第七投「MVP」
間倉高等学校 渡り廊下 ──
「いい加減にしつこいっ!」
突然響き渡る大声に、丁度周りの生徒たちが驚いた様子でこちらを見ている。眼前には腰に手を当てて、わたしを見下ろしている藤原さん。彼女が中学生の頃の映像を観てから三日目のことだった。映像を観た翌日から、藤原さんを見つけては勧誘を続けているわたしに、藤原さんがついにキレたカタチだ。
「興味ないと言っているでしょ! 朝から、ずっとつけまわして!」
「うぅ……そんな怒鳴らなくたって……」
わたしは瞳に涙を浮かべながら、上目遣いで藤原さんを見つめる。もちろん嘘泣きだ、子供っぽく見られるのは癪だけど、目的のためには仕方がないのだ! っと自分に言い聞かせる。藤原さんは、わたしのその姿にたじろいている。
「えっ……ちょっと、泣かないで……」
その様子は傍目から見れば、完全に見た感じは子供を泣かせている女子校生だった。そのせいか周りの生徒たちがヒソヒソと噂話を始めている。
「なにアレ? いじめ?」
「小さい子を泣かせるなんて……」
慌てた様子の藤原さんは、わたしの手を掴むと
「ちょっと来なさい、小鈴さん」
と言いながら、足早にその場から逃げ出すのだった。
◇◇◆◇◇
間倉高等学校 旧校舎 空き教室 ──
旧校舎の空き教室に連れ込まれたわたしは、藤原さんと対峙していた。旧校舎と言っても木造のボロい建物じゃなくて鉄筋コンクリートの立派な校舎だけど、近代化の波で色々導入しようとした時に校舎の改修より建て直したほうが早いということになったらしい。
「あんなところで泣き出すなんてやめてよ、変な噂が立ったらどうするの」
「それなら、ちゃんと話を聞いてよ」
藤原さんは少し考える素振りをしていたけど、ハッと何かに気付いたようにこちらを睨み付けてきた。
「よく見たら貴女、全然平気そうじゃないっ! さては嘘泣きね、信じられない!」
「げ……もうバレた。頭の回転が速いな、このお嬢様」
ついつい口に出たわたしの呟きも聞こえたのか、藤原さんは怒った様子で震えている。
「いい加減にして、いったい何のつもりなの? 部員が欲しいなら他の子を誘えばいいでしょ!」
「わたしは、貴女と枕投げをしたのっ!」
これは本心だった。あの正確で綺麗なフォームを見た瞬間、わたしの心にビビビッ! と来たのだ。あんなのは中学生の頃、初めて響ちゃんのセーヴィングを見たとき以来だった。
「……話にならないわ。私はもう行かせてもらいます」
藤原さんは、こちらを視線を合わせずドアに向かって歩き始めた。わたしは慌ててドアの前に廻り込んで、めいっぱい両手を広げて通さないと意思表示をする。
「退いて!」
「せめて枕投げがやりたくない理由を教えてよ。そうしたら退いてもいいよ!」
もちろん退くつもりはない。理由がわからないままじゃ、説得もできないもんね。藤原さんは、冷めた表情をこちらに向けながら呟いた。
「枕投げは、中学までと決めていたの……それだけよ」
「それは嘘だよ。枕投げが遊びだって思ってた人は、こんな顔しないもん」
わたしは首を横に振りながら、そう言いながらリングギアを操作して、あの映像を藤原さんに向ける。丁度、可愛らしい笑顔でお姉ちゃんに枕を突きつけながら「紫音先輩っ! 今日こそ、必ず当てて見せますからっ!」と言っているシーンだった。
冷めた表情がみるみる赤く染まっていく。次の瞬間、わたしのリングギアをひったくろうと藤原さんの手が伸びてきた。わたしはとっさに避けると藤原さんから距離を取った。
「な……なんで、そんなもの持ってるのよ!? 貸しなさいっ!」
「奪い取っても無駄だよ~バックアップは取ってあるし! 一緒に枕投げしてくれたら返してあげる~」
ちょっとからかいながら伸びてくる手をヒラヒラと避けていく。なかなか捕まえることができなかったことに苛立ったのか、藤原さんは粉受けから黒板消しを手にすると、わたしに向けて投げてきた。
綺麗なフォーム……って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!
とっさにしゃがみ込むと、わたしの頭上を恐ろしい早さで黒板消しが通り過ぎていった。あんなのに当たったら死んでしまうよ!? 今日ほど背の低さに感謝したいと思ったことはないよ!
「ちょっと危ないじゃん! そんなの投げたら危ないって、枕じゃないんだから! 投げるなら枕投げてよ」
「はぁはぁ……わかりました。そこまで言うのなら勝負をしましょう。枕投げで私が勝ったら、そのデータを消して金輪際話しかけてこないで!」
藤原さんは肩で息をしながら、諦めた様子で勝負を申し込んできた。突然の勝負の申し出に、わたしは少し驚いたがニヤリと笑って確認のために尋ね返す。
「もし負けたら?」
「貴女の言う通り、枕投げでも何でもしてあげます」
やった~! 言質を取ったよ、お姉ちゃん!
◇◇◆◇◇
放課後 第六練習場 ──
放課後になって藤原さんと一緒にお姉ちゃんのもとを訪れていた。ちなみに響ちゃんは、掃除当番で遅くなるみたいだ。勝負をすることを伝えると、お姉ちゃんは困った顔で尋ねてきた。
「寧々ちゃん、本当にやるの?」
「当然! 勝ったら藤原さん入ってくれるって言ったし!」
わたしが自身満々に答えると、お姉ちゃんは言い難そうに口を開いた。
「でも櫻子ちゃんって、去年の中学MVPよ?」
「エムブイ……えっ!?」
MVPってことは、物凄い上手いってこと? 藤原さん、勝てる自信があったから勝負を挑んできたんだ。わたしが驚いていると、藤原さんはつまらなそうに呟いた。
「あの人がいなくなった年に取ったMVPなど無価値です。……紫音先輩、小鈴さんは素人みたいですし、ハンディマッチで結構です。後で勝負に難癖を付けられても困りますから」
ぐぬぬ……完全に格下扱い、まぁ事実だから仕方がないけど。お姉ちゃんは、少し悩んでから勝負内容を伝えた。
「それじゃ……1on1デスマッチ ハンディ:ワンスリーでどうかな?」
「それでいいです」
藤原さんは興味なさそうに頷いて勝負内容を承諾する。わたしが首を傾げていると、お姉ちゃんが詳しいルールを説明してくれた。
今回の勝負は、一対一で時間は無制限、わたしは三回当てられたら負けで、藤原さんは一度でも当てられたら負けになるとのことだった。これならなんとかなるかも?
「わたしもそれでいいよ!」
ここまで来たらやるしかないっ! わたしは気合を入れて自分の陣地まで歩いていく。藤原さんも同じようにお姉ちゃんから離れて距離を取った。
お姉ちゃんはわたしと藤原さんを一瞥してから、左手のリングギアを操作を開始した。
「じゃ始めるよ。デスマッチ、1on1、ハンディ:ワンスリー……GTB」
お姉ちゃんの宣言が終わると、辺りが光に包まれた。
◇◇◆◇◇
旅館ステージ ──
前回のフットサル部との試合と同じ旅館ステージだった。響ちゃんと二人でも広かったけど、一人だとさらに広く感じる。わたしも藤原さんも同じく、制服からオレンジ色の浴衣に変わっていた。前回もちょっと思ったけど、なんだか子供の頃に観た魔法少女の変身っぽい。
わたしがそんなことを考えていると、藤原さんが枕を突きつけながら
「小鈴さん、約束を忘れてないでしょうね? 私が勝ったらデータを消すのよ」
と言ってきた。
その様子に、わたしは思わずクスッと笑ってしまう。それが癇に障ったのか、藤原さんはこちらを睨み付けてきた。
「なぜ笑うの!?」
「いや~、だってその格好、映像でみた格好とまったく一緒なんだもん」
藤原さんは顔を赤くしながら枕を引っ込めて、そっぽを向いてしまった。わたしも枕を拾ってから藤原さんに突きつける。
「大丈夫、忘れてないよ。わたしが勝つから関係ないけどねっ!」
我ながらどこからそんな自信が湧いて出てくるのかわからなかったけど、どんな勝負でも負けるつもりで挑んだら勝てない。
そうこうしている間に、目の前で10カウントが開始された。もうすぐ試合開始……必ず藤原さんに一発当てて勝つ!
3……2……1……GAMESTART!