を意味するのか。
「そんなに焦って、何もないって事は……」
「だから! 大丈夫だってば!! …………確信が無いんだったら、怪しいところを叩けば良いじゃないか! 『陰陽寮』は【魔人】や人造怪魔を作り出しているんだから、その素材の供給元…………例えば病院や刑務所の近くの研究所を襲うとかさ……!!」
莉沙の態度を問おうとした一哉だったが、慌てた様子ではぐらかされてしまった。しかも、話を元の路線に強引に戻そうとする辺り、余程追求されたくないらしい。
今の一哉達はチームワークなど欠片もない、急造のチームだ。一哉としてはチームに禍根が残るという意味で放置はしたくなかったが、恐らく莉沙が口を割ることは無い。
最悪仲間割れにまで発展する可能性すら考えられる。
そう思えば不安は残るが、ここは莉沙の思惑に乗った方が良いのかもしれない。
「なるほど。初めて建設的な意見が出てきたな」
「初めてって酷いなぁ。ボクはキミに随分と情報提供したつもりだけど?」
「役に立ったのは、アンタが既に持ってた情報だけだろ! アンタ、現状を打破する為のプラン、対策院施設の襲撃以外何も出さなかったじゃないか?!」
「…………だって、それしか思い付かないんだもん」
「『もん』じゃねえよ! 『もん』じゃ! …………ったく、アンタ、ホントに東都大学の学生か?!」
小倉莉沙は作戦立案に於いては完全なポンコツである。
それも一哉がこの8日間でわかった事であった。
本人は嫌がるだろうから決して言わないが、その脳筋思考は佐奈に通じるものがある。もっと言えば、佐奈よりは物事を考えるが、考えつく事考えつく事全てが兎に角トンチンカン。
それが、ここまで一哉が莉沙の意見にマトモに取り合わなかった理由の一つでもある。
そういう意味でも、一考の価値アリと思わせる莉沙の意見は大きかった。
「………………確かに、いつまでも打つ手無し、なんて言っていられない。だったら、アンタの助言通り、その手で当たってみるか」
「うん、そうしよう! こうやってウジウジしてるのは、ボクの性に合わないんだ。わかったら、すぐ検索だよ、南条クン」
「ったく、この素人が簡単に言ってくれやがって…………! 対策院のデータベース入るのだって十二分な準備が必要なんだぞ」
テンションが上がったのだろう。嬉々として一哉を急かす莉沙に、一哉は辟易しながらも素直に従う。
だが、ただ従うのも癪なので嫌味を言うのだが。
「ボクは命懸けで偵察してる件について」
莉沙はそう言って痛い所を突いてくるのだった。
それに対しては一哉も何も言い返せない。
同じ病み上がりにもかかわらず、未だに傷の癒えぬ一哉の代わりに身体を張っているのは確かに莉沙なのだ。
せめてもの抵抗に莉沙を睨み付けながら、一哉はPCを再び取り出して――――
その瞬間、一哉の背筋に冷たいものが走った。
「…………何か嫌な予感がする」
これまでの戦いの中で培った、第六感とでも言うべき感覚が告げている。今すぐここから離れるべきだと。
「ん? どうかしたのかい?」
莉沙は何も感じていないらしいが、一哉にはこの状況が刻一刻と危機に近付いていると感じていた。
そしてようやく気がつく。
「静かすぎないか?」
「…………そう言えば確かに。………………まさか!!」
一哉達が身を隠す廃屋は近くに国道が走っており、まだ夕方過ぎというこの時間帯は、車が走る音が絶えず聞こえていてもおかしくない。
だが、今、一哉達の置かれている環境は完全なる無音だ。
住処に戻ろうとするカラス達の声も、セミの声すらも聞こえない。
生物の動く音も、機械の動く音もしない、完全なる無音。
これは対策院が常習的に使用している、認識阻害結界と人払いの結界の複合結界空間内における環境と類似していて――――
「マズい! 今すぐ出るぞ!!」
「…………っ! わかった! ボクは――――」
ドガアァッ――――――!!
莉沙が何事かを言おうとしたその刹那、二人が潜伏する部屋の壁が轟音と共に爆ぜて吹き飛んだ。
個人的な話ですが、新婚旅行で四国行った人、どれぐらいいるんだろう?
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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