陸ノ舞 聖竜の降臨
リアルの方が引っ越ししなければならない為、数話後にまた更新休むかもです。
お互いの霊術がぶつかり合った瞬間、凄まじい烈風が咲良を襲った。
それゆえに咲良は一瞬、己の敗北をも覚悟する。
霊術『除魔の舞』は霊力などの超自然的な力に由来する現象を問答無用で無効化、無力化する。
一部の例外も存在はするのだが、その効果が強力無比である事は論じるまでも無い。
実際、これまでも咲良の『除魔の舞』は咲良自身の危機を、仲間の危機を何度も救ってきた。
結局霊力が足りずに大きなダメージを負ったものの、5月の【砕火】との戦いで消し炭にならずに済んだのも間違いなくこの術のおかげである。
それでも今この状況は咲良にとって焦燥感を感じるには十分すぎる程に足るものだった。
『除魔の舞』は霊力によって構成された物質状の物やエネルギーを強制的に分解し、"なかったこと"にする。
それゆえに本来『除魔の舞』による無効化は、霊術同士の衝突による爆発や、対消滅によるエネルギー放出などを起こす事など無く消滅させる。
つまり、強烈な風に思わず腕で顔を護る行動を取っている今の現状こそ、咲良の霊術が佐奈に押し負けた事を如実に表している訳で。
「……くぅぅッ!!!! 佐奈のバカ、この街中でどんだけ威力込めてんのよ!!」
風圧に身体を押し流されながら咲良は悪態を吐く。
体制を崩され、そして今遣った『除魔の舞』のせいで霊力もほぼ底を尽きた咲良に打てる手は多くは無い。
だがそれでも、【砕火】の時と違ってまだ何のダメージも負っていない。
それはつまり、有無を言わさぬ敗北を免れたという事で。
(完全に無効化はできなかったかもしれないけど、とにかく今の一撃は凌いだ!! あとは最後の霊力で『樹縛牢』を遣えば、アイツらを一時的に封じ込める事ぐらいはできる……ッ)
この状況でも咲良の闘志は折れはしなかった。
咲良の鬼闘師としての力は、一哉は勿論、今の佐奈になど遠く及ばないだろう。
だがそれでも、たかが力量差を見せつけられた位で咲良は折れない。
それが西薗彩乃との修行の成果の一つでもあったのだから。
「《幾多なる息吹よ 地より出でし神秘となりて……》」
最初に立っていた位置からだいぶ押し戻されながらも、咲良は再び洋扇子を構えて言霊の詠唱に入る。
既に残存霊力量から見て、佐奈を倒すのは絶望的だ。
しかも霊力の問題が無かったとしても、今の佐奈は圧倒的に咲良よりも格上。
それを考えれば、今すべきは佐奈を倒すよりもいかにその行動を封じるか。
斬られた一哉の救出もある。
ほとんど賭けに近い。
それでもやる。
やらなければならない。
「《……眠り誘う鎖とならん》――――ッ!!」
(一哉兄ぃは絶対に助ける! その為に私は、この力を手に入れたんだもの!!)
だから咲良は何の迷いも無く洋扇子を振るい、霊術を発動しようとして。
「『樹縛牢』――――ッ!!」
何も起こらなかった。
「…………ッ?!」
「……させませんから…………北神先輩」
振るった筈の洋扇子。
それは持ち手を残して、消え去っていた。
発動させた筈の霊術が発動しなかった事に戸惑いを隠せない咲良の視界に映ったのは、いつの間にか血塗れの刀を取り戻していた瑠璃が刀を振り切っていた姿と。
そして相も変わらず無感動な瞳で咲良を見ながら、薙刀を再度構える佐奈の姿で。
「『黒葬喪克閃・弐閃』……」
「うそッ……?!」
佐奈の薙刀から再び圧倒的な漆黒の奔流が放たれた。
その規模は最早咲良が先程打ち消した霊術とは比較にならない程に圧倒的で。
放出される陰の気は常人であれば発狂しても不思議では無い程に膨大で禍々しく。
今度ばかりは咲良も死を覚悟せざるを得ない。
でもそれでも。
「一哉兄ぃだけは……っ!!」
咲良はただ斃れた一哉の前へと飛び出す。
例え死んでしまったとしても一哉だけは護ると、その強い意志だけで。
恐らく咲良の行動など佐奈の霊術の前では何の役にも立たないだろう。
数瞬もしないうちに咲良も一哉も、南条の屋敷も跡形も無く消し飛ぶ。
そんな事は咲良にもわかっている。
だがそれでも咲良は護りたかった。
一哉の事を、愛する人の事を。
何の意味が無かったとしても、自分の膝を抱えて閉じこもって何もしないうちに終わりたくなかったから。自分の目の前で誰かを見殺しにするような事をしたくなかったから。
(あぁ…………サヨナラ……一哉兄ぃ……)
そして目を瞑る。
全てを受け入れるかの様に漆黒の奔流へと身を委ね――――
「『竜の拒壁』!」
そして、いつまでも死という最期は咲良に訪れなかった。
覚悟していた展開が何時までも起こらない事に恐る恐る目を開けた咲良の前には、信じられない人物の姿があった。
「ア……アンタ……ッ!!」
「やあ、北神咲良。いつも生意気に強気なキミにしては、随分と大人しいじゃないか」
それはアイドルグループ「D-princess」のセンターであり、一哉と東雲結衣の先輩である小倉莉紗の姿。
「なんで……なんでアンタが……」
「その顔、傑作だね。南条一哉と心中でもして悲劇のヒロインでも気取るつもりだったのかい?」
「な、なんですってぇ……? アンタいきなりやってきて何を……ッ!」
「まあ実際のところ、キミの事なんかボクにとってはどうでも良いんだけど、そこの南条一哉にはまだ死んでもらったらボクも困るんでね。ちょっとだけ助太刀、とさせてもらうよ」
得意げにその様な事を宣う莉紗だったが、咲良には莉紗が何を考えているのかわからない。
一哉と東雲結衣の先輩かもしれないが、たかがアイドルがこんな場所にきて何を考えているのか。
咲良の頭に瞬間的に血が昇った。
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!! アンタ勝手に盛り上がってるけど、状況わかってるの?! ここは一般人が足を踏み込めるような場所じゃないのよ!! さっさと逃げなさい!!」
今はただでさえ法具を失い、霊力も尽き、一哉を何とかこの場から連れ出さなければならないのだ。
一般人を護っていられるような余裕は当然無いし、そもそもの問題として自身の生存、そして一哉をこの場所から連れ出せるかすら怪しいのだ。
咲良にとっては無理難題がさらに一つ増えた様なものである。
だが、そんな咲良の内心など知ったことではないと言わんばかりに、莉紗は不敵に笑う。
「アハハハハッ!! これは傑作だね!!!! 自分がなぜまだ生きているのかわかっているのかい? さっきの攻撃から、キミを救ったのは誰? 信じ難い現実があるのはわかるけど、もっと現実見なよ」
「~~~ッ!! 相変わらずムカつく女ね!! 何が言いたいのよ?!」
元々、以前莉紗が一哉の家を訪ねてきた時から、咲良は莉紗の事が気に食わなかった。
人を小馬鹿にしたような発言。
常識外れな行動の数々。
だが莉紗の今回のこの煽るような発言のせいで、咲良は莉紗に対して益々嫌悪感と不信感を募らせていた。
そしてそんな咲良の内心など、やはり関係なしと言わんばかりに莉紗は宣った。
「ボクが割って入らなければ、キミは死んでた。跡形も無く消し飛ばされてね。だけど、この場にはボクが居る。さすがにアイツを倒すのは今のボクでは厳しいけど……君とそこに倒れてる男一人連れて逃げるぐらいなら十分にできる」
「だから訳わかんないんだってば!! アンタが私を助けてくれたって、そんなの信じられる訳ないでしょ?! なんでこの状況で一般人でしかないアンタが出しゃばってくんのよぉ!!」
謎の自信と共に佐奈と相対する莉紗に悲鳴の様な声をかける咲良。
もうこの女は話が通じない。
どう止めればいいのかわからない。
そんな風に困惑する咲良に、莉紗とはまた別の声がかけられる。
それは――
「咲良ちゃん、莉紗さんを信じてあげて!! 私も信じられなかったけど、莉紗さんは一哉君の関係者なの!! だから……っ!」
「東雲……結衣……」
5か月前の事件で初めて会った、一哉の同級生。
東都大学理学部3年の東雲結衣。
少ないながらも霊力を持ち、5か月前の事件で対策院や怪魔の事を知ってしまったが故に南条家に居候を続ける女――しかもつい最近、結衣が佐奈や咲良も知らない10年来の知り合いであったという事が判明した――だ。
しかも彼女はよりにもよって、咲良と同じく一哉に好意を抱いている。
そんな結衣の存在は咲良にとっては、佐奈と違って、恋敵であっても嫌う程のものでもない。
その結衣からの言葉故に、ある一定の信頼はできる。
だからこそ、咲良は結衣の次の言葉にも耳を傾けて聞く事ができた。
「莉紗さんが……莉紗さんこそが一哉君が追っていたあの能面の術者――『アイナ』なの!! そして今は私達の味方!!」
「コイツが…………ッ?! なんでそんな事なってんのよ!」
結衣からの衝撃の宣告に驚きを隠せない咲良。
そして莉紗はそんな咲良の様子を見て満足げに頷き、改めて佐奈へと相対した。
「もういい……?」
「あぁ待たせたね、南条佐奈…………そしてモモ……」
「……」
「あの傷で生きてたんだ……弱いくせに、生命力だけはゴキブリ並みだね。さっさと死んだら?」
「申し訳ないけどその頼みは聞けないな。確かにボクはこの身に流れる白き竜の力を借りなければ、キミたちの誰にも劣るだろう。それはこの前の戦いで嫌という程思い知らされたよ。……だけど知っての通り、ボクは昔から逃げる事と生き残る事だけは一人前でね。今回もまんまと逃げおおせる、そう宣言しよう」
「ふーん……逃げるんだ……アナタは私を殺さない限り、呪いからは逃れられないのはわかってるよね? この前の戦いで相当命を削ったと思うけど……いいの?」
「安い挑発だよ、南条佐奈。正直今のボクがキミと戦っても、勝てる可能性は万に一つも無い。だけど……だけどね、彼を連れて帰れば話は別だ。キミに勝てる目も出て来る。キミを打ち倒し、ボクが生き残る確率も決してゼロじゃない」
莉紗はし得意げに佐奈に返した。
「なるほど……今の兄さんを仲間に引き入れるとは考えたね。でも、兄さんがアナタの仲間になると思う? 今の兄さんは私と姉さんに復讐する事に執着してるけど……その根っこの部分は変わらない。それは絶対に断言できる。だから、兄さんは私を殺せない。ゆえに、アナタが私を倒す事もあり得ない」
だが、佐奈は相変わらず無感動な瞳を莉紗に返しながらも強い口調で言い返す。
それは咲良の覚えている限り、豹変した佐奈から発せられたどの言葉よりも感情が籠っている様に感じられた。
それが何を意味しているのかはわからない。
そもそもなぜ佐奈が壊れてしまったのかもわからないのだ。
この意味不明な状況で、それ程の事を類推できるほど咲良は万能ではない。
「それに加えて言うと、アナタの呪いを今ここで急激に進行させればアナタは今すぐここで死ぬ。私がその呪いをかけた時の事、忘れちゃった? 私言ったよね? 『魂への「呪い」の浸食速度を上げて、アナタの寿命、もっと縮められるから』って。だからアナタは、ここから逃げる事すらできない」
「それはどうかな?」
据わった眼で「呪い」だの「死ぬ」だの物騒な言葉を撒き散らす佐奈に対して、あくまでも莉紗は余裕。
そんな態度に苛立ったのか、佐奈は莉紗に手をかざすが。
「……? 効かない……?」
何も起こらなかった。
そしてその事に初めて佐奈が怪訝な表情を浮かべる。
「残念だけど、その手はもう食わないよ」
「どういう事」
「単純な話さ。ボクの魂の中に居座っている竜の占拠率を上げた。それでキミのボクの魂への干渉へ抵抗した。つまり今のボクはほとんど竜そのものって事さ。いくらキミが生きたまま人間の力を超えたって、竜の魂へは干渉できないだろう? 呪いそのものは受けてしまっているからどうしようもないけど、これ以上の干渉は最早キミには成し得ない!!」
事も無げに言うが、どう考えてもおかしな事を言っている。
咲良の知る限り魂に竜が宿るなど聞いたことが無いし、その占拠率を変えるなど、方法の想像すらできない代物だ。
佐奈にしろ莉紗にしろ、咲良の知る常識から大きく外れた規格外の存在だ。
そしてそれ以上に気になったのが。
――まあ、そのせいでボクの寿命はさらに縮んだんだけどね――
そう呟いた莉紗の言葉。
その意味を考える間もなく、目の前の展開は目まぐるしく変わっていく。
「……そう。だけどそれでも私の優位性は変わらない。私が……私と瑠璃がアナタ達をここから一人も逃がしはしない」
佐奈が薙刀の切っ先を莉紗へと向ける。
「《黒き炎柱 黒き渦潮 黒き土塊 黒き鉄杭 黒き大木……》」
「ちょっと嘘でしょ……ッ!」
それは先程も佐奈が遣っていた『黒葬喪克閃』の詠唱。
あの術が完全に作用したところを見た事が無いゆえに、規模は想像するしかないが、それでもあの時のほぼ全力に近い『除魔の舞』で無効化しきれなかった霊術をこれ程連発できるという恐ろしい事実に、咲良は絶句せざるを得ない。
そして肝心の莉紗はというと。
「もちろんボクもモモをこんなにしたキミを今すぐ殺したいところだけど……残念ながら南条佐奈、時間切れだ。ここで失礼するよ――――『輝龍の噴光!!』」
その言葉の通り、全く相手をする気が無かったのだろう。
地面を殴りつけると同時に、その打突面から強烈な閃光が飛び出す。
「……くっ、また……ッ!」
「莉紗……さん……!」
強烈な光に目を瞑る咲良の耳には、光の向こう側から佐奈と瑠璃の声が聞こえ。
「行くよ、北神咲良」
「……え?」
莉紗が呆然とする咲良の腕を強く引っ張った。
「キミもこんなところで死にたくはないだろう? いいからボクについてきたまえ」
「ちょ……ちょっと! 私に指図しないでくれる?! あと、そんなに強く引っ張らないで!! 普通に痛いのよ!」
「フン……ッ! トロトロしているキミが悪い」
そして再び爆発的に膨れ上がる陰の気。
いまだ炸裂し続ける凄まじい光の向こうで怒号の様な声が聞こえてきた。
「瑠璃……! アイツを……西薗リーサを逃がさないで……!」
「……わかった……よ……佐奈……」
咲良は莉紗に無理矢理車の様なものに押し込められる。
その頃には光も弱まってきていて。
「行くよ、ゆいゆい! 急いでここから離れよう!!」
「はい! 莉紗さん!!」
親友が未曽有の敵となった上、霊力を使い果たしていた咲良はどこか緊張の糸が切れてしまったのだろう、急速に意識が薄くなってくる。
そして急発進する車のエンジン音とタイヤのスリップ音を聞きながら、咲良は遂に意識を手放した。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・評価・感想お願いいたします。




