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第四投「乙女の秘密」

 眩い光に包まれて、わたしは思わず目を瞑ってしまった。


 そして、ゆっくりと目を開けると、そこには旅館の大広間のような空間が広がっていた。床には畳の上に布団が敷き詰められており、枕がいくつか転がっている。お姉ちゃんの説明では、この枕はいくら投げも補充されるらしい。これがBACEによる枕投げの空間である。


 踏みしめた布団の感触がどこまでもリアルだった。BACEによって作り出された世界が、質量のある幻想などと言われるのも頷ける。自陣の広さは思ったより広く……バレーコートを横にしたぐらいかな?


 隣に立っていた響ちゃんの姿をみて、わたしは驚きの声を上げた。


「きょ……響ちゃん、なにその格好!?」


 響ちゃんは先程まで着ていた学校の制服ではなく、オレンジ色の浴衣を着ていたのである。高い背にモデル体型の響ちゃんの浴衣姿は何となく、いやらしい気もする。


「寧々だって、いつの間に浴衣に着替えたの?」


 その言葉に自分の着ているものを確認すると、どうやらわたしも同様の浴衣を着ているようだった。わたしたちが戸惑っていると、お姉ちゃんが声を掛けてきた。


「あぁ、それはうちの学校の枕投部のユニフォームよ、可愛いでしょ?」


 この格好じゃ動きにくいと思う。それに浴衣なんて着慣れていないせいか少し恥かしい……。そんなことを考えていると、東郷先輩がお姉ちゃんに質問をしていた。


「おい、風祭! この枕は蹴って当ててもいいのか?」

「ルール上は蹴っても大丈夫よ。相手陣地の地面につかなければ、蹴ったものが当たってもヒット扱いになるの」

「はっははは、それなら余裕だな!」


 すでに勝ち誇ったようにニヤリと笑っている東郷先輩。ウザイので「オレンジの浴衣が死ぬほど似合ってないです!」と言ってやりたい気分だ。


「それより寧々ちゃん、そろそろ準備しないと」


 お姉ちゃんの言葉と同時に、目の前で10カウントが開始されていた。このカウントがゼロになったら試合開始である。わたしは慌てて近くにあった枕を一つ拾った。響ちゃんは、すでに両手で枕を一つずつ持っている。




 3……2……1……GAMESTART!



◇◇◆◇◇



 旅館ステージ ──


 試合が始まると、東郷先輩は初っ端から枕を蹴ってきた。フットサル部だけあって、なかなかの威力と精度だったが、さすが遠すぎる。わたしと響ちゃんは、左右に分かれて飛んできた枕を余裕で避ける。わたしは舌を出しながらからかってやる。


「やーい、へっぽこストライカー!」

「な……なんだと、このチビィ!」


 安い挑発に乗って東郷先輩は足元にある枕を、わたしに向かって蹴りまくってきた。しかし、怒っているせいか、精度が先程より低くなっており、命中する気配はない。その間に響ちゃんは大きく振りかぶって、第一投を敵陣に放り投げていた。


 響ちゃんの長身から繰り出された枕は、轟音とともにゴレイロ先輩に当たった。パーン! という大きな音を立てて弾け飛び、中から羽毛が舞い散った。ヒラヒラと浮かぶ羽毛とともに『ガード ノーヒット』の文字が浮かび上がった。どうやらゴレイロ先輩は吹き飛ばされながら、手に持っていた枕できっちりガードした様子である。


 のそりと立ち上がったゴレイロ先輩に、響ちゃんが声を掛けていた。


「なかなかやりますね、先輩」

「おいおい、これで本当に怪我してるのかよ……天才キーパーのお嬢ちゃん?」


 あちらはあちらで盛り上がっている様子だったので、わたしが東郷先輩の相手をしよう……ウザイけど。


 わたしも第一投を東郷先輩のところに投げつける。しかし、フラフラと飛んでいった枕は全然届かず地面に墜落してしまった。この枕……思ったより全然投げにくい。その様子を見て東郷先輩は、完全に勝ち誇った顔でこちらを見下ろしている。


 ぐぬぬぬぬ、許すまじ! へっぽこストライカーめぇ!




 その後は東郷先輩がひたすら蹴りこんでくる枕を、わたしはとにかく走り回り避け続けていた。


「このぉ、調子に乗ってぇ!」

「チョコマカするんじゃねぇ、このチビ!」


 またチビって言った! あとで必ず仕返ししてやるからっ! そうやって時間を稼いでいると、響ちゃんたちの方の戦況が動き出していた。


 あっちの戦いは響ちゃんが有利に進んでいるようで、当初こそ交互に投げ合っていたけど、響ちゃんの豪腕に押されて徐々に反撃する余裕がなくなったゴレイロ先輩が、現在では亀のようにひたすら守っている。


 しかし、それも時間の問題だった。


 響ちゃんのしなやかな腕が空を斬るように唸りを上げると、枕が轟音を上げながらゴレイロ先輩に突き刺さった。枕が弾け飛ぶ音と共に再び羽毛が舞い散り、ついに『ヒット!』の文字が浮かったのだった。


 弾け飛んだ枕と共にゴレイロ先輩の姿は、光の粒子のようになって消えていった。どうやらヒットすると場外に自動移動するみたいだ。フットサルの試合でも負傷者や退場者がいち早く場外に飛ばされていたけど、一体どんな仕組みなんだろ?


 そんなことを考えていたせいか、わたしはふとんに足を滑らせて転んでしまった。


 しまった!?


 そこに東郷先輩の蹴った枕が、私の目の前まで迫っていた。わたしは何とか回転しながら枕を避け、腕に力を入れ逆立ちの要領で身体を持ち上げるとピョンっと跳ね上がり、そのままふわりと立ち上がった。


 どうだ! この身軽さを見よっ!


 わたしが若干ドヤ顔をしていると、周りの様子が少し変な感じだったことに気がついた。響ちゃんは、顔を手で覆ってその隙間からチラチラと見ているし、お姉ちゃんは残念な子を見るような視線を送っている。敵の東郷先輩に至っては含み笑いを我慢できない様子だ。


「ぷっ……ぷはははははは、高校生にもなってクマのプリントって」

「なっ!?」


 堰を切ったように大笑いをする東郷先輩に、わたしの顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。わたしだって年頃の乙女なのだ。歳が近い男子に下着を見られるのも恥かしいが、それ以上に子供っぽい下着を見られて笑われるなど……もう泣きたい! いっそ殺せっ!


 抜け殻のようになっているところに、折りよく飛んできた枕に当たって死のうと考えると、大きな影がわたしの視界を覆った。パンッという音が聞こえ、その影がパーッと消えていく。


「きょ……響ちゃん、なんで?」

「寧々、ごめん……当たっちゃった」


 わたしを庇って消えていく響ちゃんを見つめながら、わたしの心には沸々と怒りが沸いてきた! 近くに落ちていた枕を拾うと、それを東郷先輩に突きつけながら叫ぶ。


「乙女の秘密を笑うような奴に、絶対響ちゃんは渡さないからっ!」


 そして、猛然と先輩に向かってダッシュする。そのわたしに向かって、枕を蹴り飛ばしてきたが前傾姿勢で走るわたしはとても小さく、先輩が蹴った枕はわたしより先に地面を触れており、身体に当たっても『バウンド』の表示が出るだけだった。


「このチビ! これでどうだ!」


 東郷先輩はオリエンテーションの時に見せた、自慢のボレーキックを使い高めの弾道で蹴り出してきた。その枕が、わたしの眼前に迫ってくる。わたしはスライディングの要領で布団の上を滑り、飛んできた枕の下を潜り抜けた。


「くらえぇぇ!」


 そう叫びながらスライディングの姿勢から、勢いに乗って跳ね上がり掬い上げるように投げつける。


 ボコッ!


 十分に力の乗った枕は、シュート体勢のために大きく広げていた東郷先輩の下腹部に直撃した! 小さく跳ね上がった先輩は、そのまま声も出せずに崩れ落ちた。


 『ヒット』の文字が浮かび上がると、お姉ちゃんはピシッと手を上げながら、わたしたちの勝利を宣言するのだった。


「勝者! 枕投部!」



◇◇◆◇◇



 間倉高等学校 第六練習場 ──


 お姉ちゃんによる勝利宣言のあと、しばらくしてBACEによって作られた世界が解けて、わたしは浴衣から制服に戻っていた。何とも不思議な感覚にボーっとしていると、駆け寄ってきた響ちゃんがわたしは抱き上げる。


「寧々、やったよ! 私たちの勝ちだっ!」

「うぷっ、ちょ……響ちゃん、苦しいよ」


 えぇぃ! いくら親友とは言え、その二つの凶器をわたしに押し付けるのはやめなさいっ! わたしが何とか脱出すると、響ちゃんと手を繋いで一緒に東郷先輩のもとに向かった。


「わたしたちの勝ちですよ、先輩! 約束通り諦めてくださいねっ?」


 わたしが勝ち誇ったようにそう言い放つが、東郷先輩は未だに下腹部を押さえて悶えていた。あれ、ちょっとやりすぎたかな? 代わりにゴレイロ先輩が、東郷先輩の腰の辺りをポンポン叩きながら、済まなそうな顔で


「いや、すまないが今はそっとしておいてやってくれ……約束通り、フットサル部はきっぱり諦めさせるから」


 と約束してくれた。


 こうして、わたしたちの初めての枕投げは幕を閉じたのであった。

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