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鬼闘神楽  作者: 武神
第5章 聖竜に捧ぐ鎮魂歌
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肆ノ舞 黒き乙女

「よくもぬけぬけとこの家に帰ってこられたな、佐奈」



 一哉は塀の上に立って自らを見下ろす佐奈を見て歯噛みする。



「ここは私の家なんだから、当然でしょ、兄さん」


「笑わせるな、この裏切り者」



 約10日ぶりに見る妹の姿は、記憶の中のそれとはいささか異なっていた。

 元々茶色に染めていたボブカットの髪は、黒く染めなおされ、いつの間にか肩にかかる程までに延ばされている。

 服装は濃紺のロング丈のワンピースに黒のボレロ、そして黒のハイヒールサンダル。どちらかというと快活な印象だったかつての佐奈の物とは完全に異なっており、物静かで落ち着いた雰囲気のチョイスだ。

 右手に握られた佐奈の法具の薙刀は新調――どこか禍々しい気を感じるあたり、もはや陰の法具、つまり呪具だろう――されており、左薬指には輝く血の様に紅い宝玉が填められた指輪型の陰霊剣『血染花嫁』。



「ひどいなぁ、兄さん。私は別に裏切ってなんかいないってば。私は、私達が幸せに在る方法を見つけたから姉さんのところに行っただけで、今も兄さんの事は愛してるよ?」


「ふざけた事を言うな! あの時俺を裏切って……そして、そんな瑠璃ちゃんの紛い物まで用意して俺を襲わせて、俺を愛してるだと? 馬鹿にするのも大概にしろ!!!!」


「紛い物…………紛い物ねえ……ほんっとうに兄さんって鈍感で愚かだね。こんなんじゃ瑠璃が可哀想だよ。ねえ、瑠璃?」



 佐奈の言葉に静かに頷く瑠璃。

 見た目、思想、言動。その全てが瑠璃はもちろん、かつての佐奈とも異なっている。

 そして何より異なるのは、佐奈自身の眼がどこか死んでいる様に見える事。

 一哉の事をどこか薄ら笑いながら見下ろしているにも関わらず、その眼には何の感情も浮かんでいない。一哉の事を見ている様で何も見ていない。何か強い意志を持っている様に見えて、その瞳には虚無しか浮かんでいない。

 そんな佐奈の様子に一哉は勿論、後ろで呆然としていた咲良も気が付いた。



「佐奈……? アンタ…………佐奈よね……?」


「咲良ちゃん…………久しぶり……」


「アンタ一体今までどこに居たのよ? 気が付いたら特級鬼闘師になってるって言うし、みんなと連絡取れなくなるし……。一哉兄ぃといい、そこの百瀬瑠璃といい、アンタだってなんか変だし……。どうして一哉兄ぃと百瀬瑠璃が殺し合ってるのよ?! 一体みんなに何があったの!?」


「そんなに沢山一気に言われても答えられないよ、咲良ちゃん」



 佐奈を睨む一哉よりも前に出て必死に訴えかける咲良に対し、佐奈はニッコリと笑って返す。

 そこだけを切り取れば、普段と変わらない佐奈と咲良のやり取りだ。

 少し怒ったように話しかける咲良と、そんな咲良の様子を気にも留めずに――ともすれば空気の読めない返し方をする佐奈。

 それはこれまでに何度も見た光景だ。

 一哉には、今となっては懐かしさすら感じる光景だった。

 だがそれでも、佐奈の笑顔の中に昏く輝く瞳だけは相変わらず何も映していない。何も見ていない。



「まずは私が特級鬼闘師になったって件だけど、それは内閣情報調査室特別審議官の須藤に力を認められたから。みんなと連絡がつかないのは、私は意図的に無視してたから。他の人は知らないけど…………誰もアナタとは話したくない。そういう事じゃない?」


「…………っ!」


「それに私はもうね、どうでも良いの。全部どうでも良いんだよ」


「何が……何がどうでも良いのよ?!」


「言葉通り全部が。何もかも全部が。兄さん以外の全部が。友達も、家族も、鬼闘師としての仕事も使命も、私自身も、私自身の存在も、自分の存在意義もこの世界そのものも何もかも。………………もちろん、咲良ちゃん、アナタ自身の事も」


「佐奈…………アンタ……ッ!!」


「私と瑠璃はね、運命に導かれて生まれ変わったの。そして今の私達は兄さんと永遠に結ばれる世界を築くためだけに存在している。私と瑠璃と…………姉さんの為に。もう咲良ちゃんが踏み込める、踏み込んでいい世界じゃない」



 佐奈が何を言っているのか。

 一哉は勿論、恐らく目の前に立っている咲良ですら欠片も理解できていないだろう。

 あの裏切りの日もそうだったが、栞那にしろ佐奈にしろ、言っている事が支離滅裂すぎる。

 全てがどうでも良いと言いながら、一哉に執着するその様も。

 一哉に愛を囁きながらも執拗に命を奪おうとするその行動も。

 何もかもが理解できない。

 よもや話し合いは不要。ただ斬り捨てるのみ、と断じる一哉だったが、咲良はそうでも無かったようで。



「何言ってんのよ、佐奈……。わかんない…………アンタが何を言ってるのか、全然わかんないわよ!!」



 咲良は相も変わらず塀から見下ろす佐奈へと近づいていく。

 目で見て信じられない事を、改めて確かめ直すかの様に。



「意味が分からない………………ちゃんと……説明しなさいよ……っ! それに今、私が一番わかんないのはね…………なんでアンタ達全員、【魔人】と同じ気を持ってるのよ…………!! そこの百瀬瑠璃も…………アンタも…………挙句の果てには一哉兄ぃまで!!」



 後ろ姿では咲良の表情はわからない。

 だがその肩が、声が震えている事を見れば誰だってわかる。

 咲良は――――泣いている。

 恐らく、気丈にも涙は見せまいとしているのだろうが、それでも咲良が泣いている事は誰が見たって明らかだった。

 そんな咲良に対し、佐奈は相変わらず無感動に、無機質にただ返すだけ。



「その答えは簡単。瑠璃は本当に【魔人】と化し、そして私と兄さんが新たな能力(ちから)に目覚めたから。陰霊剣という――――絶対的な能力(ちから)をね」


「いんれい……けん…………?」


「そう、陰霊剣。絶対的な力、絶対的な真理、そして……絶対的な運命」


「何よ……それ……それがアンタ達が変わってしまった理由? それが恋人を、血を分けた兄妹を……戦い合わせる理由…………だっていうの?」



 もはや咲良の声に覇気は一切無い。

 親友と何かを、何か大切な事を決定的に違えてしまったという予感。

 それを直感的に感じ取っているのだろう。

 だから次に佐奈が紡ぐ言葉は。



 咲良にとっては理解しがたく、辛く苦しい現実でしかない。



「当然でしょ。そうする事で私は……私達は永遠に兄さんと一緒に居られる。兄さんの肉体を完全に破壊し、その魂を混ぜ合わせて、永遠に完全な一つの存在とする。それが私の、私達の究極の目的。愛してるからこそ、余計なものを削ぎ落とす。愛してるからこそ、その魂を奪う。愛してるからこそ、全て捨て去ってでも一つになる。この能力(ちから)を手に入れたその瞬間から、私の運命はもう決してしまったんだよ。誰にも変えられない、誰であっても変えてはならない絶対的な運命。それを邪魔するものは例え咲良ちゃんだって許さない……絶対にね」



 佐奈の目的。

 栞那の目的。

 陰霊剣という謎の力の正体。

 そして不可解な瑠璃の紛い物らしき者の出現。

 その全てがわからない。その全てが理解不能。

 だが、今の一哉は最早佐奈を討ち滅ぼす事しか考えられない。

 そして、そんな佐奈の話を延々と聞き続けるつもりなど毛頭もない。



「能書きはいい。お前が俺を裏切り、お前が俺に刃を向けるというのならば、俺はお前を斬るだけだ……ッ!!」


「……」


「覚悟しろ佐奈!! お前とその瑠璃ちゃんの紛い物を葬った後で、すぐに姉さんもそっちに送ってやる! 俺を……俺の信頼を裏切ったお前達を、俺は決して許しはしない!!!!」



 一哉は「月影封魂」の漆黒の切っ先を佐奈に向け、そう宣言する。

 心には憎しみを、身体と法具――――「月影封魂」には霊力を滾らせて。

 たった一人の妹を今ここで斬ると宣言する。

 まるで自らの心に誓いを立てるように。


 だが。

 そんな一哉を見た佐奈から出てきたのは、落胆の溜息と言葉でしかなかった。



「…………失望したよ、兄さん。陰霊剣に目覚めても、まだその程度の理解しかないの? まだ物事の表面的な側面しか見えてないの? 私も瑠璃も……こんなにも兄さんの事を想っているのに……愛してるのに……どうして伝わらないの? どうしてわかってくれないの?」



 佐奈は塀から飛び降りて瑠璃の後ろに立つと、首に腕を回して後ろから抱きしめた。



「私、とても悲しいよ、兄さん。ね、瑠璃もそう思うでしょ?」


「うん…………ひどいです……一哉さん……」



 二人の言葉を聞いて。

 一哉は自分の中の何かが切れて落ちるのを感じた。

 視界は真っ赤な色で満たされ、心はどす黒く染まる。

 そしてそれが不思議な程心地よい。

 まるで刀が、「月影封魂」が怒りと憎しみに染まる自分を歓迎している様に。

 そして、まるで歓喜の声を上げるかの様にどす黒い瘴気の様な陰の気が「月影封魂」から吹き上がる。


 ――キレ!

 ――キリトバセ!

 ――キリキザメ!

 ――ニクメ!

 ――コロセ!

 ――コロセコロセ!!

 ――コロセコロセコロセ!!


 ――コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!!!!











 それは刀の声だったのか。

 それとも湧き上がる自らの心からの叫びだったのか。

 ともかくその声を一哉が聞いた時、一哉の頭の中は突発的ともいえる衝動に侵され、元々欠いていた冷静さを完全に失ってしまった。

 頭の中も心の中も全ては刃を振るう為、それだけの為に全てが吹き飛んだ。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――

ッ!!!!!!!!」



 一哉は刀を天に向けて掲げる。

 同時に爆発的に膨れ上がる一哉自身の邪悪な気。

 視覚化される程の膨大な陰の気は、黒きオーラとなって一哉自身を包み込む。

 そして、一哉自身と陰霊剣「月影封魂」から湧き上がる膨大な陰の気が「月影封魂」へと凝縮され、その闇に呑まれそうな程に黒く塗り潰された漆黒の刃をさらに禍々しき地獄の刃へと変えた。



「ダメッ、一哉兄ぃ!! 百瀬瑠璃には霊術を反射する――――」



 そして一閃――――







「かは…………っ! な、なぜ……だ……!!」



 一哉の身体から鮮血が飛び散り、そして斃れ伏した。

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