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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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弐拾玖ノ舞 引き返せない道

第4章最後まで予約投稿完了しました。

4章完結迄更新停止無しで行きます。

「まさかあの女の正体があの人だったとはね。そりゃ普通に探してても見つかる訳無いよ」


「ちょっとした有名人ですもんね。特級は彼女とお知り合いなんですか?」


「まあね。恨まれてる理由はよく分からないケド…………」



 欠片も足取りを辿れなかった筈の「アイナ」。

 その情報――――それも招待や居場所に至るまでの詳細な情報が突如もたらされた事に違和感を覚えなかった訳ではないが、佐奈はそんな事を気にする程思慮深くは無かった。

 良くも悪くも猪突猛進。それが南条佐奈。



「まさか今動けないお兄ちゃんを連れて旅行に連れていってるなんてね」



 佐奈が目指しているのは一哉達、東都大学天文部の面々がいる乗鞍高原。

 本来暗黙の了解でご法度となっている、管轄地域外への特級鬼闘師の移動だ。しかし佐奈は中部地区の特級鬼闘師である西薗彩乃の不在の隙を突いていとも簡単にそれをやってのけた。

 元々自分の担当区域である関東地区を空席にする事など佐奈は何とも思っていない。



「まあ、正体が正体だし、うちの情報も筒抜けかぁ。ほんっと、毎度毎度余計な事してくれるよね、結衣さんも。お兄ちゃんが帰ってきたら本気で追い出してみよっかな」



 言ってしまえば特級鬼闘師という立場など佐奈にとっては何と言う事は無いのだから。

 むしろ、余計な責務や制約を受けてしまうその肩書を煩わしいとすら思っている。

 佐奈がこの立場を是としているのは、あくまでも特級鬼闘師としての特権をフルに使って兄を護るため。それ以外の事は佐奈にとってどうでも良い。

 対策院の使命も。

 特級鬼闘師としての仕事も。



「私が手に入れたこの力は――――『陰霊剣』は誰にも負けない。この力があれば、もう誰も私の邪魔をできない。誰にも私とお兄ちゃんの世界を壊させない。そもそもここは私の夢の中なんだから私が負ける事なんて絶対にありえない」



 今自分が現実に生きているのか夢の中に居るか。

 それすらどうでも良かった。

 佐奈は自らの心を護るために組み上げた、「自分は悪夢を見ている」という都合の良い解釈をさらに自分の都合の良いように改変するまでに至っていたのだ。


 夢の世界だから全部自分の思い通りにいく。

 夢の世界だから何をしたって許される。

 だから。

 だからこそ佐奈の暴走は止まらない。

 誰にも止められない。



「着きましたよ、南条佐奈特級」



 その言葉と共に佐奈の乗った車がゆっくりと停まる。

 暴走する狂気が今、混沌の渦中へと静かに降り立った瞬間だ。



「ありがと。もう戻っていいよ」


「は…………?」



 佐奈は自らをここまで連れてきた運転手に冷たく言い放った。

 その言葉に運転手の顔が僅かに引き攣ったのを佐奈は見逃さなかった。

 運転手役は佐奈の気まぐれで連れてこられた本部の鬼闘師。当然彼にも彼の任務がありる。今回は佐奈に半ば無理矢理連れてこられたのだから、使いっ走りで終わるわけが無い、自分も何か仕事があるのだと思うのが普通だ。

 そんな様子が運転手の男からは手に取る様にわかる。

 そして佐奈はそれをわかっていながら、心底鬱陶しそうな眼を男に向けた。



「ここまでで良いって言ってるの。何? 何か不満なわけ?」


「そ、それは……」


「何? 文句があるなら言えば良いじゃん」


「じ、自分には! 自分には別の仕事もあったんです! それを貴女の命令でここまでやって来て! 自分も特級の仕事のお手伝いが出来る筈です!!」



 男は車から降りて佐奈の前に立つと、必死な表情でプレゼンを開始する。

 ここで帰されては本当に唯の使いっ走り。今、過去最大級に活動が活発化している本部の鬼闘師だからこそ縋りつく。



「自分、特級の方針に共感を感じているんです。ゴチャゴチャと考える前にとにかく動く。そうする事で被害を最小限に抑える。お兄さんのやり方は確かに確実に敵を倒す為の方法かもしれませんが、対策を立てている間にも被害は広がってしまう。この前の一件だって特級が単独で動かなければどんな被害が出ていたか…………」


「ふーん。それで?」


「自分にとって、ついていくべき上司は貴女のお兄さんではない。自分は貴女についていきます! また自分は1級ですが……手足となって貴女の為に働きましょう!!」



 あくまでも自らを佐奈に売り込む事に必死な男は佐奈が冷めた目で見ている事に気が付かない。

 そして。

 いや、だからこそ。

 男は佐奈にとって致命的な言葉を吐いてしまう。



「もはや南条一哉特級の時代は終わった! これからは貴女の時代なんです!!」



 一つ言うのであれば、この男は南条佐奈の事を詳しくは知らなかった。

 精々知っているのは、特級鬼闘師・南条一哉が溺愛する妹だという事。そしてつい数日前に突然3級鬼闘師から特級鬼闘師という前代未聞の大昇格を果たしたという事だけ。


 確かに佐奈が鬼闘師として正式に任官されたのは高々4か月前の話ではある。

 しかしそんな事は大して大きな問題では無いのだ。

 佐奈が異常性すら感じる程のブラコンであるという事すら知らないこの男が佐奈の近くに居られるわけが無い。

 佐奈はその男の言葉を聞き終わる前に深い溜息を吐き、何も言わずに運転手の顔面を思いきり殴りつけた。



「ぐ…………っ! な、何を?!」


「煩いんだよ、お前。お兄ちゃんの価値もわかんないくせに、私の前に出てくるな」


「ぐあぁ!」



 佐奈はさらに殴られて倒れた男の顔面に容赦なく蹴りを叩きこんだ。

 骨が折れる様な鈍い音と男の悲鳴、そして血が飛び散る。



「帰れ…………」


「ひぃ…………っ!!」


「帰れよこのクズ!! 二度と私の前に出てくんな!!」


「な、なんなんだよこの女!! 狂ってやがる!!」



 突如佐奈から放たれた血を吐く様な絶叫と、強い殺意の籠った視線。

 訳も分からずそれをぶつけられた男は慌てて車に乗って逃げ出した。

 後に残されたのは荒い息を吐く佐奈一人だけだ。



「うるさいんだよ……どいつもこいつも…………私とお兄ちゃんの世界を………………私だけの世界を邪魔しやがって…………」



 佐奈にとっては今の世界は夢の世界でしかない。

 佐奈自身が兄と幸せに暮らす世界でなくてはならない。

 自分が兄の言いつけを破る事などあってはならないのだから。


 いくら敵とはいえ、"呪い"をかけて苦しめるように人を死に至らせる様に仕向けた事などあってはならない。

 いくら自分の身に危険が迫ったからと言って、親友の目の前で一般人を殺す一歩手前まで傷つける様な事などあってはならない。

 だからこそこの世界は佐奈にとっては夢でしかないのだ。

 そして夢だからこそ全てが自分の思い通りにならなくてはならないと思っている。


 当初、それは佐奈にとって最後の逃避であった。

 自分がしでかしてしまった事で自分の心を壊さないようにするための最後の安全装置だった。

 夢だと思い込む事で、兄から長年言いつけられてきた事を守り切った気になれる。そうする事で崩壊寸前の自分の心を平静に保つ事ができた。

 そのはずだった。


 だが佐奈の心を護るために創り上げた妄想は今やその機能を逸脱してしまっている。

 佐奈が自分の理想とする世界を創り上げるための行動の免罪符と化している。

 全ては自分にとって一番都合の良い世界を構築する為に。

 自分にとってあり得なかった筈の世界を例え夢でも実現したかったが為に。


 今の佐奈は、全ての行動に対して「自分の夢だから」と制限を外してしまっている。

 そして、気に入らない事を全て「自分の夢のクセに」という無茶苦茶な理論で跳ねのけてしまっている。

 だからこそ佐奈は何の信憑性も無い情報を元手にこの地に来た。

 兄・南条一哉が居るこの乗鞍高原へ。

 兄を付け狙う不届きものに天誅を下すために。

 いや、今となってはそんな事すら建前に過ぎない。

 全ては自分の失態を失態でなくすためだ。


 今の「アイナ」は佐奈にかけられた呪いで余命は2ヶ月を切ってしまっている。

 放っておいても死ぬ。

 だが、このままでは「佐奈がかけた呪い」によって死を迎える。それは直接手を下したわけではなくとも、「佐奈が殺した」という事になるだろう。

 だから佐奈はこう考えたのだ。

 ――――戦闘の末瀕死状態に陥り、そのまま体力が尽きて死ぬのであれば自分が殺した事にはならない。ただ野垂れ死んだだけだ、と。


 勿論そんな訳はない。

 誰がどう考えたって、佐奈が「アイナ」を殺してしまったという事実に変わりは無いと思うだろう。

 むしろ直接手を下している様にすら思える。

 だが、佐奈の中では「正当な対策院の任務の中で戦闘し、その結果相手は力を使い果たして勝手に死んだ」という結果が残る事になっているのだ。



「お兄ちゃん…………」



 佐奈の見つめる先には、世界の何よりも愛する兄の姿があった。

 そしてその隣に居るのは、見た事も無いぐらい幸せそうな顔をした自分の親友、桃瀬瑠璃。



「何やってんだろ……私………………」



 二人の姿をこっそりと見ていた佐奈は、自らの胸の内に生まれた鋭い痛みに顔を顰め、そのままその場を後にした。

 今回の仕事は元々一哉を巻き込むつもりは無かったが――――それでも今の顔を一哉には見られたくなったから。


次回急展開


今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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