参拾ノ舞 最低最悪のキス
さて、タイトルが意味するものは……
それにしても一話の文字数が安定しない
最終日の晩餐を終え、最後の天体観測会も終わり、時刻は午前2時過ぎ。
一哉は二つの呼び出しを受けていた。
一つ目は佐奈の親友である瑠璃からの呼び出し。
どうしても今言っておきたい事があると言われ、キャンプ場から少しだけ離れた川沿いへと呼び出された。もちろんその用事の内容は聞かされていないので、行ってみてのお楽しみという事になる。
というのはあくまで建前で、一哉自身、瑠璃の用事に関してはある程度の予想がついていた。
それもそうだろう。
何しろ一哉は一度瑠璃に告白され、その想いを一度打ち明けられているのだから。
今思い返せば、瑠璃の行動はどこかあからさまなものがあった。
勿論自分はそのつもりは無かったが、瑠璃としては親睦を深めるという名目のこのイベントに参加するのは丁度都合が良かったのだろう。
そしてもう一つが莉紗からの呼び出し。
こちらは少し離れた広場への呼び出しだったが、正直目的の方はさっぱりだ。
大方、二日前の森の中での出来事が関連しているのだろうが、それにしても呼び出される理由がわからない。理由はわからないが、どうせ罵詈雑言を浴びせられるのだろうと考えると、一哉も些かウンザリとしてくる。
こちらの呼び出しは後回しにする事にした
どちらの呼び出しも応じるのには気乗りしないが、どうせ行かなければならないのであれば、明らかにダメージの少ない瑠璃の方に先に行く方が良い。
向かう先はキャンプ場から然程遠くは無い。一哉が歩き出して程なくして、待ち合わせ場所が見えて来る。待ち合わせ場所の小川の傍には既に瑠璃の姿があり、彼女は一人で星空を見上げていた。
その姿はとても可憐で儚げで――――そしてなぜか今にも掻き消えてしまいそうに思えて。
「お待たせ、瑠璃ちゃん」
「あ、一哉さん!!」
今すぐにでも声をかけないといけないと思った一哉だったが、当の瑠璃はそんな一哉の内心など知る由もなく、一哉の顔を見るなりニヘラと笑って駆け寄ってくる。
その笑顔は、一哉がこの場所に来たことが本当に嬉しくて仕方がないという事をハッキリと物語っていて、瑠璃の気持ちを知っている一哉でさえ正面から見るのが恥ずかしくなる程だ。
「えへへ♪ 来てくれて、ありがとうございますっ!」
「あ……ああ、問題ない」
「問題無いって……変なの、一哉さん♪」
そう言いながらも瑠璃は自然と一哉の手を取って握っていた。
眩しく感じる程の笑顔を向けてくる瑠璃に対して、一哉はタジタジになってしまう。
かつての瑠璃は一哉の事を見る度に顔を赤くして逃げてしまう程の恥ずかしがり屋だった。
気弱で大人しく、虫も殺せなさそうな少女。
それが一哉の知る桃瀬瑠璃という少女だった。
しかし、今の瑠璃は一哉が知る瑠璃とはかけ離れた様な姿を見せている。
少なくとも今の様に、顔を見るなり嬉しそうに駆け寄って来て、あまつさえスキンシップを取ってくる様な少女では無かった。
「どうしました、一哉さん?」
「い、いや、何でもない…………」
「? 変なの、一哉さん」
不思議そうな目で見つめて来る瑠璃に、一哉の胸は鷲掴みにされた様な衝撃を受けた。
今までただの妹の親友として見ていた瑠璃に対して、初めて感じる"女性"としての空気。
それに一哉は思わず戸惑わずにはいられない。
「それよりも瑠璃ちゃん、話って何だ?」
そんな瑠璃に対して一哉は誤魔化すように話題を変える事しかできなかった。
だがそんな一哉の様子に気が付いたのか、瑠璃は一つ悪戯っぽい笑みを浮かべると一哉に背を向けた。
「それよりも一哉さん、ちょっとお話しませんか?」
「え?」
「私と佐奈が出会った時の事、まだ話してなかったですよね」
想定外の話題振りに一哉は戸惑う。
てっきり一哉は、瑠璃から二回目の告白をされるものだと思っていた。
だが、瑠璃の口から出てきた話題はそれとは全く関係が無いもの。
その突飛さに一哉が二の句を継げないままでいると、瑠璃は反論が無いと見たのか、静かに言葉の続きを紡ぎ出した。
「私、一哉さんも知っての通り人見知りですから…………本当は美星に馴染めてなかったんです」
「…………それは昔、佐奈から聞いた事があるよ」
「佐奈、何か言ってました?」
「いいや? ただ、昔の咲良に似てて放っておけなかったとは言ってたな」
「そうですか…………やっぱり佐奈は優しいなあ…………」
懐かしそうに瑠璃は目を細める。
「私も昔、佐奈にそう言われました。私、そんなに北神先輩に似てますかね?」
「まあ俺は瑠璃ちゃんの昔の事は知らないが…………咲良はああ見えて昔、人見知りで――――いや、あんな性格だけど今も咲良は人付き合いが苦手でな。まあそれは、アイツの家の問題もあるんだが…………。まあともかく、昔の咲良はもの凄く気が弱かったし、孤立しがちだったから、そういう所を似てるって思ったんじゃないか?」
「そうなんですね…………あの北神先輩が…………。まあでも、それなら私が北神先輩に似てるって話もあながち間違ってないと思います。私も佐奈に声をかけてもらうまでは、ずっとひとりぼっちでしたから」
「そうか、佐奈が…………」
「はい! 口下手で自分から誰かに話しかける勇気も無くてずっとひとりでふさぎこんでた私に、佐奈が話しかけてくれました。私を皆のところに連れて行ってくれました」
一方、一哉も昔の咲良の事を思い出していた。
咲良にはその生まれから、近隣の住人や同級生たちから疎まれていた過去がある。
その時の咲良は気弱な性格も相まって常に独りで泣いていた。
一哉は交友関係こそ広くないものの、その傍には佐奈を含めて常に誰かが居たものだ。
だから一哉には咲良の苦しみを真の意味では理解してやることはできなかったが、それでも瑠璃の辛さはわかる様な気がした。
「だから私、佐奈には心の底から感謝してるんです。佐奈が居なかったら私は今、美星に居ない。佐奈が居なかったら、アイドルになんかなってない。佐奈が居なかったら…………一哉さんとも出逢えなかった」
「…………」
「だからね、一哉さん。私は出来ることなら佐奈の願いは叶えてあげたいんです。佐奈が喜んでくれることが私も嬉しいから…………私は佐奈の望みを出来るだけ実現してあげたいって、そう思ってるんです」
瑠璃の想いはどこまでも純粋だ。
ただ親友の事をひたすらに想うその心は、きっと一哉の知る誰よりも澄み切っている。
だがそれ故に危うい。
一哉はここに至ってもまだ妹の佐奈の事を信用してはいるが、瑠璃のその純粋さは佐奈に付け込まれる隙としか思えなかった。
「瑠璃ちゃん…………佐奈に何か言われたのか?」
一哉としては、佐奈が自分の親友を口巧みに操っているなどと、勿論そんな事は無いと信じたい。
この期に及んでもまだそんな事を考えている。
そもそも一哉は佐奈が暴走している事など瑠璃から聞いただけだ。
故に瑠璃の言葉を疑うまではいかなくとも、半信半疑ではあったのだが。
だがもし、瑠璃の思考が佐奈に誘導されている様な事があるのであれば、それは瑠璃の言葉の信憑性がいよいよ増す事を意味している。
もし佐奈が正常なままなのだとしたら、そんな人心掌握などして人を操る様な人間ではない筈なのだから。
「もしそうなんだとしたら正直に言って欲しい。君がこの旅行で妙に積極的なのも、やっぱり佐奈のせいなのか?」
仮に、佐奈が瑠璃に対して何かしたというのであれば、ここ数日の瑠璃の妙にスキンシップの多い態度も頷ける。あの気弱で内気な瑠璃がああも自分の方に寄ってくるなど、やはり考えられない。
佐奈が監視に気付いて、一哉の視線を佐奈から外させる目的があるのか。
そう戸惑うしかない一哉に対し、瑠璃は軽く答えを返してきた。
「そうですね。正直言って、私、一哉さんにも言ってないタイミングで佐奈から連絡を貰ってます。そして…………佐奈からは……とっても大切な事を任されました」
あたかも当然の様に。
それが自然の摂理と言わんばかりに瑠璃は自然な態度で一哉を見つめる。
一哉にとっては嫌な予感が当たってしまった形となる。
瑠璃が佐奈に何かを吹き込まれ、操り人形の様になってしまっているのだとすれば、それは佐奈の表現が紛れもない事実であるという事を立証する証拠となってしまう。
逸る気持ちを抑えきれずに、一哉は続けざまに問いを重ねる。
「……マジかよ。佐奈はキミに何を言った? 何をするように言ったんだ? 佐奈は俺が君に監視するようお願いした事を知っているのか?」
「…………」
「どうなんだ!! 答えてくれ、瑠璃ちゃん……っ!!」
一哉は佐奈の事となると一段と冷静さを失う。
自覚している事ではあるが、それを抑える事などできはしない。
佐奈の異変が確定的となった今、一哉はやはり冷静では無かった。
対して、瑠璃はそんな焦る一哉を見ても顔色一つ変えない。
まるで予想していたとでも言う様に。
そして続けられたのは、一哉は予想もしていなかった言葉――――
「この天体観測会で、私が一哉さんの恋人になるって事」
「…………は?」
その言葉を聞いて一哉はより一層訳がわからなくなってしまった。
佐奈が何を考えているのか欠片もわからない。
そしてそれがどういう意味なのか。
その答えは問うまでもなく、瑠璃の口から紡ぎ出された。
「佐奈の願いは、私が一哉さんと恋人になる事なんです。佐奈と一哉さんの幸せの為に」
「な、何を……君はそんな……」
「勘違いしないでくださいね? 私、脅されたりとか、嫌々佐奈の言う事に従ってる訳じゃないんですから。それに、私が今回ちょっと頑張ってみたのに佐奈は無関係です。私は…………やっぱり一哉さんが好きなんですから」
ここまでで一哉の予想は一つも外れてはいない。
妹が普通でないという、否定したい事が事実であったとはいえ、瑠璃が呼び出したこの場所に自分を呼びだした理由はやはり告白であったし、佐奈に対して盲目的な部分がある瑠璃に何かを吹き込んだという事も間違ってはいない。
だが、こういう形は想定していなかった。佐奈が自分と瑠璃を結ばせようとしているとは。
元々佐奈は咲良を自分に宛がおうとしている気があったというのに。
「って、こんなんじゃダメですよね」
戸惑う一哉をよそに、瑠璃はほとんど抱き着く様な距離まで近づいて来て上目遣いに一哉を見つめて来る。
その少し幼げな顔を上気させ、どこか魅入られた様に一哉を見つめ続けるその様は、平静な状態でない一哉の注目を一点に引き寄せるにはあまりにも十分だった。
瞳の中に宿る銀河に視線が吸い込まれて目線を逸らせない。
瑠璃から発せられる甘い果実な様な香りに脳まで溶かされそうで。
普段であればこの時点で、トラウマのせいで頭痛や吐き気に見舞われるというのに。
3カ月前の咲良とのデートの時に同じ様な空気感になった時に、とても正気でいられない程に思い出せもしない記憶の何かに心を掻き毟られたというのに。
今の一哉は瑠璃を全く拒絶できない。
そして。
薄桃の唇が開かれた。
「一哉さん………………好きです。初めて逢ったあの時から一目惚れしてました。あのフラれちゃった日からも、一哉さんの事を考えなかった日は無いです。家族を――――佐奈を本気で大切に想っている一哉さんの事が好きです。ちょっと冷たそうに見えるけど、私にも親切にしてくれる一哉さんの事が好きです。ちょっぴりいつもと違う私でも…………ちゃんと受け入れてくれる一哉さんの事が大好きです!!」
「…………っ!」
一哉は瑠璃の告白に対して何も言葉を出す事が出来なかった。
それは何も動揺しているところに愛の言葉を叩きこまれたからではない。
今まで、こんなにも真摯に想いをぶつけられた事が無かったからだ。
いや、正確には今までもあったのかもしれないが、トラウマのせいでそんな言葉を受け入れる事を拒否していたからだ。
そして、この状況でも頭痛も吐き気もまるで起こる兆候が無い事も驚きの一つだ。
「だから…………私と、お付き合い…………してほしい…………です……」
「…………」
「あの…………一哉さん…………?」
「…………」
「こたえ…………聞かせてもらっても…………いいです、か?」
ここまで言われて初めて一哉は幾分かの正気を取り戻す。
だがそれもあくまでも幾分かで。
絞り出した言葉はいつも以上に少なかった。
「だめ……だ。俺は…………君の事を…………」
「恋愛対象として見れない…………ですか?」
一哉は無言で頷く。
確かに瑠璃の印象はこの数日間で大きく変わった。
妹の親友ではなく、確かな"女性"とした一面を瑠璃に垣間見た事も事実だ。
だが、一哉の答えはやはり変わらない。
一哉にとって瑠璃は――――
「私は佐奈の友達でしかない…………でしたよね?」
明らかに落ち込んだ顔をする瑠璃。
だがその瞳の中に見える銀河は輝きを失っていない。
これ位では諦めない。そう思っている事が一哉にも簡単にわかった。
「でもね、一哉さん。そんな事は私もわかってるんです」
「じゃあどうして…………! 佐奈に言われたからか?」
一哉が瑠璃をフるのはこれが初めてではない。これで二度目だ。
そしてそうなる事を瑠璃自体が理解している。
だというのに未だに瞳から失われない輝きに、一哉は理解ができない。瑠璃の事が、何一つとしてわからない。
「どうなんだ、瑠璃ちゃん……!!」
「そうですね。それが全く無いって言ったら……流石に嘘になっちゃいますけど…………」
「だったらそれは、一時の気の迷いだ! 俺は君の事を受け入れない。それがわかってるのに、こんな事して…………一体何になるって言うんだ! 俺には君の事が……わからない…………」
今の一哉にはトラウマが刺激されていない事などどうでもよかった。
ただ目の前の桃瀬瑠璃という少女が理解できない。それだけだった。
もう一哉自身にもこの先どうしたいのかわかっていない。
人は理解できない事を本能的に拒む。だからこれは瑠璃を好きだとか好きでないとかそういった次元の話ではない。
そんな一哉の言葉に、瑠璃は悲しそうに顔を俯かせる。
「…………受け入れてもらえなかったら…………好きになっちゃいけないんですか…………?」
「え…………?」
「叶わないとわかってても、人を好きになっちゃ…………ダメなんですか…………? 想いを受け取ってもらえないってわかってても…………想いを伝える事の何がイケないんですか!」
再び一哉を見上げた瑠璃の顔はクシャクシャに歪んでいて。
何とか涙を零すまいと必死になっている顔がとても印象的で。
暗闇の中でも目尻に浮かぶ涙が煌めいて見えて幻想的だった。
そしてそんな瑠璃の様子に絆されたのか、悲しい叫びが一哉の心を強く打つ。
トラウマで恋愛事を避けてきた一哉だったが、誰が誰を好きになろうが自由だという事は一哉にだってわかる。
そして、瑠璃の行動が理解できなかったとしても。
それが別に間違っている事ではないという事も。
「瑠璃ちゃん…………」
「私…………佐奈に教えてもらったんです。一哉さんのトラウマの事。そしてそのトラウマが、私には引っかからないって事も」
「……っ!」
これまで誰にも話した事の無かった事をあっさりと瑠璃にはバラされている事に思わず歯噛みする一哉。
だが、胸元の瑠璃は静かに首を横に振るだけだった。
「この事を一哉さんが周りには秘密にしてる事も知ってます。だけど、佐奈を責めないであげてくださいね……? 佐奈も佐奈で、一哉さんの事、いっぱい考えてるんですよ?」
「それは…………わかってる。だけど、俺のトラウマと、君が俺に告白してくる事と何の関係があるんだよ………………」
幾許かの冷静さを取り戻した一哉は、どうしてもわからないその一点のみを問う。
それが解決されたからと言って瑠璃を受け入れるかどうかは別の話だが。
それでも佐奈が何故瑠璃と自分を結ばせようとするのかはどうしても知りたかった。
「私、これからすっごく自分勝手な事言います! バカにしてるって怒られるかもしれません。でも、私がそうしたいって思ったから…………だから、全部話します」
答える瑠璃の目には相変わらず涙が浮かんでいる。
だが、その表情は落ち着き始めた一哉につられたかの様に穏やかなものへと変わっていた。
「佐奈から聞きました。一哉さんは恋愛そのものが怖いんじゃない。その果てに誰かに裏切られる事を恐れてるんだって」
瑠璃の口から語られるのは、当事者である一哉すら知らないトラウマの話。
それをなぜ瑠璃が――――いや、佐奈が知っているのかは不明だ。
だが、この場は静かに瑠璃の話を聞くしか選択肢が無い。
「だから一哉さんは家族しか愛せないんだって。そして私が、一哉さんのトラウマを刺激しない唯一の家族じゃない人間だって事も」
「それは…………俺は君の事を…………」
「恋愛対象として見てないから?」
「ああ…………」
「でも、佐奈はそう思ってないんですよ」
前々から、佐奈は一哉の知らない事も知っていると思っていた。
一カ月前に美麻が一哉の屋敷を訪れた時も、明らかに一哉の知らない事を知っていた素振りだった。
それに何より、一哉と違って佐奈は10年前も8年前も記憶を失ってはいない。
この推測が正しいであろうことは、瑠璃の言葉が何よりも物語っている。
「私だけが一哉さんのトラウマを刺激しない理由。それは私が一哉さんに家族の一員だと認識されてるから――――」
「は?!」
「え、あ、いやっ! 私だって本気でそう思ってるわけじゃないですよ?!」
「いや、でも…………どっちにしても意味がわからんが…………」
「佐奈ですから! 佐奈がそう言ってたんです!!」
だが結局佐奈が何を知っているのかは伺い知れない。
しかも佐奈が瑠璃に吹き込んだのは、あろうことか戯言と言っても過言ではない事。
「佐奈が? 本当にそんな事を?」
「…………はい」
だが、それでも瑠璃が言った――――そして佐奈が言ったという「家族」というキーワードに、一哉は僅かばかりに、しかし確実に心を惹かれてしまう。
「瑠璃ちゃんが…………家族…………」
「だから佐奈はこう考えたんです。私と一哉さんがくっつけば、一哉さんの傍にずっと私と佐奈が寄り添えるって。…………幸い私、一哉さんの事、好き、ですから…………問題無いわけですし」
実の妹ながら恐ろしい事を考えるものである。
そんなものは皆の意見を何も尊重していない。
ただ合理性と実益に基づいた悪魔の提案でしかない。
「いいのか…………瑠璃ちゃんはそれで…………俺は君の事、好きでも何でもないんだぞ」
「いいんです。それでも私は……一哉さんに愛されてなくても…………このまま一生愛してもらえなくても…………ずっと一哉さんの隣に居れればそれで十分なんです」
「瑠璃ちゃん…………」
それは間違っている。
交際や結婚は好き合っている、愛し合っている者同士でしなくてはならない。
今の自分が瑠璃と付き合うにはあまりにも不義理が過ぎる。
そう思いはするのだが、その言葉は全く口から飛び出しはしなかった。
それどころか、瑠璃の語る佐奈の考え自体が正しいとしか思えない。
このまま時間が過ぎたところで、きっとトラウマは克服できない。それならば、今ここで瑠璃を受け入れてしまうのは得策なのではないかと。
「だから一哉さん…………私と…………結婚を前提にお付き合いしてください…………私は一哉さんを裏切ったりしません。ずっと…………傍に居ます……」
そんな事は絶対に間違っている。
瑠璃は何も知らない高校一年生。
こんな所で鬼闘師として生きていく自分と運命を交差させる必要は無い。いや、交差させてはならない。
そう思ったところで、一哉の心中の大半はこのまま訳のわからないトラウマに向き合うよりも、ここで瑠璃を受け入れてしまいたいという気持ちに支配されてしまっている。
瑠璃は自分の事を好いている。
ちょっと大げさではあるが、愛してくれている。
それなら、自分が瑠璃を愛していなかったとしても、受けて入れてしまう方がずっと楽だと。
「一哉さん………………もし…………嫌じゃないんだったら…………このまま私を受け入れてください…………」
そう言った瑠璃は一哉の首に腕を回し、静かに瞼を閉じた。
そして殆どゼロ距離だったその距離をさらに詰めて、本当にゼロ距離にしようとして。
一哉の唇に、甘くて温かくてしっとりとした感触が重ねられた。
「ぁむ…………かず……や…………さぁん…………」
一哉にとって初めてのキスは意外にも積極的な瑠璃によって中々終わる事が無い。
必死に唇を貪る瑠璃を一哉も拒絶しない。
そして遂に、一哉も瑠璃の背中へと腕を回してしまう。やっと手に入れたものを手放すまいと言わんばかりに。
心の中に広がる圧倒的な解放感。
正体不明の不安から解き放たれる快感。
それと同時に少しの自己嫌悪が心の中に生まれた。
自分は最低最悪のクズだと――――
という訳で、タイトルは自分の勝手な都合だけで妹の策に乗って瑠璃を受け入れてしまう……というものでした。
勿論、人それぞれ色んな恋や愛の形があると思いますが、私はこの形は無しかなと思ってます。
仮に付き合っても長続きしなさそう。
と言いつつ、私も結婚予定の恋人は、最初恋人欲しさに付き合い始めたという側面が否定できませんが……
今はそうじゃないから良いのです(笑)
さて、ここまでお読み頂きましてありがとうございます。
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