拾弐ノ舞 残された者達
1章が酷すぎる問題。書き直しに苦労します。
それよりも本編進めろよとも思う。
咲良が冷たく硬い床の上で目を覚ましたその時には夜はとっくの昔に明け、もう一哉の姿はどこにもなかった。そして咲良をこのボロ屋敷に連れてきた張本人である西薗リーサ=小倉莉紗も。
「一哉兄ぃのバカ………………。ホンっと、佐奈の事となると周りが見えなくなるんだから。私の気持ちも考えてほしいとは言わないけど、貴方に力を貸すことぐらいは……できるのに……な……」
咲良は昨晩の――日付的には今日だが――出来事に、一哉と莉沙が去っていった時の事に思いを馳せる。
一哉が莉沙の手を取ったあの時、咲良と結衣は二人を止めるために盗み聞きを止めて廊下に飛び出した。
『待ちなさいよ、一哉兄ぃ、小倉莉沙。何勝手なこと言ってるのよ!』
『咲良…………』
屋敷の廊下に飛び出た咲良が見たのは、一哉と真っ黒な装束を身に纏った莉沙が二人で屋敷から去ろうとする、まさにその姿だった。
振り向くと同時、あからさまに面倒だという表情をする一哉に対し、咲良は食って掛かる。
『ここから行かせはしないわよ。二人とも今の状況わかってるの? 世間から追われ、対策院から追われ…………堂々とお日様の下を歩くことも出来ない。そんな状況で栞那さんと特級鬼闘師になった佐奈に戦いを挑む? バカ言ってんじゃないわよ!!』
咲良はただ一哉の事が心配なだけだった。
佐奈に斬られた傷は未だ完治しておらず、立つのもやっとな状態な筈。
そんな状態の一哉を戦いの場に黙って送り出す程咲良は薄情なつもりは無い。
そしてそれ以上に。
『それに、栞那さんと佐奈を殺す……? 貴方はこれまで、誰よりも人の死に忌避感を持っていた。例え殺してしまった方が早い時だって、絶対にその命を奪う事はしなかった。なのに、どうして――――ッ!!』
そんな風に変わってしまった一哉があまりにも哀れで悲しかった。
一哉の置かれた状況は咲良も莉紗経由で聞いて何となくわかっている。仮初の恋人――本当は好きだったのかどうかは気になるが――を亡くし、目の前で妹に裏切られ、そしてその妹に敗れた。
そもそも一哉は10年前に母を亡くし、8年前には死にかけている。
そんな人間が再びそれ程の心の傷を受ければ、正気を保っていられなくなるのもわからない話ではない。
だが、それでも咲良は信じていた。
一哉は一哉だと。あの優しい一哉が完全に居なくなったりはしないのだと。
でなければ、瑠璃の死をあんなに悔しそうで悲しそうな顔で後悔したりなんかしない。咲良に対して散々斬ると言っておきながら、結局斬りはしなかった一哉の中から優しさが消えてしまった筈がない、と。
『お願い一哉兄ぃ、行かないで!! 私と一緒に居て! 私が貴方の心の穴を埋めて見せるから……!! 佐奈の事も、対策院の事も……私が何とかするから…………!! だからずっと私と一緒に居てよ!!!!』
涙は溢れる。止めどなく、止めどなく。
別に咲良自身も今の一哉を泣き脅しで止められるなどとは思っていない。
だが、自分のこの告白染みた言葉が、一哉の心の中に僅かにでも残る優しさに触れて――――"一哉お兄ちゃん"が私の願いを聞き届けてくれて傍に居てくれるのなら、何でもしよう、そう思っていたというのに。
『「輝龍の噴光」』
『あ……っ』
『うぁ……ッ!!』
だが、そんな期待はあっさりと裏切られる。
莉紗の放った強烈な閃光によって咲良は一瞬にして視界を奪われ。
そして何かの霊術だろうか、何らかの術で強制的に意識を剥がされた。
隣では自分と同じように結衣が倒れる音が聞こえる。
『咲良…………お前まで死ぬ必要は無いんだ…………』
そんな一哉の呟きが聞こえた様な気がして。
咲良は意識を完全に手放したのだった。
そんな昨夜の出来事は、これまで一哉の為と努力を重ねてきた咲良にとっては多少なりともショックな出来事だった。元々咲良は精神的に強い方ではないが、自分のやってきた事、努力してきた事に対して、あまりにも酷い仕打ちだとどうしても思ってしまう。
それに、もう一人の幼馴染である佐奈が裏切った事も咲良にとって、重大な精神負荷となっていた。
自分の思った通りに物事が上手く運ぶと奢る気は無いし、別に見返りを求めて動いていた訳ではないが、それでも、これではあまりにも報われなさすぎる、と疲れた気持ちと共に再び固い木の上へと身を投げ出した。
「何よ、『お前は死ぬ必要は無い』って。それが復讐に囚われた人間の言う言葉?」
今の咲良の涙腺は、マトモに機能していなかった。
咲良自身の意思を完全に無視して、涙は止めどなく溢れる。止めようとして拭っても、すぐに新たな涙が生み出されるだけ。
それ程までに悔しかったのだ。傷付き、うちひしがれる一哉の傍に居ることを拒絶される事が。
「咲良ちゃん…………泣いてるの…………?」
いつの間にか意識を取り戻していたらしい結衣が、心配そうな表情で上から覗き込んできた。その顔には少し疲れが浮かび、同じく涙を流していたのだろう、涙の跡がクッキリと付いていた。
お互いに彼の事を想う者同士だからわかってしまう。自分も拒絶されて辛いだろうに、悲しいだろうに。それなのに、結衣はそんな事を横に置いて咲良の心配をしているのだ。
バカバカしい事だ。心の底からそう思う。
恋敵の事など放っておけば良いのに。
あんな態度を取る彼の事を見限る事も出来ず、だけど追うことも出来ない哀れな女の事など捨て置き、さっさと去れば良いものを。
「泣いてなんか…………ないわよ!!」
咲良は自分の顔を腕で隠した。
こんな顔は誰にも見せたくない。特に、恋敵に対して弱みなど見せたくはない。
祈祷師の名門・北神家の一人娘である自分が、一般人に心配される事など、断じてあってはならない、と強く心に言い聞かせる為に。
だがそれ以上に、結衣の気遣いが眩しすぎたのだ。
傷付き涙を流し、悲しみに暮れているにもかかわらず、人の心配が出来る結衣の事が大きく見えて仕方がなかったのだ。
だから今、咲良は結衣の顔をマトモに見る事は出来ない。
「でも、咲良ちゃん…………」
「~~~…………ッ!! ほっときなさいよ!! ちょっと目にゴミが入っただけよ!」
咲良はそうやって強がる事で、自らの心を奮い立たせた。
埃っぽい床に力無く身を横たえた自分の身体に鞭を打ち、無理矢理にでも身体を起こす。
そうしなければ、何もかもが結衣に負けてしまう――――そう思ったから。
それまで沈みこんでいた咲良の心に、再び灯が点る。
自らの悲しみをひた隠しにしようとして、八つ当たりの様に自らを拒絶する一哉を目の当たりにして凍りついた自分の魂を溶かしていく。
そもそも、冷静に第三者視点になって考えてみれば、南条一哉という男は何年も追い続けるような魅力を持ち合わせた様な男ではない。
一哉は基本的には全て妹優先。何があっても妹の事を最優先にして動く。そして次点が対策院。
顔も特段驚く様な美形というわけでもないし、身長も決して高くない。むしろ低い方だ。
しかも、自分のアピールにはこれっぽっちも気付いてくれないくせに、いつの間にか瑠璃と仮とは言え恋仲になっていた。
こんな男を何年も想い続けるなど、正気の沙汰ではない。
だけど、咲良は救われたのだ。
心も身体も、これまで何度も何度も。
両親以外に味方の居なかった幼少のあの時も。
ロリコンで変態な親戚に手込めにされそうになったあの時も。
絶対に死んだと思った、【砕火】との戦いの時も。
一哉に救われた記憶は幾つも幾つも溢れてくる。
一哉に幻滅する気持ちを倍にして塗り潰す様に、愛しく想う気持ちが溢れてくる。
だから――――
「行くわよ、東雲結衣」
咲良は立ち上がる。
ここ数か月の出来事や、一哉と仲直り出来た事、そして先日の西薗彩乃との修行で諦めない心を手に入れた。
それだけが今の咲良の武器なのだから。
「一哉君のところ…………だよね? でも、また拒絶されたら…………」
「何弱気になってんのよ、アンタ。あんな一哉兄ぃ、放っておくつもり? このまま佐奈と殺し合いをさせたら、間違いなく再起不能になるわよ、あのバカ男」
だが、肝心の結衣は魂が抜けたように床に座り込み続けるだけだ。心に再び灯を点した張本人でありながら、この体たらくを見せる結衣に咲良は苛立ちを募らせる。
咲良には確信があった。
一哉は確かに復讐に囚われているかもしれない。だが、決してそれだけじゃない、と。決してかつての優しい心を忘れた訳ではないのだと。
でなければ、口ではどうでも良いと言いながらも、襲撃してきた佐奈と瑠璃から咲良を護る訳がない。
「それはそうかもしれないけど…………今更私達に出来ることなんか…………」
だが、対する結衣は、苛立ちを隠そうともしない咲良の態度を見ても、いつまでも立ち直らない。
確かに一哉が豹変し、そして敬愛する先輩もそれに同調して付いていってしまった。それはショックな事だろう。
だが、彼女だってかつて一哉に救われ、そしてそれが切っ掛けで彼に惚れた筈なのだ。
そんな"対等な相手"である結衣が、そんな事も見抜けずに脱落するなど認められない。認められる訳がない。
咲良にとって、結衣はあくまでも対等に一哉を奪い合うライバルなのだ。そのライバルが実は取るに足らない存在だった、など、許容できる筈がないのだ。
だから、咲良は結衣に雷を落とす。
基本的にはあまり他人に興味が無く、積極的に関わろうとしてこなかった咲良が、初めて結衣に本気で怒ったのだ。
「あぁ~もう、焦れったい!! 私を再起させる位のお人好しのクセに、何躊躇ってんのよ……ッ!! 私達には情報が無い、そして力が無い。だからどうしたのよ!!」
「…………!!」
本気の咲良の言葉に、結衣は目を見開く。
その銀縁眼鏡の奥の瞳に咲良の激情を焼き付け、生気を取り戻していく。
「それが一哉兄ぃを見殺しにする理由にでもなると思ってるの? それとも何? 一哉兄ぃは私が不戦勝で貰うってことで良いのね?」
「えぇ?! それはちょっと話が違うんじゃないかな……?!」
咲良は少しだけ調子の戻ってきた結衣に手を差しのべる。
「アンタも彼の事を愛しているのなら、最後まで信じ抜きなさいよ。少なくとも私は、仮にもライバルを名乗るアンタがここで脱落するのなら、アンタを一生軽蔑するわ」
「……咲良ちゃんってお人好しだね」
「ふん…………ッ! アンタ程じゃないわよ」
差しのべた手を掴む結衣を引っ張って立ち上がらせた咲良は、すぐに屋敷の奥へと向かって動き出した。
一先ず情報が必要だ。そうしなければ、時間を無駄にするだけだ。そして知らなければならない。一哉を、佐奈を救うために。
キーワードは全てを狂わせた「陰霊剣」という存在。
莉沙と一哉からその概要は聞き出したが、それでは足りない。
そして、その不足を埋める術は恐らくこの西薗本邸にある。かつて【魔人】を研究していたという西薗一の資料に触れる事が絶対の条件となる――そう思ったから。
今必要なのは、立ち止まることじゃない。自らの持ち得る手札を全て切ってでも動くことなのだから。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
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それとすみません。
何話か前で予告していましたが、予定通りしばらく休載します。
ストック作って1~2か月後には再開したいと思います。
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