漆ノ舞 交差
4連休は引っ越しの諸々で潰れました。
一文字もストック増やせてねぇ
咲良が目を覚ましたのは、一目で不衛生とわかる座敷の一室だった。
「ここは……」
8畳程のその一室はもう何年も使われていないかのようにカビ臭く、部屋に飾られた調度品の数々は埃に塗れ、そして布団が敷かれている畳は傷みきって割れている。
ハッキリ言って今すぐにでも出ていきたい程に汚い部屋だ。
唯一の救いは自分が寝かされていた布団がこの部屋の物には似合わぬぐらいに綺麗で上質だという事だろうか。
咲良が部屋の埃っぽさに顔をしかめながら部屋の様子を眺めていると。
「目が覚めたかい?」
「きゃうっ?!」
後ろから突然声をかけられた咲良は飛び上がって後ろを見る。
そこには。
「やっ。気分はどうだい?」
金髪ショートカットの美人ハーフアイドル・小倉莉紗の姿。
古びて打ち捨てられたこの座敷にはあまりにも似合わないその存在は、異質としか言いようがない。
正直、莉紗が黒い外套を羽織っていなければ、まだ夢でも見ているのかと思う程である。
そうやって咲良がその姿に訳もわからず戸惑っていると、莉紗は咲良の方に近づいてきて腰を下ろして視線を咲良に合わせた。
「まあキミの困惑もわかるよ。いきなりこんな美少女アイドルが目の前に現れたら、誰だって驚くもんだ。でも心配しなくていいよ。キミが今見ている光景は紛れも無い現実――」
「そんな事微塵も気にしてないわよ?!」
そんな戯言に律義にツッコミを入れる咲良であった。
結局、咲良がどれだけ怒ったとしても頑なにふざける事を止めなかった莉紗が大人しくなったのは結衣が部屋に入ってきてからだった。
「ちぇーっ。もうちょっとこの子で遊ばせてくれても良かったじゃないか、ゆいゆい」
「ダメです!! 莉紗さん、目を覚ましてからちょっと変ですよ?!」
「……だってボク、実際のところこの子の事ほとんど知らないもん。どう接したらいいかわからないじゃないか」
「えぇ……? 莉紗さん、アイドルですよね? 普段から色んな人と話してるんじゃないですか? というか、さっきは咲良ちゃんと普通に話してましたよね……だいぶ煽り気味でしたけど……」
「いや、だってホラ。戦闘高揚みたいなのあるじゃない。それだよそれ。戦闘中だとボクは性格変わるんだよ」
「いやぁ……わりと莉紗さんの素だったと思いますけど……」
「なんだい、ゆいゆい? キミはボクが性格悪いとでも言いたいのかい?」
「……自覚あるんですね……」
ただし静かになったとはいえ、今度は結衣との漫才が始まる事になるとは予想もつかない。
こんな汚い部屋でなぜ楽しそうにできるのか。
それ以上に、この状況が一体何なのか。
疑問は尽きない。
そんな二人を咲良は極めて冷めた目で睨みながら問うた。
「アンタ達、いい加減状況説明してくれないかしら?」
さすがに咲良の苛立ちが伝わったのか、莉紗の表情も真剣なものとなる。
「すまないね。ボクも昨日目を覚ましたばかりで、こうでもしてないとちょっと落ち着かないんだよ。大目に見てくれたまえ」
「そんな事はどうでもいいわ。それよりも、ここはどこよ。そしてアンタは一体何者なの?」
咲良は躊躇う事無く疑問を口にする。
実際問題、咲良は今の状況を全く理解できていない。
目を覚ましたら、まるで廃墟の様な部屋におり、そして今までほとんど接点の無かった筈の――それでもこの女に対する苦手意識は十分にあるが――女が出てきて、隣には東雲結衣。
何が起こればこの様な状況になるのか誰か説明してほしい、と思うところだ。
「あの時、どうして私の目の前にアンタが現れたのか説明しなさいよ…………」
咲良は自分が気を失う前の事を思い出しながら。
「それに、そうだ……ッ! 一哉兄ぃは?! 一哉兄ぃはどうしたのよ!! 今すぐ治療しないと一哉兄ぃが死んじゃう!!」
一番肝心な事をここに至ってようやく思い出した。
咲良の知る明るい佐奈から変わってしまった、陰鬱で退廃的な佐奈。
咲良の知る無表情で無愛想ながらも優しさに溢れていた一哉から変わってしまった、あまりにも大きな怒りと悲しみを抱えた一哉。
そして佐奈に斬り伏せられた一哉の姿。
「どこ? 一哉兄ぃはどこっ!! 私が……私が一哉兄ぃを……一哉お兄ちゃんを助けないと……ッ!!」
そうして普段の冷静さを失って取り乱す咲良。
あの戦いの最中、目前の敵が在ったが故に最後のボーダーラインを超えなかった感情は、今になって急速に溢れてくる。
こんなところで一哉を失うのは嫌だ。
こんなところで自分の想いを諦めるのは嫌だ。
手に入れた力で一哉を護れなかった事など認めたくない。
そしてそれ以上に。
――もしここで一哉が死んでしまったのだとしたら、もう二度と立ち直れない……!
「一哉お兄ちゃん……ッ!!!!」
口を開けば開くほど不安な気持ちが押し寄せてくる。
それは咲良の目から雫が止めどなく溢れて来るほどで。
どうしても一哉の倒れた姿が、彼を失ってしまった未来が頭にチラついて離れない。
そんな嫌な想像ばかりしてしまう咲良に、莉紗は極めて冷静に口を開いた。
「心配しなくても良いよ。彼なら無事だ」
「……え?」
莉紗の言葉に咲良は釘付けとなり。
「彼はボクの能力で既に治療済みだ。既に容態も安定していると思う。まあ、今のボクには致命傷を治療するので精一杯で、あと数日は目を覚まさないだろうけどね」
全く意識しない中で、一筋の河が咲良の頬を濡らした。
「ホントに? ホントのホントに……?」
「あぁ、本当の事さ」
「一哉お兄ちゃん……生きてるの……?」
「だからそう言ったろう?」
「そう……そうなんだ……よかった…………よかったよぉ……ッ! ふえぇぇぇぇ……」
安堵の吐息と共に本当に泣き出してしまった。
そうしてしばらく泣き続けた咲良が落ち着くのにたっぷり10分。
泣き止んだ咲良は顔を真っ赤にして眼前の二人を睨んでいた。
「いいわね? 今見たことは綺麗サッパリ忘れなさい。というか、忘れろ!」
「……と、言われてもねぇ」
にやついて、またしても咲良をからかおうとする莉沙。
「莉沙さん、ダメですよ! 咲良ちゃんをこれ以上苛めないであげてください!」
そしてそれを窘める結衣。
ある意味、どこまでも平常運転であった。
「ゆいゆいのケチ。もうちょっと楽しませてくれても良いじゃないか」
「莉沙さん、それ2回目!! いい加減にしないと、咲良ちゃん、ホントに怒っちゃいますよっ!?」
結衣も莉沙の手綱を握っているようで、まるで握れていない。
それどころか、莉沙の奔放さに振り回されている始末だ。
再び繰り広げられる漫才に、咲良は重い溜め息を吐いて。
埒が明かない状況にメスを入れるべく、咲良は軽い殺気を込めて口を開いた。
「いい加減にしないと、二人ともグーでパンチするけど…………文句無いわよね?」
「あ、すみません……」
さすがに咲良の苛立ちが限界だと悟ったのか。
漸くおとなしくなった莉沙が真剣な面持ちで口を開く。
「北神咲良。キミは今の状況をどれだけ把握している?」
「今の状況って…………アンタにワケわかんない場所に連れてこられた、って事?」
「違う。キミを、キミ達を、そしてボク達を取り巻く状況だ」
「……?」
「……はぁ。キミは才能は有っても頭の回転は鈍いな。ボクや南条一哉に対して対策院が下した決定がどんなものか、南条佐奈に何が起こったのか、どれぐらい把握しているのかって聞いているんだ」
莉沙の物言いが頭にくる咲良だったが、それ以上に驚いていた。
「ちょっと待ってよ。何でアンタが対策院の事を知ってるのよ」
対策院は極秘の国家組織だ。
その存在は高度に秘匿されている。
むしろ、その存在が明るみになるような事があれば、対策院調査局から粘着ストーカーも顔を真っ青にするしつこい追手が派遣されて存在を抹消される。
例外は、結衣の様に対策院監視下に置かれる事だけ。
だが、小倉莉沙はそのどちらにも当てはまらない。
咲良が混乱していると。
「キミはもう忘れたのかい? ゆいゆいが言った筈だろう? ボクが……ボクこそが『アイナ』だ」
そう、憮然とした顔で莉沙は返した。
「忘れてないわよ。だけど、私にはそれ自体が信じられない。人気アイドルのセンター様が対策院襲撃の下手人? 信じる方がどうかしてるわ」
「ふむ……キミの意見も一理ある。キミはボクの"龍化"を見ていない訳だしね」
「あの時は余裕もなかったし、東雲結衣の言葉を信じるしかなかった。でも、今は違う。アンタが何者なのか、ちゃんと説明してもらうわよ」
今まで散々はぐらかされていた莉沙の正体。
それを聞くまでは、莉沙の言葉に耳を貸す気は無い。
それが伝わったのか、莉沙はまた一つ重い溜め息を吐いた。
そして、どこか疲れた顔をして。
「ボク、小倉莉沙の本当の名前は……西薗……西薗リーサだ」
そう宣った。
「は……? ちょっと何の冗談よ」
「冗談でこんな事を言うと思うかい?」
「ふざけないで。私のよく知る、彩乃姉ぇの鞍馬西薗家にアンタの姿は無かった。だったら他の、熊野西薗家? それとも伊勢西薗家? そんな事有り得ないわ。両家ともに、アンタみたいなハーフが産まれる可能性なんか万に一つも無い。両家とも家名を名乗ってるけど、普通の一般家庭に毛が生えた程度の規模だもの。どんな家族構成かぐらい、北神本家の私は知ってるわ」
咲良は語気を荒くする。
この期に及んでまだ戯れ言を宣うのかと。
「だからアンタが西薗一族の出なんて事は有り得ない。嘘もここまでくると、たちが悪いわよ、小倉莉沙!」
そう。
咲良の言っている事は正しい。
今残っている西薗家の者はほんの僅かしかいない。
10年前、西薗一の反乱の際、ほぼ全ての西薗家の人間が西薗一についた。
対策院に味方したごく少数の西薗家の人間は、西薗一に粛清されたか、皆、戦いの中に散っていった。
今の残っている西薗家の人間は当時対策院に味方した家の数少ない生き残りなのだ。
そして、特級鬼闘師・西薗彩乃が当主である鞍馬西薗家以外の2家は「とりあえず残っている」の状態でしかない。
だから、莉沙の言うことは戯れ言でしかない。
少なくとも咲良はそう思っている。
だが、莉沙から帰って来た言葉は咲良の想像を遥かに越えていた。
「当然だよ。ボクは本家だ」
「……は? 何言ってんのよ……西薗本家は10年前に――ッ!」
「確かに。西薗本家は既に存在しない」
「だったらどうして……! そもそもアンタの"小倉莉沙"って名前は本名の筈じゃ……!」
「でも、こればかりは事実なんだよ。11年前、ボクは西薗家の末端分家である小倉家に秘密裏に養子に出された。丁度小倉家で亡くなった歳の近い娘"莉沙"の替え玉として。そしてボクを死亡扱いにして対策院の目を欺き、万が一の時に西薗本家の血を絶やさない為、そして父の研究の秘奥を隠しきる為に。だから、"今の"ボクの本名が小倉莉沙である事は間違いない」
「そんなことが……!」
「だがボク、西薗リーサの実の母は西薗アイナ、父は西薗一。ボクは正真正銘、西園一の実の娘。正真正銘、西薗本家最後の一人だ」
莉沙の告白に咲良は目を見開く。
「う……うそ……でしょ…………?!」
「嘘じゃない。対策院に属するキミからすれば嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、全部ホントの事だ。そして今君が居るここは、かつてのボクの家――つまり西薗本家本邸」
「そんな…………。じゃ……じゃあ、アンタは本当に西薗本家の……ッ! だったら、アンタが一哉兄ぃを狙ったのは……!!」
「そう、一族の……父の復讐のため。その為だけに、ボクは対策院に……彼に戦いを挑んだんだ」
「……ッ!!」
その言葉を聞くなり飛び上がって、構えを取る咲良。
法具である洋扇子は瑠璃に破壊されてしまっているので、本当に格好だけだが。
それでも抵抗する術が全く無いわけではない、と気力を漲らせるのだが。
「落ち着きたまえよ。少なくとも、今のボクにキミと戦うつもりは無い。勿論彼ともね。だからボクは彼を連れ帰って治療したんだ」
全く敵意を見せない莉沙に毒気を抜かれるのだった。
今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
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