表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

第六投「経験者じゃん」

 間倉高等学校 玄関ホール ──


「そこの二人、お待ちなさいっ!」


 そう声を掛けれたわたしと響ちゃんが振り向くと、そこにはどこかで見たことがあるような女生徒が立っていた。身長はそこそこ高く、どこか気品のある顔立ちだったけど眉が少しつり上がっている。先輩かと思ったけど、学年章がわたしたちと同じく一年生だと示していた。


 誰だったかな? あのお嬢様のような佇まいは……あっ!


「新入生挨拶をしてた人だっ!」


 入学式で新入生挨拶をしていたお嬢様、それがこの目の前にいる……


「一年A組の藤原 櫻子(ふじわら さくらこ)よ。それより、貴女たちどういうつもり?」

「なにが?」


 どうやら何か怒っているみたいだけど、何について問い詰められているのか、さっぱりわからない。わたしと響ちゃんが首を傾げていると、藤原さんは掲示板の方を見た。視線の先には、先ほど貼り付けた枕投部の募集ポスターがある。ひょっとして枕投げに興味があるのかな?


「藤原さん、ひょっとして枕投部に興味があるの!?」

「違います。生徒会許可印なし、不法掲示物なので撤去します」


 ビリィ!


 藤原さんは、枕投部のポスターを引っ張って剥がしてしまった。画鋲のところで少し破れている。せっかく作ったポスターを剥がされて、わたしと響ちゃんは思わず藤原さんに詰め寄る。


「ちょっと、何で剥がすの!?」

「そうだよ、なんの権限があって!」


 藤原さんは、こちらを真っ直ぐと見据えると口を開いた。


「権限ならあります。私は生徒会広報ですから、この掲示板の管理は私の仕事です。このような無許可の掲示物を勝手に貼られては困るのよ」


 ぐぬぬ……この子、生徒会の一員だったのか……そういえば、一年代表は自動的に生徒会役員になるとか、どこかで見たような? それにしても掲示板の利用に許可が必要だったなんて……。


「とにかく掲示板を利用したい場合は、部長会を通して許可を取りなさい。このポスターはまた貼られると困るので没収します」

「えっ……ちょっと返してよ! それに部長会っていつなの?」


 藤原さんは心底迷惑そうな顔を、こちらに向けると答えてくれた。


「次の部長会は五月の頭です。規則なので没収したものは返せません。では……」


 わたしは踵を返そうとした藤原さんを慌てて引き止めた。


「ちょ……ちょっと待って、五月じゃ仮入部期間終ってるし、新入部員獲得できないじゃん!」

「そんなこと知りません、規則ですから。だいたい部員募集の掲示は、去年度の部長会で許可を出してあるはず、新設した部でもないかぎり今更許可など出ません」


 正論過ぎて何も言い返せずに歯軋りしていると、藤原さんの後ろからお姉ちゃんが歩いてきた。


「あら、寧々ちゃんたち、こんなところで何を騒いでいるの?」

「あっ紫音姉ちゃん、聞いてよっ!」


 わたしが生徒会の横暴をお姉ちゃんに説明すると、ペチッと頭にチョップされた。


「ダメよ~寧々ちゃん、規則は守らないと。ごめんなさいね、櫻子ちゃん」

「いえ、紫音先輩。それでは私はこれで……」


 藤原さんはお姉ちゃんにお辞儀をするとその場を後にした。わたしたちは、その背中を見送りながら首を傾げる。


「紫音姉ちゃん、彼女と知り合いなの?」

「えぇ櫻子ちゃんは、彼女が中学の時によく間倉に練習に来てたのよ。この辺りの中学で枕投げやっているとこが少ないから」

「枕投げの? それじゃ経験者じゃん!」


 思わぬところで経験者が発見したことに目を輝かせる。あの人はどうも苦手だけど、ひょっとしたら部員になってくれるかもしれない。


 わたしがそんなことを考えていると、響ちゃんが首を傾げながら呟いた。


「藤原さん、なんで枕投部に入らなかったのかな? 中学で飽きちゃったとか?」

「う~ん、どうなんだろ? そんなにすぐに飽きるような子じゃない気がするけど、中学の頃のあの子はかなり真剣に打ち込んでたし」


 う~ん、あのお嬢様が真剣に枕投げをしてた姿がいまいち想像できないけど、そんなに真剣にやってたなら何で入らないんだろ?


「部室に行けば、彼女が参加した練習風景の映像があるんじゃないかしら?」

「なにそれ、見てみたい!」


 お姉ちゃんの提案で、わたしたちは部室に向かうことになった。



◇◇◆◇◇



 間倉高等学校 女子部室棟 枕投部の部室 ──


 部室棟のわりといい位置に枕投部の部室があった。部員数三人なのにかなり広い。壁にはロッカーが並んでおり、床の一部が段になっていて畳が敷いてあり、姿見が四つ置いてある。でもユニフォームの浴衣はBACEシステムで着てしまうし、こんなにロッカーがいるのかな?


「この部屋、妙に広いね?」

「今は少ないけど昔は大勢いたみたいなの。第一ブームの頃からあった部活みたいだし」


 わたしの疑問に、お姉ちゃんは棚をゴソゴソと漁りながら答えてくれた。第一ブームって、確か十年以上前のBACEが無い時代? だからこんなに広い部室なのか~。


「確か、この辺に~……あっ、あったわ」


 お姉ちゃんは箱の中から、半透明のケースを取り出すと中を開いた。中には小さいメモリーが入っており、それを自分のリングギアに差し込もうと苦戦しているお姉ちゃんから、わたしは慌ててメモリーを奪い取った。


 機械オンチのお姉ちゃんに任せていたら、再生するまで凄く時間がかかるからね。わたしはそのままメモリーを自分のリングギアに差し込むと、コントロール画面を表示させて映像再生アプリを起動した。




 映像記録 第六練習場 ──


 どうやら第六練習場で、試合形式で練習をしている風景のようだった。よく考えてみたら、わたし枕投げの試合をちゃんと見たの初めてだ。


 枕を投げてる人や、布団を持ってガードしてる人、後ろで指示を出しながら集中砲火されている大将など、ちゃんと四人が連携しながら戦っているのがわかる。試合のセット数は一勝一敗、最終セットまでもつれ込んでいた。藤原さんは全体的に小さいチームにいた。おそらく、こちらが中学生チームだろう。


 藤原さんはインターバルタイム中に、対面のお姉ちゃんに向かって枕を突き付きながら


「紫音先輩っ! 今日こそ、必ず当てて見せますからっ!」


 と宣言していた。今日見たお堅い印象じゃなくてちょっと子供っぽい、どこにでもいるスポーツ少女って感じ。これ、本当に同一人物?


「あらあら、怖いわぁ」


 逆に、お姉ちゃんはまったく変わってないな……というか、小学生の頃から印象が変わってない。試合が始まると、両者ともに真剣な表情に変わった。


「シュッ!」


 短く息を吐き藤原さんが綺麗なフォームで枕を繰り出す。全身の力が余すことなく枕に伝わっているのがわかる綺麗なフォームに、わたしはつい見とれてしまった。しかし、お姉ちゃんは半歩だけ動いて難なく避けていく。さすがに風祭流の師範の娘、相変わらず見切りが完璧だね。


 試合は結局、藤原さんがお姉ちゃんに当てることが出来ず、他のチームメイトに大将が当てられてしまい間倉高校の勝利に終わった。試合後、藤原さんは枕に顔を埋めてプルプルと震えている。映像はプツッとそこで切れて黒い画面になった。




 間倉高等学校 女子部室棟 枕投部の部室 ──


 試合に負けたことが悔しいのか、お姉ちゃんに当てれなかったのが悔しいのかはわからないが、確かにお姉ちゃんが言うとおり、藤原さんは真剣に枕投げをやっていたみたいだった。なんで入部しなかったんだろ、高校では本当にやらないつもりなのかな?


 響ちゃんは藤原さんのことより、他のことが気になったようでお姉ちゃんに質問をしていた。


「あの布団を盾にしながら、皆を守ってたポジションがリベロですか? そのわりには攻撃しませんね?」


 リベロ ── 枕投げのポジションの一つ。

 布団を持って防御を専門にやるポジション、布団を持った手、及び地面についている足は枕が当たってもヒット判定がないため、かなり強固な防御ができる。一セット三分の内、二分はリベロとして壁に、残りの一分を過ぎると通常の選手と同じ扱いになるため、布団は捨てなくてはならない。また攻撃に参加した場合、その時点でリベロの資格を失い、そのセットは改めて布団を持つことができない。


「そうそう、お布団を持っているのがリベロよ。そう言えば、響子ちゃんはサッカー選手だったからリベロっていうと、イメージが違うのかもしれないわね。どちらかと言えばバレーのリベロの方がイメージが近いかも? 響子ちゃんにはリベロをやってもらうつもりだから、色々と観ておいてくれると嬉しいわ」


 お姉ちゃんはそう言いながら、箱の中からいくつかのメモリーケースを取り出して響ちゃんに手渡した。


 響ちゃんは、さっそくケースからメモリーを取り出すと自分のリングギアに差し込んで、真剣な表情で映像を観はじめた。周りの皆は響ちゃんのこと天才だって言ってたけど、練習はもちろん地味な調査や研究もしっかりやってたことをわたしは知ってる。


「それで……寧々ちゃんは、櫻子ちゃんを誘うつもりなの?」

「うん、ポスター作戦は失敗しちゃったし、映像観たらちょっと一緒にやってみたくなってきたから!」


 藤原さんの綺麗なフォームを見て、わたしはこの人と一緒にやってみたい! と思ったのだ。わたしがやる気満々で小さくガッツポーズをすると、お姉ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ