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第五投「すごい感性ね」

 間倉高等学校 第六練習場 ──


「凄いSUTだったわね、寧々ちゃん」


 フットサル部との決着をつけたわたしたちに、お姉ちゃんがニコニコしながら話しかけてきた。わたしは聞き慣れない単語に首を傾げながら尋ねる。


「エス・ユー・ティ?」

「スライディング・アンダースローの略称よ。さっき寧々ちゃんが最後に使った技のことね」

「へぇ~技の名前なんてあったんだ」


 SUT【スライディング・アンダースロー】は、かつて小さなエースと呼ばれた選手が編み出したもので、大柄の選手に勝つために考えられた技だった。しかし、捨て身のカウンター技なためリスクもかなり高く、現在ではあまり使う選手はいない。


 お姉ちゃんは、わたしと響ちゃんの手を握る。


「さぁ枕投げは四人チーム、二人が入ってくれたから最低でもあと一人は必要よ。頑張って探しましょうね」

「お~!」


 わたしたちは、改めて決意を新たにしたのだった。



◇◇◆◇◇



 一週間後、間倉高等学校 第六練習場 ──


 あれから一週間、わたしたちは未だに三人で活動をしていた。あのフットサル部との試合を見ていた生徒に、どうやら東郷先輩のファンがいたらしく「先輩が再起不能にされた!」という噂が翌日には広まっていた。そのため部員募集のために声をかけると、怯えて逃げられるといった有様だった。


 あのへっぽこストライカーが好きだなんて趣味を疑うけど、それより最後までわたしたちの邪魔をする先輩だな、あの人はっ!




 この一週間、わたしと響ちゃんは部員になってくれそうな人を探しつつ、基礎練習をはじめていた。今日、わたしたちが練習しているのは全ての基本であるスローだ。枕投げのスローには大きく分けて五つの投げ方がある。


 一つ目は、OT【オーバースロー】

 すなわち上投げのことで、もっとも基本的で力が乗る投げ方でもある。


 二つ目は、ST【サイドスロー】

 横投げのことで枕には横回転がかかる。野球のボールのように急激に曲がったりはしないが飛距離が出る。


 三つ目は、UT【アンダースロー】

 下投げのことで地面スレスレから、浮かび上がるように飛んでくる枕はとても避けにくい。ただしリリースポイントが低いため、『バウンド』が取られやすいのが欠点だ。


 四つ目は、BH【バックハンド】

 いわゆる逆手投げである。腰を捻って遠心力で投げるのが基本で、フリスビーをイメージするとわかりやすいかもしれない。


 最後は、THT【トゥハンドスロー】

 いわゆる両手投げである。バスケットボールのパスみたいに両手で投げる方法だ。モーションがスロー系の中では一番小さいため、奇襲には持ってこいの投げ方である。


 枕投げは、この五つの投げ方を駆使して戦う競技なんだけど、どうやらわたしは基本であるオーバースローが苦手みたいだった。投げ方が悪いのか、どうしても飛距離が伸びない。どうしてだろ?


 響ちゃんは元キーパーだということもあり、元々スローインは得意みたいで、彼女の長身から繰り出されるオーバースローは、コートの端から端まで届くから羨ましい。




 わたしたちがひたすら枕を投げていると、疲れた顔のお姉ちゃんが第六練習場に入ってくるのが見えた。わたしは投げるのをやめて、お姉ちゃんに近付いて声を掛ける。


「やっぱり入部してくれる子、見つからなかった?」

「うん、まだ決めてない子もいるはずだから、探せば興味持ってくれる子がいると思ったんだけど……」


 確かにまだ体験入部期間だし、そんなに焦る必要はないと思っていたけど、なんだか雲行きが怪しい感じだった。いざとなれば響ちゃんに花でも持たせて「ハニー、一緒に枕投げやらないかい?」みたいな感じで迫られせれば、ファンの女の子がコロッと堕ちて入部してくれるはずだ。


 そんな妄想をしていたわたしに、響ちゃんがジト目で睨んでくる。


「寧々……またロクでもないこと考えてるでしょ?」

「はっ! う……ううん、何でもないよ~? あははは」


 どうやら顔に出ていたみたいだ、あぶないあぶない! ごほんっ……とにかく、困ってるお姉ちゃんのために何かしてあげたい。部員募集……声掛け以外で……あっ!


「いいこと思いついた!」


 あるアイディアを閃いたわたしは、つい大きな声を出してしまった。お姉ちゃんも響ちゃんも、首を傾げてこちらを見ている。


「どうしたの、寧々ちゃん?」

「いいこと思いついちゃった。明日までに用意してくるから、楽しみにしていて!」


 響ちゃんもお姉ちゃんも首を傾げていたけど、わたしは「明日のお楽しみ~」とはぐらかすのだった。その日は、練習を程ほどにして帰ることにした。帰ったら頑張って準備しないと!



◇◇◆◇◇



 翌日 間倉高等学校 一年B組の教室 昼休み ──


 一年B組は、わたしと響ちゃんの教室だ。一クラス三十人ぐらいだけど、お昼は学食で食べる子や他のクラスに行く子などがいるので、お昼の時間は半分ぐらいになる。わたしたちはお弁当なので机を並べて教室で食べていた。




 しばらくして、お昼が食べ終わったわたしと響ちゃんは、自然と最近の課題である部員募集の話になった。


「寧々、昨日ずいぶん自信がありそうだったけど、何を用意してきたの?」

「ふふふ……よくぞ聞いてくれましたっ!」


 放課後まで待ちきれなかったのか、昨日のことを尋ねてきた響ちゃんに、わたしはドヤ顔でそう言うと、カバンの中から一枚の紙を取り出して机の上に置いた。


「これだよ!」

「えっと……『来たれ、枕投部! 新入部員募集中!』、部員募集のポスター?」


 わたしの会心のポスターを見ながら、何故か疑問系で聞いてきた響ちゃんに、わたしは首を傾げる。


「なんで疑問系? ちゃんと募集って書いてあるじゃん」

「うん、寧々って相変わらず字は綺麗だよね」

「えへへ~♪」


 何故か褒められたので照れていると、響ちゃんがわたしのチラシを指差しながら尋ねてきた。


「ちなみに、コレはなに? この何かが燃えたような感じの人っぽいやつ」

「え? わたしだよっ!」


 自信満々に答えるわたしの答えに、響ちゃんは微妙な顔をしている。響ちゃんの指が横にスライドして次の絵に止まると、もう一度尋ねてくる。


「あんまり聞きたくないんだけど、この手足が異様に長くてウニョウニョ動いている感じの怪物はなに?」

「なにって響ちゃんだけど……って、イタタタタタ!」


 突然鷲づかみにされたわたしの頭は、響ちゃんの大きな手でギシギシと締め上げられている。痛い、マジで痛い! 響ちゃん、自分の握力が女の子離れしてるのを自覚してっ! わたしが涙目で手足をジタバタしていると、ようやく指を緩めてくれた。


「きょ……響ちゃん、痛いって!」

「痛くしたのよっ! なによ、この怪物! 腕がすごい角度で曲がってるし、指が六本もあるし、顔? も何か怖いし!」


 あれ? 響ちゃんも芸術が理解できない子だったか~残念! 中学の美術の先生は「すごい感性ね」って褒めてくれたんだけどなぁ。


「そんなに言うなら響ちゃんが描いてよ」

「えっ? 私が描くの? う~ん、まぁいいけど」


 響ちゃんは少し戸惑いながらも、ノートを広げてシャープペンを走らせる。しばらくすると、浴衣で枕を投げてるイラストが完成した。若干少女マンガっぽいけど十分上手い。わたしの絵よりわかりやすいかも? 違う、ほ……方向性が違うだけだからっ!


 そんなことを考えていたけど気を取り直して、響ちゃんに絵の感想を伝えた。


「上手い上手い! さすが響ちゃん」


 響ちゃんは少し照れながら頬を掻いている。


「なんか恥かしいね、絵を見られるのって……でも寧々の募集ポスターを作るって案は、ナイスアイディアだよっ」

「そうだよね!」

「うんうん、だから放課後までに二人で一緒に作ろう!」


 こうして響子ちゃんの提案により、わたしたちは二人で募集ポスターを作成することになった。



◇◇◆◇◇



 間倉高等学校 玄関ホール ──


 合作で新部員募集ポスターを作成したわたしと響ちゃんは、ホームルームが終わると一年生の靴箱がある玄関ホールまで来ていた。


 目的はもちろん、一年生が一番目にする掲示板にポスターを貼ることだった。


「わぁ、いっぱい貼ってあるね」


 当然ここの掲示板は、新人勧誘の激戦区だから予想はしていたけど、貼れるスペースが全く無いほど、所狭しとポスターに埋め尽くされていた。


「どうしようか、寧々?」

「上から貼っちゃえ! ほら、アレの上なんていいんじゃない?」


 わたしは、そう言いながらフットサル部の募集ポスターを指差す。響ちゃんは苦笑いを浮かべながら、なるべく他のポスターと重ならない位置を探すと、そこにポスターを貼り付けた。


「これでよしっと!」

「これで部員が来てくれるといいな~、とりあえず練習にいこっ!」

「うんっ」


 わたしたちが第六練習場に向かって歩き出すと、後ろから声が聞こえてきた。


「そこの二人、お待ちなさいっ!」

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