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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
107/133

参拾壱ノ舞 終幕の幕開け

この話を含めて第4章は残り6話です。

そしてようやく、莉紗が本格的に参戦。

ようやく空気ヒロインを脱せる……

 一哉が瑠璃との逢瀬を交わしているちょうどその頃。

 小倉莉沙は呼び出し先の広場で一人、一哉を待ち受けていた。

 周囲には協力者の黒鉄晶(くろがねあきら)に張らせた人払いの結界と認識阻害結界。

 一哉程の鬼闘師であれば、この中に入ってくるという事がどういう事かわかるだろう。そう見越しての布陣。

 もはや『アイナ』という仮面に自らを隠す事も無く、外套も能面も付けていない。

 格好もノースリーブのシャツにショートパンツと、凡そ山に向かない格好で。


 実際のところ、莉沙はこれまで迷っていた。

 一哉が鬼闘師しての力を遣えない今、莉沙の悲願を達成するには抜群の状況が揃っていると言わざるを得ない。何しろ、霊的現状を無に帰す『除魔の舞』を遣える北神咲良は京都に居り、莉沙に致命的な呪いをかけた南条佐奈は一哉の代わりに特級鬼闘師としての任を受けている筈。

 つまり、今この瞬間が南条一哉が最も無防備になる瞬間なのだ。

 だが事実として、莉紗はこの3日間、ずっと復讐の執行を躊躇ってきた。

 最初から南条一哉を殺す為だけに企画したこの天体観測会だった筈なのに。その目的を果たすチャンスは幾度となくあったというのに。

 莉紗は終ぞ実行に移せず、最終日まで来てしまっていた。

 それもこれも、結衣と瑠璃に悲しい気持ちを抱かせたくないから――――



「だけどボクはもう迷わない。一族全部に復讐はできなくても…………せめてアイツだけでも…………。じゃないとボクのこれまでの人生は一体何だったんだよ…………」



 人間誰しも、人生の中で多かれ少なかれ情熱や魂を注ぎ込む物事や瞬間が一つはあるだろう。

 どんなに夢や趣味が無いという人間だって、少しだけ周りの事を忘れて取り組む事が何かある筈だ。

 自殺志願者や絶望に駆られた人間だって、ある意味自らの死に対して魂を燃やしていると取る事も出来る。

 そして小倉莉紗という人間にとって、それは「南条家に復讐する」という唯一点だけだった。

 人生のほとんどをそれに費やす程、小倉莉紗は自分の身を削ってきた。

 ただ空虚だった7年も、雌伏の3年も、全ては南条の血筋を絶やす為だけにあった。

 それが、唯一残された者の為すべき事。

 少なくとも莉紗はそう信じている。

 だが、今の莉紗に残された時間はあまりにも少ない。

 多く見積もって、あと1か月。


 だから莉紗はもうこれを最後にする事にした。

 どうせ莉紗はもう永くない。

 一哉に抵抗されれば、当然それだけ寿命は縮まる。

 復讐の完遂はもはや絶望的。

 それでも莉紗はこの道を選んだ。

 それゆえに、最後の戦いはせめて自分らしく在ろうと。



「それにしても…………何してるんだよ、南条一哉。まさか、ボクの呼び出しを無視する気か? 」



 どこか焦りが滲む声で一人ごちる莉紗。

 莉紗がこの場所に張ってから既に1時間以上が経過している。それなのに、一哉はいつまで経っても現れる気配が無い。

 苛立ちを隠せない莉沙は、自分のすぐ傍にある木を苛立ち紛れに殴り付けた。



「おちつけ……落ち着けよ…………」



 擦りむいた手からは赤い血が流れ出すが、それが徐々に、緩やかに塞がっていく。それも莉沙の中に流れる"聖なる竜の血"によってもたらされた恩恵。


 だが遅い。

 万全だった頃に比べれば、あまりにも遅い。

 莉沙が得た能力(ちから)は幾つかあるが、自己修復の権能は明らかにその効力を失っている。

 既に莉紗に残された時間が少ないという事は、莉紗自身が身をもって知っている。



 そうしていつまでも現れない一哉を待ち続ける莉紗が異変に気付いたのは、午前2時半を回った頃だった。



「誰かが…………来る…………?」



 結界内に誰かが入ってきた事を認識すると同時に、背筋に気味の悪い感触が走る。

 莉紗は特に気の探知能力に優れている訳では無い。

 むしろ莉紗の霊力の使い方は攻撃一辺倒で、そういった細かい芸当は苦手だ。だから常に、大雑把な戦い方になるのだが。

 しかし、今、結界内に入ってきた何者かは、そんな莉紗をもってしても感じ取れる程の異質な気を持っている。

 そしてそれは。



「まさか、これは…………」



 かつて一度だけ対峙した事のある人物。

 この国に巣食う闇の中でも、とりわけそれを煮詰めて凝縮したような存在。

 まるで癌細胞の様な女。

 そして南条との血縁が無い存在ながらも、不倶戴天の敵の一人。



「なぜここにいる…………【神流】…………っ!」



 暗闇の中から現れたのは、喪服の様な漆黒の着物を着た、白色長髪の女。

 その美貌に似合わぬ無限の闇を湛えた眼を紅く輝かせた女――――神流は莉紗の姿を認めるなり、その右手に昏く禍々しい青黒い刀身の日本刀を現出させる。



「初めまして、小倉莉紗――――いや、こう言った方がいいかしら? 久しぶりね、『出来損ないの龍(ディフェクティブ)』」


「…………その名前で呼ぶなって言っただろ【神流】」



 莉紗は神流の言う自らの蔑称に、露骨に顔を顰める。

 そして同時に確信する。この女は自分の正体の全てを知っていると。

 だから、敢えて挑発する様に言った。



「――――それともこう呼んだ方が良いかな? …………栞那姉さん」


「…………」


「何で知ってるんだって顔してるけど。もうボクの正体を知ってる君なら……わかるよね?」


「そう。そうね。そのとおりね。なら私も遠慮なく呼ばせてもらうわ。本当に久しぶりね、リーサ」



 殺伐とした空気にはあまりにも似合わぬ、気心の知れた様な二人の呼び方。

 何も知らぬ者からは不思議に思われるのだろが、この二人にとっては当たり前の事。

 神流が神流となる以前は何度も顔を合わす様な間柄だった。つまり二人にとっては今、十数年ぶりの邂逅を果たしたに過ぎない。



「12年ぶり……ってところかしら?」


「そうだね。キミのその顔…………何年経っても、髪色が変わっても忘れられる訳が無いよ、この裏切り者めが」


「それはこっちのセリフだわ、操り人形。アンタみたいなハーフのクセに日本人顔してる人間、アンタ以外に知らないもの」



 二人の間に異様な圧が高まっていく。

 莉紗も神流も、少しでも相手が動けば即座に即死級の攻撃を放とうと、お互いに魔力と霊力を練っている。



「それにしても、ボクが名前を変えて生きてるって事…………どうやって気づいたんだい? パパの偽装は完璧だった筈だけど」


「この世に完璧なんてものは無いのよ――――なんて月並みな事を言ってみたものの、確かにあのクズ親父の偽装工作は中々に見事だったわ。そもそもアンタの顔を知っているのは本当にごく一部だけの存在。気付ける筈も無いって訳ね。でもそれだけよ。私達の組織の力を甘く見ない事ね。」



 神流は自分の顔にかかる長い白髪をかき上げて耳にかける。

 そして右手に握る刀の切っ先を莉紗につきつけた。



「この前は殺しそこなったけれど、今度こそ覚悟なさい」


「『陰陽寮』…………相変わらず忌々しいヤツらめ!」



 魔術結社『陰陽寮』。

 その全容どころか、存在自体知る者はほとんどいない。

 莉紗が知っているのは、『陰陽寮』なる組織がこの日本という国に深く根付いているという事。

 「四天邪将」と呼ばれる者達が幹部を務めているという事。

 その「四天邪将」の内、【神流】が青龍位、【霧幻】と呼ばれる少女が白虎位であるという事。

 そしてその当目が『黒帝』と呼ばれていて、その正体こそが南条聖であるという事。



「覚悟するのは君の方だ、栞那。一族最悪の裏切り者はボクの手で必ず処刑する。この身を懸けても!!」



 莉紗は練った魔力を掌に集中し、神流の方へと向ける。

 お互いに既に構えているとはいえ、ほとんど不意打ちに近い形で莉沙は魔術を起動する。その視線の先に真っ直ぐ神流の頭を見据えて。



「《The Saint Arrows will delete them》――――喰らえっ、『The Holy Arrow』…………!!」



 それは何の変哲もない光の矢を放つ魔術。だが、莉沙の中に流れる"血"が、それを何倍にも強化した状態へと昇華する。弱い者ならば、喰らった瞬間に戦闘不能になる程の力の奔流だ。

 『聖光矢(ホーリー・アロー)』は光属性の初級魔術。だが、鬼闘師や神流が使う霊術の根本である陰陽五行のどれにも当てはまらないため、どんな属性霊術にも防御手段にもある一定の効果を示す。

 その筈だった。

 しかし、神流はそれをものともせずに、手に持った青黒い刀身の日本刀――――氷姫を振るっただけで弾く。



「そんな…………っ!!」


「バカにしないでくれるかしら。陰陽五行を適用できない魔術を選択したところで、この私を倒せる訳無いでしょうが」



 神流は振るった刀の返す刃で霊術を発動する。



「死になさい、リーサ――――『氷刃』」



 青黒い刃の刃先に霊力が集中。それが凝縮されて、鋭い薄氷の刃が形成。

 凄まじい速度で射出された氷の刃は莉紗の首元目掛けて飛び、莉紗の命を刈り取ろうと迫る。



「――――っ!!」



 ギリギリ。

 本当にギリギリのタイミングで莉紗は屈んで氷の刃を躱した。

 莉紗の美しい金色の髪を何本か斬り落として刃は頭上を越えていく。

 後一拍でも莉紗が屈むタイミングが遅れていれば、間違いなく命は無かった。


 屈んだ莉紗はすぐに反撃しようと顔を上げようとする。

 再度右手に光の魔術を構築し、今度は更なる高速の矢で神流を貫こうとして――――

 それ以上動く事は叶わなかった。



「かん…………なっ!!」



 莉紗の首筋には青黒い刃が押し当てられていた。

 神流の陰霊剣『氷姫(ひょうき)』は絶対氷結能力を持つ異能の刀。

 その力が漏れ出ているのか、刃を押し当てられている首筋は早くも凍り付き始めている。



「諦めなさいリーサ。『陰陽寮』に戦いを挑み、一哉や佐奈の命を狙って一体何になると言うのよ。アンタの父親はどうしようもない程愚かだったけど、その父親が生かした命、無駄に散らす意味など無い筈よ」


「…………」


「そもそもアンタは何がしたいのよ。私達の一族が滅びたのだって、元を糺せばあの男のせいでしょう? しかも今のアンタは佐奈に打ち込まれた呪いによって、能力は十全に使えない。それなのにどうして私に戦いを挑んできたのか、理解に苦しむわ」



 神流の声はただひたすらに冷たい。

 元々親し気に話す様な間柄どころか、お互いに殺し合う間柄なのだから、声に優しさや思いやりなどが含まれている訳は無いのだが、それを差し引いたとしても神流の声は完全に冷め切っている。

 むしろ軽蔑と言った方が近いかもしれない。

 敵いもしない相手に無謀にも牙を剥くその愚かさを心底見下している。


 確かに神流の言う通り、今の莉紗の力では神流と闘うにはあまりにもコンディションが悪い。今の莉紗は能力を遣えば遣う程、佐奈の呪いに侵蝕されるのだから。

 そもそも以前神流と闘った時、口では余裕を唱えてはいたが、あのまま闘い続けたところで莉紗に勝ち目は薄かった。

 『爆葬槍(ブラスト・ジャベリン)』は、初歩的な魔術しか扱えない莉紗が唯一扱える高威力の爆破魔術。その上を行く奥の手が無い訳では無いが、『爆葬槍(ブラスト・ジャベリン)』をほぼ無傷で躱された時点で、攻めの手が行き詰ってしまった事は間違いが無かったのだ。


 そして今この状況。

 扱う魔術の威力や起動速度、それどころか自身の身体能力すら自らの体内に宿る"竜の血"を触媒にする事で補ってきた莉紗にとって、能力を遣わずにこの状況を脱せる様な力は無い。

 勿論手段が無い訳ではないが、それは莉紗の残り少ない命を更に縮める事に繋がる。そして、能力を遣えば遣う程自分は弱体化していく。


 それでもこの場には自分が殺すべき相手が二人も居て。

 力を遣わなければ神流には勝てない。

 だが、力を遣えば二人目と闘う事は出来ない。

 そんなジレンマに身を焼かれる莉紗だが、闘志を失ってはいなかった。



「お前らの…………せいだろ…………っ!! お前ら『南条』のせいで…………ボクの人生はめちゃくちゃだ!!」


「どういう意味よ」



 莉紗の口から出るのは、積もり続けた怨嗟の言葉。

 だが、その怨嗟の全ては目の前の女に、そして南条家の人間に叩きつけたもので。

 全くわからないといった雰囲気の神流の表情に感情を逆撫でされて、さらなる憎しみが莉紗の心を支配する。

 当事者が無自覚など、あってはならない事なのだから。



「お前はボク達を裏切った…………っ!!」


「…………」


「佐奈はボクに呪いをかけてボクの命を奪おうとしている! 一哉はボクから大切な人達を奪っていった!!」


「…………」


「そしてあの男――――南条聖は、この国を使ってパパを…………ボク達一族をはめたじゃないか…………っ!! パパの存在が邪魔だからって、ボク達を一族諸共消し去ったじゃないか!!!! お前たちのせいで……南条のせいで………………っ」



 声が枯れそうなほどの、血を吐く様な絶叫。

 長年溜め続けた鬱屈と憎悪、そして寂寥を神流に叩きつけるように吐き出す。



「だから根絶やしにしてやるんだよ! ボクが10年前にされた様に!!!!」



 莉紗の言葉にたじろいだのか、首元に突き付けられた刃が一瞬だけブレる。

 莉紗はその隙を見逃さなかった。

 首筋に当たる刃を、自分の手が深く斬られる事も厭わずに撥ね退けて、大きく距離を取る。

 

 一方の神流は呆然とした顔で莉紗の事を見つめている。

 莉紗に逃げられた事に驚いているのか、図星を突かれた事にショックを受けているのか。

 いずれにせよこの隙を突かない手は無い、と莉紗が再び神流に魔術を放とうとしたその時だった。

 ここで莉紗にとって思いがけない言葉が、神流の口から漏れ出る。



「ちょっと待ちなさい。アンタ、一体何の話をしてるのよ」


「今頃言い訳か? ふざけるなよ…………ボクは全部知ってるんだ…………っ!」


「全部知っている? まあ私が裏切ったというのは、アンタの視点から見れば、百歩譲って間違っている話ではないし、佐奈がアンタに呪いをかけて寿命を大きく削ったのも事実よ。だけど一哉とお義父様の話はどういう事よ。全く話が見えないのだけれど」



 あくまでもしらを切り通そうする神流に、莉紗は怒りが溢れ出て抑えきれなくなる。

 そういう態度でくるのであれば、仕方がない。

 自分は全部知っているという事を突き付けてやる、と。



「とぼけるな!! 南条聖が…………お前の義父が『陰陽寮』の首領――――【黒帝】なんだろう!? そして裏から働きかけて、殲滅作戦で表向きに問題が無いように抹殺したんだ…………。南条一哉はその実行犯…………。ボクは全部知ってるんだ!!」



 怒りに頭が沸騰しそうだった。

 頭に上った血が酸素を急激に消費していき、眩暈がする程の酸欠になる。

 心の中は憎しみで満たされ、佐奈の呪いによって侵蝕された魂から再び湧き出すように力が溢れて来る。

 もう今の莉紗には神流を斃すのに幾許の躊躇いもない。

 次に一哉を抹殺する事など頭から吹き飛び、目の前の憎き女を滅する事しか考えられなくなる。


 だからこそ、神流の言葉がいやにクリアに響いた。



「ああ…………そういう事?」



 心底訳がわからないといった顔をして莉沙の話を聞いていた神流の表情が、突然納得したかの様なモノに変わった。そしてすぐに哀れな者を見る視線を莉沙にぶつける。



「だったらよく聞きなさい。貴女の復讐は全くの無意味よ」


「なに………?」



 神流は挑発するように目を細めた。

今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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