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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
101/133

弐拾伍ノ舞 ひと夏の想い

お待たせいたしました。

本日より更新再開いたします。

更新ペースは今まで通り3日に1話です。

「やあやあ、楽しんでるかい?」


「小倉先輩、酔ってます?」



 焼いた肉を取った紙皿と缶ビール片手に智一と談笑していた一哉に声がかけられた。

 8月中旬という事もあって、少しずつ日が昇っている時間が短くなってきているが、それでもまだ18時代では日は落ちない。だというのに、後ろから襲来してきた金髪美女はビール缶片手に早速酔っぱらっていた。



「やだなあ、この程度で酔ってるわけないじゃないか! これからメインイベントの天体観測会も待ってるって言うのに!!」


「いや、どう見ても酔っぱらって――――」


「南条クン、それは野暮というものだよ! キャンプと言ったらBBQ、BBQと言ったら肉、肉と言ったらビールだろう?! 飲まなきゃ人生損するって!!」


「いや、俺が言いたいのはそういう事じゃ……」



 一応一哉に声をかけてきたが、声をかけた本人が全くどこ吹く風で、あっちへフラフラこっちへフラフラ落ち着きが無い。

 誰がどう見ても泥酔状態だ。



「おい一哉。小倉先輩っていつもこんな感じなのか?」


「さあな。少なくともこんなに酔っぱらってる姿は初めて見た。」


「意外と酒弱いのな。強そうな外見してんのに。そういや一哉」


「なんだ?」


「小倉先輩って彼氏いるのかな?」



 相変わらずな智一に一哉は思わずため息を吐くが、よくよく考えてみれば、元々智一はそれが狙いで付いてきたのだった。

 とは言え、一時期だけでいいからその話題から離れて欲しいものなのだが。



「智一、俺が知る訳無いだろ。俺だって付き合い短いんだから。そういう事なら結衣に聞けよ」



 一哉は結衣の方を指差す。

 結衣は皆から少し離れた場所の木にもたれかかって立っていていた。

 だが、その当の結衣の方は何か浮かない顔をして俯いている。

 よくよく見れば、紙皿に取られた肉も野菜も一切手が付けられておらず、心ここに在らずといった雰囲気だ。

 一哉はそんな結衣の様子が気になって、結衣の方へと足を進めた。



「…………」


「結衣、どうかしたのか?」


「え?! な、何がっ?」



 結衣は一哉の接近には全く気付いていなかったようで、声をかけた瞬間かなり大仰に飛び上がった。

 その様子を見て、一哉は訝し気に目を細めた。



「本当にどうした? なんか元気無いみたいだが」


「そ、そんな事無いよ……っ! 何でもないから!!」



 結衣は笑顔で一哉の言葉を否定するが。

 それでも一哉は曲がりなりにもこの4カ月程を共に過ごしたのだ。

 結衣が誤魔化している事ぐらい、何となくだがわかってしまう。



「何か悩んでる事があるなら、遠慮なく言ってくれ。…………だって俺達は『ただの友達』じゃないんだろ?」


「――――!!」



 劇的な反応を見せる結衣。

 歓喜と驚愕の表情を見せる結衣だったが、その反応も一瞬だけだった。

 すぐにその顔が浮かないものへと戻って行ってしまう。



「ごめんね……本当に何でもないの」


「結衣……だが……」



 一哉は、なおも口を噤もうとする結衣に対して不満の様なモノを感じた。

 何と言うか。信頼されていないというのか。

 それがほんの少しだけ嫌な気持ちとして心の中にジワジワと滲み出て来る。

 今まで咲良という親しい幼馴染は居たが、異性の友人というものができた事がなかった一哉にとってはその距離感を掴み損ねているからこその感情なのだが。



「一哉、その辺にしとけ。東雲さんにも話せない事ぐらいあんだろ」


「智一…………」



 そこは女性との会話に慣れている智一が間に入った。

 実際問題、南条一哉と言う人間は障害を通しても「友人」と呼べる間柄の人間は両手で数えられる程しかいなかった。そのため、友人相手だとしても、適切なコミュニケーションを取るための能力が明らかに欠如しているのだ。

 そしてそれをいつもカバーするのは智一の役目だった。



「悪いな東雲さん。このバカ、ロクに友達付き合いもしねえから、色んな事の線引きも出来ねえんだわ。勘弁してやって」


「ううん、大丈夫。ゴメンね」



 結衣は力無く笑って智一に返した。

 悩んで落ち込む結衣の姿自体は、これまで何度か見た事がある。一哉自身、結衣は精神面ではそれ程強くないと評価している。

 だが、4月のあの時ですらこの様な姿は見たことが無い。結衣は精神的にはそれ程強くないが、それを堪えて隠そうとした事は無かった。

 もちろん、【壬翔】の時の様に一哉に何かを隠して行動する事が無いわけでは無いが、それは自分の悲しみや不安を隠すためのモノで無かったのは間違いない。

 ゆえに、結衣にとって触れられたくない話題だというのは察することができるが、一哉としては、やはり話ぐらいしてほしいのだ。結衣は一哉にとってかつての初恋の相手であり、そして今は「大切な仲間」なのだから。


 そう思って結衣の方へもう一度、一歩歩み寄ろうとした一哉だったが、今度は別の横槍が入る。



「一哉さん! 一緒にお話…………しませんか?」



 声の主は瑠璃。努めて明るい声で話しかけてきた瑠璃だが、明らかに無理をしているのが丸わかりだ。何しろ、話しかけてきた瑠璃の顔は火でも吹き出しそうなレベルの赤さで、しかも弱冠涙目だ。

 そういう顔をされると、一哉としても断りづらい。

 しかも、瑠璃には一哉しかマトモに話しかけられる知り合いが居ないのだ。邪険にしておくことも出来ない。



「あ、あぁ…………いいよ」


「あ、あ、あああありがとうございます!」



 滝の水が落ちるかの様な勢いでお辞儀をする瑠璃に、一哉も思わず苦笑する。隣の智一は「ほんっと、なんでアイドルにまで好かれてるかねぇ、このハーレム野郎」などと言っているが。


 一方で結衣は。



「私、ちょっと飲み物取ってくるね」



 と言ってその場を去ってしまう。

 しかも、去る直前に一哉と瑠璃を交互に見て、どこか困ったような、悲しそうな顔をしてから。

 一哉はすぐにでも追いかけたくなったが、またしても阻止されてしまう。今度は酔っぱらいに。



「おいおい、南条クン。うちのゆいゆいを泣かせたら、タダじゃおかんよ?」


「えっ?! いやっ!」


「しかも、うちの部のホープだけじゃなく、ボクの可愛いモモにまで手を出そうというのかい? とんだスケコマシだな、キミは」



 そう言いながら、莉沙は瑠璃を後ろからギュッと抱き締めた。

 酔っぱらっているからなのか、莉沙の言い草は幾分か辛辣である。確かに瑠璃は、莉沙がセンターを務めるアイドルグループ「D-princess」のメンバーであるが、瑠璃に関しては、瑠璃の方からグイグイ来るのだから、一哉のせいの様に言われるのは甚だ心外である。


 ちなみに、瑠璃は莉沙が「D-princess」のセンターである事を一応は隠しているのを知っているので、ここまで敢えて話しかけなかった。つまり、瑠璃の気遣いは酔っぱらいによって呆気なく散らされたのであった。



「ちょ、ちょっと莉沙ちゃん! 私、莉沙ちゃんに気を遣ってお話ししなかったのに、これじゃ意味無いよっ!」


「んん? 寂しいことを言うね、モモも。ボクとキミは同じチームの仲間じゃないか」


「そうだけど、そうだけどっ! 莉沙ちゃん、大学で一応隠してるんでしょ?」


「…………」



 瑠璃の指摘に力無く項垂れる莉沙。

 それは自分の失態に対して落ち込んでいるのか、それとも瑠璃につれなくされて落ち込んでいるのかはわからないが、ともかく、酔っぱらいを撃沈させる威力があったのは間違いない。

 案の定、智一はそれで察してしまって。



「なぁ、一哉。もしかしなくても小倉先輩って、あの『D-princess』の小倉莉沙なのか?」



 などと当ててしまう始末。

 一哉は静かに頷くことしかできない。



「マジかよ…………。同姓同名な上に本人なのに、雰囲気違いすぎだろ…………。つか、死ねる……。ディープリの小倉莉沙に桃瀬瑠璃がプライベートで並んでイチャついてるとか、尊死するわ」


「…………おい、智一。お前、色々大丈夫か?」



 何やらひざまづいて祈りを捧げだした智一。

 さすがに付き合いきれないので、今度こそ結衣のところにいこうとしたのだが。



「モモが冷たい…………。ゆいゆいに慰めてもらうからいいさ」


「あ、じゃあ俺も行きます!!」



 などと言って、莉沙が結衣の方に離脱。

 さらには全く莉紗に相手にされていない智一も離脱。

 後には一哉と瑠璃だけが残される。



「えっと、一哉さん」


「あ、ああ。なんだ、瑠璃ちゃん?」



 先程はスルーしたが、ナチュラルに呼び方が「お兄さん」から「一哉さん」に変わっていた事に今更ながら気が付く一哉。別に一哉にとって呼び方などどうでも良い話なのだが、急に呼び方を変えられるとそれはそれで変な気分である。

 その心情の動きは、ここ最近で一哉が何度か周りの感じてきたものでもあった。

 例えば【焼鬼】との闘いで咲良が涙を流した時。

 例えば【壬翔】との闘いで結衣が護られるだけじゃなくて護りたいと言ってくれた時。

 それまで感じた事の無い心のざわめき。それと同じ様なものを瑠璃にも感じる。


 ――――それが異性に対して心動かす特有なものだと全く気付いてはいないが。



「今回は本当にありがとうございます」


「別に良いって言っただろ。そんな感謝されるような事はしてないよ」


「でも、改めて言っておきたかったんです。私、今最高に楽しいんですから」


「ん? そうなのか? 見たところ誰かと話してたりとかした感じは無かったが」


「べ、別に良いんですよっ! わ、わたしには……わたしなりの楽しみ方が……あるんです。それに……との……があるので……」


「そうか? まあ、そう言うなら別に構わないけど」



 頬を染めた瑠璃が再び俯く。

 その行動は一哉の知る瑠璃の性格と極めて一致するもの。

 だというのに、一哉は今の瑠璃の言葉に強い違和感を抱いた。最後に何やら呟いていた事も気になる。

 だが、その違和感の正体は考えても全く分からない。



「あ、あの!!」


「ん?」



 再び切羽詰まった様な瑠璃の声。

 突然饒舌になったり、元の内気な性格に戻ったり、今日の瑠璃は忙しい。

 だが、瑠璃の口から出てきた言葉は、確かに笑顔で語る様な話ではなかった。



「佐奈の事……なんですけど……」


「ああ」


「本当に大丈夫…………なんですか?」


「どういう事だ?」


「だって…………。今更ですけど、佐奈を放っておいて大丈夫…………なんですか?」



 瑠璃の心配はわからなくはない。

 対策院の話をする訳にいかない瑠璃に対しては、佐奈は遠くの親戚の家に泊まりに行った事にしてある。その間、佐奈の様子を見ておく人間がいないと心配しているのだ。

 親戚の家で暴走したらどうしようか、などと考えているのだろう。


 実際には、佐奈は対策院の関係で本部に出払っているだけだ。

 しかし、特級鬼闘師としての権限の全てを失っている今の一哉には情報を得る事が出来ない。肝心の咲良も名古屋へと出てしまっていて、情報の一切が入ってこない。

 仕事用の対策院至急のスマホも一時的に回線を切られている状態だから、対策院の誰かに連絡を取る事も出来ない。



「問題無いよ。何か問題があれば、俺の方に連絡入る様になってるし」



 一哉にはこんなありきたりな嘘を吐く事しかできなかった。

 そもそも今回、瑠璃と親交を深めようとして天体観測会に誘ったのも、何もできない時間を少しでも有効活用する為に予定したに過ぎない。一哉にとっては悲観して家に引きこもるより、まだマシな選択肢だったのである。


 それ以外に、現在楽観している理由は2つある。

 一つ目は特級鬼闘師として佐奈が動く以上、やり過ぎた場合は流石に何らかの連絡が入る筈だからである。かなり楽観的だが、北海道担当の咲坂や局長であれば連絡を入れてくれるだろうと踏んでいる。

 そしてもう一つが。



「それに、瑠璃ちゃん、佐奈と連絡取ってるんだろ?」



 気休め程度にしかならないとはいえ、あくまでの友人の会話の範疇として瑠璃には佐奈とSNSで連絡を取る様にお願いしているのだ。何か精神状態がおかしいのであれば、そういったところに表出してくるだろう、というのが一哉の考えである。

 瑠璃は一哉の言葉に深く頷いて、自分のスマホの画面を見せてきた。



「今日もLINEしたら、ちゃんと返してくれました」



 画面はトークアプリの佐奈とのトーク画面。

 確かに、佐奈からの返信が付いている。

 しかも瑠璃からの投稿に対して、佐奈の返信が早すぎる。

 本部に泊まり込んでまでする仕事だというのに、そんな暇がどこにあるのだろうか。

 流石はイマドキの女子高生というべきなのか、それとも佐奈が真面目に仕事をしていないのか。

 かなりツッコミどころの多いトーク画面だが、対策院関係者でもない瑠璃の前で話す事ではない。それに、このトーク画面で一哉が一番気になったのはそんな部分では無い。



「瑠璃ちゃん。この写真…………何?」



 それはトーク画面に貼られた1枚の写真。

 その写真には一哉と瑠璃が写っていて。一見ツーショット写真に見えるのだが、実際にはそうではない。一哉は全然違う方向を向いているし、そもそも一哉自身そんな写真を取られた覚えが無い。

 そうなると、いわゆる盗撮という事になるわけだが。



「わわわわわわっ!! み、見ないでください!!」



 今度こそ顔を真っ赤にしてスマホをひったくる瑠璃はそのまま蹲ってしまった。

 本当に恥ずかしかったのだろう。うーうー唸りながら頭を抱えて振っている。


 写真の角度と二人の位置から考えて、恐らくはインカメラを起動しっぱなしにした状態でスマホを構えておいて自分はツーショットの位置に来るように画角を調整し、丁度いいタイミングでシャッターを切ったという事だろう。

 おそらくBBQの準備中に智一と話していたタイミングに違いない。


 今回ばかりは、瑠璃の想いを知っている一哉にも瑠璃の行動の意図がわかった。

 本当は何も言うつもりは無かった。

 瑠璃は本来ただの妹の友達で、自分は何とも思っていないのだから。

 だが、そうして恥ずかしがって、眦に涙すら浮かべる瑠璃を見ているうちに、少しだけ。ほんの少しだけ、瑠璃を昔の泣き虫だった、純真だった佐奈に重ねてしまい。

 だからついついこういう事を言ってしまうのは、南条一哉の悪い癖と言っても過言ではないだろう。



「あー、瑠璃ちゃん。そんなにツーショット写真撮りたかったのなら、別に撮ってもいいのに」


「…………ふぇ?」


「…………今から撮るか?」



 思わぬ提案に瑠璃は顔を赤くしたまましばらく固まり。


 ――――コクリ。


 小さく頷いた。



「わかった。んじゃ、こっちきて」



 ここでも一哉は考え無しに瑠璃の肩を抱き寄せてしまう。

 それも全て、瑠璃をどこかで佐奈に重ねていたから。

 ツーサイドアップの茶髪が揺れて、瑠璃と一哉は触れ合う。


 ――――カシャッ


 真っ赤になった瑠璃とほんの少しだけ笑みを浮かべた一哉のツーショット写真が出来上がった。



「えへへ♪ 一哉さんとの……本物のツーショット写真…………♪」



 嬉しそうに微笑んで自分の世界に入ってしまった瑠璃を見ながら、一哉も缶ビールを呷っていると、後ろからいつの間にか戻ってきていた智一に声をかけられた。



「お前、なんつーか…………小倉先輩風に言うと、すっげぇスケコマシだな」


「は?」


「アイドルにツーショットねだる男は居ても、アイドルにツーショットねだられる男とか俺見た事ねえもん」


「そうか」


「相変わらずだな、お前」



 結局その後、一哉はBBQ中に結衣に声をかける事も出来ず、一日目の夕食を終えるのだった。

大した話ではないのであとがきで。

結婚式準備の為に一時休載してましたが、新型コロナウイルスの影響で結婚式自体を半年近く延期する事となりました。

おのれコロナめ……っ!



今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

第4章も残り12話です。

よろしくお願いいたします。

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