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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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参拾肆ノ舞 世界一許せない

第4章も佳境に入ってきました。

神流=南条栞奈が漸く、ヴェールを脱ぎます。


ちなみに、かなり私事ですがですが、本日、妻帯者となりました。

 佐奈の目の前に現れた女。

 喪服にしか見えない漆黒の着物に、長い白髪を緩く一房に纏めたその姿。

 覚えている姿からは確かに変わってしまっているが、それでも佐奈は驚愕して固まるしかない。

 それは――――



「お姉…………ちゃん……?」



 8年前、兄・一哉を殺そうとした裏切者。

 昔は大好きで大好きで仕方なかった。今は憎くて憎くて仕方がない。

 既に死んでいるのだから、憎しみを晴らす事すらできなかった筈の相手。



「8年ぶりね、佐奈。元気にしていたかしら」



 かつて12年前、父・聖に連れてこられた西薗の血縁者。

 かつて、姉と慕った忘れる筈もない顔。

 この8年、記憶を封印しても一哉を苦しめ続けた全ての元凶。

 南条栞奈。



「嘘…………でしょ…………? どうして、お姉ちゃんが…………」



 呆然と呟く佐奈の言葉を、栞那は全く相手にもせず、無傷な方の莉紗を見て呆れた顔をする。



「それよりも【黒晶】、これは一体どういうつもりかしら」


「どういうつもりって、どういう事だい、【神流】?」


「…………まずはその気持ち悪い喋り方を止めなさい」


「…………はっ。相手に変化する時は極力相手に似せた演技をしろつったのはテメエだろうが、【神流】」



 刹那、莉紗の姿が波打ち始める。

 その光景はまるで悪夢を見ている様だった。

 何しろ人間が、人間の肉が大袈裟でも誇張でもなく波打っているのだ。どんな現象が起きたところで、こんな事象、起こりうるはずがない。

 そんな佐奈の驚愕もよそに、莉紗の身体は徐々に変形を始め、色を失う。

 そして全てが色を失い、銀一色となり、謎の球体へと変化を遂げた。



「どう……なってるんだよ…………コレ…………」



 佐奈と同じく驚愕の表情を浮かべた血塗れの莉紗が呆然と呟く。

 目の前で起きている現実に全く順応できない佐奈と莉紗を尻目に、球体は更なる変化を始めた。

 球体は再び波打ちながら伸びていき、やがて人型を取る。

 そして細かな身体のパーツが形成されていき、最後に出てきたのは。



「黒鉄ぇ…………っ! やっぱり、お前が……【黒晶】だったのか…………っ!!」



 色黒スキンヘッドの大男。

 ピアスにサングラスとおおよそ人を寄せ付けない風貌の男の姿だった。



「まさか…………『式神怪魔』…………」



 姿の変わった【黒晶】を見て、佐奈の頭に思い浮かんだのは、何ヵ月か前に戦った、炎を自在に操る巨大怪鳥【砕火】の姿。

 全く形態も能力も違うが、こんな事が出来る存在が有るとすれば、それは式神怪魔しかない。

 佐奈はそう感じ取った。


 一方の莉沙の方は、そんなところに興味は無いようで、歯を食いしばりながら何とか上体を起こし、その顔を憤怒に染め上げていた。



「黒鉄…………っ! お前、ボクを騙していたのか?! 【黒帝】の正体が南条聖だっていうのも、西薗家を滅ぼそうとしたのが南条聖だっていうのも全部全部…………」


「…………」


「何とか言えよ、黒鉄ぇ!!!!」



 文字通り血反吐を吐きながら。

 そして滂沱の如く涙を流しながら叫ぶ莉沙。

 だが、そんな莉沙に対して【黒晶】は、口許を歪めて明らかな悪意を以て返答を返す。



「当然だろうが。なんで、俺がテメエみたいな憐れな女に肩入れしてやらなきゃなんねぇんだよ」


「き…………さま……っ!」


「まったく滑稽だったぜ。とっくに滅びた筈の西薗本家の生き残りをたまたま見つけたかと思ったら、当の本人は何も知らずに生きてやがる。試しに俺が嘘の情報でテメエの復讐心煽ってやったら、乗るわ乗るわ。俺にとっちゃ、テメエの仇が本当は誰だろうがどうでも良い事だしな。こっちは目的が果たせりゃ、テメエなんざどうなろうが関係ねぇ」


「…………」


「ま、あまりにもうまく行きすぎて、逆につまんねえ位だったが」


「じゃあ…………ボクとした取引は…………一体何だったんだ…………」


「あぁ、アレか? 『テメエの龍の気を譲渡してもらう代わりに、南条の情報を渡す事と、テメエを鍛える』っヤツな。んなもん、テメエの気を長期的に搾取するために決まってんじゃねえかよ。約束通り情報は渡したし、鍛えてもやっただろうが。契約は履行済みだ」


「嘘の情報を流しておいて…………何が契約の履行だ…………っ! それにそもそも……! ボクの気がなぜ必要だったんだ!!」



 【黒晶】は懐から、黄土色の禍々しい陰の気を纏った金属板を取り出す。

 その板は、手の平サイズの何の変哲も無いただの板にしか見えない。だが、陰霊剣を遣い、陰の気に慣れた佐奈には何となくではあったが、その板がロクな出自を持っていないだろう、と感じ取った。

 その意味まではわからなかったが。

 だが、「式神怪魔」が求めるモノなど、マトモな物の訳がない。



「テメエの気はかなり純度の高い陽の気だからな。この『禍ツ神』を――――」


「【黒晶】!! …………喋りすぎよ。まあ、今の問答でわかったけど、貴方がリーサに接触したのも【黒帝】の指示ね。貴方がそんな機転回せるとはとても思えないもの」


「ちっ…………」



 だが、ベラベラと口の軽い【黒晶】の口を封じたのはやはり栞那だった。

 栞那は恐ろしく優秀な人間だった。

 恐らく、一哉と同等か、もしくはそれ以上の才覚を持った女傑だったのだ。

 西薗一のせいで、基礎的な訓練すら受けていなかったにも関わらず、僅か4年足らずで上級鬼闘師への昇格資格を得るほどの本物の天才。

 そんな人間が不用意に情報を漏らす訳がない。



「おい栞那! ふざけんな! ボクは今、黒鉄と話してるんだぞ!!」


「黙りなさい、リーサ」



 栞那はなおも足掻こうとする莉沙の顔面に蹴りを叩き込んだ。

 骨が折れる様な嫌な音がした後、莉紗からは何の言葉も発せられなかった。

 その姿に、佐奈の知る嘗ての栞那の姿は全く重ならない。佐奈の中では、栞那はある一点を除けばとても優しくて欠点の無い、理想の姉だったのだ。

 だからこそ、栞那が一哉を裏切った事が不可解ではあったのだが、こうもまざまざとその変貌ぶりを見せられてしまえば、8年前の悪夢の理由を納得するしかない。



「せっかくの妹との再会を無粋に邪魔しないで欲しいものだわ」


「お姉ちゃん…………」



 佐奈は静かに呟く。

 あまりの衝撃に、佐奈は一時的に抱き続けていた憎しみすら忘れてしまっていた。



「何よ。貴女もこの女を始末したがっていたでしょう? 利益こそあれど、害は無い筈よ。文句を言われる筋合いは無いと思うけれど」



 佐奈の呟きに反応した栞那は半眼で佐奈を見ながら憮然と答えた。

 確かにその通りではある。

 佐奈は半分無意識とは言え明確な殺意を持って莉紗と対峙していたし、兄を襲撃し、自らも殺されかけた相手を許すつもりなど毛頭無い。

 だが、別に佐奈は自らの手で決着を付ける事にこだわっている訳でも無ければ、その命を奪う事自体にこだわりを持っている訳では無い。



「お姉ちゃん、やっぱり変わったね…………」


「当たり前でしょう? あれから8年も経ったんだから、変わらない方がおかしいわ」



 何を言っているんだと言いたげな顔をする栞那。

 言葉尻を捕まえて考えるのであれば、それは間違いのない事なのだが。

 それでも栞那の表情を見れば、それがふざけているのは火を見るよりも明らかだった。

 故に佐奈は声を荒げて吠える。



「そういう事言ってるんじゃないの! お兄ちゃんの事もそうだけど! お姉ちゃんは人を簡単に足蹴にするような人じゃなかったでしょ?!」



 佐奈は確かに8年もの間、栞那の事を憎み続けた。

 兄にトラウマを植え付け、結果的に家族を崩壊させた栞那の事をずっと恨んでいた。

 だが、そんな栞那の死を悲しいと感じていた事もまた事実だ。

 そもそも栞那が兄・一哉を殺そうとした事自体があまりにも突発的な事だったのだ。


 8年前。

 対策院の任務で1か月間家を空けていた栞那が帰って来るなり、一哉を刺すという凶行に出た。

 そして紆余曲折あって栞那は死亡、一哉は重傷を負って一連の事件の記憶どころか、栞那の存在自体の記憶を失ってしまった。

 佐奈が知っているのはその程度の事。

 空白の1か月の間に栞那の身に何があったのか、そして色々な意味で一哉と仲が良かった筈の栞那がなぜ凶行に至ったのか、わからない事も山程あるのも事実。


 故にいざ本人を目の前にしてしまうと、憎しみよりも疑念が先行してしまうのはある意味必然であった。もしも栞那の豹変が何かの間違いなのであれば、それを甘んじて受け入れてしまう程度には家族の情があったから。



 だが、そんなささやかな希望が届く事は決して無い――――



「悪いけど、佐奈。貴女が知っている南条栞那は死んだのよ。今の私は『陰陽寮』の四天邪将・青龍位の【神流】」


「…………」


「この世界を地獄へと変える者よ」


「やめて…………」


「そして佐奈、よく聞きなさい」


「姉さん……やめて……」


「8年前、私が一哉を殺そうとしたのは間違いなく私の意志よ」


「ねええええさああああんんっ!!!!」



 期待は裏切られる。希望は潰える。

 そんな事は嫌と言う程身に染みてわかっていたつもりだった。

 栞那に対してそんな希望を抱く事自体が間違っている事など、最初からわかっていた筈なのに。

 再び突き付けられた"裏切り"に、佐奈の心は燃え盛る炎に呑まれて堕ちる。

 昏い昏い、底の見えない闇の中へと。



「やっぱりお前はぶっ殺す!!!! 結べ『血染花嫁』!! そして、『滅望の弾丸(ディスペイア・バレット)』ぉ――――っ!!!!」



 佐奈は地面を叩き割る様に薙刀を叩きつけ、砂や小石を巻き上げて栞那へと呪いの弾丸を雨あられと差し向ける。

 それはつい2週間程前に弾みで遣ってしまった禁忌の力。

 敵対視していた莉紗に対してすら、遣った事を後悔していた筈の禁断の力――――呪い。

 悪霊か、それに準ずる者達にしか遣えない、霊魂を侵食する特殊な呪術。

 それを乗せた弾丸を、容赦なく栞那へと撃ち出した。


 もうそこには一時的に取り戻した正気も、人としての理性も介在の余地が無い。

 そこに在るのは、ただただ純然たる狂気と怨嗟だけ。

 そうした純粋な負の感情――――つまり陰の気を纏っていなければ遣えない代物。

 人の魂が陽の気の塊である事を考えれば、人間である佐奈の今の状態がどれだけ不自然なものか、火を見るよりも明らかである。

 そんなリスクのある行為を、佐奈は今回ばかりは自分の意志で実行した。

 全ては、栞那を今度こそこの世から消し去るために。



「『呪い』……ね。貴女、このままだと夜叉か般若行きコースまっしぐらよ」



 一方の栞那は余裕の表情で氷の防壁を造り出すと、移動を開始。

 佐奈の弾丸を全く通さないまま、佐奈の隙を伺う様に側面へと回り込んだ。



「それがどうしたの?! 兄さんを手に入れる為なら、私は夜叉にだって般若にだってなってみせる! だから手始めに、姉さんを地獄に送ってあげるんだよ!! アハハハハハ!!!!」


「駄目ね。能力は完成されていても、精神が完全に陰霊剣に呑み込まれてるじゃない」



 佐奈の中で確かに燃え盛る憎悪の炎。それは間違いなく初めは正しく燃えていた。

 火種は栞那の裏切り、燃料は積もりに積もった怨嗟。そうして燃え上がった炎はあまりにも正しく機能して燃え続け、佐奈を戦いへと駆り立てたのだ。

 だが、その機能もすぐに制御不能の物となる。

 初めは純粋な憎悪だったその炎も、狂喜、嫉妬、傲慢といった他の関係無い負の感情にまで飛び火し、今や暴走状態だ。

 それが全て陰霊剣によってもたらされる副作用だと理解していたところで、今更強大な力を手放せるわけが無い。



「良いわ、佐奈。かかってきなさい。あの子が来るまでまだ少し時間がある。それまで私が徹底的に教えてあげるわ。――――陰霊剣(この力)の遣い方を」


「偉そうにほざかないでよ、姉さん……っ! アハハッ!!!! 姉さんの腕引き千切って、胴体バラシて私のこの力を思い知らせてあげる!! 離せ『血染花嫁』!! アハハハハハハハハ!」



 そして暴走特急は敵との力量差など考える事は決して無い。

 自分こそが最強だと信じているから。そうした狂信も陰霊剣の副作用。

 ましてや、今の佐奈は今の現実を夢だと自己暗示し、都合よく解釈している。そして、全ては自分の思い通りになる、ならなくてはならないと思っている状態。

 そんな佐奈が調子に乗るのは最早必然。



「まったく、相変わらず世話の焼ける子ね佐奈。お姉ちゃんが教育してあげるわ」 



 だから次の展開も必然であった。



「『絶牢・壱閃』」


「――――ッ!!」



 栞那が青黒い日本刀を振るった瞬間、凄まじい冷気と陰の気の気配が佐奈を襲う。

 そして瞬きの間に氷の津波が佐奈を襲い、呑み込む。

 佐奈の陰霊剣『血染花嫁』の反転権能により佐奈には全く影響が無いが、周囲を完全に凍らされ、身動きが取れない。

 佐奈はこの氷を破壊しようと、薙刀の刃先に陰の気を集め始めるが――――



「『絶牢・弐閃』」



 ――――ビキキキキキッ!!



 佐奈が薙刀を振るうより先に栞那の霊術が再度起動し、再度強烈な冷気と陰の気が襲い来る。

 当然ながら『血染花嫁』の権能により佐奈の身に被害は無いのだが。



「嘘ッ?! ヒビ……が……!」



 佐奈の左手薬指に嵌った、血の様に紅く禍々しい宝石にヒビが入っていた。

 今までの戦闘で、陰霊剣にヒビが入った事など一度として無かった。

 それ故に自分の手元で起こっている光景に理解が追い付かない。

 さらに。



「『絶牢・参閃』」



 ――――ガシャアァァァンッ!!



 三度冷気と陰の気が佐奈のすぐ傍を駆け抜けた後、佐奈の左薬指に輝いていた紅き宝玉は粉々に砕け散った。

 まるで津波を受けて決壊した堤防の様に力が崩れた感覚がした佐奈が自分の手を見た時には、指輪は既に光の粒子へと還元された後だった。

 それと同時に佐奈の心に襲い来る異常なまでの喪失感。

 何か大切なモノがゴッソリと消え去った様なそんな感覚。



「あ…………っ」


「知らなかったでしょう? 陰霊剣の能力にも限界があるって事を」


「そんな……私の力は……」



 呆然と呟く佐奈に、栞那はさらに追い打ちをかけてくる。



「陰霊剣は創出の際に使ったリソース分の力しか、その権能を発揮できない。今のは、貴女が陰霊剣創出の際に使用したリソースに見合わないレベルの負荷を受けてハングアップした故の現象。つまり、処理能力を超える負荷を与えられた陰霊剣は――――自壊する」


「……」


「今以上の能力を行使したいのであれば、もっとリソースをつぎ込むしかないわ。さあ、次はどうするのかしら、佐奈」



 佐奈自身、誰に教えられる訳でもなく自身の遣い方をなんとなく理解している。

 どうやって陰霊剣を創り出すのかも、そして代わりに何かを代償にしている事も。

 そしてついさっき陰霊剣を破壊された事で、自分からその何かが失われてしまった事も。

 それでも佐奈は己の中に響く警告を無視して力を遣う。遣わざるを得ない。



「そんな事、聞かれるまでもない!! 私はお前をぶっ殺してやるって決めたんだ!! 兄さんの為に!!!!」



 佐奈の手に再び現れる紅き宝玉の指輪。

 自分の中の何かを使って生み出されたその力――――陰霊剣は佐奈に圧倒的な力を、そして今回は今までに無い最高の力を佐奈に与える。

 再び狂気に呑まれる佐奈。

 黒い霧の様なオーラを自らの周りに集めながら、自分の周りに張り巡らされる氷を破壊し、新たな霊術を起動する。



「《喰らえ (つるぎ)握る戦神 舞え 剣与える死神よ》――――消えろ!!『滅殺鋼死葬』!!」


「ふふふ…………そう、それでいいのよ佐奈。…………貴女がこちら側に堕ちるまで、何度でも砕いてあげる」



 轟音響く霊術の応酬。

 立ち込める土煙。

 苦悶と苦痛と恐怖と怨嗟。そして絶叫。


 戦場には光の粒子が飛び散った。

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