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鬼闘神楽  作者: 武神
第5章 聖竜に捧ぐ鎮魂歌
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什ノ舞 陰霊剣

もう10月になってしまいました。

やべえ、もうすぐ意味不明に2周年だ。

「そもそも陰霊剣という存在がどういったものか、キミ達は知っているかい?」



 莉紗は一哉達へと顔を向けず、背を向けたままそう述べる。

 それに対する一哉の答えは「No」だ。

 一哉が陰霊剣という力を知ったのは、瑠璃が殺されたあの時、あの場所。その時に突如として使えるようになった力故に、一哉はその力の本質を見極めてはいない。

 力を試す機会も、その能力に考察を重ねる時間も有りはしなかった。

 いや、例えその時間があったとしても、この陰霊剣がもたらす全能感の前にはその様な事、しようとも思わなかっただろうが。


 そして何も話そうとしない一哉の様子を察してか――あるいは最初から決めつけていたのか――莉紗は3人の反応を見ようともせず話を先に進める。



「陰霊剣について教える前におさらいしておこう。通常、霊術や魔術では霊力や魔力といったものを媒介――鬼闘師風に言うと法具や法陣だね――それに流し込むことで、それぞれの術の起動式に従って世界そのものへと介入し、超常現象とも言える超自然的な力を発現している」


「それは……かなり基礎的なお話ね。対策院に所属している者なら、誰だって知っている話よ」


「そうなの、咲良ちゃん?」


「ええ…………って、そうか。アンタは知らなくて当然よね、東雲結衣」



 結衣は一般人だ。知らなくて当然だろう。

 そもそも一哉達の術が、世界そのものに干渉するモノだということ自体、一般人には理解し難い話だ。



「今はそんな話はどうでもいい。続けてください、小倉先輩」



 ゆえに一哉は咲良と結衣を無視して、莉沙に話の続きを促す。



「うん、続けよう。さて、ここで質問だが、言霊の詠唱とは何だと思う、南条一哉」


「言霊の詠唱? 己の中の術式のイメージを整え、同時に起動式を活性化するモノ…………そう教わっていますけど」



 一哉はそう答える。それは、一哉が幼い頃から常識とされてきた事で、先程の知識と同じく、対策院に所属する人間であれば、知らぬ者は居ないだろう。

 しかし、それに莉沙は首を振って答えた。



「一般的にはそう、とされているけどね。それは不正解だ。結果から見て、事象を側面的に観測して導き出された結論に過ぎないんだよ」


「…………?」


「キミは言霊の詠唱を破棄するのと、唱えるのとで、霊術の起動にどう違いが出ていると感じる?」



 ここで莉沙は一哉の方に向き直り、そう述べた。

 質問の意図がわからない一哉は沈黙を貫いていたが、答えを促すような莉沙の視線に折れて、答えを返す。



「…………言霊の詠唱を加えた方が、精度も威力も上です。具体的な起動時の違いは特に感じていませんが」



 すると莉沙は、どこか頭にくるドヤ顔をして、口を開いた。



「そう。実際に精度も威力も変わっているのに、起動時の違いを実感としては何も得られない。ソコがミソなんだよ」


「……どういう事です?」


「言霊の本当の役割――――それは世界への介入を実行するためのプロセスを簡略化する追加パッチ」



 莉紗は語る。

 言霊こそが、古の術師たちが己の力で世界に介入できると偶々気が付いた最初の切っ掛けだと。その偶々という偶然が今日まで連綿と続く、世界中のありとあらゆる術式の源流となったのだと。

 初めはただの祈りや願い、そういったものを神に届けるための儀式の様なものでしかなかった。

 だが、そういった儀式に用いられていた言葉が、文様が、道具が、そして供物が。偶々そういった才を持つ者が、偶々世界を操作しうる方法に辿り着いた。それが全ての始まりであると。


 勿論そんなものは仮説の一つに過ぎない。

 何百年も何千年も前の人類が起こした出来事の話を正しく知る方法などそれこそ有ろう筈がない。

 だが、そうだと考えれば全ての辻褄が合うのだと、莉紗はそう言う。



「世界を開くべき扉だとすれば、法具や法陣は鍵穴、言霊は鍵、そして霊力は扉を開ける力――そう例えられる。そう考えれば、霊力を持つ人間だけが霊術を扱えるという話にも得心がいく」


「だが、それが言霊の話と……陰霊剣の話とどう繋がる。俺はアンタの考古学者ごっこに付き合うつもりはねえぞ」



 莉紗は一度語りだすと饒舌になって止まらなくなるらしい。

 故に話が明後日の方向に逸れ始めているのに気が付いた一哉が軌道修正を図る。


 対して、莉紗自身はそんな自覚は無かったのだろう。

 一哉の言葉に初めて気が付いたかのようにはっとした顔をすると、バツが悪そうに頭を掻いた。



「すまない。得意分野となると饒舌になるのはボクの悪癖でね。勘弁してくれたまえよ」


「……それで? 結論を早く言ってくれ」


「やれやれ。まるで遊び心を知らない社会人の様な余裕の無さだね。キミも理系だったら知っているだろう? 論文なんてものは目的、考察から入って次に実験を――」



 だが、莉沙は舌の根も乾かぬ内から横道に逸れ始めた。

 先程の様子を見る限りわざとやっている訳ではないのだろうが、それにつけてもこの女はどこまでも人を小馬鹿にするのを止められないのかとも思ってしまう。

 そんな莉沙に対し一哉の苛立ちが限界に達しようとしたその時。



「良いから本題に入りなさい、小倉莉沙」



 戯れ言を並べ立てる莉沙に割り込んできたのは、咲良だった。

 咲良は一哉の方を一瞥するとすぐに莉紗に視線を戻し、そしてどこか諦めたかのような溜息を一つ吐く。

 そして一哉の方を指さして。



「一哉兄ぃに斬られたくなかったらね」



 そう、どこか呆れたような口調で吐き出した。



「……」


「私、アンタの戯言になんか興味ないのよ。それに、まったく信じられないぐらい忌々しい事だけど、どっかのおバカさんのせいでこの人、随分苛立ってるみたいだし? あまり刺激しない事をおススメするわ。まだ死にたくないならね」



 莉紗は一哉の方をチラと見ると。



「やれやれ……別にボクはふざけてるつもりは全く無いんけどね……」



 こちらもまた深いため息を吐いてウンザリしたかという様な口調で返してきた。

 そして咲良と一哉を恨みがましい眼で見る。



「忠告どうもアリガトウ。…………けど、やっぱりキミとは合わないよ、北神咲良。初めて会った時からそう思ってたケド」


「あら、奇遇じゃない。私もアンタと初めて会った時から、アンタの事、気に食わなかったもの」



 咲良と莉紗が睨み合う。だが、そんな時間も長くは続かなかった。

 一哉が明らかに不機嫌な雰囲気を周りにばら撒いていたし、いい加減莉紗の方も後ろから睨んでくる結衣の視線に耐えられなくなったからだ。

 だからかなり無理があるタイミングで、莉紗は話を既定路線に戻そうとした。



「まあいい、話を戻そうか」



 そう言って再び莉紗は一哉を見る。

 その眼に抑えきれない好奇心と侮蔑の感情を浮かべて。

 その意味を一哉が理解するよりも早く、莉沙の説明は再開された。



「ボクが言霊の話を出したのは、何も講釈が垂れたいからじゃない。言霊も法具も無しに霊術を起動できるようになる陰霊剣なる物の正体を推測するにはどうしても必要だからだ」


「どういう意味だ?」


「わかりやすく言おう。陰霊剣とは、陰の気に満ちた魂の写し身。完全に負の側面に堕ちた魂だけに創り出せる、魂そのものの具現」


「魂そのものの……具現……」



 その言葉に引っかかるものがあって思わず復唱する一哉。

 魂の写し身。魂の具現。

 あの漆黒の刃が自分自身を削って生み出されているという感覚はあった。



「そう。陰霊剣とはキミ達自身の魂の在り方を……負の側面の在り方を"この世に存在する形"として構築したモノ――つまり、キミ自身と言い換えていい。キミ自身である陰霊剣は、その記憶や経験をそのまま内包しているが故に、キミの法具にもキミが発する言霊にも成り得る。だから、陰霊剣の顕現中は法具も無しに霊術が起動できるし、言霊も無しに詠唱時と同じ威力の……いや、それ以上の霊術を行使できる」



 そこに、莉沙の説明に間髪入れずに咲良が口を挟む。



「ちょっと待ってよ。アンタさっき『完全に負の側面に堕ちた』って言ってたけど、そんなの有り得ないわよ。人の魂は生きてる限り、どんなに憎悪や絶望に満たされた魂だって生きてれば――ッ!」


「そんな事は百も承知だよ。何しろ"生きている"ということが既に陽の気の根源となるのだからね」


「だったら!! アンタさっき、一哉兄ぃは死んでないって言ったじゃない!!」



 咲良は莉沙の言葉に激しく反応した。その言葉がさっき聞いた言葉と相反する意味を持つがに。

 莉紗の言う通り陰霊剣を発現する条件が魂が完全に陰の側に堕ちる事だというのだとしたら、それは一哉が死んでいる事に他ならない。陰の気が魂に満ちるという事は、生きている状態ではない、それ即ち死人である事と同義なのだ。

 その事を誰よりも理解する咲良だからこそ莉紗の言葉が信じられないのだろう。

 だが、莉紗はそんな咲良を否定する事も無く、敢えて毅然と答えを返す。



「そう。陰霊剣に至るための条件が完全に魂を陰の側に落とす事なのだとしたら、陰霊剣を使用している南条一哉と南条佐奈は死んでいなければならない。だが、事実としてキミたちは生きている今の状態で陰霊剣を発現してしまっている。それは覆しようの無い事実だ。ハッキリ言って今の南条一哉と南条佐奈の状態はあり得ない」


「……だったら莉紗さん、前提条件が間違っている可能性は無いですか? 例えば、その陰霊剣を使う為の条件が違う……だとか……」



 そこに結衣も口を挟んできた。

 一哉達の世界の知識など殆ど無いに等しいにもかかわらず、それでも今ここにある情報から話し合いに参加しようと、自らの意見を述べようとしているのだろう。



「なるほど、それも可能性の一つとして考えられるだろうね」


「だったら……」


「だがそれはあり得ない。これは……この事実はパパが――僕の父・西薗一が残した研究データから得た答えだ。生きた人間に陰霊剣は扱えない。それがパパが残したデータから導き出された結論だよ」



 そうして莉紗は再び語り始めた。

 莉紗の父・西薗一が残した研究データによると、『人造怪魔研究の最終段階として【魔人】の製作を試みた際、被験者35名の内、特異な能力を持つ個体が3体現れた』とある。その3体は魂の汚染過程に於いて特に強い抵抗を示した者達だったが、いずれも霊力の欠片も持たないただの人間だったらしい。

 当然ながら被験者達は生前、何の力も示さなかった。

 だが【魔人】化を施した後では、結局【魔人】にはなり損ねた失敗作にも関わらず、謎の武器を召喚し、言霊も無しに霊術らしきモノを扱い、そして本能のままに暴れた。さらにそれぞれ異常とも言える特殊な能力を備えており、それは生前の彼等の在り方を反映した能力であった、とあるらしい。



「父はこの力を怪魔へと至る魂の内、ごく一部だけが至る事が出来る境地――そう考えた。このデータと、陰霊剣を扱う者達の辿った軌跡と末路。それを組み合わせて、僕は陰霊剣がそういった類いのモノだと結論付けたんだ」



 莉沙はそう言い終わると、一哉の方に近づいていって、そのすぐ目の前に立った。

 その美貌に備わる眼に、変わらぬ好奇心と侮蔑の感情を乗せて。



「そこでキミに聞きたいことがある」


「…………なんですか? 言っておきますが、『月影封魂』の能力なら教える気はありませんけど」


「おいおい、つれないこと言わないでくれよ。キミの陰霊剣の能力が全貌の解明に繋がるかもしれないのに」


「お断りします。アンタに俺の力を教える義理は無い」


「まったく……そうかい……まあ、いいよ。これから南条佐奈や栞那と戦うのにキミの能力を把握しておきたかったけど……秘技とも言える自らの手の内をベラベラとさらけ出す方が愚かというものだし」



 莉沙は一哉の言葉に苦笑する。鬼闘師が己が開発した独自の術式を他人には明かさない事と同じだと解釈したのだろう。本当は莉沙が全く信用できないからの発言だったが、そこを訂正するつもりは無い。

 対策院に所属していない莉沙がそんな風習を知っている事は些か意外だったが、だがすぐに莉沙の表情は元に戻り、再び口を開いた。



「ボクが聞きたいのは、キミがあの時、なぜ陰霊剣に目覚めることが出来たのか。その一点だけだ」



 陰霊剣に目覚めた時。

 その言葉で一哉の頭の中に駆け巡るのは最悪の記憶だけだ。

 出来れば思い出したくもない、だが、決して忘れる訳にはいかない記憶。

 瑠璃が殺され、佐奈に裏切られた時。

 あの時、一哉は己の魂が引き裂かれるような感覚がして――



「――――ちょっと一哉兄ぃ、大丈夫?!」


「一哉君!!」



 気が付くと一哉は膝をついていて、辛うじて咲良と結衣に身体を支えて貰っているだけ、という体勢になっていた。

 訳もわからずに倒れたことに困惑する一哉に、莉沙はしゃがみこんで目線を合わせてきた。

 そして、どこか必死な形相で一哉の両肩を掴む。



「あの時の事が強いトラウマになっているのか。まあ無理もない。あんな場面出くわしたら、誰だってトラウマになる。だけどトラウマが生まれて陰霊剣に目覚めたのだとしたら、キミはとっくに10年前には目覚めている筈だ。いや、それか栞那が裏切った8年前か? ともかく、キミのトリガーが知りたい。それさえわかれば、陰霊剣の力を――――奴等の異常な力の源である陰霊剣を破る事が出来る」


「…………」


「さあ、言ってくれ! 言うんだよ、南条一哉ぁ!!」



 再び莉紗の言葉が遠く聞こえるようになってくる。

 乱暴に揺すられる一哉の肩。そしてそれを止めようとする咲良の悲鳴の様な声。どちらもまるで別の世界の出来事の様に感じられて。

 一哉の口からは無意識に、たった一言だけ発せられた。



「魂は引き裂かれた。だからあの刃も生まれた」

今回も最後までお読みいただきありがとうございます。

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