第二十一投「菊川北戦」
総合運動場 体育館 ──
白浜先輩の活躍もあり、結局試合は如月先輩の出番はないまま桜橋の圧勝で終った。
シードだった桜橋の試合が終ったことで、全校の試合を確認することができたけど、やっぱりこの大会では桜橋高等学校が実力も選手層も頭一つ飛び抜けている感じだ。わたしと響ちゃんが桜橋チームをじーっと見ていると、お姉ちゃんがポンッとわたしの頭と響ちゃんの背中を軽く叩いた。
「寧々ちゃんも、響子ちゃんも、私たちの次の相手は菊川北よ」
「うん、わかってる」
そう……今は桜橋より、今は次の試合相手である菊川北に集中しなくちゃいけない! トーナメントなんだから一試合だって落とせないのだ。
わたしたちは気を取り直して、そのまま次の試合に向けて作戦会議を始めた。まずお姉ちゃんが、確認のために櫻ちゃんにポジションの確認をする。
「とりあえず、ポジションはいつも通りでいい?」
「はい、菊川北もオーソドックススタイルですし、特に変える必要はないかと」
早苗さんたちが目立ってたからあんまり注目してなかったけど、確かにさっきの試合でもオーソドックススタイルだった。さっきの感じだと、たぶん……
「どうせ突っかかってくるから、早苗の相手は私がします」
櫻ちゃんが真剣な表情でそう言うと、響ちゃんが確認のために尋ねた。
「櫻子、私はどうすればいい? あの二人はコンビプレイみたいな感じだったけど」
「そうね……早苗たちは、紫音先輩の実力を知っているから絶対先輩をフリーにしないはず、おそらく相手のDAが釘付けにする作戦に出ると思うから、響子は紫音先輩と組んで先輩がフリーになれるように動いてくれる?」
「わかった、先輩とペアね」
響ちゃんとお姉ちゃんが頷くと、いよいよわたしの番と思ってちょっとワクワクして待っていると、櫻ちゃんはわたしを見ながら呟いた。
「寧々は特にないわね……まぁ、いつも通りで」
素っ気無い! それは素っ気無すぎるよ、櫻ちゃんっ!
「ちょ……ちょっと、櫻ちゃん、わたしにも~わたしにも~何か作戦ないの!?」
櫻ちゃんに抱きついて、子供が玩具をねだるようにグラグラと揺らすと、櫻ちゃんは諦めた様子で答えた。
「わかった、わかったから揺らさないでっ! じゃ寧々は、とにかくリベロの恵子目掛けて投げ続けてくれる? ロブでもストレートでもいいから」
「りょーかーい、任せてっ!」
若干投げやり感があるけど作戦は決まった。今度は、わたしもやるぞ~!
◇◇◆◇◇
二回戦第三試合 間倉高 VS 菊川北 ──
両校の選手がセンターラインに並び握手をすると、さっそく櫻ちゃんと早苗さんが火花を散らしはじめた。
「櫻子、絶対アンタに勝つからっ!」
「貴女にマッチアップで負けたことないでしょ、また泣かせてあげる」
「こ……このぉ!」
櫻ちゃんの挑発に今にも飛び掛りそうな早苗さんを、恵子さんがスッと前に手を出して止める。
「早苗、落ち着いて! 試合で見返せばいいでしょ」
「ぐぬぬ……見てなさいよ、櫻子っ!」
さすがに目に余ったのか係員が短く笛を吹くと、騒いでた三人に注意が飛ぶ。
「そこの三人、私語は慎むように!」
「はい、すみませんでした」
その後、係員が両チームとリングギアの同期を確認すると、試合前の確認と挨拶の号令をした。
「それでは、二回戦第三試合 間倉 対 菊川北の対戦を始めます。一同……礼!」
「よろしくお願いしますっ!」
一斉に挨拶をした選手たちが自陣に引き返していく。それを係員が確認したあと、リングギアを操作しながら開始の合図をした。
「それでは試合開始します。GTB!」
その瞬間、いつもの眩い光に包まれて目を瞑った。
◇◇◆◇◇
県大会 二回戦 旅館ステージ セットアップタイム ──
フィールドが展開され、わたしたちはいつものオレンジの浴衣姿になっていた。対する菊川北は薄い緑色の浴衣を着ている。
わたしたちはハーフエリアに集り相手陣地を見ると、相手はすでにフォーメーションについていた。すでにやる気十分って感じだ。
「相手はやる気満々みたいだね、櫻ちゃん」
「わかりやすくていいわ。あの布陣なら、作戦はさっき立てた通りで問題ないわね」
櫻ちゃんがそう言うと、お姉ちゃんが何か楽しそうにスッと手を出して
「それじゃ、みんな」
と言いながら、わたしたちの顔を見回した。わたしたちは頷くと、その手の上に手を重ねていく。
「間倉ぁ~、ファイ」
「オー!」
その掛け声と共に、それぞれのポジションに別れていくわたしたち、櫻ちゃんは左サイドで早苗さんとマッチアップ、響ちゃんとお姉ちゃんは右サイドに向かった。わたしは当然、最後列のジェネラルエリアで待機になる。
櫻ちゃんが自分の前に来ると、早苗さんは満足そうに口端を少し吊り上げた。
「へぇ、逃げずに来たんだ?」
「面倒ごとは早めに片付ける質なの」
早苗さんはチラリと響ちゃんの方を見てから、櫻ちゃんを睨みつける。
「……リベロは逆サイド?」
「早苗なら、私一人で十分よ」
櫻ちゃんの言葉に憤慨したのか、早苗さんは隣にいた恵子さんに向かって下がるように伝える。
「櫻子は私が相手するから、恵子は下がってて」
「え? でも……」
恵子さんは少し戸惑っていたが、早苗さんは言い出したら聞かないタイプなのだろう。諦めた表情を浮かべると早苗さんから少し離れたていく。あれ? わたしのターゲットが離れてしまった。このままリベロ狙いでいいのかな?
わたしがそんなことを考えていたら、櫻ちゃんが一瞬こちらをみて頷いた。どうやら作戦は続行らしい。
そして、しばらくすると試合開始の10カウントが始まるのだった。
3……2……1……GAMESTART!
◇◇◆◇◇
県大会 二回戦 旅館ステージ 第一セット ──
試合が開始して最初に動いたのは、やっぱり早苗さんだった。速攻で櫻ちゃんに向けて枕を投げる。対する櫻ちゃんはそれを躱すとカウンターで枕を投げ返した。その枕を早苗さんは躱しながら枕を拾う。
そんな感じで、それぞれが高速にフェイントを入れながら投げ合っていた。傍目からは実力は互角ぐらい? あっ、いけない……わたしも投げないと!
わたしのトゥハンド・オーバースローも二ヶ月の特訓の成果で、だいぶ精度があがっている……はず。相手のリベロの恵子さんは早苗さんの方をチラチラと見ながら、間倉の両アタッカーの射線から大将を護る動きをしていた。
わたしは両手で枕を首の後に回すと右足を軽く上げて、地面を踏みしめると同時に敵陣目掛けて枕を放り投げた。
「シュッ!」
その枕は山なりに飛んでいき、相手リベロの布団の上部に当たった。一瞬、恵子さんがこちらを見る。よし、これで少しは注意をこちらに向けることができるはず!
わたしは枕を拾うと同じように次々と枕を投げていく。
響ちゃんとお姉ちゃんの方は、響ちゃんのディフェンスで相手のDAの子は完全に動きを封じられていた。あんなにぴったりとマークされたら動けない、さすが響ちゃんだ。お姉ちゃんはその隙に響ちゃんの影から、相手のDAや大将に向かって攻撃を繰り返していた。
色々な選手を見たあとだから分かったことだけど、お姉ちゃんの基本スペックは並の選手と大差はないと思う。強烈なスローがあるわけではないし、特別機敏なわけでもない。ただ異様に相手の動きを読む能力に長けているみたいで、公式戦では一度もヒットしたことがないらしい。
あっ、でも櫻ちゃんが何か変わった特技があるって言ってたなぁ?
第一セットから始まってから、一分半経過した辺りで動きがあった。
早苗さんが投げた枕を躱した櫻ちゃんは右足で地面を蹴った。あれは櫻ちゃん必殺の朧桜だ! グンッと前に伸びるような枕は非常に避けづらいけど、早苗さんはなんとか枕を拾うと盾にするように突き出した。
パンッ! と弾けるような音と共に、羽毛を撒き散らしながら光の粒子になって消える枕。
「何度見てきたと思ってるの、避けれなくても防ぐことぐらいはできるっ!」
早苗さんはそう叫びながら枕を拾った。櫻ちゃんも同じように拾うと、ほぼ同時に枕投げのフォームに入った。先に投げたのは早苗さん、飛んできた枕を紙一重で避けながら櫻ちゃんは、再び右足で地面を蹴ってカウンター気味に朧桜を放った。
今度は当たるタイミング!
……と思ったけど、その間に恵子さんが割り込み櫻ちゃんの枕は再び防がれてしまった。
「恵子!?」
「早苗、いい加減にして! 私たちはチームで戦ってるの!」
その瞬間、突然プゥーという音が鳴り響き、センターラインの辺りにカウントダウンが浮かび上がったのだ。両チームともに一斉に「サーチ」の掛け声をあげた。
そしてカウントダウンが終ると、センターラインに赤いラインが表示されるのだった。




