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鬼闘神楽  作者: 武神
第5章 聖竜に捧ぐ鎮魂歌
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弐ノ舞 そして彼女はやって来る

気がつけばブクマが15件。

元々90話近くまでは信じられない程少なかったので、これでも作者は狂喜レベルで喜んでいます。

「一哉……兄ぃ……?」



 一哉にかけられた声。

 その声は一哉にとってよく知るもの。

 一哉は思わず手に持っていた紙を懐に隠して振り返る。



「咲良……?」



 振り返った先に居たのは、長い黒髪をサイドテールにした、勝気なツリ目が印象的な美少女――――北神咲良。

 10年来の付き合いがある3つ年下の、所謂幼馴染だ。

 かつては関係が冷えきっていた二人の仲は、今ではそれなりに修復され、元の距離まで戻ったと言える。

 だが、そんな咲良の表情には、どこか緊張の色が走っていた。


 最近この家に来る時はオシャレをしてくる事が多かった咲良だが、今日はお馴染みの黒を基調としたゴシックドレスを着ている。

 ゴシックドレスは咲良の仕事着。

 つまり、咲良がこの服装でここに居るという事は。



「何しに来た。対策院の命令で俺を殺しにでも来たか?」



 一哉はわざと厭味ったらしく咲良に言い放つ。

 何の用事かは知らないが、咲良は一連の騒動が起こる前に何らかの用事で名古屋へと行っていて、ここ数日で一哉達の身に起きた事など承知していないだろう。

 仮に咲良が対策院から何か吹き込まれているとすれば、今ここに来た理由など、対策院を追われる身となった一哉にその理由を問い詰めに来た以外に考えられない。


 だがそれ以上に、ただ単純に邪魔だった。

 これからの一哉にとって、咲良はこの上なく邪魔な存在だった。

 咲良の性格だ。仮に一哉がどんな言葉を紡いだとて、最後の最後まで説得を試みるだろう。妹に――――佐奈に復讐するだなんて間違っている、と。

 例え自分と戦ったとしても妹を殺すなどと言う一哉を止めに来るだろう。

 一哉の目を覚まさせるなどと言って、傷つき倒れる事になっても自分の道の前に立ちふさがろうとするだろう。

 それが堪らなく面倒だ。

 義姉と妹への復讐に生きる事に決めた一哉にとって、咲良は間違いなく一番の障害となる。その確信があった。


 だからこそ一哉は咲良を突き放す。

 それが今取るべき自らの道。修羅へと歩みだす自らが辿るべき道と信じているから。

 そうする事が結局は咲良の為に、幸せの為になるのだとそう信じて疑わないから。


 だが、そんな一哉の言葉を聞いた咲良は今にも泣き出しそうな顔で一哉の事を睨んできた。



「何よ……それ……。私は、貴方の事、心配してた。すごくすごく心配してたのよ。京都から帰ってきたら、居る筈の貴方が居ない。佐奈は特級鬼闘師になってるし、連絡も取れない。東雲結衣だってこの家に帰ってこなくて、ニュースじゃ小倉莉沙が重傷を負って、百瀬瑠璃は行方不明に――――私、貴方に何か良くないことが起きたんじゃ、ってずっと心配してた。Lineも電話も全然反応してくれなくて、ずっとずっと不安だった」


「…………」


「それなのに何? 久しぶりに会えたと思ったら、私が貴方を殺しに来た? 馬鹿も休み休み言いなさいよ!」



 声を荒げる咲良の目にはみるみる内に涙が溜まっていく。



「一体何があったのよ! 私が京都に行っている間に、一体何が起こったの! どうして貴方は澪さんが亡くなった時みたいな顔してるのよ?!」


「…………」


「何とか言いなさいよ、一哉兄ぃ…………っ!」


「……俺に構うな……お前に話す事など、もはや何もない」


「…………っ!!」



 だがそんな咲良を前にしても、一哉の口から出てきたのはそんな言葉だった。

 一哉はもう止まらない。

 止まるわけにはいかないからだ。

 ここで咲良の言葉を聞いてしまっては、そこで一哉は終わってしまう。南条一哉は最も愛すべき家族から裏切られ続けた憐れな男として、そこから一歩も進めなくなるからだ。



「帰れ咲良。対策院の命令で俺を殺しに来たのなら見逃してやる。そうでないのなら今すぐここから立ち去れ。さもなくば、俺はお前を斬る…………斬ってでも前に進まなければならないんだ……っ」



 一哉は抜き身の「魔斬」を手に咲良に迫る。

 咲良を遠ざけるためなら、今の一哉はもはやソレすら躊躇わない。平時の一哉であれば絶対にしないであろう事も平然とやってのける。どこかでズキリと痛む心を無視してでも、ソレをやる。

 今や南条一哉は、そうなってしまったのだ。

 自分の邪魔をする者は、例え大切な幼馴染であったとしても刃を突き付け、時には例え力ずくでも排除する。

 そういう形になってしまった。



 だが、それでも。

 それでも咲良は動じなかった。

 一哉の剣の鈍い光に動じる事もなく、逆に一哉を鋭くねめつけてるその視線に、むしろ一哉の方が気圧される程だ。



「いい加減にしなさいよ…………ッ! 私の事なら何とでも言えば良いわ…………。だけどね――」



 そして咲良は激しく一哉に詰め寄る。



「そんな泣きそうな顔してる貴方の事、放っておける訳ないでしょう?! そんな貴方の顔を……今にも泣きそうな貴方の事を……ッ!」



 そう言って咲良は一哉の胸倉を掴んでまでも、自らの感情をぶつけて来る。今にも零れ落ちそうな程の涙を溜めながらも、その瞳に迷い無き光を灯らせてさえいる。

 例え殺されようとも引き下がらない――――そんな咲良の心意気が、その本音を聞かずとも見えてくるのだ。


 この様な咲良の姿、一哉は見た事が無かった。

 咲良は一哉に対して辛辣な物言いをする事はあっても、本気で拒絶する一哉に対して食い下がるような真似はした事が無い。

 勿論、これまでも本気で一哉が咲良を拒絶するときは有無を言わさぬ物言いをしてきた。

 そして刃を突き付けられる様な事が無くとも、咲良はその最後の一線には今まで決して踏み込んでこなかった。

 だが、今の咲良はその最後のラインすら最早躊躇いも無く乗り越えてきて――――



「黙ってないで何とか言いなさいよッ!!!! 私が居なかったこの数日の間にみんなに何があったのか……貴方に何があったのか……っ! 黙ってたらなんにもわからないじゃない!!」



 一哉の事を想って言葉を紡ぐ――――



「私は貴方の力になりたいの! 貴方がもう悲しまなくても、傷つかなくても良い様に! 私はその為に……一哉兄ぃと……貴方と一緒に居るため、貴方の力になりたくてに力をつけてきたのに……!!」



 だが、そんな言葉も今の一哉には届かない。



「黙れ、咲良……!」



 一哉は自らの胸倉を掴む咲良の手を振り払うと、すかさず「魔斬」の峰側を咲良の首筋に押し当てた。



「これ以上喋るなら、次は刃の方を当てる」


「ッ……!!」


「咲良、正直お前がここに来た理由なんか今の俺にとってはもはやどうでも良い。だから、この先の俺にはお前も結衣も、何もかもいらない。ただ俺だけが在ればそれでいい。ただ俺だけが刃を振るって此処に在れば、それでいい。お前が俺に付き合う義務も義理も理由も無い」


「……」


「だから俺の邪魔は絶対にさせない。これからの俺の目的だけは、お前にも結衣にも……何人たりとも邪魔はさせない。例えお前を斬り伏せてでも――――ッ!!」



 その心意気はまるであの小倉莉紗――――西薗リーサの様。

 自らの復讐の為に全てを捧げた女。南条家への復讐という何の意味も価値も無い事に自分の全てを投げ打っていたあの女。

 今の一哉はまさにリーサと同じ轍を踏もうとしている。

 いや、あのリーサですら結衣の事は大切に思っていて、結衣の事を救った事すらあるのだから、咲良も結衣も切り捨てようとしている今の一哉はそれ以下だ。

 今の一哉にとっては命を懸けて護ろうとした幼馴染も、かつて恋した昔馴染みも最早障害以外の何物でもない。

 最愛の妹とかつて慕った義姉に裏切られた事に心を閉ざし、全てを拒絶するように。


 それでも――――



「…………言いたい事はそれだけかしら?」


「……っ」



 咲良の瞳の光は欠片も失われなかった。

 何かを強く決意した様な強い眼。幼馴染の男の豹変にも決して折れない、強さ。

 一哉には、何が咲良をそうまでさせるのかわからなかった。

 こうまでして刀を突き付け、脅しているのに。ハッタリでもなんでもなく、斬り伏せる覚悟はできているというのに。なぜ咲良は折れない。



「何とでも言えば良いわ、一哉兄ぃ。貴方が何を見て、何を聞いて、何に絶望しているのかはわからない。だけどね……さっきも言ったけど、そんな泣きそうな顔してる貴方の事、放って置ける程薄情じゃないのよ、私」


「咲良……っ!!」


「だか……ら…………だから話してよっ!」



 咲良は目に溜めた涙を遂に一つ二つと零しながら一哉に訴えかける。

 あの時と――――【焼鬼】と戦っていて勝ち目が無いと踏んて、咲良に撤退を促した時と同じだ。あの時の本気の眼。泣きながらも撤退を拒否したあの時の眼。それと同じなのだ。


 それでも一哉の心は動かない。

 かつての気持ちを思い出す事は出来ても、同じ気持ちになる事は無い。

 佐奈と栞那を殺すのに、咲良は必要ない。むしろ邪魔だ。

 そうやって涙を流す程ならば、自分に盾突く必要などない――――そう思う程度には、一哉の心は冷え切っていた。



「……黙れと言ったはずだ、咲良」



 一哉は刀の刃を返して、「魔斬」の刃を咲良の首筋へと押し当てる。

 咲良の首から流れ出す一筋の紅いライン。



「…………ッ! 一哉兄ぃ……どう……して?!」


「……仏の顔も三度まで……だ。次は無いぞ咲良」



 咲良の首から流れ出した鮮血がゴシックドレスを濡らす。

 それを確認しながら、一哉は刀を握る力を強める。



「もう一度言う、咲良。もう俺に構うな。お前がここに何しに来たのかは知らない。興味も無い。お前には俺のやる事に付き合う義理も義務も無いし、俺のやる事を止める権利も非難する権利も無い」


「……」


「ここでお別れだ、咲良。もはや会う事も無いだろうが…………達者でいろ」



 一哉は咲良の首筋から刀を離すと、咲良の血を自分の服で拭って鞘に納めた。

 そして咲良の方を見る事も無く、栞那の部屋から出ていく。



「待って、一哉兄ぃ!!」



 咲良が一哉を追って廊下を走る音が聞こえる。

 一哉は再び「魔斬」を抜き放とうとして――――



 ――――ドガァッ!!!!



「な、何?!」



 部屋と廊下をぶち抜いて何かが爆ぜる。

 一哉は驚いて悲鳴のような声を上げる咲良を無視しつつ、立ち込める土煙の向こう側を睨みつける。

 そうしているうちに聞こえてきた声は――



「捕縛対象を確認…………ヒサシブリ……久……久しぶり……? カズヤ……サン……」

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